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後編

報告と催促 4

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 あとで、ぱたかれるかもしれない。
 だとしても、かまわなかった。
 いつもはサマンサに負けている。
 
 ここは、彼が「勝つ」ところなのだ。
 
 ぷるぷる震えている彼女の肩を抱き寄せた。
 体を、ぴったりとくっつけ、サマンサの家族に笑顔を向ける。
 
「良い報告だと思ってもらえているようだね」
「ええ、もちろんですとも!」
「レヴィ、きみには、なにかと無理を言ってしまったな。きみが妹思いだと知っているから、つい頼りにしてしまったのだよ」
「いえ、私は、なにもしておりません。逆に公爵様に助力いただいたことのほうが多いほどですから」
 
 サマンサの肩を抱いていないほうの手で、レヴィンスと握手をかわした。
 ドワイトとリンディも、明るい表情をしている。
 めずらしくドワイトは、にこにこしていた。
 リンディは、目の端に、涙を浮かべている。
 
「さて、そろそろ座って話をしようじゃないか」
「申し訳ございません。気がつきませんで」
「いいよ、ドワイト。そうかしこまられちゃ、娘婿としての立場がない」
 
 ドワイトが、ハッという表情を浮かべた。
 なにか気恥ずかしそうに、彼へとソファを勧めてくる。
 きっと「娘婿」という存在ができるのが、照れくさいのだろう。
 ドワイトの性格からすると、ローエルハイドを後ろ盾にできると喜ぶ損得勘定は頭にもないはずだ。
 
 彼とサマンサが同じソファに腰かけ、その向かいに3人が座る。
 すぐにティーセットが運ばれてきた。
 彼は、サマンサが手に取る前に、先にティーカップを取り上げる。
 軽く、ふうっと吹いてから、彼女に渡した。
 
「熱いから、少し冷ましておいたよ」
「あらあら、そんなことまで公爵様にさせているの、サム?」
「ああ、いや、最近、彼女は唇を腫らすことがあったものだから、気になってね」
「そうなのか、サム? 唇を腫らすだなんて、なにを塗ったんだ? 街では怪しい口紅を売っているというから、気をつけたほうがいい」
 
 リンディやレヴィの言葉にも、サマンサは答えられずにいる。
 なぜ「唇が腫れたのか」という理由を話せないからだ。
 彼は、すっかりご機嫌だった。
 彼女をやりこめているからではない。
 
 サマンサとの関係を大っぴらにできることに、浮かれている。
 
 報告としつつも、実のところ、2人の関係を見せびらかしに来たようなものだ。
 サマンサは内心で怒り狂っているだろうが、気にしていない。
 彼には、彼女の機嫌を取るのが上手いとの自負がある。
 丸めこむのではなく「愛と誠意」でもって、機嫌を取ろうと思っていた。
 
「公爵様、不躾ではありますが……」
 
 盛り上がっている2人とは違い、ドワイトが急に真剣な表情になる。
 彼は、ドワイトに向かって、穏やかに微笑みを浮かべた。
 なにを言おうとしているのか、察しているからだ。
 それを好ましく感じてもいる。
 
「私はティンザーの家風が気に入っている。今後も、きみは、きみの信じることを貫けばいい。私に忖度などされては、落胆してしまうからね。いいかい、これまで通り、ティンザーであり続けてくれたまえよ、きみ」
「こ、公爵様……真に、ありがたい、お言葉にございます」
「義理の息子になる相手に、そう堅苦しくしなくてもいいじゃないか」
 
 彼は、陽気に笑った。
 人前で、声を上げて笑うことがないせいか、ドワイトが目を見開いている。
 リンディも、ハッとしたように口元を押さえていた。
 レヴィンスだけは、納得顔でうなずいている。
 サマンサより兄の心を先に「射止めた」のは、間違いなさそうだ。
 
「ところで、婚姻の式のことを、どうするかも話し合っておきたいのだが、かまわないかね?」
「もちろんにございます」
「ちょ……」
 
 くいくいっと、サマンサに袖を引っ張られる。
 そこまで決めるとは、話し合っていなかったのだ。
 打ち合わせにないことだらけになっていて、混乱している。
 いよいよ、引っ叩かれる可能性が高まってきた。
 
 だが、気にしない。
 
 いずれにせよ、式はする。
 彼は「家族と話し合ってから」などという口実を設けさせはしない。
 先手を打ったのだ。
 家族と一緒に決めるのであれば、早く事が進められる。
 
 彼女は、18歳になっていた。
 もうすぐ19になる。
 子を成すことを考えれば、時間は惜しむべきなのだ。
 少しでもサマンサの体に負担はかけたくない。
 
 つい最近、彼女の死にかけた姿を見ている。
 
 まだ命を失う可能性の低い年齢だとしても、まったくない話ではなかった。
 それが、彼の不安となっている。
 サマンサが子を望んでいないのならともかく、今は、2人とも子を望んでいる。
 せっつきたくなっても、しかたがない。
 
(そりゃあ、1ヶ月やそこいらは待てるさ。だが、それが限界だな)
 
 気持ち的にも。
 
 子を成す意思はあれど、そのために婚姻するのではない。
 ベッドをともにすることの意味も、同じだ。
 サマンサを怯えさせたくはなくとも、年単位で待てるほど気が長くもなかった。
 
 口づけだけの関係でいるには、彼女は魅力的に過ぎる。
 その点では、サマンサの体型が変わる前から、彼の考えは変わっていない。
 外見や体型がどうだろうと、彼がふれたいと思うのは、サマンサなのだ。
 
 経験がないわけではなかったが、実際、たいして多くもなかった。
 女性を口説くのに慣れていないというのは、本当だ。
 誘われて応じたことはある、といった程度に過ぎない。
 彼自ら、口説き落そうと思えるほど、興味をいだいた女性は、サマンサが初めてだと言える。
 
(そういうところでも、彼女は、私の初めてとなるわけか)
 
「こちらは、列席者がほとんどいないが、ティンザーは、そうもいかないだろう? 私に気にせず、呼びたいだけ呼んでくれてかまわないよ」
「そうですね……分家の者や、下位貴族もおりますから、当主と正妻くらいは呼ぶことになるでしょう」
「あ、あの……お父様……ちょ……」
「場所については、どうするかな。アドラントの屋敷でもかまわないし、なんなら、王宮の広間を借りるという手もあるか」
 
 サマンサの口を挟む隙を与えずに言った。
 リンディが、瞳を輝かせる。
 王宮の広間を借りるのは、重臣でも格上の家門に限られていた。
 そのため、貴族たちにとって「憧れの式」となっている。
 
「素敵だわ……サムが、王宮で式を挙げるなんて考えただけでも、涙が出そうよ」
「しかし、ティンザーとして借りるのは、難しいのだぞ。公爵様に頼ることになるではないか」
 
 リンディは王宮での式を望んでいるが、ドワイトは実直さを見せていた。
 ローエルハイドの名を借りることになるのを気にしている。
 彼は、サマンサの手をぎゅっと握り、ドワイトに笑顔を見せた。
 
「それはかまわないのじゃないかな。こちらが、きみたちの娘を迎えいれるわけだからね。準備を整えるのがローエルハイドの責務だと言える。むしろ、きみたちに負担をかければ、私の面目が立たないよ」
「父上、私も公爵様のご提案に賛成です。あまりにも貧相ですと、公爵様の体裁に傷をつけることになりかねません」
「そ、そうか……それも、そうだな」
 
 彼は、外聞も体裁も面目も、気にしたことがない。
 知っているサマンサは、彼の手を、ぎゅうううっと握ってくる。
 爪が食い込むほどに。
 
(おや。じゃじゃ馬が暴れ出しそうになっているな)
 
 彼女の意見を訊かず、どんどん話が進んでいることに腹を立てているのだ。
 だが、家族の喜ぶ姿に、口出しができなくなっている。
 
 この間、負けるべきところは負けておいた。
 手の治癒も諦めたし、抱き上げて歩くのも2日で取りやめさせられている。
 ここは、自分が勝つべきところだと、改めて思った。
 
「サミー、きみは、私が、せっかちになっていると、思っているだろうね。だが、早く婚姻してしまわなければ、きみに逃げられてしまうのじゃないかと、びくびくしている男の気持ちを、どうか憐れんでくれないか?」
 
 サマンサのご機嫌を損ねて、いかにも、しょんぼりしているというふうに、彼は眉を下げてみせる。
 そして、彼女に少しだけ寄りかかった。
 その耳に、そっと囁く。
 
「婚姻前と、婚姻後と、どっちにするかは、きみ次第だ。私に待たなくてもいいと言うなら、式を後回しにしたまえ。そのほうがいいかい? ねえ、きみ」
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