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前編
逸れていく筋書きで 2
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サマンサは彼に腰を抱かれたまま、中庭を歩いている。
マクシミリアンを追いはらえたことで、彼には感謝していた。
そのために便宜上の「婚約者」にまで格上げをしてくれたのだ。
とはいえ、真実を話す日はやがて来る。
それを思うと、気が重くなるのはしかたがなかった。
「レヴィは立派にティンザーの当主になれるよ」
「私も、そう思うわ」
兄は、彼とサマンサとの本当の関係を知らない。
そのため、本来、ローエルハイドに対し、甘えても良かったのだ。
いずれ姻戚関係になるのなら、別邸のひと棟やふた棟、普通は黙って受け取る。
なにしろ、ローエルハイドは、ほかの貴族とは別格。
一大観光地のサハシーを丸ごと買い上げられるくらいの資産家なのだ。
だが、兄は、ちゃんと断りを入れている。
ローエルハイドを「後ろ盾」にする気はないと、明確に示した。
それを見越していたのだろうが、結果として彼が下手に出る形になっている。
ローエルハイドがティンザーを対等に見ているとの意思表示でもあった。
「ただ……やっぱり、お兄様は私のことを持ち出されると弱くなる」
「そのようだね。カウフマンが、きみに狙いを定めたのも、そのせいだな」
「……これからも、こういうことはあるかしら?」
「今回の件はカウフマンとは関係ないだろうが、きみの価値が上がったのは否めない。標的として、間違いなく重要度は増したね」
「それは、いい兆候と言えるのじゃない?」
ティンザーに要求をつきつけるためには、まずサマンサという駒が必要なのだ。
そして、現状、サマンサを手にいれるには、ローエルハイドを相手にしなければならない。
危険は増したのかもしれないが、サマンサは、さほど危機感をいだかずにいる。
彼が勝算のないことはしないとわかっているからだ。
「きみの心配は我が身のことではなさそうだ」
「家族を落胆させるのがつらいのよ……わかるでしょう?」
ティモシーの話を打ち明けるのですら、心が痛む。
父はティモシーをサマンサに引き合わせたことを悔やむに違いない。
ただ、それは、サマンサの心がティモシーから離れたという結末により、多少は緩和されるはずだ。
問題なのは、彼との「婚約」に家族が喜んでしまうことだった。
「あなたとの婚姻は有り得ないもの。どれほど、がっかりさせるか……」
「そのことだがね。いっそ便宜上のものだと、先に打ち明けてはどうかな?」
「打ち明けるって……」
「すべてを話すことはできないにしても、特別な客人であったことと、婚約のことだけでも、打ち明けておくことはできる」
もし、そうすることができるのなら、サマンサの罪悪感は軽減される。
少なくとも、無駄に喜ばせることはないのだから、落胆されることもない。
とはいえ、どういうふうに話をすればいいのかは思い浮かばなかった。
正直、男女の心の機微には疎い。
長くティモシーのことしか見えていなかったので、ほかの人たちの恋愛事情には興味がなかったのだ。
「私は、きみを必要としていた。きみは、私の力になってくれた。これは嘘ではないだろう? おかげでアシュリーとジョバンニの仲は進展したのだからね」
「実際には、なにもしていないけれど?」
「2人がうまくいったのは、きみがジョバンニにガツンと言ってくれたからさ」
アドラントのローエルハイドの敷地にある中庭より、ずっと狭い庭を、ゆっくり歩いて行く。
見慣れた景色に、サマンサの気持ちも少しずつ落ち着いてきた。
すべてではなくとも、家族に対する隠し事が減るのは嬉しい。
「その延長で、婚約者ということにするわけ?」
「少し違うな。私にも、いい恰好をさせてもらわなければね」
「どういうこと?」
「きみの評判を貶めてしまったので、その回復に努めるという筋書きにする」
「でも、婚姻はしないのよ? 結局、婚約は解消することになるじゃない」
彼が不意に足を止める。
腰に両手をかけられ、彼のほうに体を向けられた。
じっと見つめてくる黒い瞳に、心臓が鼓動を速める。
サマンサにとっては、良くない兆候だ。
即座に、彼との間の置くべき線を引っ張り寄せる。
「嫌よ」
「まだなにも言っていないじゃないか」
「言いそうなことがわかるから、先に返事をしているの」
「私ときみは、いいパートナーになれると思ったのになあ」
彼が小さく笑った。
サマンサは視線を外し、彼の手から逃れる。
彼に背を向け、庭の植木の葉にふれた。
冬も間近にはなっているが、温度調節されている庭は緑に囲まれている。
「私はティンザーだと言っているでしょう? 割り切った関係なんて望まないわ。それが、たとえ正式な婚姻だったとしてもね」
「愛が、それほど必要かい? お互いに気が合って、一緒に危険にも立ち向かうほどの関係は、簡単には作れやしない。愛という曖昧な感情に振り回されるより、よほど安定していると思えるがね」
彼の言うことに、うなずける部分もあった。
ティモシーの時のように必死になったあげく、愛を失うのは怖い。
相手のことも、自分のことも信じられなくなる。
愛が不確かなものだと、経験からサマンサは実感しているのだ。
「尊敬と信頼だけで始まる婚姻はあるでしょうね。でも、私は将来的に愛を求めてしまうと思うの。だから、愛を必要としないあなたに、心をあずけきることはできないわ。あなたは魅力的な男性だけれど、私の婚姻の対象にはならないのよ」
「きみは、そう言うと思っていた」
サマンサは、ムッとして振り返る。
いつもと変わらない穏やかな笑みを浮かべている彼をにらみつけた。
「あなた、私を試したの?」
「いいや、サミー。きみが家族への罪悪感からうなずいてくれることを、少し期待していたくらいには、本気だったね」
「なによ、少しくらいって。試したも同然じゃない、この人でなし」
胸の奥が、ちりちりと痛む。
危うく、うなずいてしまいそうだったとの自覚があった。
彼となら上手くやっていけるのではないかと、一瞬、頭の端で考えたのだ。
目に見えない「愛」なんていうものに縋る必要はないのかもしれないと。
「最近、 貶されるために、きみに出会ったように思えてきたよ」
「これでも、あなたを信頼はしているのだから、文句を言われたくないわ。まぁ、愛せはしないけれどね」
彼が軽く肩をすくめる。
自分の危うさに気づいているサマンサは、話を打ち切ることにした。
彼といる居心地の良さに慣れるのは、危険に過ぎる。
いずれ愛されたいと願うようになる気がするのだ。
「それで? 婚約の解消については、どういう口実にするつもり? 単に解消したというだけじゃ、私の評判は回復しないわよね?」
サマンサが、ぴしゃりと線引きをしたのを、彼も察したらしい。
もうその線を越えて来ようとはせず、話題に乗ってくる。
「まず、きみの別邸の建て直しを年内に仕上げる」
「修繕して2年しか経っていない屋敷を、あなたが壊したことに意味があったとは気づかなかったわ」
「私は無意味なことなどしないさ」
いつもの軽口が戻っていた。
一抹の寂しさを感じたが、サマンサは、それを振りきる。
愛してもらえない悲しさなど、2度と味わいたくなかったからだ。
「カウフマンとのことに片がつくまで、きみにはアドラントにいてもらうことになるが、それ以降は別邸で暮らしてくれ」
「あなたが通うのは最初だけ? 少しずつ頻度を落としていくのね?」
「そうだ。きみは王都での暮らしがしたい。私がアドラントにかかりきりで嫌気がさしたってところだな」
「それなら……悪くないかもしれないわね」
彼は自らが悪くなるような言いかたをしたが、アドラントの領主であれば、領地や領民らにかかりきりになるのもいたしかたがない。
アドラントは特殊な場所でもあるため、サマンサが「土地柄」に馴染めなかったというのも有り得る。
つまり、どちらが悪いという話ではないのだ。
周りも、それなりに理解を示してくれるだろう。
「筋書きは理解したね?」
「細かいところはともかく、大筋では理解したわ」
「きみは私の手助けをしてくれたが、そのせいで評判を落とした」
「あなたは、その償いのため、私の立場を婚約者にすることで評判を回復させる」
「だが、私たちは婚姻しない」
「周りには、距離が、私たちを別れさせたと思わせる」
筋書きを確認し合ってから、サマンサは微笑んだ。
どちらも悪者にならないことに安心している。
「きみの家族も、これで納得してくれるのじゃないかな?」
「たぶんね。がっかりはするかもしれないけれど、納得はしてくれると思うわ」
「それなら良かった。きみの心の重しも軽くなりそうかい?」
「そうね。本当の婚約だと思わせるよりは、ずいぶんと楽よ」
問題はいくつか残っているにしても、罪の意識は経験されるだろう。
サマンサは手を伸ばし、彼の腕にふれた。
「元はと言えば、私が無茶なお願いをしたのが始まりなのに、ここまでしてくれて感謝しているわ」
「忘れてもらっては困るな。私は、きみを利用しているのだよ?」
「まだ、それほど役に立つことはしていないから、なんとも言えないわね」
比べると、彼に助けてもらったことのほうが多いのだ。
ティモシーとの破談も、体型のことも、マクシミリアンのことだって、彼がいなければ対処できなかった。
「私がしたことと言えば、あの無礼な執事を叱りつけたことくらいだもの」
「それは、とても大きな功績だよ、きみ」
「どうかしら? 今後に期待しているわ。私が役に立てるって」
彼の手がサマンサの金色の髪をすくいあげる。
その髪に、彼が軽く口づけた。
人が見ていたら、とても親密な関係だと思われたに違いない。
「サミー、きみが思っている以上に、きみは役に立っている」
「そうなの?」
「そうとも」
彼が髪から手を離す。
前も感じたが、自分まで放り出された気分になった。
「私を蹴飛ばす女性は、とても貴重なのさ」
顔を上げた彼は、いたずらっぽく笑う。
なんでも許してしまいそうになる表情だ。
前言撤回したくなるのを感じ、サマンサは慌てて軽口で返す。
「しかたがないわ。あなたが蹴飛ばされたがっているって、私は知っているから」
マクシミリアンを追いはらえたことで、彼には感謝していた。
そのために便宜上の「婚約者」にまで格上げをしてくれたのだ。
とはいえ、真実を話す日はやがて来る。
それを思うと、気が重くなるのはしかたがなかった。
「レヴィは立派にティンザーの当主になれるよ」
「私も、そう思うわ」
兄は、彼とサマンサとの本当の関係を知らない。
そのため、本来、ローエルハイドに対し、甘えても良かったのだ。
いずれ姻戚関係になるのなら、別邸のひと棟やふた棟、普通は黙って受け取る。
なにしろ、ローエルハイドは、ほかの貴族とは別格。
一大観光地のサハシーを丸ごと買い上げられるくらいの資産家なのだ。
だが、兄は、ちゃんと断りを入れている。
ローエルハイドを「後ろ盾」にする気はないと、明確に示した。
それを見越していたのだろうが、結果として彼が下手に出る形になっている。
ローエルハイドがティンザーを対等に見ているとの意思表示でもあった。
「ただ……やっぱり、お兄様は私のことを持ち出されると弱くなる」
「そのようだね。カウフマンが、きみに狙いを定めたのも、そのせいだな」
「……これからも、こういうことはあるかしら?」
「今回の件はカウフマンとは関係ないだろうが、きみの価値が上がったのは否めない。標的として、間違いなく重要度は増したね」
「それは、いい兆候と言えるのじゃない?」
ティンザーに要求をつきつけるためには、まずサマンサという駒が必要なのだ。
そして、現状、サマンサを手にいれるには、ローエルハイドを相手にしなければならない。
危険は増したのかもしれないが、サマンサは、さほど危機感をいだかずにいる。
彼が勝算のないことはしないとわかっているからだ。
「きみの心配は我が身のことではなさそうだ」
「家族を落胆させるのがつらいのよ……わかるでしょう?」
ティモシーの話を打ち明けるのですら、心が痛む。
父はティモシーをサマンサに引き合わせたことを悔やむに違いない。
ただ、それは、サマンサの心がティモシーから離れたという結末により、多少は緩和されるはずだ。
問題なのは、彼との「婚約」に家族が喜んでしまうことだった。
「あなたとの婚姻は有り得ないもの。どれほど、がっかりさせるか……」
「そのことだがね。いっそ便宜上のものだと、先に打ち明けてはどうかな?」
「打ち明けるって……」
「すべてを話すことはできないにしても、特別な客人であったことと、婚約のことだけでも、打ち明けておくことはできる」
もし、そうすることができるのなら、サマンサの罪悪感は軽減される。
少なくとも、無駄に喜ばせることはないのだから、落胆されることもない。
とはいえ、どういうふうに話をすればいいのかは思い浮かばなかった。
正直、男女の心の機微には疎い。
長くティモシーのことしか見えていなかったので、ほかの人たちの恋愛事情には興味がなかったのだ。
「私は、きみを必要としていた。きみは、私の力になってくれた。これは嘘ではないだろう? おかげでアシュリーとジョバンニの仲は進展したのだからね」
「実際には、なにもしていないけれど?」
「2人がうまくいったのは、きみがジョバンニにガツンと言ってくれたからさ」
アドラントのローエルハイドの敷地にある中庭より、ずっと狭い庭を、ゆっくり歩いて行く。
見慣れた景色に、サマンサの気持ちも少しずつ落ち着いてきた。
すべてではなくとも、家族に対する隠し事が減るのは嬉しい。
「その延長で、婚約者ということにするわけ?」
「少し違うな。私にも、いい恰好をさせてもらわなければね」
「どういうこと?」
「きみの評判を貶めてしまったので、その回復に努めるという筋書きにする」
「でも、婚姻はしないのよ? 結局、婚約は解消することになるじゃない」
彼が不意に足を止める。
腰に両手をかけられ、彼のほうに体を向けられた。
じっと見つめてくる黒い瞳に、心臓が鼓動を速める。
サマンサにとっては、良くない兆候だ。
即座に、彼との間の置くべき線を引っ張り寄せる。
「嫌よ」
「まだなにも言っていないじゃないか」
「言いそうなことがわかるから、先に返事をしているの」
「私ときみは、いいパートナーになれると思ったのになあ」
彼が小さく笑った。
サマンサは視線を外し、彼の手から逃れる。
彼に背を向け、庭の植木の葉にふれた。
冬も間近にはなっているが、温度調節されている庭は緑に囲まれている。
「私はティンザーだと言っているでしょう? 割り切った関係なんて望まないわ。それが、たとえ正式な婚姻だったとしてもね」
「愛が、それほど必要かい? お互いに気が合って、一緒に危険にも立ち向かうほどの関係は、簡単には作れやしない。愛という曖昧な感情に振り回されるより、よほど安定していると思えるがね」
彼の言うことに、うなずける部分もあった。
ティモシーの時のように必死になったあげく、愛を失うのは怖い。
相手のことも、自分のことも信じられなくなる。
愛が不確かなものだと、経験からサマンサは実感しているのだ。
「尊敬と信頼だけで始まる婚姻はあるでしょうね。でも、私は将来的に愛を求めてしまうと思うの。だから、愛を必要としないあなたに、心をあずけきることはできないわ。あなたは魅力的な男性だけれど、私の婚姻の対象にはならないのよ」
「きみは、そう言うと思っていた」
サマンサは、ムッとして振り返る。
いつもと変わらない穏やかな笑みを浮かべている彼をにらみつけた。
「あなた、私を試したの?」
「いいや、サミー。きみが家族への罪悪感からうなずいてくれることを、少し期待していたくらいには、本気だったね」
「なによ、少しくらいって。試したも同然じゃない、この人でなし」
胸の奥が、ちりちりと痛む。
危うく、うなずいてしまいそうだったとの自覚があった。
彼となら上手くやっていけるのではないかと、一瞬、頭の端で考えたのだ。
目に見えない「愛」なんていうものに縋る必要はないのかもしれないと。
「最近、 貶されるために、きみに出会ったように思えてきたよ」
「これでも、あなたを信頼はしているのだから、文句を言われたくないわ。まぁ、愛せはしないけれどね」
彼が軽く肩をすくめる。
自分の危うさに気づいているサマンサは、話を打ち切ることにした。
彼といる居心地の良さに慣れるのは、危険に過ぎる。
いずれ愛されたいと願うようになる気がするのだ。
「それで? 婚約の解消については、どういう口実にするつもり? 単に解消したというだけじゃ、私の評判は回復しないわよね?」
サマンサが、ぴしゃりと線引きをしたのを、彼も察したらしい。
もうその線を越えて来ようとはせず、話題に乗ってくる。
「まず、きみの別邸の建て直しを年内に仕上げる」
「修繕して2年しか経っていない屋敷を、あなたが壊したことに意味があったとは気づかなかったわ」
「私は無意味なことなどしないさ」
いつもの軽口が戻っていた。
一抹の寂しさを感じたが、サマンサは、それを振りきる。
愛してもらえない悲しさなど、2度と味わいたくなかったからだ。
「カウフマンとのことに片がつくまで、きみにはアドラントにいてもらうことになるが、それ以降は別邸で暮らしてくれ」
「あなたが通うのは最初だけ? 少しずつ頻度を落としていくのね?」
「そうだ。きみは王都での暮らしがしたい。私がアドラントにかかりきりで嫌気がさしたってところだな」
「それなら……悪くないかもしれないわね」
彼は自らが悪くなるような言いかたをしたが、アドラントの領主であれば、領地や領民らにかかりきりになるのもいたしかたがない。
アドラントは特殊な場所でもあるため、サマンサが「土地柄」に馴染めなかったというのも有り得る。
つまり、どちらが悪いという話ではないのだ。
周りも、それなりに理解を示してくれるだろう。
「筋書きは理解したね?」
「細かいところはともかく、大筋では理解したわ」
「きみは私の手助けをしてくれたが、そのせいで評判を落とした」
「あなたは、その償いのため、私の立場を婚約者にすることで評判を回復させる」
「だが、私たちは婚姻しない」
「周りには、距離が、私たちを別れさせたと思わせる」
筋書きを確認し合ってから、サマンサは微笑んだ。
どちらも悪者にならないことに安心している。
「きみの家族も、これで納得してくれるのじゃないかな?」
「たぶんね。がっかりはするかもしれないけれど、納得はしてくれると思うわ」
「それなら良かった。きみの心の重しも軽くなりそうかい?」
「そうね。本当の婚約だと思わせるよりは、ずいぶんと楽よ」
問題はいくつか残っているにしても、罪の意識は経験されるだろう。
サマンサは手を伸ばし、彼の腕にふれた。
「元はと言えば、私が無茶なお願いをしたのが始まりなのに、ここまでしてくれて感謝しているわ」
「忘れてもらっては困るな。私は、きみを利用しているのだよ?」
「まだ、それほど役に立つことはしていないから、なんとも言えないわね」
比べると、彼に助けてもらったことのほうが多いのだ。
ティモシーとの破談も、体型のことも、マクシミリアンのことだって、彼がいなければ対処できなかった。
「私がしたことと言えば、あの無礼な執事を叱りつけたことくらいだもの」
「それは、とても大きな功績だよ、きみ」
「どうかしら? 今後に期待しているわ。私が役に立てるって」
彼の手がサマンサの金色の髪をすくいあげる。
その髪に、彼が軽く口づけた。
人が見ていたら、とても親密な関係だと思われたに違いない。
「サミー、きみが思っている以上に、きみは役に立っている」
「そうなの?」
「そうとも」
彼が髪から手を離す。
前も感じたが、自分まで放り出された気分になった。
「私を蹴飛ばす女性は、とても貴重なのさ」
顔を上げた彼は、いたずらっぽく笑う。
なんでも許してしまいそうになる表情だ。
前言撤回したくなるのを感じ、サマンサは慌てて軽口で返す。
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