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前編
過程と結果 2
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ティモシーは、心底、うんざりしている。
母に呼ばれてから、同じ話を繰り返されているからだ。
朝食後まもなく、母の私室に来た。
それなのに、まだ放してもらえずにいる。
(何度、同じことを言えば気がすむのだか)
この部屋がティモシーは嫌いだ。
呼ばれると碌なことにならない。
サマンサとの婚姻を指図されたのも、ここだった。
母は父とは部屋を分けている。
父は母に呼ばれない限り、この部屋に入ることもできない。
正直、情けないと思っている。
当主であるにもかかわらず、母に頭が上がらない姿を見るたび、惨めったらしいと感じるのだ。
分家の当主も、たいして変わり映えしない。
自らに息子がいても、本家の次男に当主の座を明け渡すことを受け入れている。
ティモシーには、その座につきたいとの欲はなかった。
サマンサに花を持たせるための「贈り物」に過ぎないとわかっている。
あえて自分を縛る「贈り物」を受け取る気にはなれない。
「彼女がアドラントに行くと、なぜあなたは聞かされていなかったのかしら」
また同じ話だ。
繰り返している説明も無駄に思えてくる。
母は苛々すると、いくら話しても納得しない。
その苛立ちがおさまるまで、何度でもつきあわなければならないのだ。
「急に思い立って、すぐに出かけたからですよ。婚姻を前にして、最後に羽を伸ばしたくなるのは、めずらしいことではありません」
マクシミリアンから聞いた情報を、さも自分の考えのように話す。
母も女性なのだから、サマンサの気持ちを理解できるだろうと期待していた。
理解して、早く解放してほしいと、思う。
「サマンサは、あまり外出をして来なかったので、なおさら遠出がしたくなったのでしょうね」
「それにしても、アドラントは遠過ぎるでしょうに。だいたい、なぜアドラントを選んだのかもわからないわ。無理をしなければ行けないような場所よ?」
そこはティモシーにも不明なところだ。
実際、母と同じように「なぜアドラントなのか」とは考えている。
だが、それを母に言うわけにはいかない。
苛立ちが増幅されるのは目に見えていた。
「サマンサは……人の目を気にしたのだと思います。貴族が大勢いるような観光地では、じろじろ見られますからね。アドラントを訪れる貴族は、ほとんどいませんので、変に噂されずにすむと考えたのでしょう」
「……それは有り得ることだわね」
母は、気難しげな顔をしつつも、うなずいている。
ティモシーは、少しばかりサマンサに腹を立てていた。
彼女が連絡をしてくれてさえいれば、こじれずにすんだのだ。
自ら、もっともらしい旅行の理由やなんかを捻り出すこともなかった。
直接、本人から訊き、それを母に話せば良かったのだから。
「それで、いつ戻ってくるのだったかしら」
それも、さっき話したことだ。
いかに母がティモシーの話を聞き流していたかが察せられる。
きっと母は己の考えで頭がいっぱいで、上の空だったに違いない。
「遅くとも10日後には帰ってきますよ」
「10日も……夜会には間に合うの?」
「間に合うよう、こちらですべて手配していますので、心配されるようなことはありません」
「本当に大丈夫なのね? 当日になって恥をかかされるのはごめんよ?」
「大丈夫です。サマンサにも夜会の話はしていますからね。間に合うよう戻って来るに決まっています」
ふう…と、母が溜め息をつく。
溜め息をつきたいのはこちらだ、と思った。
幼い頃からティモシーは母に振り回されている。
母にとっては息子など駒に過ぎないのだ。
重要なのは、使える駒なのか、使えない駒なのか。
それに尽きる。
今のところ、ティモシーは「使える駒」として扱われていた。
とはいえ、サマンサとの婚姻を拒めば、即座に切り捨てられるはめになる。
(ティンザーの両親は融通の利かないところはあっても、私を駒扱いはしない。サマンサだって、私を尊重してくれる。私を駒としてしか見ないラウズワースの女性たちとは違う。女性としての魅力はともかく……)
サマンサの別邸にいる時が、最も気楽でいられるのは間違いない。
サマンサとの婚姻を引き延ばせなくなった今、ティモシーは早く「あちら側」に行きたいと考えている。
ティンザーの養子になると言えば、母は激怒するだろう。
おそらく勘当される。
だとしても、関係なかった。
ティンザー家の面々は、むしろ、同情さえしてくれるはずだ。
そして、温かく迎え入れてもらえる。
要は、婚約までを無事に乗り切れれば、それでいい。
「ティンザーと縁を作ることは、とても重要なことだと、あなたにもわかっているわよね?」
「もちろんです、母上」
「それならいいわ。抜かりなく進めてちょうだい」
「かしこまりました」
言われなくても、そうする。
ラウズワースから離れる最大の好機なのだ。
サマンサとの婚姻は、今後の人生を左右する。
手を抜くなど、有り得ない。
母が軽く手を振る。
ティモシーは、心の中でだけ「伸び」をして、立ち上がった。
ようやく解放されたのだ。
部屋を出てから、小さく溜め息をつく。
(アドラントには馬車でしか行けないからな。往復する時間と、向こうでの滞在期間を考えれば、やはり10日か)
廊下を歩き、自室に向かいながら、頭の中で予定をなぞっていた。
アドラントは特殊な土地柄で、魔術での移動は、基本的に認められていない。
というより、できないのだ。
移動系の魔術を使って近づいただけで、私兵が、すっ飛んで来る。
(ロズウェルド国内なら、魔術師を使って簡単に移動できるのにな)
アドラントは、元は別の国だった。
70年前、ロズウェルドに併合された際、領地に残っていた元アドラントの国民しか領民としては認められていない。
アドラント領内に魔術師がいないわけではないが、それほど多くはなかった。
領民の中で魔力顕現した者がロズウェルド本国で教育を受け、戻ってきた場合に受け入れているだけだからだ。
しかも、役目は元アドラント国の王族の護衛任務に限られている。
貴族が雇い入れた魔術師は、領内には入れない。
(とにかく、サマンサが帰ったら、少し機嫌を取っておこうか)
彼女に対する腹立ちはある。
だが、大切な命綱なのだ。
離すわけにはいかなかった。
(彼女の瞳の色に合わせて作らせた婚約指輪を渡せば、きっと喜んでくれるさ)
サマンサを愛してはいないものの、ほんの少し、わくわくしている。
婚約の話をした際、思ったほど彼女が喜ばなかったのを、実は気にしていたのだ。
長く待たせ過ぎたせいかもしれないとの懸念もある。
早くサマンサを喜ばせて、安心したかった。
(ドレスも仮縫いまではすませてあるし、あとは調整するだけだ)
以前から、ティモシーは何度かサマンサにドレスを贈っている。
そのため、改めて細かく採寸する必要はないと判断した。
微調整は、いくらでもできるからだ。
デザインも、彼女の体型を目立たなくする仕様となっている。
どうしたって華やかさには欠けるが、しかたがない。
婚姻の式の時には、きちんと採寸して、最上級のものを用意する予定だ。
ラウズワースに勘当されたとしても、多少の蓄えはある。
ティンザーの養子に入れば、分家として領地を与えてもらえるだろう。
多少、散財しても、今後の生活に困ることはない。
(それにしても、サマンサとこれほど長く離れるのは落ち着かないな)
別邸に通うようになってからは、初めてのことだった。
行けば、半日以上は彼女と過ごしている。
無条件でティモシーを受け入れてくれるサマンサといるのは、やはり居心地がいいのだ。
自家で愛される経験のなかった彼が、愛されることを堪能できる場所でもある。
「サマンサとは、友人のようにつきあえばいい。なにも、あえて複雑な関係になることはないさ。今のままで十分じゃないか。後継者は、ティリーが役目を果たしてくれるだろう」
サマンサからの愛情は享受しつつも、自分は友人としてつきあう。
それを、ティモシーは、虫がいい考えだとは気づいていなかった。
母に呼ばれてから、同じ話を繰り返されているからだ。
朝食後まもなく、母の私室に来た。
それなのに、まだ放してもらえずにいる。
(何度、同じことを言えば気がすむのだか)
この部屋がティモシーは嫌いだ。
呼ばれると碌なことにならない。
サマンサとの婚姻を指図されたのも、ここだった。
母は父とは部屋を分けている。
父は母に呼ばれない限り、この部屋に入ることもできない。
正直、情けないと思っている。
当主であるにもかかわらず、母に頭が上がらない姿を見るたび、惨めったらしいと感じるのだ。
分家の当主も、たいして変わり映えしない。
自らに息子がいても、本家の次男に当主の座を明け渡すことを受け入れている。
ティモシーには、その座につきたいとの欲はなかった。
サマンサに花を持たせるための「贈り物」に過ぎないとわかっている。
あえて自分を縛る「贈り物」を受け取る気にはなれない。
「彼女がアドラントに行くと、なぜあなたは聞かされていなかったのかしら」
また同じ話だ。
繰り返している説明も無駄に思えてくる。
母は苛々すると、いくら話しても納得しない。
その苛立ちがおさまるまで、何度でもつきあわなければならないのだ。
「急に思い立って、すぐに出かけたからですよ。婚姻を前にして、最後に羽を伸ばしたくなるのは、めずらしいことではありません」
マクシミリアンから聞いた情報を、さも自分の考えのように話す。
母も女性なのだから、サマンサの気持ちを理解できるだろうと期待していた。
理解して、早く解放してほしいと、思う。
「サマンサは、あまり外出をして来なかったので、なおさら遠出がしたくなったのでしょうね」
「それにしても、アドラントは遠過ぎるでしょうに。だいたい、なぜアドラントを選んだのかもわからないわ。無理をしなければ行けないような場所よ?」
そこはティモシーにも不明なところだ。
実際、母と同じように「なぜアドラントなのか」とは考えている。
だが、それを母に言うわけにはいかない。
苛立ちが増幅されるのは目に見えていた。
「サマンサは……人の目を気にしたのだと思います。貴族が大勢いるような観光地では、じろじろ見られますからね。アドラントを訪れる貴族は、ほとんどいませんので、変に噂されずにすむと考えたのでしょう」
「……それは有り得ることだわね」
母は、気難しげな顔をしつつも、うなずいている。
ティモシーは、少しばかりサマンサに腹を立てていた。
彼女が連絡をしてくれてさえいれば、こじれずにすんだのだ。
自ら、もっともらしい旅行の理由やなんかを捻り出すこともなかった。
直接、本人から訊き、それを母に話せば良かったのだから。
「それで、いつ戻ってくるのだったかしら」
それも、さっき話したことだ。
いかに母がティモシーの話を聞き流していたかが察せられる。
きっと母は己の考えで頭がいっぱいで、上の空だったに違いない。
「遅くとも10日後には帰ってきますよ」
「10日も……夜会には間に合うの?」
「間に合うよう、こちらですべて手配していますので、心配されるようなことはありません」
「本当に大丈夫なのね? 当日になって恥をかかされるのはごめんよ?」
「大丈夫です。サマンサにも夜会の話はしていますからね。間に合うよう戻って来るに決まっています」
ふう…と、母が溜め息をつく。
溜め息をつきたいのはこちらだ、と思った。
幼い頃からティモシーは母に振り回されている。
母にとっては息子など駒に過ぎないのだ。
重要なのは、使える駒なのか、使えない駒なのか。
それに尽きる。
今のところ、ティモシーは「使える駒」として扱われていた。
とはいえ、サマンサとの婚姻を拒めば、即座に切り捨てられるはめになる。
(ティンザーの両親は融通の利かないところはあっても、私を駒扱いはしない。サマンサだって、私を尊重してくれる。私を駒としてしか見ないラウズワースの女性たちとは違う。女性としての魅力はともかく……)
サマンサの別邸にいる時が、最も気楽でいられるのは間違いない。
サマンサとの婚姻を引き延ばせなくなった今、ティモシーは早く「あちら側」に行きたいと考えている。
ティンザーの養子になると言えば、母は激怒するだろう。
おそらく勘当される。
だとしても、関係なかった。
ティンザー家の面々は、むしろ、同情さえしてくれるはずだ。
そして、温かく迎え入れてもらえる。
要は、婚約までを無事に乗り切れれば、それでいい。
「ティンザーと縁を作ることは、とても重要なことだと、あなたにもわかっているわよね?」
「もちろんです、母上」
「それならいいわ。抜かりなく進めてちょうだい」
「かしこまりました」
言われなくても、そうする。
ラウズワースから離れる最大の好機なのだ。
サマンサとの婚姻は、今後の人生を左右する。
手を抜くなど、有り得ない。
母が軽く手を振る。
ティモシーは、心の中でだけ「伸び」をして、立ち上がった。
ようやく解放されたのだ。
部屋を出てから、小さく溜め息をつく。
(アドラントには馬車でしか行けないからな。往復する時間と、向こうでの滞在期間を考えれば、やはり10日か)
廊下を歩き、自室に向かいながら、頭の中で予定をなぞっていた。
アドラントは特殊な土地柄で、魔術での移動は、基本的に認められていない。
というより、できないのだ。
移動系の魔術を使って近づいただけで、私兵が、すっ飛んで来る。
(ロズウェルド国内なら、魔術師を使って簡単に移動できるのにな)
アドラントは、元は別の国だった。
70年前、ロズウェルドに併合された際、領地に残っていた元アドラントの国民しか領民としては認められていない。
アドラント領内に魔術師がいないわけではないが、それほど多くはなかった。
領民の中で魔力顕現した者がロズウェルド本国で教育を受け、戻ってきた場合に受け入れているだけだからだ。
しかも、役目は元アドラント国の王族の護衛任務に限られている。
貴族が雇い入れた魔術師は、領内には入れない。
(とにかく、サマンサが帰ったら、少し機嫌を取っておこうか)
彼女に対する腹立ちはある。
だが、大切な命綱なのだ。
離すわけにはいかなかった。
(彼女の瞳の色に合わせて作らせた婚約指輪を渡せば、きっと喜んでくれるさ)
サマンサを愛してはいないものの、ほんの少し、わくわくしている。
婚約の話をした際、思ったほど彼女が喜ばなかったのを、実は気にしていたのだ。
長く待たせ過ぎたせいかもしれないとの懸念もある。
早くサマンサを喜ばせて、安心したかった。
(ドレスも仮縫いまではすませてあるし、あとは調整するだけだ)
以前から、ティモシーは何度かサマンサにドレスを贈っている。
そのため、改めて細かく採寸する必要はないと判断した。
微調整は、いくらでもできるからだ。
デザインも、彼女の体型を目立たなくする仕様となっている。
どうしたって華やかさには欠けるが、しかたがない。
婚姻の式の時には、きちんと採寸して、最上級のものを用意する予定だ。
ラウズワースに勘当されたとしても、多少の蓄えはある。
ティンザーの養子に入れば、分家として領地を与えてもらえるだろう。
多少、散財しても、今後の生活に困ることはない。
(それにしても、サマンサとこれほど長く離れるのは落ち着かないな)
別邸に通うようになってからは、初めてのことだった。
行けば、半日以上は彼女と過ごしている。
無条件でティモシーを受け入れてくれるサマンサといるのは、やはり居心地がいいのだ。
自家で愛される経験のなかった彼が、愛されることを堪能できる場所でもある。
「サマンサとは、友人のようにつきあえばいい。なにも、あえて複雑な関係になることはないさ。今のままで十分じゃないか。後継者は、ティリーが役目を果たしてくれるだろう」
サマンサからの愛情は享受しつつも、自分は友人としてつきあう。
それを、ティモシーは、虫がいい考えだとは気づいていなかった。
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