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後編

後手と先手 2

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 カウフマンはジェシーと連絡が取れなくなっている。
 ジェシーにつけていた配下も、ほとんどの者が消されていた。
 なんとか事と次第をカウフマンに伝えようとした者も死んでいる。
 直接、話を聞けてはいなかった。
 
 知り得た情報は少ない。
 
 森には、かなりの騎士が来ていたようだ。
 リバテッサ・バロワから聞いていた場所は、シャートレーの飛び領地だった。
 当然、シャートレーの騎士に違いない。
 だが、通常、飛び領地は、少数の領民以外は住んでいないのだ。
 領主が治めているような領地とは違い、放置されている。
 
「男と一緒にいると報告はあったが……シャートレーの次男であったか」
 
 次男が旅に出ているのは、カウフマンとて知っていた。
 ただ、以前、別の辺境地にいるとの報告を受けていたため、その男と同一人物だとは思わなかったのだ。
 辺境地には流れ者が住み着くことも多い。
 
 そして、その男は「魔力持ち」だと、魔術師から連絡があった。
 それが、カウフマンに、よけいな「納得」をさせている。
 まさか「魔術騎士」だとは、考えもしなかったのだ。
 現在、ロズウェルドには、正式な魔術騎士はいない。
 
 逆に「半端者はんぱもの」であるほうが、納得し易かった。
 魔術師は、国王から魔力を与えられ、魔術師となる。
 そのため、魔術師は、基本的には王宮に属していた。
 だが、例外がある。
 
 王宮魔術師たちが揶揄をこめて「半端者」と呼ぶ者たちだ。
 彼らは、王宮を極端に忌避きひしている。
 そのくせ、なぜか魔力を維持できてしまう。
 王宮に「魔術師」として認められていないのに、魔力を持つ者。
 ゆえに「半端者」なのだ。
 
 半端者は異端であり、王宮魔術師に見つかれば捕らえられる。
 そのため、たいていは身を隠して生活をしていた。
 飛び領地の辺境地に隠れ住んでいても、少しも不思議ではない。
 結果、魔術騎士などという稀な存在よりも、可能性として高い、半端者であるとカウフマンは結論づけたのだ。
 
「やはり己の目で確かめねば、足元をすくわれるものよな」
 
 森にいたのはシャートレーの騎士だった。
 王宮魔術師まで動員されれば、分が悪いのは必然だ。
 シャートレーに雇われている魔術師程度では、点門てんもんを使えるはずがない。
 いきなり現れたとの話からすれば、騎士たちはカウフマンの配下が動いてから、その場に来た。
 
 騎士は転移が使えない。
 雇われ魔術師の転移に便乗などすれば、魔力影響で意識を失うなりして使いものにはならなかっただろう。
 となれば、点門を使ったとしか考えようがなかった。
 
「シャートレーなら有り得る。王族まで動かしたか」
 
 ふ…と、小さく息をつく。
 それでも勝算はあったのだ。
 ジェシーであれば、騎士だろうが国王付の魔術師だろうが、簡単に始末できた。
 何千人いようが関係ない。
 
 味方を犠牲にすることさえ、ジェシーは躊躇ためらわなかったはずだ。
 とことん分が悪いと判断すれば、逃げもしただろう。
 だが、報告に、ジェシーの「最期」はなかった。
 逃げたのか、捕らえられたのか。
 
「あの子が殺されるとは思えん」
 
 とはいえ、連絡がないのも現実なのだ。
 生きていることを前提に考えれば、連絡が取れない状況だということになる。
 相当な傷を負っているか、もしくは捕らえられて魔術を封じられているか。
 いずれにしても、ジェシーが動けない事態なのは間違いない。
 
「ローエルハイドめ……いつも我らの邪魔ばかりする」
 
 ローエルハイドが動くのを見越して、ジェシーを送り込んだ。
 それを間違いだったとは思っていない。
 ただ想定していた以上のことが起きている。
 
「……奴1人ではなかったのか……いや、しかし……」
 
 カウフマンの「歴史」にはないが、そう思わざるを得なかった。
 最初の「ローエルハイド」が現れてから、百年近くになる。
 大公、その子、孫の代まで、カウフマンは知っていた。
 
 ローエルハイドは、常に1人で動く。
 
 対等になれる者などいないからだ。
 もし対等になれる者がいるとすれば、それはジェシーだけだった。
 だから、今回も1人で動くと、カウフマンは見込んでいる。
 ティンザーの娘のため、ローエルハイドが「1人」で出て来ると想定した。
 
 シャートレーの騎士たちが想定外だったとしても、それは問題にはならない。
 問題なのは、ジェシーが深手を負ったらしいことだ。
 ローエルハイド1人なら、そんなことにはなっていなかった。
 
「ローエルハイドが人の手を借りる……そのようなことは前例がない……」
 
 だが、きっと「そう」なのだ。
 誰だかはわからないが、信頼し得る「誰か」がいた。
 そして、その相手に「たった1人の愛する者」を委ねた。
 信じられないことだが、納得はできる。
 
「まぁ、よい。これを前例にするとしよう」
 
 失敗は失敗として認めざるを得ない。
 カウフマンは、いっときのことに固執しないのだ。
 常に先を見据えている。
 今回の失敗も、血の歴史に刻む、ひとつの「事例」に過ぎない。
 
 カウフマンは、この先も「種」を蒔き続ける。
 
 どんな土壌からも新しく芽吹く種なのだ。
 たったひとつの「種」さえ残れば、どうにでもなる。
 いずれローエルハイドを駆逐する日も来るに違いない。
 
「ここも引きはらわねばならんな」
 
 ジェシーからの連絡を待っていたが、これ以上は待てなかった。
 時間は刻々と過ぎている。
 そろそろ自ら動かなければならない。
 
「ジェシー……私の宝……もう1度、会っておきたかった」
 
 じぃちゃん。
 
 そう呼ぶ声が聞きたかった。
 愛されていないことも、ジェシーがカウフマンになんの感情もいだいていないこともわかっている。
 それでも、カウフマンにとって、ジェシーは「宝」だった。
 
 両親を取り上げ、カウフマン自身の手で育ててきたのだ。
 甘えてくる姿を思い出す。
 そこに、まったく意味がなかったとしても、愛しく思わなくもなかった。
 ほかの、どんな血筋の子らとも異なっていたのだ。
 
 こんこん。
 
 鉄の扉が叩かれる。
 カウフマンは短く返事をした。
 ジェシーでないのはわかっている。
 たとえ魔術が使えなくても、ジェシーなら勝手に入って来るからだ。
 
「なるほどなるほど。これは、なかなかに見事な隠れ家ですねえ」
 
 赤毛に、銀色を暗くしたような瞳の男が入って来た。
 室内にはカウフマン1人。
 外に配下はいたのだが、声は聞こえない。
 そもそも、その男が入って来られたということは、配下は全滅している。
 
「お前がローエルハイドの手足になっておった者か」
「私は誰の手足にもなりませんよ。私の手足になる者は多いですがね」
 
 フレデリック・ラペルが見つからなかった理由を、カウフマンは理解した。
 この男が匿っていたに違いない。
 なにしろ、カウフマンは、この男を知らないのだ。
 見たこともなかった。
 
 ロズウェルドにいながら、カウフマンに知られずに生きてきた男。
 
 そして、ひっそりと背後に忍び寄り、気づかれることなく、ここまで辿り着けた男でもある。
 おそらく、この男の「手足」は、カウフマンと同等に長く、多い。
 
「どうやって、ここを知った?」
「刻印の術、ご存知でしょう? 私は、少々、それに造詣が深いのですよ」
「だが、あれは塗料を使わねばならん」
「おやおや。カウフマンともあろう者が、情報が古過ぎるのではないですか?」
 
 刻印の術は、魔術に似たことはできるが、特殊な塗料を使う術だ。
  おもに魔力暴走した、今でいう「半端者」たちを隔離するために使っていた。
 当時は、魔力や魔術に対する知識がなかったため、狂人として扱われたのだ。
 その隔離施設のひとつが、レスター・フェノインの閉じ込められていたエッテルハイムの城だった。
 ジェシーが産まれる偶然を呼び起こした地でもある。
 
すたれた術の中にも優れたものはあります。活用の方法を見つければ、より強靭な武器にも成り得る。にもかかわらず、長く手つかずでいたのですから呆れますよ」
「お前は新しいすべを手に入れたのであろうな」
 
 男が黒縁眼鏡を片手で押し上げた。
 自慢げな表情が鼻につく。
 慇懃無礼な態度と言い、不愉快な男だった。
 
 男が、ローエルハイドの手足ではないと言ったことは本当だろう。
 ローエルハイドが、このような者を「手足」とするわけがない。
 配下にできるのなら、心強い。
 だが、誰かの「配下」になるような者ではないと感じる。
 
 この男は、レスターにも似た狂人だ。
 自らの興味と好奇心を満たすためなら、なんでもやる。
 そういう類の者だと直観していた。
 
「本来、刻印の術は魔力を封じるのが目的とされていました。ですが、考えてもみてください。魔力を封じられるということは、その逆も然り。すなわち、魔力を活用できるのです。魔力の活用、その最たるものは、どのようなものでしょう?」
「………………魔力……感知か……」
 
 男が、嬉々とした顔で拍手をする。
 手袋をはめているため、ぽんぽんという間の抜けた音がした。
 
「そこの扉に、ほんのわずかな刻印がつけられています。これも私が開発したのですが、とても便利ですよ。指先に塗っておきましてね。その指で、ぺたりと」
 
 カウフマンの頭に、ひとつの名が浮かぶ。
 リバテッサ・バロワ、アシュリー付きのメイドだ。
 操っているつもりで、こちらが操られていたのだと気づく。
 
 無から虚を作っても、偽りにしかならない。
 だが、リバテッサ・バロワの忠誠心は本物だった。
 そのせいで見抜けなかったのだ。
 
「これは失礼、名乗るのを忘れていましたね」
 
 カウフマンは、自分が囚われの身になったことを知る。
 ここをつきとめた方法をぺらぺら話したのは、カウフマンが「誰にも話せない」と分かっているからだ。
 男は口の端を吊り上げ、自らの名を告げた。
 
「私の名は、トリスタン・リドレイ。今後、長いお付き合いになることでしょう」
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