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冤罪の功罪 2
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シェルニティは、朝早くに起こされていた。
嫁いでから、初めてのことだ。
メイドに身支度を整えられ、階下に行くと、夫の姿があった。
シェルニティ自身もそうだが、クリフォードも正装。
何事かと問うことも、シェルニティにはできない。
できないまま、夫に従った。
小ホールに入ったところで、ローブ姿の人物と2本の柱が目に入る。
(あれは点門という魔術だったわね。魔術師を雇っていたなんて知らなかったわ)
シェルニティが関わる勤め人は、執事とメイドくらいだ。
御者と関わったのだって、この前、森に行った時が初めてだった。
やはり、実家と、たいした差はない。
小さい頃は「乳母」がいたけれど、シェルニティが8歳を迎えた頃には、いなくなっている。
それから、家庭教師がつけられていたが、その男性もシェルニティに教えるべきことを教え、3年ほどで辞めていた。
以来、彼女と関わるのは、執事かメイドのどちらかになっている。
そんなシェルニティに、屋敷の内情など、知る由もない。
魔術師が雇われていたのも、当然に、知らなかった。
本来、勤め人の雇い入れは、まず正妻である女主人が選別し、夫に承諾をもらうといった流れになる。
さりとて、シェルニティには、そうした「権利」が与えられていないのだ。
もちろん、彼女が「権利」を気にしたことはなかったけれども。
ただ、シェルニティには知識がある。
点門を使えるほどの魔術師ともなれば、かなりの高級取り。
1年分の給金で、勤め人を引き連れ、一大観光地のサハシーで3日は遊べる。
などと、頭の中で、換算していた。
柱の間を、夫と2人で抜ける。
すぐさま背後で柱が消えた。
点門は、特定の場を繋ぐ魔術なのだ。
(ここは、王宮よね? なぜ、私まで呼ばれたのかしら? なにか正式な場?)
正式な場に呼ばれた場合、正妻を伴うのが慣例となっている。
夜会のような「娯楽」とは違うからだ。
夫は、シェルニティが部屋の外に出ることすら嫌う。
その夫が、彼女を同伴させる理由としては、そのくらいしか思い浮かばない。
ましてや、ここは王宮だ。
自由に出入りができるのは、重臣に名を連ねている公爵家だけだった。
侯爵の身分では、入るのにも許しを得る必要がある。
(もしかすると、謁見? 旦那様は、まだ当主としての祝辞を国王陛下から戴いておられなかったから)
クリフォードが当主となってから、1年は経っていた。
国王陛下との謁見には時間がかかるため、時期的に見合う。
それならば、理解もできた。
謁見は、正式な場なので、嫌でも自分を連れてくるしかなかったのだろう。
(でも、謁見となると、大勢の人が集まっているわ……私にも、国王陛下からお声掛かりがあるはずだし……)
ひどく嫌な気分になった。
もとより人前に出るのは嫌いだ。
自分が、目を背けられる存在だと知っている。
誰も彼女の存在を望んではいないし、会話も望まれてはいない。
(ずっとうつむいていれば、やり過ごせるとは思うけれど、国王陛下のお言葉に、うなずくだけではすまないわよね)
さすがに、それは不敬だ。
たとえ返事を望まれていないとしても、ひと言くらいは返さなければならない。
が、返事をすれば、きっと、あとから夫に「叱られる」に決まっている。
シェルニティは、心から、リリアンナに代わってもらいたい、と思った。
彼女なら、なんの問題もなく、夫の面目も保てたはずだ。
正直、シェルニティには正妻の座など、どうでもいい。
代わることもできず、自ら降りることもできないだけだ。
むしろ、こうした場に出なければならないことを考えれば、正妻の肩書きなんて手放してしまいたかった。
実際的には、妻でもなんでもないのだから。
(まあ……不思議ね。私、この状況を、面倒だと感じているわ)
今までの自分であれば、考えもしなかっただろう。
少なくとも「面倒」とは思わなかった。
言われたことを言われるがままに従うだけが、彼女の日常だったのだ。
それを、不満にも不快にも「面倒」にも感じたことはない。
あたり前に受け入れていた。
(謁見の前は、ひどく待たされるらしいけれど、いつ頃、帰れるのかしら? 今日は、彼と、会えないかもしれないのね)
そのことに、落胆もする。
無自覚ではあるが、シェルニティの中に、感情が生まれていた。
彼に会えないのを「寂しい」と思っているのだ。
ここにいるのが、つまらないとも。
国王陛下から直々に言葉をもらえるのは、辺境地にある侯爵家にとって、一生に一度あるかどうかの栄誉とされる。
その謁見ですら、彼の家で過ごす時間の代わりにはならない。
(ああ、駄目だわ……謁見のあとには夜会があるのだもの。今夜は王都で宿を取ることになりそうね……)
シェルニティの頭には、彼とのことばかりが浮かんでいた。
毎日、笛を吹いていたのに、急に途絶えたら心配させるのではないか。
連絡もできずにいることが気になってしかたがない。
(ここからでも笛は聞こえるかしら? でも、聞こえたとして、こんなに遠くから呼ぶなんて迷惑をかけてしまうわ。アリスだって大変でしょうし)
落ち着かなくて、そわそわする。
自分だけでも帰ることはできないだろうか、とさえ考えてしまう。
「こちらです」
先導をしていた近衛騎士が、大きな扉の前で立ち止まった。
シェルニティの知識が豊富でも、王宮内の造りにまでは精通していない。
ここが「謁見の間」だろうか、と思う。
(いいえ、確か、謁見の間の前に、控えの間に通されるのだったわ)
思い直しているシェルニティの前で扉が開かれた。
が、彼女の想像していた室内とは、まったく異なる空間が広がっている。
大きな広間には違いないが、ひと目で「控えの間」でないことがわかった。
(あれは……重臣のかた……?)
向かって、左側に重臣と思しき男性陣が、ずらりと座っている。
彼らの前には、長机が置かれていた。
右側には、イスが2脚。
正面の高い位置には、横並びに豪奢なイスが並べられている。
そして、1人の青年が、その真下に立っていた。
黒のモーニングコートは、明らかな正装。
室内だというのに、なぜかシルクハットをかぶっている。
もちろん、必ずしも取らなければならないわけではないけれど。
「お待たせいたしました、レックスモア侯爵様、侯爵夫人」
その青年に手でイスを示され、クリフォードは軽く会釈をしたあと、歩き出す。
シェルニティも会釈したあと、すぐにうつむき、夫の後ろについて行った。
重臣たちが自分をどう見ているのか、確認する必要はない。
すでに、ひそひそと声が聞こえている。
彼女を見た者がとる、いつもの言動だ。
面と向かって「痣」について問う者はいない。
ただ、周囲の者たちと「痣」について、あれこれ言う。
漏れ聞こえてくる言葉にも、シェルニティは慣れていた。
が、クリフォードは慣れていない。
ちらりと視線を向けてみると、案の定、ひどく不快げな表情を浮かべている。
たぶん、自分がなにをしても、しなくても、屋敷に戻ったら叱られるのだろう。
ひとしきり夫の叱責をやり過ごしたら、すぐに部屋に戻ることにしよう。
思っていると、さらに人の気配が増えた。
重臣たちよりずっと仕立ての良い服装をした男性たちが、あの、高い場所のイスに座っているのが見える。
(王族の方々? きっとそうね。では、あの真ん中にいらっしゃるかたが……)
国王陛下に違いない。
場所はともかく、やはり「謁見」だったのだろうか。
自身の知識との食い違いに、シェルニティは、頭にハテナを浮かべていた。
嫁いでから、初めてのことだ。
メイドに身支度を整えられ、階下に行くと、夫の姿があった。
シェルニティ自身もそうだが、クリフォードも正装。
何事かと問うことも、シェルニティにはできない。
できないまま、夫に従った。
小ホールに入ったところで、ローブ姿の人物と2本の柱が目に入る。
(あれは点門という魔術だったわね。魔術師を雇っていたなんて知らなかったわ)
シェルニティが関わる勤め人は、執事とメイドくらいだ。
御者と関わったのだって、この前、森に行った時が初めてだった。
やはり、実家と、たいした差はない。
小さい頃は「乳母」がいたけれど、シェルニティが8歳を迎えた頃には、いなくなっている。
それから、家庭教師がつけられていたが、その男性もシェルニティに教えるべきことを教え、3年ほどで辞めていた。
以来、彼女と関わるのは、執事かメイドのどちらかになっている。
そんなシェルニティに、屋敷の内情など、知る由もない。
魔術師が雇われていたのも、当然に、知らなかった。
本来、勤め人の雇い入れは、まず正妻である女主人が選別し、夫に承諾をもらうといった流れになる。
さりとて、シェルニティには、そうした「権利」が与えられていないのだ。
もちろん、彼女が「権利」を気にしたことはなかったけれども。
ただ、シェルニティには知識がある。
点門を使えるほどの魔術師ともなれば、かなりの高級取り。
1年分の給金で、勤め人を引き連れ、一大観光地のサハシーで3日は遊べる。
などと、頭の中で、換算していた。
柱の間を、夫と2人で抜ける。
すぐさま背後で柱が消えた。
点門は、特定の場を繋ぐ魔術なのだ。
(ここは、王宮よね? なぜ、私まで呼ばれたのかしら? なにか正式な場?)
正式な場に呼ばれた場合、正妻を伴うのが慣例となっている。
夜会のような「娯楽」とは違うからだ。
夫は、シェルニティが部屋の外に出ることすら嫌う。
その夫が、彼女を同伴させる理由としては、そのくらいしか思い浮かばない。
ましてや、ここは王宮だ。
自由に出入りができるのは、重臣に名を連ねている公爵家だけだった。
侯爵の身分では、入るのにも許しを得る必要がある。
(もしかすると、謁見? 旦那様は、まだ当主としての祝辞を国王陛下から戴いておられなかったから)
クリフォードが当主となってから、1年は経っていた。
国王陛下との謁見には時間がかかるため、時期的に見合う。
それならば、理解もできた。
謁見は、正式な場なので、嫌でも自分を連れてくるしかなかったのだろう。
(でも、謁見となると、大勢の人が集まっているわ……私にも、国王陛下からお声掛かりがあるはずだし……)
ひどく嫌な気分になった。
もとより人前に出るのは嫌いだ。
自分が、目を背けられる存在だと知っている。
誰も彼女の存在を望んではいないし、会話も望まれてはいない。
(ずっとうつむいていれば、やり過ごせるとは思うけれど、国王陛下のお言葉に、うなずくだけではすまないわよね)
さすがに、それは不敬だ。
たとえ返事を望まれていないとしても、ひと言くらいは返さなければならない。
が、返事をすれば、きっと、あとから夫に「叱られる」に決まっている。
シェルニティは、心から、リリアンナに代わってもらいたい、と思った。
彼女なら、なんの問題もなく、夫の面目も保てたはずだ。
正直、シェルニティには正妻の座など、どうでもいい。
代わることもできず、自ら降りることもできないだけだ。
むしろ、こうした場に出なければならないことを考えれば、正妻の肩書きなんて手放してしまいたかった。
実際的には、妻でもなんでもないのだから。
(まあ……不思議ね。私、この状況を、面倒だと感じているわ)
今までの自分であれば、考えもしなかっただろう。
少なくとも「面倒」とは思わなかった。
言われたことを言われるがままに従うだけが、彼女の日常だったのだ。
それを、不満にも不快にも「面倒」にも感じたことはない。
あたり前に受け入れていた。
(謁見の前は、ひどく待たされるらしいけれど、いつ頃、帰れるのかしら? 今日は、彼と、会えないかもしれないのね)
そのことに、落胆もする。
無自覚ではあるが、シェルニティの中に、感情が生まれていた。
彼に会えないのを「寂しい」と思っているのだ。
ここにいるのが、つまらないとも。
国王陛下から直々に言葉をもらえるのは、辺境地にある侯爵家にとって、一生に一度あるかどうかの栄誉とされる。
その謁見ですら、彼の家で過ごす時間の代わりにはならない。
(ああ、駄目だわ……謁見のあとには夜会があるのだもの。今夜は王都で宿を取ることになりそうね……)
シェルニティの頭には、彼とのことばかりが浮かんでいた。
毎日、笛を吹いていたのに、急に途絶えたら心配させるのではないか。
連絡もできずにいることが気になってしかたがない。
(ここからでも笛は聞こえるかしら? でも、聞こえたとして、こんなに遠くから呼ぶなんて迷惑をかけてしまうわ。アリスだって大変でしょうし)
落ち着かなくて、そわそわする。
自分だけでも帰ることはできないだろうか、とさえ考えてしまう。
「こちらです」
先導をしていた近衛騎士が、大きな扉の前で立ち止まった。
シェルニティの知識が豊富でも、王宮内の造りにまでは精通していない。
ここが「謁見の間」だろうか、と思う。
(いいえ、確か、謁見の間の前に、控えの間に通されるのだったわ)
思い直しているシェルニティの前で扉が開かれた。
が、彼女の想像していた室内とは、まったく異なる空間が広がっている。
大きな広間には違いないが、ひと目で「控えの間」でないことがわかった。
(あれは……重臣のかた……?)
向かって、左側に重臣と思しき男性陣が、ずらりと座っている。
彼らの前には、長机が置かれていた。
右側には、イスが2脚。
正面の高い位置には、横並びに豪奢なイスが並べられている。
そして、1人の青年が、その真下に立っていた。
黒のモーニングコートは、明らかな正装。
室内だというのに、なぜかシルクハットをかぶっている。
もちろん、必ずしも取らなければならないわけではないけれど。
「お待たせいたしました、レックスモア侯爵様、侯爵夫人」
その青年に手でイスを示され、クリフォードは軽く会釈をしたあと、歩き出す。
シェルニティも会釈したあと、すぐにうつむき、夫の後ろについて行った。
重臣たちが自分をどう見ているのか、確認する必要はない。
すでに、ひそひそと声が聞こえている。
彼女を見た者がとる、いつもの言動だ。
面と向かって「痣」について問う者はいない。
ただ、周囲の者たちと「痣」について、あれこれ言う。
漏れ聞こえてくる言葉にも、シェルニティは慣れていた。
が、クリフォードは慣れていない。
ちらりと視線を向けてみると、案の定、ひどく不快げな表情を浮かべている。
たぶん、自分がなにをしても、しなくても、屋敷に戻ったら叱られるのだろう。
ひとしきり夫の叱責をやり過ごしたら、すぐに部屋に戻ることにしよう。
思っていると、さらに人の気配が増えた。
重臣たちよりずっと仕立ての良い服装をした男性たちが、あの、高い場所のイスに座っているのが見える。
(王族の方々? きっとそうね。では、あの真ん中にいらっしゃるかたが……)
国王陛下に違いない。
場所はともかく、やはり「謁見」だったのだろうか。
自身の知識との食い違いに、シェルニティは、頭にハテナを浮かべていた。
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