70 / 84
相応流儀 2
しおりを挟む「……ス……セス……!」
セスは、体が揺さぶられるのを感じて、目を開く。
手を握っていたティファは、未だ床に臥せっていた。
目も伏せており、起きる気配はない。
(あれは……幻であったのか……)
確かに、ティファを抱き締めた。
ぬくもりすら感じられたのだ。
とても幻だったとは思えずにいる。
「ティファは……?」
手には、ぬくもりがあった。
生きているのは間違いない。
けれど、危険な状態なのかどうか、セスには判断できないのだ。
向かい側に座り込んでいるジークの顔を見た。
「ま、2、3日は起きらんねーだろーな」
「では……2、3日もすれば……」
「起きるってことだ」
体から力が抜ける。
が、ティファの手を握った手には、自然と力が入った。
ジークが言うのだから、ティファは数日後には目を覚ますに違いない。
助かったのだ。
「お前、行ったのか?」
「行った?」
「ティファと会ったのかって、訊いてんだよ」
「あれが本物であったかはわかりませぬが……」
ジークの口元に笑みが浮かぶ。
それから、肩をすくめた。
「どういうことでしょうか?」
「やっぱりティファは母上に似てるってことサ」
「お祖母様も黒髪、黒眼でしたが、あの力は持っておられなかったはずです」
「けど、魔力顕現したのは、ティファと同じ16ン時なんだぜ?」
ソルには初耳だったのか、驚いている。
セスにとっては、初耳以前に、話がまるでわからない。
「魔力は万能じゃない。人の心を操ったり、覗いたりすることはできねーって言うだろ? けど、例外があるみたいなんだよな」
「例外ですか?」
「父上は、母上の心ン中に入ったことがある、って言ってた」
ということは、あの暗闇は、ティファの心の中だったのだろうか。
だが、セスは、ジークの父とは違い、魔術は使えないのだ。
なぜだか、ジークが、くくっと笑う。
「お前は、ティファに引っ張られたんだろうぜ」
「ティファに?」
「そんくらい会いたかったんだろ」
ティファの手に額をつけた時だった。
引っ張られるような感じを受けたのを思い出す。
ふっと、セスも笑った。
そうか、と思う。
手を伸ばし、ティファの頬にふれた。
そのぬくもりが、愛おしい。
(強情っぱりな女だが……時には、素直になれるのではないか)
ティファに呼ばれ、自分は、あの場所に行くことができている。
そして、ティファが、心の裡に入れてくれたから、抱き締めることもできた。
あれは、幻ではなかったのだ。
「絶対防御で繋がってたってのもあるだろうけどな。元々、それは、ティファが、お前を守るためにかけた魔術なわけだしサ」
「女性に守られているようでは、先が思いやられます」
ソルに嫌味を言われる。
セスも、その通りだと思った。
視線をソルに向けて、うなずく。
「今後は、より注意深く備えることとする」
「そうとも。万が一に備えるのは、大事なことだ」
ソルが、小さく息をついた。
ティファが助かったからこそではあるのだろうが、許してもらえたらしい。
近くに置いていた香炉を手にして、セスに差し出してくる。
「壊れてはいない……なぜ、これが役に立つと思ったのかね?」
「よくわからん。理屈などなかった」
「呆れたものだ。それで、よくテスアに帰るなどと言えたな」
「だが……少しばかり気になることはあったのだ」
ジークが、ティファとの婚姻に際してテスアに来た時に、ゆっくり話すつもりでいた。
あの時は、香炉の秘密まで打ち明ける気はなかったが、確かめたいことがあったのだ。
「これを思い出した」
セスは、香炉を引っ繰り返す。
底の部分に模様が刻まれていた。
「これは……どう思われます……?」
「ウチの紋章……か? かなり似てるな……」
ジークからもらったカフスリンクスに、セスは既視感を覚えている。
ティファが死に瀕していると悟り、頭に浮かんだのが、そのカフスリンクスだ。
この香炉に刻まれている紋様と酷似していた。
中央に嘴を突き合わせた鳥が2羽。
周りには、草のような植物の模様。
香炉のほうが「雑」であること以外、ローエルハイドの紋章と同じだと言っても差し支えない。
セスは、香炉を脇に置く。
ティファを助けるためなら壊れてもかまわない、と思っていた。
だが、持ち堪えてくれたことに、感謝もしている。
「そいつは、かなり高度な魔術道具だ。そうだろ、ソル?」
「そうですね。天候を複雑に管理して、かつ、魔力疎外もかけているようでした」
「けど、3百年前からあったってなら、父上が造ったものじゃねーな」
「ローエルハイドの祖、ということでしょうか?」
「たぶん、そーだろ……ただなぁ、よくわかんねーんだよ、ウチの家系って。父上の代からは資料があんだけど……大昔は、ここいらにいたのかもしれねーなぁ」
ふと考える。
そもそも、ティファが飛ばされた理由も、そこにあるのかもしれない。
大陸のどこに飛ばされてもおかしくない状況で、ティファは、わざわざ雪嵐の酷いテスアに飛ばされてきたのだ。
もし、テスアを建国した1人の男、というのがローエルハイドの祖であったとしたら。
「まぁ、いいさ。繋がりがあろうがなかろうが、これからは、繋がってくんだ」
「非常に不本意ですがね」
「お前、まだ拗ねてんのかよ。大人げねーな」
ふいっと、ソルが、そっぽを向いた。
一応、許してもらえたものの、ソルから信頼を得るのは、まだ先になりそうだ。
今回のことで、採点は辛くなっているだろうし。
「セス」
急に、ジークの声音が変わる。
すくっと立ち上がっていた。
隣で、ソルも立ち上がっている。
「お前ンとこの民が、1人、ロズウェルドで捕まった」
言葉から、すぐに気づいた。
捕まったのは、イファーヴに違いない。
セスが毒を受けた場所は、庭の入り口に近い場所ではあった。
おそらく後をつけてきていたのだろう。
だが、引き返そうとしても引き返せなかったのだ。
イファーヴには正しい道を行く「資格」がない。
「本当は、お前に引き渡すのが筋なんだろうがな」
ジークのブルーグレイの瞳は、限りなく冷たい。
これが「人ならざる者」の系譜である、ローエルハイドなのだ。
「オレらには、オレらの流儀ってのがある。それは曲げらんねえ」
ティファを狙ったのだとしても、ティファは、じきに王妃となる。
国王の命を狙ったに等しい。
もとより、自分の甘さが、ティファの命を危険に晒している。
イファーヴにかける情けは、すでに捨てていた。
「あの者は、最早、俺の臣下にあらず。引き渡しの必要はございません」
どちらが出したのかはわからないが、点門が開かれている。
その向こうに、ロズウェルドの王宮が見えていた。
ジークが、にひっと笑って、手を振る。
「また来る」
そして、2人は、点門の向こう側に、消えた。
1
お気に入りに追加
433
あなたにおすすめの小説
ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~
柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。
その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!
この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!?
※シリアス展開もわりとあります。
記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。
せいめ
恋愛
メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。
頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。
ご都合主義です。誤字脱字お許しください。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
ウソつき殿下と、ふつつか令嬢
たつみ
恋愛
伯爵家の1人娘セラフィーナは、17歳になるまで自由気ままに生きていた。
だが、突然、父から「公爵家の正妻選び」に申し込んだと告げられる。
正妻の座を射止めるために雇われた教育係は魔術師で、とんでもなく意地悪。
正妻になれなければ勘当される窮状にあるため、追い出すこともできない。
負けず嫌いな彼女は反発しつつも、なぜだか彼のことが気になり始めて。
そんな中、正妻候補の1人が、彼女を貶める計画を用意していた。
◇◇◇◇◇
設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。
本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。
それを踏まえて、お読み頂ければと思います、なにとぞ。
R-Kingdom_10
他サイトでも掲載しています。
側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。
とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」
成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。
「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」
********************************************
ATTENTION
********************************************
*世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。
*いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。
*R-15は保険です。
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
【完結】そんなに側妃を愛しているなら邪魔者のわたしは消えることにします。
たろ
恋愛
わたしの愛する人の隣には、わたしではない人がいる。………彼の横で彼を見て微笑んでいた。
わたしはそれを遠くからそっと見て、視線を逸らした。
ううん、もう見るのも嫌だった。
結婚して1年を過ぎた。
政略結婚でも、結婚してしまえばお互い寄り添い大事にして暮らしていけるだろうと思っていた。
なのに彼は婚約してからも結婚してからもわたしを見ない。
見ようとしない。
わたしたち夫婦には子どもが出来なかった。
義両親からの期待というプレッシャーにわたしは心が折れそうになった。
わたしは彼の姿を見るのも嫌で彼との時間を拒否するようになってしまった。
そして彼は側室を迎えた。
拗れた殿下が妻のオリエを愛する話です。
ただそれがオリエに伝わることは……
とても設定はゆるいお話です。
短編から長編へ変更しました。
すみません
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる