いつかの空を見る日まで

たつみ

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最終章 彼女の会話はとめどない

等価の対極 3

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 フィッツは、その光景に驚いてはいない。
 ザイードがカサンドラに好意をいだいているのは知っていた。
 カサンドラも嫌がっているふうではなかったので、割り込むのはやめたのだ。
 
 ただ「そうか」と思っている。
 
(姫様も、あのものに好意を持たれていたのだな)
 
 そういう雰囲気は感じられずにいたが、フィッツには「恋愛」経験がない。
 なので、カサンドラが打ち明けない限り、気づかなくて当然だと考える。
 彼女の言う「話せないこと」のひとつかもしれないし。
 
 動力源の見直しも含め、フィッツは洞でスコープの調整をしていた。
 だが、室内に設置している装置から熱源が消えたため、カサンドラが外に出たとわかったのだ。
 そのため、いったん作業を切り上げ、洞を出た。
 
 残った調整部分は、室内でもできる。
 安全が確約されていない以上、1人での外出は気がかりだ。
 もちろんフィッツに「監視」という意識はない。
 頭にあるのは、カサンドラの安全確保。
 
 急いで戻って来て、彼女を探していたところ、さっきの光景に出くわした。
 ザイードに抱きしめられているカサンドラの姿を見ている。
 聞こえたのは、ザイードの言葉だけだった。
 
 それまで、カサンドラとザイードがなにを話していたのかはわからない。
 だが、彼女が、なにかしら「苦しんでいる」らしいことは理解した。
 でなければ、ザイードが、あんなふうに促す理由がない。
 
(姫様はヴェスキルの後継者だ。思い悩むこともあるだろう)
 
 自分には推測もできないような悩みをかかえることもある。
 ザイードは、魔物の国とはいえ、ひとつの種族のおさだ。
 立場的に、カサンドラと似ていると言えなくもない。
 共有できることも、多いのかもしれなかった。
 
(姫様が望まれているのであれば、邪魔すべきではない。あのものがいるのなら、安全は確保されている)
 
 フィッツは、そっと、その場を離れる。
 自分の使命はカサンドラを守り、世話をすることだ。
 今は、そのどちらも必要がないと判断した。
 
 彼女は助けを求めてはいない。
 なにか世話をすることがあっても、ザイードがするだろう。
 
(今後は気をつけなければならないな。姫様の邪魔をすることになってしまう)
 
 言われてはいなかったが、今までも「邪魔」をしていた可能性はある。
 
 常にフィッツが近くにいたため、ザイードとだけ話がしたくても、思うようにならなかったはずだ。
 ザイードもフィッツの同席を許しており、カサンドラを独占するような態度を取ることはなかった。
 
 建て増し後も、フィッツの目を盗み、カサンドラの部屋に入りこむような真似はしていない。
 どちらかと言えば、しばしばフィッツの様子を見に来ている。
 眠っているかとか、食べているかとか。
 
(私がここに来るまで、一緒にいるのが当たり前だったのだろう。姫様が魔物の国を離れたがらないのも、この家を出るのを嫌がったのも、銃の訓練も……考えてみれば、納得のいく理由だな)
 
 フィッツは、感情の機微を読むことはできない。
 とはいえ、誰がなにを考えているか、物事に対してどう思う人物であるか察する能力はある。
 
 皇宮にいた頃、ディオンヌがティトーヴァをどう思っているのかを判断し、そのことでカサンドラに加害的になっていると判断していた。
 だから、食材の毒味を必須としていたのだ。
 
 周囲の者の考えや人格を把握しておくことは、カサンドラの安全確保ための必須能力として、ティニカで叩きこまれている。
 ただし、それは「周囲の者」に対して発揮されるものであり、カサンドラ自身は対象外なのだ。
 
 カサンドラは、フィッツの主だった。
 仕えるべき相手として存在している。
 
 主がなにをしようと、なにを考えようと、自由だ。
 フィッツの「洞察力」を発揮する範疇にはない。
 フィッツにできるのは、主がすることや考えることが、命の危険におよぶことであれば制止する、ということだけだった。
 
 ザイードがカサンドラの命を奪いかねない相手であれば、少しだって寄せつけなかっただろう。
 実際、ここに来た当初は、寄せつけまいとしていた。
 
 しかし、3ヶ月近くをともに過ごすうち、ザイードが信頼のおけるものだと、フィッツは判断している。
 
(あの施設でも、当然のように、私を銃弾から守っていた。敵に殺されたことにする絶好の機会だったはずが、そんな様子はなかった)
 
 壁が閉じ始めるまでの間、ザイードは天井付近で旋回していた。
 その間もずっと、フィッツに弾が当たらないよう注意していたと気づいている。
 ザイードに「よこしま」な考えはない。
 そう判断するに足る行動だった。
 
 『お前は、キャスが余を選んだら、いかがする?』
 
 以前、ザイードに訊かれたことがある。
 フィッツは「なにも変わらない」と答えた。
 フィッツが守り、世話をするのは、カサンドラだけなのだ。
 仮に、子がなされたとしても、その子には別の「ティニカ」があてがわれる。
 
 彼女と子が危険にさらされた場合、フィッツが守るのはカサンドラだった。
 状況によっては、子は見捨てる。
 
 それほど「ティニカ」には、明確な線引きがあった。
 子についた「ティニカ」も同様だ。
 状況によっては、カサンドラを見捨てる。
 
(本来、ティニカとは1人の主にしか仕えない。私もそうだ。だが、女王陛下にティニカはついていなかった。ラーザを出る際、死んだらしいが)
 
 その後、新たな「ティニカ」が女王につくことはなかった。
 女王が「ティニカ」を遠ざけていたからだ。
 大失態をおかしたからだと考えられてきたし、フィッツもそう思っている。
 
 ヴェスキルを守護する「ティニカ」を遠ざけるほどだ。
 よほどの失態だったのだろう。
 
(私も……気をつけなければならないな。失態続きでは、いつ遠ざけられるか)
 
 カサンドラは「置き去りにはしない」と言ってくれた。
 だからと言って、遠ざけられないとは限らないのだ。
 ティニカの使命からすれば、役に立たない者は不要。
 邪魔になるくらいなら遠ざけられる。
 
(しかし、姫様に、お子か……あのものとの子であれば、尾がつくだろうか)
 
 元々、カサンドラは魔力を持っていた。
 ノノマに訊いたのだが、それなりに大きいようだ。
 
 女王を乱暴したという男は、中間種だったのかもしれない。
 フィッツは、カサンドラの父親が誰なのかは知らなかった。
 出自に関わることでもあるので、ノノマにも魔力の大きさについて訊いただけだ。
 
(見た目には、まったくわからない。姫様は、どの種族との中間種なのか……)
 
 中間種と言っても、血の濃さによって外見に現れないこともあるのではないか。
 
 カサンドラを見て、そう思う。
 彼女には、三角の耳も、角も、ゆらゆら揺れる指もない。
 怒ったからといって、体が透けたりもしないのだ。
 
(ともかく、あのものが父となるなら、お子には確実に外見に出そうだ)
 
 魔物の国で暮らすのであれば、なんら問題はない。
 ひとつ、問題があるとするなら「ティニカ」だ。
 カサンドラが魔物のつがいとなることを反対はしないとわかっている。
 ティニカが、ヴェスキルの意思に背くなど有り得ないことだ。
 
 問題なのは、どうやって次の「ティニカ」を呼ぶか。
 また、それをザイードが受け入れるか。
 
 ザイードは、魔物だ。
 自然のことわりとやらの中で生きている。
 
 ティニカのフィッツには、到底、理解できない生きかただった。
 フィッツに理解できないということは「ティニカの教え」にそぐわない、ということになる。
 
(次のティニカは、姫様に遠ざけられてしまうかもしれないな)
 
 カサンドラがザイードを選ぶのであれば、その考えにならうに違いない。
 この国で過ごしているのだから、と少し前に言われたばかりだった。
 カサンドラ曰く「郷に入っては郷に従え」と言うのだそうだ。
 フィッツは、家の前に立ち、周囲を見回す。
 
 ティニカの隠れ家とは大違い。
 
 簡素な家が建ち並び、その家々の前では雪かきをするガリダたちの姿があった。
 ここには「季節」がある。
 そして、機械はない。
 なにもかもが機械で制御されていた「ティニカの隠れ家」とは違う。
 
(あちらのほうが、暮らしとしては楽だ。ここは、あまりにも……寒い……)
 
 フィッツは、体温調節ができるため寒さなど、どうにでもなった。
 それでも、なぜか寒いと感じる。
 その感覚を振り切り、家の中で、スコープの調整を続けることにした。
 戸に手をかける。
 
「フィッツ様!」
 
 戸にかけた手を止めた。
 見れば、シュザが走って来ている。
 ガリダの姿だったが、フィッツの前で、ひょいっと人型になった。
 わざわざ人型になることはないのだが、シュザたちなりの気遣いらしい。
 
「中間種が……!」
「生きているものがいたのですね」
「前に来たものとは違うておるようです!」
「今は、どこに?」
「間もなく着くようだと、イホラから連絡があったとファニが言うてきました! 到着は、イホラの南東、ガリダとの境あたりにございます!」
「わかりました。とりあえず捕らえて、イホラにあずかってもらってください」
「かしこまりました! ザイード様がおらぬもので……」
「私から伝えておきますから、心配いりません」
 
 人間側が動き出したのだ。
 無人機は落とされると思ったのか、中間種を使者に立てたのだろう。
 生かされていたのは意外だったが、こちらの「情」に訴えるつもりもあるのかもしれない。
 
「ナニャさんに連絡を入れておくか」
 
 フィッツは、少しだけ考える。
 手にしたスコープの調整が、まだ終わっていない。
 ナニャへの連絡と、どちらを先にするか。
 
「まずは、こちらが先だな」
 
 手にしたスコープを見て、そう言う。
 フィッツの最優先事項は、いつだってカサンドラなのだ。
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