いつかの空を見る日まで

たつみ

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最終章 彼女の会話はとめどない

いくつも道があったとて 4

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 ファニからの連絡で、にわかに緊張が走る。
 交渉が終わってから、5日ほどしか経っていない。
 子供たちは、まだガリダにいる。
 
 それに伴い、各種族の大人も、入れ替わり立ち代わり、ガリダを訪れていた。
 ただし、複雑な思いがあるからか、アヴィオだけは姿を見せていない。
 ザイードは、そのうち来ると言っていたが、キャスは少し心配していた。
 そんな中、帝国からの使者が来ていると聞かされたのだ。
 
 停戦を結んではいるが、約束が守られるとは限らない。
 人の動きを警戒しておく必要があった。
 キャスが狙われていることにも変わりはないのだし。
 
「なんなんだ? あいつら、条件を変える気じゃねぇだろうな」
「奴らは最も重要な切り札を取り上げられている。別の条件を加えてきたとしても、不思議はない」
「前に来た使者の中間種と同じだったみたいよ? 前より元気だったのですって」
「とっくに殺されてんじゃねぇかと思ってたぜ」
「たびたび変わられるより、話が通し易いのは悪くない」
 
 ダイス、ナニャ、ミネリネが話している。
 連絡が入ってから、ザイードの家に移動していた。
 子供たちのいる建屋で話すことではないと判断したのだ。
 
 ザイードは、黙っていた。
 家に入る前、キャスは周辺を見回す。
 子供たちのいる建屋のほうも見た。
 
(フィッツ、また洞に行ってるのかな。最近、あんまり家に帰って来ないし)
 
 自分の命が狙われているのは、わかっている。
 そのため、フィッツは「備え」ているのだろう。
 使う使わないはともかく、あれこれと準備しているに違いない。
 そう思うと、邪魔をするのも気が引けて、キャスは様子を見に行けずにいる。
 
 建屋に比べると狭い、ザイードの部屋に、みんなで円座した。
 そこに、フィッツが入って来る。
 キャスに向かって、軽く会釈をした。
 
「すみません、遅くなりました」
「あ、フィッツ! もう知ってるんだね」
「ファニのかたから聞いています」
 
 フィッツは、ミネリネ以外のファニとも、やりとりをしている。
 おもにミネリネと話しているキャスは、ほかのファニとの会話が少ない。
 だが、ノノマやシュザは、たびたびほかのファニに言付けを頼んでいるので、本来、ミネリネと話すほうが稀少なことなのかもしれなかった。
 
「どうすんだ、フィッツ?」
「前と同じですね。ただし、今回は国の外で話すとしましょう」
「子のことがあるからだの」
「空気の違いを悟られるかもしれませんので」
 
 キャスは、ガリダの状況しか知らない。
 それでも、ほかの種族の大人たちの雰囲気から、領地でも似た空気になっているのではないかと思える。
 子たちの帰りを、きっと心待ちにしているのだ。
 
 魔物は同胞意識が強いし、みんなで子の世話をする。
 食料調達のため、子を残し、両親とも狩りに出ることは少なくなかった。
 
 そういう場合は、子がいなかったり、子育てを終わらせたりした大人、それに、年長の子が、小さい子の面倒を見る。
 誰の子であろうと関係なく、だ。
 
 元の世界で「子は国の宝」なんて言葉を聞くことはあったが、キャス自身は体感したことがない。
 母子家庭を理由に虐められることはなかったものの、生活が苦しかったのは確かなのだ。
 優遇されている部分があったとしても、足りないことのほうが多かった。
 
 キャスの世話をしてくれたのは、母親だけだ。
 ほかの「大人」に、「無償」で助けてもらったとの記憶がない。
 
 物心がつく前から、なんでも1人でするようになっていた。
 眠るのも1人。
 帰りの遅い母親を待たないのが、キャスの日常だったのだ。
 
 そのせいなのか、魔物の動きは不思議だけれど、なんだか心地よく感じる。
 きっと領地でも大丈夫だと信じられた。
 
 同時に、フィッツの言うことをもっともだ、とも思う。
 ざわついている領地に、使者を入れるのは危険だ。
 
(こっちに隙ができてるって伝えるようなもんだからなぁ。今がチャンスかもって思われて、停戦を引っ繰り返されても困るし)
 
 子供を盾にとったことで、キャスのティトーヴァに対する信用はガタ落ち。
 以前よりも、もっと信じられなくなっている。
 人を信じられない、ということに加え、皇帝も信じられない。
 
「ここからだと、イホラのかたに行ってもらうのが良さそうです」
「わかった。ミネリネ、ソリモたちに行くよう伝えてほしい」
「いいわ。私たちは、通信機の代わりくらいしかしてあげられないもの」
 
 嫌味でなく、ミネリネは言っている。
 ファニだけ犠牲がないことを、少しは気にしているのだ。
 ファニは、ほかの種族にあまり関心を持たないが、同胞意識はあった。
 実際に帰ってきた子を見て、気が引けているのかもしれない。
 
「ソリモさんなら、問題ありませんね」
「交渉に、代理で出てくれてたから?」
「念のため、当面は通信と映像装置をつけておくよう頼んでありました」
「フィッツと繋げられるってことか」
「映像は私にしか見えませんが、あとで見られるようにします」
 
 本来、驚くところなのだが、誰も驚いていなかった。
 フィッツなら、そのくらいできて当然、くらいな感じになっている。
 キャスも似たようなものなので、なんとも言えない気分になった。
 
(フィッツは、なんでもできちゃうからさ。ついつい頼ってしまうんだよね)
 
 フィッツが「大変」なんて思わないのは、わかっている。
 やらなくていいと言うことのほうが問題になるのだ。
 けれど、それと「自分がなにもしない」というのは別だった。
 なにかできることはないのかと、日々、キャスも探してはいるのだけれど。
 
「止まれ。ここから先に入ることは許さない」
「で、でも……この前は……」
「あの時とは状況が違う。せっかく取り返した子を奪われるかもしれないからな」
 
 通信を通じ、フィッツの厳しい口調に、使者は怯んだらしい。
 それ以上、すがっては来なかった。
 フィッツは、すぐ本題に入る。
 
「なんの用があって来た?」
「つ、通信を、つ、繋いでも?」
「直接、話したほうが早い。繋げ」
 
 フィッツがキャスのほうを見て、うなずいた。
 秘匿通信が開かれたのだろう。
 相手はセウテルだと思ったが、違った。
 
「ティトーヴァ・ヴァルキアだ」
 
 皇帝自らが出て来たのだ。
 周りに集まっていたおさたちも、少し驚いている。
 併せて警戒心が瞳に現れていた。
 
「皇帝か。どうした? 交渉の条件を変える気はないぞ」
「今日は協力を仰ぐために連絡をした」
「協力? なぜ我らが、お前に協力などする? 停戦はしているが、お前は敵だ」
「交渉前に、そちらの国を襲った男の調査をしている」
「そのようなことは、そちらだけですればいい」
「死んだのだ。こちらで殺したわけではないがな」
 
 フィッツは無表情で、なにを考えているのかわからない。
 ティトーヴァの言葉に、フィッツ以外の全員が少しだけ動揺している。
 キャスも、ザイードと顔を見合わせていた。
 お互いに、疑問が見える。
 
 誰が、なぜ、どうやって?
 
 そんなところだ。
 ティトーヴァは、帝国は殺していない、と言っている。
 もちろん魔物の側も無関係だった。
 
 捕まえてすぐ、陣に届けている。
 ルーポが夜通し走ったほどなのだ。
 なにかするような時間はなかった。
 
「我らを疑っているのか」
「いや、疑っていない」
 
 疑わない理由を、ティトーヴァが語る。
 
 死因は毒に近いものだった。
 帝国では帰り道に、最低限の食事と水しか与えなかったらしい。
 だが、それを口にする前に男は死んでしまった。
 
 最後の食事は交渉の3日前。
 水筒を持っていたことから、魔物の国の水は飲んでいない、とのことだ。
 
「その食事に、なにか体に合わないものが混ぜられていたようだ。だが、それが、なにかはわからん。ほかにも調査はしたが、それ以上のものは出てこなかった」
「なにもわかっていない、ということではないか」
「そうだ。なにもわかっていない。だから、協力を願う」
「……なにが望みだ?」
 
 こうして間を持たせるところなど、フィッツは手が込んでいる。
 ティトーヴァは、フィッツだと、まったく気づいていない様子で話していた。
 気づいていたら、こんなに冷静には話せなかったに違いない。
 
「銃だ。お前たちは狙撃されていた。にもかかわらず、連れて来られた時、奴は銃を持っていなかった。どこかに落ちているはずだ。それを探し、こちらに渡してほしい。それが、その男を探る手掛かりになる」
 
 そう言えば、テントに引きずられてきた男は、銃を持っていなかった。
 けれど、銃撃された事実はある。
 コルコは体に銃弾を受けたのだ。
 炎で身を守っていたので問題はなかったが、狙撃されたのは間違いない。
 
「誰の差し金かはわからんが……」
 
 ティトーヴァの声に、感情がこもる。
 フィッツが、なぜか片方の眉を吊り上げていた。
 気に入らないことでもあるようだ。
 元々、ティトーヴァを気に入っていたわけでもないが、それはともかく。
 
「カサンドラが……カサンドラが狙われるかもしれん……」
 
 どこをどう辿ったかのは不明だったが、ティトーヴァはフィッツと同じ結論に至っている。
 
 それがフィッツは気に入らなかったのだ。
 前日の襲撃もティトーヴァは知らなかった。
 やはり、皇帝の意思とは別の意思が働いている。
 
「俺は、その女を死なせたくないのだ。そのためには、早く裏にいる者を探りださねばならん。俺にとって、その女は……」
「わかった。こちらにとっても、また襲撃を受けるのは防ぎたい。銃については、探して、そちらに届けさせる。この使者に持たせればいいな?」
「それで、かまわん」
「話は終わりだ」
 
 通信を切ったらしい。
 それを察して、ダイスが寄って来た。
 
「キャス、お前、本当に皇帝に惚れられてんだな!」
「ダイスさん、尾を逆撫でされたくなければ、子供の世話をお願いします」
 
 ぎゃっとばかりに、ダイスが尾を脚の間に挟み、家から飛び出して行く。
 よほどのトラウマになっているらしい。
 逃げ出したダイスを呆れ顔で見送ったあと、ザイードが言った。
 
「余計なことを言うたダイスが悪いわな」
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