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後編
選んだからには 2
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サマンサは強くて聡明だ。
彼に「まだ話していないこと」があると察している。
できれば話さずにいたかった。
だが、それはできない。
隠し事をする状況があってもいいとは思っている。
なにもかもを打ち明けるのが正しいとも言い切れないからだ。
とはいえ、今回の場合は少し違う。
彼の意識の問題だった。
躊躇いがある。
彼はサマンサの意見を訊きたいのだ。
だから、話すことにした。
結果が変わらないとしても、彼女がどう思うかはわかる。
彼が気にしているのは、そこだった。
「カウフマンはトリスタンが捕らえることになっている。そろそろ連絡が入る頃だろう。そのあと私の出番が回ってくるのだよ」
「ローエルハイドの血が入ったカウフマンの血筋を断つのよね?」
ひと通り、これまでのことをサマンサには話している。
ジェシーが、どういう存在かも説明していた。
ほかにも、ジェシーに成り損なった者がいるということも語っている。
「およそ4千人ほどだ。血筋を断つというのは、やわらかい表現に過ぎる」
いったん言葉を止めた彼の手を、サマンサが握ってきた。
彼女にもわかってはいるのだろうが、あえて言う。
「私は、彼らを皆殺しにするのさ」
カウフマンが拡散させたローエルハイドの血は、回収しなければならない。
彼は自分の身を持って、その危険性を感じている。
カウフマンの配下か否かは別にして、存在自体が「在ってはならない」のだ。
「善良な者もいるかもしれない。大人もいれば子供もいる」
「…………赤ん坊もいるのじゃない……?」
「そうだよ、サミー……なにも知らない赤ん坊も、いる」
サマンサは彼の手を握ったまま、うつむいていた。
彼よりもずっと精神的に負担がかかっているのは、わかっている。
彼は、サマンサがどう思うかにしか興味がないのだ。
そうでなければ迷ったりはしていない。
とはいえ、彼女は違う。
彼のように、冷酷で愚かな本質は持っていないのだ。
サマンサの本質は、か弱く脆い。
芯の強い女性であることは確かだとしても。
「例外を作りたくないのでしょう?」
「先々のことを考えるとね」
彼らが誰と出会い、どんな子を成すか。
それを予測するのは不可能だった。
彼らの有するローエルハイドの血は薄いが、時を経て濃くなる可能性はある。
ジェシーが、それを証していた。
70年以上も前に失われていたはずの、ロビンガムの血を色濃く継いでいる。
ロビンガム男爵家はサイラスとクィンシーの死をもって継承者がいなくなり、爵位停止となって久しい。
それなのに、ジェシーは産まれたのだ。
彼は、3人目の出現による、自らの死を恐れているのではない。
「もし……その中から、いずれ人ならざる者が現れた時……その力を悪用するかもしれない。同時期に止められる人がいなければ、大変なことになるでしょうね」
サマンサは彼の危惧を正確に把握している。
現時点で存在している者たちが、危険もなく「なんの罪もない」者たちであったとしても、将来的に顕れる「悪意ある者」の可能性。
顕れた時に排除すれば良い、とは、いかない。
なぜなら、その時代に「人ならざる者」が2人いるとは限らないからだ。
悪意のある者だけが存在することも有り得る。
そうなれば、誰も、その人物を止めることはできない。
ロズウェルドだけではなく、他国、ひいては、海を越え、別の大陸までをも巻き込むことに成りかねなかった。
それこそ、無辜の人々が、大勢、犠牲になるのだ。
世界に星が降れば、犠牲は4千人にはとどまらない。
そして、彼らにはカウフマンの血が入っている。
その血は「種」の影響力を広げることのみを目的とする質のものだ。
非常に危ういと言わざるを得ない。
カウフマンのようなものが「人ならざる者」として顕れれば、彼らの「種」以外の人々は、カウフマンの一族に隷属して生きていくことになる。
「自分が正しく力を使っているとは思っちゃいないが、世界を手に入れようとも思ったことはない。だが、そういう者が出て来ない保証は、どこにもないのだよ」
この力は大き過ぎる。
本気になれば世界をも手に入れられる。
曾祖父も、叔母も彼も、単に興味がなかっただけだ。
ひたすら愛にのみ生きている。
「どういう基準で顕れるのかわからないからね。あげく彼らにはカウフマンの血が混じっている。とても危険な思想を持つ血だ」
そのためローエルハイドの血筋とは別種の「人ならざる者」が産まれる可能性を排除できない。
姿は祖父に似ているのに、別物であったジェシーのように。
人ならざる者は、たった1人の愛する者のために在る。
ローエルハイドは、常に愛に縛られていた。
だが、そこから解き放たれたらどうなるだろう。
誰も止められない。
ローエルハイド以上に危険な存在と成り得る。
「私はきみになにかあったら、ロズウェルドを亡ぼしてでもカウフマンの一族を根絶やしにしようと思っていた」
サマンサがカウフマンの手にかかって命を落としていたら、間違いなく彼は暴走していた。
サマンサという、たった1人、彼を止められる存在を失った世界では、歯止めが効かなくなる。
「だがね。そもそも止められる存在がいなければ、歯止めもなにもない」
「とても危険だわ……誰しもが善良なわけではないから……」
「今は良くても、その次の世代、さらに次の世代となるとね。予測は不可能だ」
だから、今、その「種」を根絶しておかなければならない。
彼らはカウフマンの勝手な思想により生み出されている。
彼ら自身に罪がないことはわかっていた。
それでも、彼は自らの正しいと思ったことをやらなければならないのだ。
ローエルハイドの血の責任として。
「あなたに訊きたいのだけれど、いいかしら?」
「もちろん、かまわないさ」
サマンサが顔を上げる。
彼の手を、しっかりと握っていた。
「あなたは、私との間に子供がほしいと思う?」
唐突な質問に、彼はサマンサを見つめ返す。
それはすでに答えたような気もしたが、なにか意味があるのだろう。
彼は、今度は迷わなかった。
「きみとの子なら、ほしいと思っているさ。きみが、その子を愛せると言ってくれたからね。その心配さえなければ、きみと私の子がほしくないはずがない」
サマンサがいて、自分たちの子供がいる、暖かで愛のある家庭。
彼女に与えることはできないと思い、諦めていただけだ。
諦めずにすむのなら、願わない理由はなかった。
サマンサと子供たちに囲まれている自分は、どれほど幸せだろうか。
想像するだけで、心が暖かくなる。
「誰かを犠牲にして掴む幸せだわ」
サマンサの言葉に、ハッとなった。
穏やかで平和な日常を守るためには、彼らを排除するしかない。
彼とサマンサの子、その子の子、さらに、その先に続く道が途切れないように。
「どちらかを選ばなければならないのなら、私は、あなたと私たちの子を選ぶわ」
父は祖父から、祖父は曾祖父から言われたという言葉を思い出す。
人は守りたいものしか、守れない。
すべてを守ることも、なんの犠牲もはらわずにいることもできないのだ。
正しささえ、統一された意思ではない。
人殺しか英雄か。
それだって、人はそれぞれに判断する。
実際に手を下した者の気持ちを置き去りにして。
サマンサが両腕を伸ばし、彼の体を抱き締めてきた。
首に両手を回し、彼を胸に抱いてくれる。
彼は、そのぬくもりに包まれ、目を伏せた。
「私が踊る時には、あなたも踊る。私を1人で踊らせはしない。あなたは、そう言ったのよね」
静かな口調に、心が凪いでいる。
サマンサの心が、しっとりと彼の心をつつんでいた。
「私も同じよ。あなたが手を汚す時は、私も手を汚す。あなた1人に責任を負わせはしない」
サマンサは誰とも違っている。
赤の他人で、しかも、今は記憶さえなく、見ず知らずに近い関係だ。
なのに、誰よりも彼の心を知っている。
彼にも家族と呼べる者たちはいた。
叔父夫婦に、いとこたち。
だが、彼の心の最も深い場所にふれてくるのは、サマンサだけだ。
彼が、無意識の中で、ほしいと願っていた言葉を言ってくれる。
独りではないのだ、自分は。
初めて、そう思えた。
黒髪、黒眼で産まれて以来、ずっとかかえてきた孤独。
唯一、同じであった叔母を亡くし、より深くなった闇。
そこから、やっと抜け出せた気がする。
「その人たちにも家族はいるでしょうね。大切に思う人もいる。罪の意識を感じないわけではないわ。むしろ、罪深いと思う。彼らには罪もないし、責任もないのだから……それでも……私は、私たちを殺す未来より……私たちが幸せになれる未来を選ぶわ。どれほど利己的だと言われようとも……これが、私の決断よ」
彼はサマンサにいだかれ、目を伏せたまま、小さく息をついた。
世界を守るなどという大層なことではない。
たった1人。
ただ1人、愛する女性のために、自分は、この幸せを守りたいのだ。
そう、たとえそれが、どれほど利己的であろうとも。
「サミー……私は、きみに言ったかな」
彼は、迷いを捨てる。
そして、愛に手を伸ばす。
「きみほど素晴らしい女性がいるだろうか」
彼に「まだ話していないこと」があると察している。
できれば話さずにいたかった。
だが、それはできない。
隠し事をする状況があってもいいとは思っている。
なにもかもを打ち明けるのが正しいとも言い切れないからだ。
とはいえ、今回の場合は少し違う。
彼の意識の問題だった。
躊躇いがある。
彼はサマンサの意見を訊きたいのだ。
だから、話すことにした。
結果が変わらないとしても、彼女がどう思うかはわかる。
彼が気にしているのは、そこだった。
「カウフマンはトリスタンが捕らえることになっている。そろそろ連絡が入る頃だろう。そのあと私の出番が回ってくるのだよ」
「ローエルハイドの血が入ったカウフマンの血筋を断つのよね?」
ひと通り、これまでのことをサマンサには話している。
ジェシーが、どういう存在かも説明していた。
ほかにも、ジェシーに成り損なった者がいるということも語っている。
「およそ4千人ほどだ。血筋を断つというのは、やわらかい表現に過ぎる」
いったん言葉を止めた彼の手を、サマンサが握ってきた。
彼女にもわかってはいるのだろうが、あえて言う。
「私は、彼らを皆殺しにするのさ」
カウフマンが拡散させたローエルハイドの血は、回収しなければならない。
彼は自分の身を持って、その危険性を感じている。
カウフマンの配下か否かは別にして、存在自体が「在ってはならない」のだ。
「善良な者もいるかもしれない。大人もいれば子供もいる」
「…………赤ん坊もいるのじゃない……?」
「そうだよ、サミー……なにも知らない赤ん坊も、いる」
サマンサは彼の手を握ったまま、うつむいていた。
彼よりもずっと精神的に負担がかかっているのは、わかっている。
彼は、サマンサがどう思うかにしか興味がないのだ。
そうでなければ迷ったりはしていない。
とはいえ、彼女は違う。
彼のように、冷酷で愚かな本質は持っていないのだ。
サマンサの本質は、か弱く脆い。
芯の強い女性であることは確かだとしても。
「例外を作りたくないのでしょう?」
「先々のことを考えるとね」
彼らが誰と出会い、どんな子を成すか。
それを予測するのは不可能だった。
彼らの有するローエルハイドの血は薄いが、時を経て濃くなる可能性はある。
ジェシーが、それを証していた。
70年以上も前に失われていたはずの、ロビンガムの血を色濃く継いでいる。
ロビンガム男爵家はサイラスとクィンシーの死をもって継承者がいなくなり、爵位停止となって久しい。
それなのに、ジェシーは産まれたのだ。
彼は、3人目の出現による、自らの死を恐れているのではない。
「もし……その中から、いずれ人ならざる者が現れた時……その力を悪用するかもしれない。同時期に止められる人がいなければ、大変なことになるでしょうね」
サマンサは彼の危惧を正確に把握している。
現時点で存在している者たちが、危険もなく「なんの罪もない」者たちであったとしても、将来的に顕れる「悪意ある者」の可能性。
顕れた時に排除すれば良い、とは、いかない。
なぜなら、その時代に「人ならざる者」が2人いるとは限らないからだ。
悪意のある者だけが存在することも有り得る。
そうなれば、誰も、その人物を止めることはできない。
ロズウェルドだけではなく、他国、ひいては、海を越え、別の大陸までをも巻き込むことに成りかねなかった。
それこそ、無辜の人々が、大勢、犠牲になるのだ。
世界に星が降れば、犠牲は4千人にはとどまらない。
そして、彼らにはカウフマンの血が入っている。
その血は「種」の影響力を広げることのみを目的とする質のものだ。
非常に危ういと言わざるを得ない。
カウフマンのようなものが「人ならざる者」として顕れれば、彼らの「種」以外の人々は、カウフマンの一族に隷属して生きていくことになる。
「自分が正しく力を使っているとは思っちゃいないが、世界を手に入れようとも思ったことはない。だが、そういう者が出て来ない保証は、どこにもないのだよ」
この力は大き過ぎる。
本気になれば世界をも手に入れられる。
曾祖父も、叔母も彼も、単に興味がなかっただけだ。
ひたすら愛にのみ生きている。
「どういう基準で顕れるのかわからないからね。あげく彼らにはカウフマンの血が混じっている。とても危険な思想を持つ血だ」
そのためローエルハイドの血筋とは別種の「人ならざる者」が産まれる可能性を排除できない。
姿は祖父に似ているのに、別物であったジェシーのように。
人ならざる者は、たった1人の愛する者のために在る。
ローエルハイドは、常に愛に縛られていた。
だが、そこから解き放たれたらどうなるだろう。
誰も止められない。
ローエルハイド以上に危険な存在と成り得る。
「私はきみになにかあったら、ロズウェルドを亡ぼしてでもカウフマンの一族を根絶やしにしようと思っていた」
サマンサがカウフマンの手にかかって命を落としていたら、間違いなく彼は暴走していた。
サマンサという、たった1人、彼を止められる存在を失った世界では、歯止めが効かなくなる。
「だがね。そもそも止められる存在がいなければ、歯止めもなにもない」
「とても危険だわ……誰しもが善良なわけではないから……」
「今は良くても、その次の世代、さらに次の世代となるとね。予測は不可能だ」
だから、今、その「種」を根絶しておかなければならない。
彼らはカウフマンの勝手な思想により生み出されている。
彼ら自身に罪がないことはわかっていた。
それでも、彼は自らの正しいと思ったことをやらなければならないのだ。
ローエルハイドの血の責任として。
「あなたに訊きたいのだけれど、いいかしら?」
「もちろん、かまわないさ」
サマンサが顔を上げる。
彼の手を、しっかりと握っていた。
「あなたは、私との間に子供がほしいと思う?」
唐突な質問に、彼はサマンサを見つめ返す。
それはすでに答えたような気もしたが、なにか意味があるのだろう。
彼は、今度は迷わなかった。
「きみとの子なら、ほしいと思っているさ。きみが、その子を愛せると言ってくれたからね。その心配さえなければ、きみと私の子がほしくないはずがない」
サマンサがいて、自分たちの子供がいる、暖かで愛のある家庭。
彼女に与えることはできないと思い、諦めていただけだ。
諦めずにすむのなら、願わない理由はなかった。
サマンサと子供たちに囲まれている自分は、どれほど幸せだろうか。
想像するだけで、心が暖かくなる。
「誰かを犠牲にして掴む幸せだわ」
サマンサの言葉に、ハッとなった。
穏やかで平和な日常を守るためには、彼らを排除するしかない。
彼とサマンサの子、その子の子、さらに、その先に続く道が途切れないように。
「どちらかを選ばなければならないのなら、私は、あなたと私たちの子を選ぶわ」
父は祖父から、祖父は曾祖父から言われたという言葉を思い出す。
人は守りたいものしか、守れない。
すべてを守ることも、なんの犠牲もはらわずにいることもできないのだ。
正しささえ、統一された意思ではない。
人殺しか英雄か。
それだって、人はそれぞれに判断する。
実際に手を下した者の気持ちを置き去りにして。
サマンサが両腕を伸ばし、彼の体を抱き締めてきた。
首に両手を回し、彼を胸に抱いてくれる。
彼は、そのぬくもりに包まれ、目を伏せた。
「私が踊る時には、あなたも踊る。私を1人で踊らせはしない。あなたは、そう言ったのよね」
静かな口調に、心が凪いでいる。
サマンサの心が、しっとりと彼の心をつつんでいた。
「私も同じよ。あなたが手を汚す時は、私も手を汚す。あなた1人に責任を負わせはしない」
サマンサは誰とも違っている。
赤の他人で、しかも、今は記憶さえなく、見ず知らずに近い関係だ。
なのに、誰よりも彼の心を知っている。
彼にも家族と呼べる者たちはいた。
叔父夫婦に、いとこたち。
だが、彼の心の最も深い場所にふれてくるのは、サマンサだけだ。
彼が、無意識の中で、ほしいと願っていた言葉を言ってくれる。
独りではないのだ、自分は。
初めて、そう思えた。
黒髪、黒眼で産まれて以来、ずっとかかえてきた孤独。
唯一、同じであった叔母を亡くし、より深くなった闇。
そこから、やっと抜け出せた気がする。
「その人たちにも家族はいるでしょうね。大切に思う人もいる。罪の意識を感じないわけではないわ。むしろ、罪深いと思う。彼らには罪もないし、責任もないのだから……それでも……私は、私たちを殺す未来より……私たちが幸せになれる未来を選ぶわ。どれほど利己的だと言われようとも……これが、私の決断よ」
彼はサマンサにいだかれ、目を伏せたまま、小さく息をついた。
世界を守るなどという大層なことではない。
たった1人。
ただ1人、愛する女性のために、自分は、この幸せを守りたいのだ。
そう、たとえそれが、どれほど利己的であろうとも。
「サミー……私は、きみに言ったかな」
彼は、迷いを捨てる。
そして、愛に手を伸ばす。
「きみほど素晴らしい女性がいるだろうか」
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