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相応流儀 2

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「……ス……セス……!」
 
 セスは、体が揺さぶられるのを感じて、目を開く。
 手を握っていたティファは、未だ床に臥せっていた。
 目も伏せており、起きる気配はない。
 
(あれは……幻であったのか……)
 
 確かに、ティファを抱き締めた。
 ぬくもりすら感じられたのだ。
 とても幻だったとは思えずにいる。
 
「ティファは……?」
 
 手には、ぬくもりがあった。
 生きているのは間違いない。
 けれど、危険な状態なのかどうか、セスには判断できないのだ。
 向かい側に座り込んでいるジークの顔を見た。
 
「ま、2、3日は起きらんねーだろーな」
「では……2、3日もすれば……」
「起きるってことだ」
 
 体から力が抜ける。
 が、ティファの手を握った手には、自然と力が入った。
 ジークが言うのだから、ティファは数日後には目を覚ますに違いない。
 助かったのだ。
 
「お前、行ったのか?」
「行った?」
「ティファと会ったのかって、訊いてんだよ」
「あれが本物であったかはわかりませぬが……」
 
 ジークの口元に笑みが浮かぶ。
 それから、肩をすくめた。
 
「どういうことでしょうか?」
「やっぱりティファは母上に似てるってことサ」
「お祖母様も黒髪、黒眼でしたが、あの力は持っておられなかったはずです」
「けど、魔力顕現けんげんしたのは、ティファと同じ16ン時なんだぜ?」
 
 ソルには初耳だったのか、驚いている。
 セスにとっては、初耳以前に、話がまるでわからない。
 
「魔力は万能じゃない。人の心を操ったり、覗いたりすることはできねーって言うだろ? けど、例外があるみたいなんだよな」
「例外ですか?」
「父上は、母上の心ン中に入ったことがある、って言ってた」
 
 ということは、あの暗闇は、ティファの心の中だったのだろうか。
 だが、セスは、ジークの父とは違い、魔術は使えないのだ。
 なぜだか、ジークが、くくっと笑う。
 
「お前は、ティファに引っ張られたんだろうぜ」
「ティファに?」
「そんくらい会いたかったんだろ」
 
 ティファの手に額をつけた時だった。
 引っ張られるような感じを受けたのを思い出す。
 ふっと、セスも笑った。
 そうか、と思う。
 
 手を伸ばし、ティファの頬にふれた。
 そのぬくもりが、愛おしい。
 
(強情っぱりな女だが……時には、素直になれるのではないか)
 
 ティファに呼ばれ、自分は、あの場所に行くことができている。
 そして、ティファが、心のうちに入れてくれたから、抱き締めることもできた。
 あれは、幻ではなかったのだ。
 
「絶対防御で繋がってたってのもあるだろうけどな。元々、それは、ティファが、お前を守るためにかけた魔術なわけだしサ」
「女性に守られているようでは、先が思いやられます」
 
 ソルに嫌味を言われる。
 セスも、その通りだと思った。
 視線をソルに向けて、うなずく。
 
「今後は、より注意深く備えることとする」
「そうとも。万が一に備えるのは、大事なことだ」
 
 ソルが、小さく息をついた。
 ティファが助かったからこそではあるのだろうが、許してもらえたらしい。
 近くに置いていた香炉を手にして、セスに差し出してくる。
 
「壊れてはいない……なぜ、これが役に立つと思ったのかね?」
「よくわからん。理屈などなかった」
「呆れたものだ。それで、よくテスアに帰るなどと言えたな」
「だが……少しばかり気になることはあったのだ」
 
 ジークが、ティファとの婚姻に際してテスアに来た時に、ゆっくり話すつもりでいた。
 あの時は、香炉の秘密まで打ち明ける気はなかったが、確かめたいことがあったのだ。
 
「これを思い出した」
 
 セスは、香炉を引っ繰り返す。
 底の部分に模様が刻まれていた。
 
「これは……どう思われます……?」
「ウチの紋章……か? かなり似てるな……」
 
 ジークからもらったカフスリンクスに、セスは既視感を覚えている。
 ティファが死に瀕していると悟り、頭に浮かんだのが、そのカフスリンクスだ。
 この香炉に刻まれている紋様と酷似していた。
 
 中央に嘴を突き合わせた鳥が2羽。
 周りには、草のような植物の模様。
 
 香炉のほうが「雑」であること以外、ローエルハイドの紋章と同じだと言っても差し支えない。
 セスは、香炉を脇に置く。
 ティファを助けるためなら壊れてもかまわない、と思っていた。
 だが、持ちこたえてくれたことに、感謝もしている。
 
「そいつは、かなり高度な魔術道具だ。そうだろ、ソル?」
「そうですね。天候を複雑に管理して、かつ、魔力疎外もかけているようでした」
「けど、3百年前からあったってなら、父上が造ったものじゃねーな」
「ローエルハイドの祖、ということでしょうか?」
「たぶん、そーだろ……ただなぁ、よくわかんねーんだよ、ウチの家系って。父上の代からは資料があんだけど……大昔は、ここいらにいたのかもしれねーなぁ」
 
 ふと考える。
 そもそも、ティファが飛ばされた理由も、そこにあるのかもしれない。
 大陸のどこに飛ばされてもおかしくない状況で、ティファは、わざわざ雪嵐の酷いテスアに飛ばされてきたのだ。
 もし、テスアを建国した1人の男、というのがローエルハイドの祖であったとしたら。
 
「まぁ、いいさ。繋がりがあろうがなかろうが、これからは、繋がってくんだ」
「非常に不本意ですがね」
「お前、まだ拗ねてんのかよ。大人げねーな」
 
 ふいっと、ソルが、そっぽを向いた。
 一応、許してもらえたものの、ソルから信頼を得るのは、まだ先になりそうだ。
 今回のことで、採点は辛くなっているだろうし。
 
「セス」
 
 急に、ジークの声音が変わる。
 すくっと立ち上がっていた。
 隣で、ソルも立ち上がっている。
 
「お前ンとこの民が、1人、ロズウェルドで捕まった」
 
 言葉から、すぐに気づいた。
 捕まったのは、イファーヴに違いない。
 
 セスが毒を受けた場所は、庭の入り口に近い場所ではあった。
 おそらく後をつけてきていたのだろう。
 だが、引き返そうとしても引き返せなかったのだ。
 イファーヴには正しい道を行く「資格」がない。
 
「本当は、お前に引き渡すのが筋なんだろうがな」
 
 ジークのブルーグレイの瞳は、限りなく冷たい。
 これが「人ならざる者」の系譜である、ローエルハイドなのだ。
 
「オレらには、オレらの流儀ってのがある。それは曲げらんねえ」
 
 ティファを狙ったのだとしても、ティファは、じきに王妃となる。
 国王の命を狙ったに等しい。
 もとより、自分の甘さが、ティファの命を危険にさらしている。
 イファーヴにかける情けは、すでに捨てていた。
 
「あの者は、最早、俺の臣下にあらず。引き渡しの必要はございません」
 
 どちらが出したのかはわからないが、点門てんもんが開かれている。
 その向こうに、ロズウェルドの王宮が見えていた。
 ジークが、にひっと笑って、手を振る。
 
「また来る」
 
 そして、2人は、点門の向こう側に、消えた。
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