いつかの空を見る日まで

たつみ

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最終章 彼女の会話はとめどない

納得すれども割り切れず 4

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 迂闊なことを言ってしまった。
 さりとて、詳細は話せないので、言い訳もできない。
 だいたい言い訳をしたって、結果は変わらないのだ。
 
(手のこともあったしなぁ。ますます過保護に磨きがかかりそうだよ)
 
 もとよりフィッツは、世話焼きだった。
 それが「使命」なので、手抜きなんて発想はないだろう。
 手を抜けなんて言えば「死ね」と言うに等しくなる。
 フィッツにとって、役目を否定されるのは存在意義を失うことに繋がるのだ。
 
「話が逸れたね」
 
 そそくさと、話題を変える。
 気をつけようとはしているのだが、うっかり失言をしてしまいそうだ。
 なるべくフィッツが生き返ってからの話をすることにした。
 それなら、フィッツも知っているので、無難だろうと判断する。
 
「それで、会話はどうするかってことだけど」
「私が間に入り、通信装置で伝えれば問題ありません」
「声で、フィッツだって、あいつにはわかるんじゃない?」
「声質を変えることはできます」
「いや、口調とかさ。フィッツ、独特だしなぁ。雰囲気で察知されそうだよ?」
「では、口調や抑揚にも注意します。皇宮では、いくつか使い分けていましたし、そうした訓練も受けていますので」
 
 自分の前で、フィッツは、いつも同じ。
 淡々としていて、丁寧な話しぶり。
 ティニカの隠れ家では、慌てたり動揺したりして、早口になることもあったが、今は元の調子に戻っていた。
 
「ていうか、それならもう、通信だけでやりとりすれば良くない? あいつが出て来ることもないんだから、向こうも承諾しそうじゃん」
「それでは、こちらが妥協したことになってしまいます。通信のみでの停戦交渉は、より向こうにとって都合がいい状態です。皇帝が出て来ると予測はしていますが、皇帝でなくともかまわないので、とにかく人間側に無理をさせるのが目的なのです」
「こっちが有利だっていうのを見せつけるってこと?」
「実際、有利ですからね」
 
 確かに、人間側からすれば、壁を出ずに交渉ができるのはありがたい話だろう。
 危険を冒す必要はないし、魔物が「強硬」な姿勢ではないと判断しそうだ。
 
「足元を見られるのは嫌だな」
 
 向こうは、時間を稼ぎたい。
 魔物を脅威として認めてもいる。
 だが、少しでも「引いた」態度を取れば、つけ上がるに決まっていた。
 自分たちに有利な条件で事を進めようとするはずだ。
 
(こっちも停戦は望むところだけど、それを悟られちゃ駄目ってことか)
 
 無理を押し通さなければ、魔物も徹底抗戦は望んでいないと思われる。
 当然、戦わずにすむなら、そうしたかった。
 だが、妥協をすれば、先々の被害が大きくなる。
 ザイード以外のおさたちには言わずにいるが、キャスは人を信用していないのだ。
 
「停戦期間を、どの程度に見積もってくるかはともかく、約束を守ると思う?」
「思いません」
「やっぱりね。早めに開発を進ませて、態勢が整い次第、攻めて来る?」
「おそらく停戦期間は長めに設定し、こちらを油断させることも考えに入れているはずです」
「フィッツは、どの程度の期間を指定してくると予測してる?」
「十年、というところですね」
「あいつの歳から計算すると、そのくらいだろうなぁ。20年じゃ、遅過ぎる」
 
 ものすごく嫌な推測だが「十年」の根拠は、年齢だとわかる。
 ティトーヴァは、現在、26歳。
 十年後は、36歳になるのだ。
 そして、キャスは、29歳になっている。
 
 もっとも、十年というのは、あくまでも「条件値」に過ぎない。
 フィッツが言ったように「長め」の設定だ。
 
 とはいえ、それ以上、長く設定すると、年齢的に無理が出る。
 ティトーヴァが40歳を越えてなお、息災だとは限らない。
 父親であるキリヴァン・ヴァルキアは45歳で崩御しているのだ。
 
「それに、皇帝が独り身ってわけにはいかないもんね」
「周りからの圧力で、側室くらいは迎えるかもしれませんが、皇后の席は……」
 
 キャスは、パッと手のひらでフィッツを制する。
 言われなくてもわかっていたし、言われたくもなかった。
 
 キャスの心は、はっきりしているからだ。
 フィッツに恋をしていることもあるが、ティトーヴァを「伴侶」にすることは、絶対に有り得ない。
 
 それは、この世界に来る前から決めている。
 
 彼女の中で、ティトーヴァは「してはならないこと」をした奴だった。
 彼女自身が被害を受けたのではなくても、未だに許せないと感じている。
 この体は押しつけられたものだが、だとしても、「本物のカサンドラ」の無残な死は受け入れ難い。
 
「あいつが正気に戻って、ものすっごくいい皇帝になれる人に変わったとしても、私は皇后にはならないよ……どうしても……」
 
 この体の持ち主と、この体に宿っていた命を考えずにはいられないのだ。
 生き戻ったって、取り戻せない命もある。
 憎まずにいられるのは、結局のところ、自分事ではないからに過ぎない。
 不快に感じても、共感できるのは、そこまでだった。
 
(……憎いとか嫌いとか、それすらどうでもいい。きっと、私は、あいつが死んだとしても泣かないんだろうなぁ。そうなんだって思うだけでさ)
 
 フィッツは当然としても、魔物たちだって大事な存在になっている。
 ティトーヴァの死に対して泣く自分は想像できないのに、親しくしている魔物になにかあったらと思うだけで不安になるのだ。
 久方ぶりに、自分を「性根が悪い」と思った。
 
「実際は……5年、かな?」
「数値の改竄かいざんで引き延ばしたとしても、ご推察の通り、5年前後が限度です」
「あいつが、まともに話ができる相手なら、ほかの方法もあったのにさ」
 
 話し合いで解決をつけるためには、ティトーヴァが、カサンドラの言葉を信じることが絶対条件となる。
 が、その見込みは薄い。
 
 ゼノクルは魔人であり、片をつけておかなければならなかった。
 とはいえ、ティトーヴァはゼノクルを信用していたようだ。
 キャスは、自分がベンジャミンを壊したことも忘れてはいない。
 
 2人もの臣下を奪われたと思っている今のティトーヴァには、なにを言っても無駄だろう。
 ゼノクルが魔人だったと話しても、信じないはずだ。
 ティトーヴァは忠臣だったゼノクルしか見ていないし、見ようとはしない。
 
(そうだ……ベンジーのこと、フィッツは訊いてきてないよね)
 
 開発施設で、フィッツは皇帝と戦っている。
 だが、そこにいたのはゼノクルであり、ベンジャミンではなかった。
 皇宮の地下までの記憶しかないフィッツは、ベンジャミンが「どうなったか」を知らないのだ。
 
 渋々とはいえ、ボロ小屋にまで同行するような臣下。
 そして、幼馴染みでもあったベンジャミンの不在を、フィッツが不可解に思っていないとは考えられない。
 ベンジャミンに対して警戒もしていただろうし。
 
(どこまで話しても大丈夫なんだろ……全部は話せない……)
 
 今のフィッツなら、自らの死を客観的に捉える。
 軽く「そうだったのですね」などと言う姿が想像できた。
 そして、キャスがフィッツを生き返らせたことについて、礼を口にするのだろう。
 
(話すとしても……恋愛話のところは、ぶった切るしかないよね……けどさぁ……それは、しんど過ぎるよ、フィッツ……)
 
 逃亡中のこともティニカの隠れ家で過ごした日々のことも、話すことはできない。
 それらが、キャスとフィッツを変えたからだ。
 
 急に変わったのではなく、少しずつ距離が縮まっていった。
 その「少しずつ」が、キャスにとっては、大切な記憶となっている。
 なかったことのようには、とても話せない。
 
「ベンジーがいないこと、おかしいって思ってたんじゃない?」
「姫様が壊されたのではないですか?」
「さすがだね」
 
 気づいていたのに、フィッツは訊かずにいた。
 さっきの「なぜ」と同じ理由だろう。
 ティニカは、自らの意思を持たない。
 あるじがすることを否定もしないし、疑問もいだかないのだ。
 
「先に言っとくべきだった。そうすれば、ベンジーを警戒せずにすんでたのにさ。よけいな可能性を残しちゃってたね」
「ザイードさんに確認しました。彼は、ジュポナで皇帝の近くにはいなかったようだったので、別の作戦行動中かもしれないと考えてはいましたが」
「今回も姿を現わさないのは、どう考えても不自然だもんなぁ」
「ですが、姫様。私とザイードさんにとっては有利に働きました。皇帝と彼の組み合わせは最悪ですからね。ましてや魔人までいたので、彼がいたら無事に帰って来られた可能性は低くなっていたでしょう」
 
 情報は力だ。
 知らないばかりに、危険に身を投じることもある。
 なのに、フィッツは、キャスを責めない。
 むしろ、擁護している。
 
(訊きたいことがあったら訊いて、って言えないところが、つらいなぁ)
 
 言わなくても、フィッツは、推測した多くの結果から、正解を導き出せるのだ。
 いずれ「辻褄の合わなさ」に、自ら気づいてしまうかもしれない。
 
 自分は、1度、死んだのではないか、と。
 
 キャスは、悩む。
 そこまでなら、話せる範囲だと言えた。
 自分との「恋」に関わったり、フィッツの変わる原因になったことにさえ注意をはらっておけばいい。
 
 お互いに、わかり合いたい、と思ったこととか。
 2人だけで過ごした、あたたかい日々のこととか。
 
 笑い合ったこと、とか。
 
 けれど、決断できずにいる。
 フィッツの「死」を語るのがどれほど恐ろしいことかを、フィッツは理解してくれないだろう。
 そのことに、自分が傷つくことを知っていた。
 
「ごめん、フィッツ……眠くなってきた」
「遅くまで話し過ぎました。こちらこそ、申し訳ありません」
「練習のこと、よろしくね」
「かしこまりました。ごゆっくり、お休みください」
 
 フィッツが立ち上がる。
 自分の心の弱さに苛立ちもあったが、強くなりきることもできずにいた。
 
「フィッツ……おやすみ……」
「はい、姫様」
 
 恭しく礼をするフィッツに、キャスは泣きたい思いで、布団に潜りこむ。
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