いつかの空を見る日まで

たつみ

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最終章 彼女の会話はとめどない

足掻いても足掻いても 2

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 魔物くさくて、苛々する。
 
 とくに、この魔物は魔力が大きい。
 その分、匂いも強いのだ。
 人であれば感じないだろうが、クヴァットは魔人だった。
 シャノン程度の魔力でも、鼻が利くせいで匂いを嗅ぎ分けることができる。
 
「お前も薬を飲んだらどうだ?」
「魔力を抑制する薬か」
 
 魔物が、瞳孔を狭めた。
 その薬について知っているようだ。
 ということは、と思う。
 
「皇帝様が、ここに来たんだろ」
 
 クヴァットの予想は当たっていた。
 皇帝ティトーヴァ・ヴァルキアは、魔物の国に来たのだ。
 そして、魔物を返した。
 すでに「返却」し終えているに違いない。
 
「ロッシーはよ、まあまあ使える駒だった。あの薬を作ったってだけで、上等だ」
 
 ロキティスは、用心に過ぎるところがあった。
 なにしろ、皇宮でも、自ら用意した装置で毒探知したあげく、飲み物にしか口をつけないような男だったのだ。
 純血種の魔物を、地下に隠すだけで安心していたとは思えない。
 
(シャノンみたいな中間種にも、あの薬を飲ませてたくらいだしな)
 
 それでも、中間種は「外で使う」用だ。
 毎日、飲ませていたわけではないだろう。
 外に出す際は、魔物としての「名残」を隠す必要があった。
 魔力を抑制させてしまえば、それを隠すことはできなくなる。
 
 が、純血種の魔物は「外に出さない」用だった。
 むしろ、少しでも魔力が漏れないよう、連日、飲ませていたはずだ。
 その薬には「副作用」があった。
 長期間利用し続けていると、飲むのをやめた途端、苦しむことになる。
 
(シャノンくらいなら問題ねぇんだけどな)
 
 ある程度の大きさの魔力を、毎日、薬で抑制し続けていると、体が魔力の無い状態に慣れ、それが「普通」になってしまう。
 なのに、薬をやめ、突然、魔力があふれ出せば、苦しむのは当然だ。
 
 その「薬」という言葉に、魔物は反応を示した。
 どういう薬なのか、誰かに聞いたことになる。
 不快そうな反応だったことから「副作用」についても知っていると、わかった。
 魔物の国にいた者が、帝国で行われていた「飼育」の詳細を知るわけがない。
 
 すなわち、ここに「皇帝」が来て、魔物を返した、ということになる。
 
 クヴァットの推測通りだ。
 この魔物と対峙する前から考えていたことなので、とりわけ感慨はない。
 やっぱりな、と思っただけだった。
 
「皇帝が来たなら、アルフォンソのことも知ってるんだろ? ガキどもは気の毒なことになっちまったな。ああ、まったくひでえや。ひでえ話だ」
「お前がやらせたのであろう」
「まさか。俺は、そんな惨い真似はしねえ。あいつが勝手に兄の復讐をするって息巻いてただけさ。人ってのは、本当に残忍な生き物だ。そう思わねぇか?」
 
 クヴァットは、無駄と知りつつも、魔物の感情を逆撫でしてみる。
 
 アルフォンソが、事を起こしたのは、だいたい半月ほど前。
 まだ「心の傷」は癒えていないはずだ。
 少しでも引っ掛かればいい、くらいの気持ちで言う。
 
「腹に爆発物を仕込むなんてよ。しかも、ガキにだぜ? ちょっと、俺には考えつかねぇなぁ。ああいうのは、人だからやれることなんだよ」
 
 魔物は黙っている。
 無言で、つつっと間合いを詰めて来た。
 気づいて、すぐに後ろに下がる。
 とはいえ、これ以上は下がれない。
 
「お前らは気前が良過ぎる。そんなことだから、やられっ放しになるんだぜ?」
 
 横に素早く移動しながら、銃を撃った。
 が、それも魔物は無言で避ける。
 
 少しだけ、舌打ちしたくなった。
 暗闇のせいで、銃弾が見え易くなっている。
 熱を帯びているせいだ。
 
 人間では、その速度についていけないかもしれない。
 けれど、魔物や魔人は、暗闇でも視界が閉ざされることはなかった。
 
 少しでも明るいものは、ひどく目立つ。
 ベンジャミンの体を通して見ているクヴァットにさえ、赤い尾を引いて行くのが、はっきりと見えていた。
 
「ずいぶん練習したみてぇじゃねぇか」
「昼間より楽なのは確かだの」
 
 言うなり、魔物が床を蹴った。
 同時に、クヴァットも前に出る。
 すれ違いざまに銃を撃とうとした、その手が弾かれた。
 びきっという痛みが手首に走る。
 
 硬質な音を立てて、銃が床に転がった。
 さらに、気づけば、体が、ぶわっと宙に浮いている。
 尾で手を弾き、返したそれで、足首も弾いて来たのだ。
 すかさず、体を反転させた。
 
「危ねえ、危ねえ」
 
 床に着地して、魔物と向き合う。
 暗闇の中、金色の瞳孔が光っていた。
 
(つっても、こいつには、俺を殺す気がねえ)
 
 でなければ、とっくに殺されている。
 魔物の瞬発力に、人の体はついていけないのだ。
 互角のように戦っているだけでも、本気でないのがわかる。
 
「お前は、なにをしておる」
「お前を、殺そうとしてる」
 
 ふう…と、魔物が呆れたように溜め息をついた。
 その仕草が気に障る。
 
 ただでさえ、獣くさいくせに、と思った。
 クヴァットだって、早く終わらせたいのだ。
 魔物が死ねば、獣くささも少しはマシになる。
 
 さりとて、クヴァットにはクヴァットなりの、やりようがある。
 簡単に決着をつける気はなかった。
 それでも、魔物に呆れられるのは、面白くない。
 
 きょろ…と、周りを見回す。
 ここは、この魔物の家だ。
 シャノンから、その話は聞いている。
 
 クヴァットは、シャノンにスープをかけた男とは違い、魔物の国を知っていた。
 なので、話を聞けば、だいたいの目途は立てられたのだ。
 
「言うておくが、ここには、フィッツもおらぬぞ」
「は……? そんなわけねぇだろ。俺は確かに……」
 
 ガリダに入ってから数日。
 
 隠れ潜みながら、情報を集めている。
 その中には「フィッツの意識が戻らない」というものもあった。
 この魔物の家で療養中だということも、だ。
 
「まさか……あの情報は……」
「我らが流させたものぞ」
「偽の情報を掴ませて、俺を誘き出したってのか?」
「そうだの」
 
 魔物が、そんな手を考えるはずはない。
 きっとカサンドラの入れ知恵だ。
 
 クヴァットは苛々した調子で、予備として持っていた銃を抜いて撃ちまくった。
 が、どれも当たらない。
 いよいよ癪に障る。
 
「フィッツの体を乗っ取るのは、諦めよ。それが、お前のためぞ」
「乗っ取るんじゃねえ! 借りるだけだ! 俺のためだと? 笑わせるぜ」
「では、笑っておれ。今に笑えぬようになる」
「それは、お前なんじゃねぇか?」
 
 懐から袋を取り出し、魔物に向かって投げつけた。
 その袋を銃で撃つ。
 
 魔物の体に紫色の粉が舞い散った。
 
 咄嗟に、息を止めた、というようには見えない。
 体にも粉が付着している。
 
「ロッシーは死んでからのほうが役に立ってんだ。生きてる間は、面倒くせえと思ってたけどよ。手間をかけた甲斐があったって思えるね」
 
 魔物は動かない。
 じっと、していた。
 体の異変に気づいているからだろう。
 
 フィッツに罪をなすりつけることに、ロキティスは余念がなかった。
 その点については、努力していたと認めている。
 
 本来は、水に溶かして使うものなのだが、粉でも役目は果たせた。
 クヴァットは、もうひとつ、忍ばせていたものを取り出そうと懐に手を入れる。
 
「これは毒だの」
「どういう……」
「使われたことがあるゆえ、知っておる」
 
 よく見れば、魔物の表情に変化はない。
 苦しみだしてもいい頃だったが、そんな様子もなかった。
 なにもなかったかのように平然としている。
 そして、着ていた服についた粉を、手で、ぱんぱんっとはらい落とした。
 
「おいおいおい……そりゃねぇだろ。こっちが不利過ぎるぜ」
「余は、かなり手加減をしておるではないか」
 
 魔物の言う通りだ。
 クヴァットは、今度こそ、チッと舌打ちする。
 
 フィッツは、ここにいない。
 乗っ取るべき体がないのだ。
 
 銃弾はけられてしまうし、毒も効かない。
 懐に入れていた「解毒剤」は意味をなさなくなった。
 魔物を懐柔する手段としては、もう使えないからだ。
 
「見逃してくれれば、この体は大事に使うことにする。どうだ?」
「さようなことはできぬ。見逃せば、お前は、また“娯楽”とやらを繰り返す」
「どうせ殺せねぇんだろ?」
「なれど、拘束はできるゆえ」
 
 クヴァットは、力なく肩を落とす。
 いかにも「完敗」といった仕草で、魔物が近づいて来るのを待った。
 手首を縛られたが、抵抗はしない。
 ここで捕まっても、まだ「終わり」ではないのだ。
 
(シャノン……可愛い、俺のシャノン……早く、お前に会いてぇや……)
 
 別行動をしているシャノンに、クヴァットは、思いを馳せる。
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