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我儘に過ぎるでしょう? 2

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 ティファは、アドラント領地内のローエルハイドの屋敷にいる。
 自分の部屋で、イスに座り、ぼうっとしていた。
 窓の外には、遠く、月が輝いている。
 
 『惚れた男と結ばれるなどと、考えぬがよい。池に映った月を取ることはできぬのだ』
 
 茶屋でも思い出した。
 セスに言われた言葉だ。
 確かにそうだ、と思う。
 
「けど……池に映ってなくても……月には手がとどかないもんだよ、セス……」
 
 セスの銀色の髪と瞳。
 
 まるで、月の光そのものだ。
 しかも、今時分の暖かい日に見える月とは違う。
 体が凍りつきそうなほど寒い冬の夜に見える、銀の月。
 
 北方にあり、雪嵐に囲まれている国テスア。
 
 セスは、まさしく「国王」を体現している。
 テスアという国の象徴なのだ。
 
 テスアを去って、2ヶ月が過ぎていた。
 なのに、こうして、毎日のようにセスのことを考える。
 去り際に見た、うつむいた姿が、繰り返し目に浮かぶ。
 あんなセスを見たのは初めてだった。
 
「ティッフィ?」
「あ……ソル……どしたの?」
 
 部屋の戸口に、ソルが立っている。
 おそらく、外からも声をかけられていたのだろう。
 ソルは転移でどこにでも行けるが、ティファの部屋に無断で入ったりはしない。
 声をかけられているのに、ティファのほうが気づかなかったのだ。
 
「これなんだけどよー。どうする?」
「え? またテリーから手紙?」
 
 ソルが、ひらひらと手紙を振っている。
 封蝋ふうろうに押されている印璽いんじは、アドルーリット公爵家のものだ。
 
 必要な履修は終わらせていたので、勉強会に出る必要はなかった。
 そのため、ティファは、ずっと勉強会を休んでいる。
 元々は、せっかく無理を言ってまで通わせてもらっている勉強会を欠席する気はなかった。
 外に出られるのは嬉しかったし、貴族らしい貴族が作り上げられていく過程には興味がなくもなかったし。
 
 少なくとも3ヶ月前までは。
 
 けれど、今は、ほかに心がとらわれている。
 履修が無効になるので、卒業パーティーに参加する必要はある。
 王宮図書館への出入り許可証を失いたくはないからだ。
 ただ、その日までは休むつもりでいた。
 
 だから、リドレイの屋敷も訪れていない。
 ティファは、あれ以来、領地から1歩も出ずにいる。
 自分が外に出ると、周りに迷惑をかけてしまうからだ。
 領地内にいれば、父に心配をかけることもない。
 
 学校に行きたいと言ったのも、結局のところ、自分の我儘からきている。
 そのあげく、あんなことになった。
 このまま領地に引きこもっていれば、波風を立てずにすむ。
 
「一応、お前宛だから持ってきちゃいるけど、いらねえんじゃね?」
「まぁ、そうなんだけど……捨てるのもなぁ……」
 
 毎日のように送られてくるテレンスからの手紙。
 最初の1通だけは読んでみた。
 が、あの日、叩いたことについての言い訳が長たらしく書かれていて、ひどく憂鬱になったのだ。
 なにしろ、テレンスの言い訳は、あまりにも的外れだった。
 
「いいさ、ティッフィ。読みもしねえ手紙に意味なんかねえ」
 
 ソルの手にしていた手紙が、ボッと燃え尽きる。
 きっと今後、ティファにテレンスからの手紙が届けられることはない。
 なんだか申し訳ない気もするが、それでいいと思った。
 ソルの言うように、読まないのだから、知らないほうが気にせずにいられる。
 
「オレの可愛いティッフィを悩ませてんのは、やっぱりあいつか?」
「ええと……悩んでるってわけじゃ……」
「オレにわかんねえことはねえって言ったろ?」
 
 ソルが両腕を組み、体を戸にもたれかけさせていた。
 魔術は万能ではなく、人の心を操ったり、覗いたりすることはできない。
 とはいえ、ソルには筒抜けだ。
 
「あの国、なくしちまうか」
 
 あの国というのは、テスアのことだろう。
 驚き過ぎて、声が出ない。
 ソルが、腕をほどき、肩をすくめる。
 
「そうすりゃ、あいつは国王じゃなくなるだろ? ロズウェルドに併合すれば、あの国も安泰だしなー」
「それは、ダメ。絶対に、ダメ」
「なんでだよ? 雪嵐に守られてるより、ロズウェルドの庇護下に入ったほうが、遥かに安全じゃねえの? おまけに、あいつは国王せずにすむし、お前だって……」
「違う! それじゃ、ダメなの! だって……」
 
 セスは、国を大事にしていた。
 民を慈しんでもいる。
 テスアは、テスアとして存在しているから、いいのだ。
 ほかの国に併合されることで得られる安全があったとしても、それではテスアは、テスアでなくなる。
 
「けどよー、オレは、お前のそういう顔は……」
「ソル、ティファが嫌がってんだろーが」
 
 ごつんっ!と大きな音がした。
 いつの間にか、父が部屋に入って来ている。
 ソルとは違い、父は余裕で無断侵入するのだ。
 父に拳骨を食らったソルは、頭をさすっていた。
 
「ティファ、こいつの言うことは気にすんな。まだガキなんだよ」
「26にもなって、ガキなどと言われたくはありませんね」
「26にもなって、ガキだから、ガキだっつってんだ。黙ってろ、クソガキ」
 
 むうっと不機嫌に、ソルが黙り込む。
 父はソルを小さく睨んだが、ソルは知らん顔で、そっぽを向いていた。
 出て行けという父の無言の圧力を無視している。
 
「いたけりゃ、いろよ。その代わり、よけいな口は挟むんじゃねーぞ」
 
 父の言葉に、ソルは返事をしない。
 返事をしないのが、返事なのだ。
 
「ティファ、よく考えろ」
 
 父が歩み寄ってきて、ティファの前にしゃがみこむ。
 そして、膝に置いていた両手を、そっと握ってきた。
 
「ソイツが好きか?」
 
 その、ひと言で、じわ…と目に涙が浮かぶ。
 父のブルーグレイの瞳を、じっと見つめた。
 それから、小さくうなずく。
 
「でも……だけど……私じゃ無理なんだよ、お父さま……」
「なんでだ? ソイツに、フラれたわけじゃねーだろ?」
「だって……セスは国王で……民を1番に考えなきゃいけなくて……私が、我儘を言える相手じゃない……」
 
 父が、両手を離し、ティファを抱きしめてきた。
 その胸に顔をうずめる。
 
「それに……私が好きなのは……いい国王やってるセスだから……ダメな国王にはなってほしくないんだよ……」
 
 民を想い、怒り、憂いている、良い国王のセス。
 なのに、ティファには、とんでもなく理不尽で身勝手で、威張ってばかりいる。
 そういうセスに、ティファは恋をした。
 どちらも欠けてほしくない。
 
「わぁかった。もう、なんも心配すんな。大丈夫だ。全部、良くなる」
 
 頭を撫でられ、ティファは顔を上げる。
 そして、父に、小さく笑ってみせた。
 
「うん。時薬で、なんとかなるよ。大丈夫になる」
 
 時が傷を自然に癒してくれる。
 それを「時薬」と言うのだと、祖母の言葉で知った。
 ただし、祖母の言葉には、こうもある。
 
 『時薬が効かないものもあるんだよね。時間が経っても、全然、大丈夫になんかならなかったもん。きっと愛って、そういうもんなんだろうな』
 
 父を安心させたくて言ったけれど、ティファは気づいていた。
 すでに手遅れなのだ。
 
 セスは、ティファの「たった1人」の愛する人。
 
 祖母の言うように、きっと大丈夫になんかならない。
 思う、ティファに、父が優しく口元に笑みを浮かべて言った。
 
「お前は、このオレ、ジーク・ローエルハイドとフィオレンティーナ・アドラントの娘だ。本当は、どんな我儘してもかまわねーんだぜ? オレの大事な可愛い娘」
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