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後編

すべてはそこに 2

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 解毒剤を飲ませたが、サマンサの容態は良くならない。
 なんとか命を繋いでいるという状態だ。
 まるで、効果がないわけではない。
 だが、明確な効果もあらわれていなかった。
 
 唇は青いまま、赤味を取り戻さずにいる。
 目を伏せたサマンサは、浅い呼吸を繰り返していた。
 今にも止まってしまいそうなほど、弱々しい鼓動に、彼は苦しくなる。
 サマンサの手を握り、じっと動かずにいた。
 
 少しでも目を離したら、彼女が消えてしまうような気がする。
 
 サマンサは、毒に侵されていた。
 テスアに来てから、彼女の手に小さな傷がついていたことに気づいている。
 毒のついたなにかで、刺されたようだ。
 
「ほかの薬は試せねーの……?」
 
 ノアの心配そうな声が聞こえる。
 彼は、ラスの答えを予測していた。
 
「解毒剤を掛け合わせるのは危うい。体にも、よけいな負担がかかる」
 
 思った通りだ。
 通常、毒には、それに対処するための解毒剤がある。
 それは対になっているとも言えるものであり、合わない薬を重複させれば、逆に命取りになる可能性が高い。
 
「でも……少しは効果あるんだよな……?」
「治癒をせずとも命を繋いでおるのだ。効果がないとは言えぬが……」
 
 サマンサの体力がつかどうか。
 この状態が続けば、いずれ彼女の体力は尽きる。
 目を覚まさないまま、儚く散ってしまうかもしれないのだ。
 とはいえ、ほかに手立てがない。
 
(サミー……私が守ると……)
 
 とても無力だった。
 とてもとても、無力だった。
 消えかけている愛しい人の命を、引きめることさえできずにいる。
 いくつもの後悔が、彼の中に浮かぶ。
 
 人を殺すための力なら、いくらでも持っていた。
 簡単に世界を亡ぼす力さえある
 畏怖され、恐怖の対象とされる存在でもあった。
 
 なのに、たった1人を救う力を持たない。
 
 ならば、この力に、どんな意味があるだろう。
 魔力を捨ててもいい。
 魔術が使えなくなってもいい。
 代わりに、サマンサを助ける力がほしかった。
 
(父上は……母上の後を、追われたのですね……)
 
 彼の父は、行方知れずとなっている。
 葬儀もできていない。
 それでも、わかった。
 父は、彼にローエルハイドを託したあと、母の後を追ったのだ。
 
 今、彼も、そういう気持ちでいるから、わかる。
 
 サマンサが命を落としたら、生きてはいけない。
 ほかの誰にも引き留めることはできないのだ。
 彼女が、彼の世界となっていた。
 その中でだけ、彼は「独り」ではなくなる。
 
 サマンサと過ごす日々、暖かく愛のある家庭。
 
 望んだ結果が、これだ。
 彼女を危険にさらすだけではなく、命さえ奪われようとしている。
 彼は、自分の判断が正しかったのかが、わからなくなっていた。
 
「……サミー……きみを…………愛している……」
 
 ぽつり…と、つぶやく。
 この声が、サマンサにとどいてくれることを願った。
 同時に、この想いが、彼女を殺すのかもしれないと恐れている。
 
 自分の力は、壊すためのものなのだ。
 守るための力には成り得ない。
 
 事実、サマンサは死にかけている。
 彼には、なにもできることがない。
 
 ぴくっと、サマンサの手を握っていた彼の手の指が震えた。
 なにもかもを無視してしまいたくなっている。
 サマンサを置いては、どこにも行きたくなかったからだ。
 
 けれど。
 
 なにかが、彼を急き立てる。
 できることがあるのなら、動くべきではないのか、と。
 
「ラス……少しここを頼むよ。それと……」
「よい、ジェレミー。お前は、お前のすべきことをいたせ」
 
 小さくうなずき、彼は、転移した。
 彼ですら弾き飛ばされそうになるほどの力で雪嵐が渦巻いている。
 辺りは真っ白で、視界はないも同然だ。
 それでも、彼には認識できた。
 
「フレディ!」
 
 雪の中に、フレデリックが倒れている。
 駆け寄って、抱き起こした。
 フレデリックは、またも瀕死だ。
 とはいえ、フレデリックの場合は、彼の治癒が効く。
 
 ぷはっと、息を吹き返したフレデリックを担ぎ上げた。
 点門てんもんを開き、宮に戻る。
 床に降ろすと、フレデリックが目を開いた。
 治癒が効いたので、顔色は良くなっている。
 
「公爵様! サマンサの血です!」
「血……?」
「たぶん、ジェシーは、毒を血に混ぜたのですよ! 奴が……カウフマンが、そのようなことを口走っておりました!」
「であれば、解毒の効果が薄いのも、合点がいく」
「毒って、普通、血に混じるものじゃねーの……?」
 
 ノアの言うことは正しいが、間違っていた。
 ジェシーのすることだ。
 普通であるはずがない。
 
「魔術のかかった毒だ」
「魔術のかかった毒……?」
「動いておるのさ。しかも、分裂する。そうであろう、ジェレミー」
 
 魔術の中には、毒の要素を持つものがある。
 毒自体は「治癒が効かない」ものだった。
 その毒に魔術をかけ、サマンサの血に混ぜたのだ。
 
 血に「混ぜた」という言葉から、それがわかった。
 
 薬が、分裂している毒の一部を解毒している。
 だから、まだしも命が繋がっているのだ。
 それでも、分裂を繰り返しているため、解毒剤が追いついていない。
 回復しないのは、そのせいだった。
 
「いかがする?」
 
 ひとつの光が見える。
 危険があるのは確かだが、なにもせずにいるよりはいい。
 
「浄化する」
「我が君……」
 
 控えていたジョバンニが、小さく声を上げた。
 彼にとっても、初めてのことだ。
 どうなるかは、未知だと言える。
 
(きみと出会ってから、私には初めてのことが多い……)
 
 女性に脛を蹴られたこと。
 サマンサの体型を変える術を使い、魔術を使う気にもならないくらいヘトヘトになったこと。
 感情的になり口づけたり、怒ったりしたこと。
 
 そして、心を差し出し、受け取ったこと。
 
 サマンサは、何度も彼に「初めて」を経験させている。
 その、どれもが、彼女の正しい選択だったように思えた。
 きっと今回の「初めて」も、正しく結果を出せる。
 自分よりも、彼女を信じていた。
 
 『死ぬと言っているの?』
 
 倒れたサマンサが、切れ切れに言った言葉だ。
 きっと「自分は死なない」と言いたかったに違いない。
 それを信じる。
 
「ラス、頼んでもいいかい?」
「気をつけるのだぞ。その女子おなごを死なせてはならん」
「死なせる気はないよ」
 
 ラスが刀を抜く。
 すぐに、ス…と、サマンサの首筋に短い切り傷がついた。
 だが、大量に血が吹き出す。
 
 彼は、その血を身の内に取り込み、浄化してから、彼女の体に戻した。
 当然、1度では浄化しきれない。
 あふれる血を取り込んでは、戻す。
 彼の体にも毒が回っていた。
 
 浄化はしているので薄まってはいるが、影響がないわけではない。
 そのせいで、口から血があふれる。
 かまわず、サマンサにだけ集中した。
 
 緊迫した空気で満たされていたが、誰もが黙っている。
 彼は、サマンサの血に混ぜられた毒を取り除いていった。
 
(助けるよ、なにがあっても……私の命を懸けても……)
 
 絶望の淵に立たされているより、細い光でもすがることを選んでいる。
 彼は、サマンサの苦痛を、自分のものとしていた。
 眩暈がして意識が途切れそうになる。
 サマンサの首から、血があふれた。
 彼が取りこぼせば、毒より出血で、彼女は死ぬ。
 
 ぶわっと、彼の周りの空気が揺らいだ。
 
 彼以外の3人が、部屋の端に弾き飛ばされる。
 刀を床に刺し、ラスだけは、その圧力に耐えていた。
 
 持てる力すべてを使う。
 サマンサを救うことしか、その心にはない。
 
(きみだ……きみは、私の……光だよ……サミー……)
 
 暗闇から光のあるほうへと向かって、彼は自分を解放した。
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