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相応流儀 1

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 真っ暗な中で、ティファはうずくまっている。
 と、思う。
 
(なんか、体の感覚がないんだよね……これって、死んだってこと?)
 
 よくわからない。
 死んだ後のことなんて考えたことがなかったからだ。
 そもそも、死ななければ、死ぬとどうなるのか、わからないのだし。
 
(死んでも意識が残るとは知らなかったな……これから、ずっと、このまま意識だけで過ごしていくの……? ここで……?)
 
 それは、ものすごく嫌だった。
 意識があるので、つい、いろいろと考えてしまう。
 思い出せることもたくさんあるのに、独りだ。
 
(誰とも話ができないって、ものすごく寂しいことなんだね)
 
 自分の言葉も声も、誰にも拾ってもらえない。
 どこにもとどかない。
 それが、これほど寂しいことだとは知らずにいた。
 
 たとえ見知らぬ相手であれ、自分の言葉に反応してくれる人がいる。
 なにかしらの感情のやりとりがある。
 そこで、人は「生きている」自分を認識しているのではなかろうか。
 誰かが反応してくれるからこそ、確かに自分は存在しているのだと実感できる。
 
 真っ暗闇の中で、独りぼっち。
 
 体の感覚もないので、これでは、死んでいるのかすら、本当のところは不明だ。
 けれど、自分以外の人がいなければ、生きていると実感するのも難しい。
 すべてが判然としない世界。
 それが「死」なのかもしれない、と思えてくる。
 
(セスは大丈夫みたいだった。それは確認したもんね。それなら、しかたないや)
 
 溜め息すらも、暗闇に消えていった。
 こんなところにはいたくないし、どうせなら意識も消滅してほしいくらいだ。
 そうすれば、独りぼっちなどと考えずにすむ。
 大好きな人たちを思い出して、寂しくなることもない。
 
(……怒ってるかな、セス……怒ってるよね……)
 
 仮に、自分が死んでいるとするなら、セスは怒っているはずだ。
 そして、同じくらい嘆いているに違いない。
 
 体の感覚はないけれど、ティファは、ますます体を丸める。
 意識の中では、そういう感じなのだ。
 膝をかかえ、その膝に頭をくっつけている、といったようなイメージ。
 
(でもさ……セスだって、私のこと庇ったじゃん……)
 
 あの針は、おそらくティファに向けて放たれていた。
 セスは、強引に体を反転させ、ティファを庇っている。
 
(元々、私が死ぬはずだったんだから……セスが身代わりになることない……)
 
 セスは、テスアの国王だ。
 貴族とはいえ、国を治めるという立場とは無縁のティファとは違う。
 民にも、とても親しまれていた。
 セスが死んだら、大勢の人が悲しむ。
 もちろん、ティファが死んでも悲しむ人がいないわけではないけれども。
 
(こんなこと言ったら……みんなに怒られるんだろうな、セスにも……だけどさ、セスの命のほうが重いよね)
 
 少なくとも、ティファは、そう考えていた。
 なぜなら、ティファ自身が、セスに死んでほしくなかったからだ。
 セスのいない世界は、きっと、ここに似ている。
 
 真っ暗で、とても寂しい、場所。
 
 そんな世界では、やっていけそうになかった。
 ティファにとって、自分の死よりも受け入れ難かったのだ。
 だから、後悔はしていない。
 
 父やソルに対して、罪悪感はある。
 結局、最期まで心配をさせ、迷惑をかけ、あげくの果てには、悲しませることになってしまった。
 なのに、もう詫びることもできないのだ。
 産まれた時から死ぬまで、ずっと親不孝をしている。
 
 それでも、助けたかった。
 セスを助けることしか考えられなかった。
 たった1人の愛する人を救うためなら、どんななにを犠牲にしてもかまわない、と思ってしまった。
 
(セスに……会いたいなぁ……お父さまやソル……みんなにも……)
 
 後悔はないものの、ただただ寂しい。
 悲しいとかつらいとかではなく、寂しいのだ。
 
 『しゃんとせんか、ティファ! お前は、俺の“嫁”であろう!』
 
 セスの声が聞こえた気がして、小さく笑う。
 テスアの言葉と、ロズウェルドの民言葉が入り混じっていたからだ。
 幻聴だとしても、滅茶苦茶だな、と思う。
 その上、どことなく焦っている雰囲気もあって、セスらしくないところもある。
 言い草だけは、とてもセスらしいのに。
 
(私の中で、理不尽な奴っていう印象が強いんだろうな。だから、幻聴も、こんなふうに変換されてるんだ)
 
 とはいえ、幻聴でも、セスの声が聞こえるのは嬉しかった。
 独りから解放された気持ちになれる。
 ここは、とても寂しい場所だが、思い出があればやっていけるかもしれない。
 少しだけ、寂しさが癒えていた。
 
 『俺の“嫁”であるにもかかわらず、俺を“しかと”するとは、いい度胸をしておるではないか! ティファ、こっちに来い!』
 
 本当に、無茶苦茶だ。
 
(ていうか、こっちってどっちのこと言ってんの? なにも見えないのにさぁ)
 
 どうせ幻聴を生み出せるのなら、もう少し優しかったり、甘かったりする言葉のほうがいい。
 そういう言葉を、セスは、あまり言わないけれども。
 
(幻聴なんて夢みたいなもんなんだし、セスが言わなさそうな……あ、でも、それだとセスっぽくなくて、よけいに寂しくなっちゃうか……)
 
 ティファは、少しだけ欲張りになっている自分を感じ始めていた。
 声が聞こえると、今度は顔を見たくなる。
 きっと幻覚で姿が見えるようになれば、ふれたいと思うようになるはずだ。
 
 『よかろう! ならば、俺と勝負をいたせ! じゃんけん、3回勝負だ!』
 
 感じないはずなのに、胸が、きゅっとなった気がする。
 もう幻聴も消えてほしかった。
 
(幻聴も幻覚も偽物じゃん! ぎゅってできないし、してもらえないもん!)
 
 これ以上、欲張りになんかなりたくない。
 実体がないものに縋っても、なおさら寂しくなるだけだ。
 ティファは、セスに恋をしていると気づいた時と、似た思考に、はまっている。
 
 セスの立場を考え、我儘はできない、と思った。
 そして、テスアから、セスから逃げたのだ。
 セスが追いかけてきてくれなかったら、みんなが後押しをしてくれなかったら、その後の日々はなかっただろう。
 
 『……ティファ……俺は、池に映った月を欲しておるのか……?』
 
 言葉に、ハッとなる。
 それは、ティファが、繰り返し思い出していた言葉だ。
 思い出してはセスを諦めようとして、けれど、できなかった。
 
 ティファは、立ち上がる。
 本当に、立ち上がったかは定かではないが、うずくまるのをやめた。
 セスの声が聞こえたと思ったほうに向かって、意識を向ける。
 
 ぼんやりとした光が見えた。
 少しずつ近づいてくる。
 
「ティファ……」
 
 幻覚でも、かまわない。
 会いたかった人が、目の前にいた。
 欲張りになって傷つくのは怖いけれど、やはり、ティファも諦められずにいる。
 
 池に映った月にでも、手を伸ばす。
 
「……ティファ……この……たわけが……」
 
 ぎゅっと抱き締められる感覚があった。
 幻聴でも幻覚でもないと信じられるだけの強さで、抱き締められている。
 ティファは、セスを抱きしめ返し、その胸に顔をうずめた。
 
「……セス……大好き……」
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