いつかの空を見る日まで

たつみ

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最終章 彼女の会話はとめどない

戦果の収拾 2

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 キャスは、ナニャはともかく、アヴィオが怒らないのを不思議に思った。
 コルコには、その追尾弾により負傷したものがいるのだ。
 いかにも「囮」として役を果たした、と言わんばかりの言い草に、腹を立ててもおかしくないと感じる。
 
 が、ザイードも含めおさたちに怒る様子はない。
 空気もピリついてはいなかった。
 フィッツの言葉に焦ったのは、キャスだけだったようだ。
 これも感覚の違いなのだろうか、と首をかしげたくなる。
 
「あれは厄介な攻撃だった」
「追ってくるものもだが、かなり遠くまでとどく弾も厄介だ」
 
 あの時の経験を、ナニャとアヴィオは、冷静に語っていた。
 魔物の国で戦をした際には使われなかった、新たな武器を知ることができたのを「戦果」として認めているらしい。
 だから、フィッツの言葉にも怒らずにいる。
 
「こっちも、それなりの収穫があったわけだな」
 
 施設の完全な破壊はできなくても、収穫があったのであればいい。
 アヴィオの口調は、そんなふうだった。
 
 こんな時、キャスは、どうしても心情の違いを意識する。
 自分なら、もしノノマが撃たれ、それを「収穫」などと言われたら、腹を立ててしまうだろうから。
 
「そんで? そっちはどうだったんだよ、ザイード」
 
 フィッツは、たいしたことはなかった、と言っていたが、そこは信用できない。
 認識の違いだ。
 いつだって、フィッツにかかれば「問題ない」ことになる。
 それがキャスの思う「問題ない」範疇を越えるのは、めずらしくもなかった。
 
「そうさな。邪魔な者は撃ち倒せた、と言うておく」
 
 ザイードが言う「邪魔者」とは、魔人のことだ。
 中に魔人がいようと、ゼノクル本人は、人間だった。
 騎士に取り囲まれ、皇帝にも攻撃される中、容易ではなかっただろう。
 が、フィッツとザイードだったから、あの状況でも、勝てたのだ。
 
「開発施設は、どうなったんだ? そっちが本命だったはずだぞ」
「アヴィオ、すべてが思う通りにいくとは限らぬ」
「失敗か?」
「どうであろうな」
 
 ザイードの曖昧な返事に、ナニャは、わずかに苛立ちを見せている。
 細い指先が、ゆらゆらと揺れていた。
 
「まぁ、いいじゃねぇか。ミサイルは撃てなくなったんだぞ? 奴らも、しばらく大人しくしてるだろうぜ」
「それは、そうだな」
 
 アヴィオは、渋々といった感じでダイスの言葉に同意する。
 ナニャも、しかたなさそうに、無言でうなずいた。
 納得しきれてはいないが、納得しないという選択肢もないのだ。
 
 本命は開発施設だったが、そこだけは一発勝負。
 
 訓練も練習もできないまま、敵陣に乗り込んでいる。
 現地で予想外の事態となっても、しかたがない。
 
 キャスも、同意見だ。
 フィッツとザイードが無事に帰って来られただけで肯としている。
 それは、帰った時にも話したことだった。
 
「少し、いいですか」
 
 フィッツが、不意に口を開く。
 思えば、さっきからずいぶんと静かだった。
 長たちの会話を聞いていたのかどうかも怪しいくらいだ。
 
「ようやく起動ができました」
「起動って?」
「私が仕掛けた罠です」
「罠? どういうこと?」
 
 そんな話は、聞いていない。
 開発施設に罠を仕掛け、それが起動した、らしいのだけれども。
 
「ジュボナの資料からすると、ロキティス・アトゥリノは神経質な男だったように感じられました。ですから、簡単に供給源に辿り着けないだろうと予測していたのですが、案外、楽に見つけ出せたのです」
「ゆえに、矛盾を感じたか」
「ええ。なにかおかしいという気はしました」
「あの魔人も、本気でお前を止めようとはせずにおったな」
「それが最も不自然でしたね」
 
 キャスも含め、周りがついて来られなくなったのを察したらしい。
 フィッツが結論を言う。
 
「あの中枢施設から、開発研究の情報も施設制御も、別の場所に移管されるのではないかと思い、その中に罠を仕掛けておいたのです。移管後、稼働され始めたら、起動する仕組みでした」
「起動したら、どうなるの?」
「数値が、少しずつ改竄かいざんされます」
「なんだよ、施設をぶっ壊すんじゃねぇのか」
 
 ダイスの、ちょっぴり不服そうな声に、フィッツは無表情で答える。
 
「施設の破壊を諦めざるを得ない状況でしたから、短期間での決着は諦めました。その代わり長期的に考えた場合、施設を壊すより致命的な欠陥を与えることにしたのです」
「そりゃ、そうだね」
「どういうことだ、キャス?」
「機械は精密でないと、想定通りの動きをしないものなんです。書き換えられた数値が図面だったら、組み立てさえ難しくなることだってあるんですよ」
「つまり?」
「その数値を基になにか造っても、無駄になるってことです」
 
 視線を向けると、フィッツがうなずいてくれた。
 よくよくフィッツは「抜かりがない」と思う。
 ほんの少しの情報から、あらゆる可能性を視野にいれているからだ。
 感心しつつも、呆れる。
 
(ロキティスの性格は見抜けるのにさ。なんで、そういうとこでしか能力を使わないかなぁ。自分のことはともかく、相手の感情の機微が読めてもいいと思うんだけど)
 
 相手の性格を把握するというのと感情の機微を読み解くとのとは、さほど大きな差はない気がする。
 だが、フィッツは、感情の機微を読み解いたりはしない。
 きっとロキティスのことにしても、知りたくて知ったのではないのだ。
 作戦において必要だったから、というだけで。
 
「時間をかけた開発が、すべて無になるのでは、帝国もたまらぬであろうな」
「死人が出るより平和的な“壊滅”です」
 
 フィッツが、さらっと言う。
 しかたがない。
 フィッツは、少々、頭のイカれた男なのだ。
 それでも、なるほど「平和的」ではある。
 
(私に気を遣ってくれてるんだね……犠牲、か……)
 
 元の世界での価値観や倫理観から、無差別攻撃には抵抗があった。
 けれど「犠牲を出したくない」という自分の思いを優先させたことで、前にも、フィッツを危険に晒したのだ。
 今回も、ザイードが一緒でなければ危うかったのは間違いない。
 
「手ぬるいと思うものもおるかもしれぬが、余は、フィッツの取った手立ては正しかったと思うておる。壊しても、また新たなものを人は造る。であれば、目隠しをさせて歩き回らせるほうが、時間が稼げよう」
「よくわからねぇけど、間違った道を歩かせてるってことだろ? 先のことを考えりゃ、そのほうが良かったかもな」
「今をしのぐだけでなく、先も見据えてのことか」
「ずっと迷っていればいいが……懲りずにまた壁から出てくるかもしれないぞ」
「アヴィオは悲観するのが好きよねぇ。最悪を考えるのは悪くはないけれど、心配ばかりしていてもしかたなくてよ?」
 
 長たちの会話を聞きながら、キャスは、フィッツの顔を見つめる。
 この先のことを、どう考えているのか。
 なにかあるには違いないが、キャスには予測がつけられなかった。
 逡巡もしている。
 
 犠牲を出さない手段を、このままフィッツに強いていていいのか、だ。
 
 今回、自分も少しは役に立てたと思う。
 だが、それは、フィッツが、役に立てるようお膳立てをしてくれたからだ。
 そのために、作戦まで変更させている。
 
 作戦が先にあり、役割分担をしたのではなく、その逆。
 
 キャスに役目を担わせるための作戦だった。
 割を食ったのは、フィッツとザイードだ。
 元の作戦を取っていれば、あんな危険な目には合わなかった。
 
(あれも嫌、これも嫌ってさ。周りに甘えてばっかりだ。こんなんじゃ駄目だって思うのに、空回りするし……なにもかも中途半端なんだよね、私は……)
 
 思いつくのは、自分も戦えるようになること。
 その程度だ。
 
 目先のことしか考えられずにいる。
 何年かかろうと、人は、また必ずやって来るに違いない。
 ひとまず時間が稼げたとしても、1日1日が、戦いなのだ。
 
「今後のことですが、2ヶ月ほどは、現状維持となります」
「こう雪が降ってちゃな。こっちも動きが取りづらいぜ」
 
 最も北にあるルーポの領地は、すっかり雪に覆われていると聞いている。
 常に連絡が取れるようにと、それぞれの長の家には通信機が設置されていた。
 
 当然だが、フィッツが設置した。
 地図作りで訪れた際に、そういう備えもしてきたらしい。
 映像に関しては、装置が足らず、諦めたと言っていた。
 
(開発施設で調達できなかったって残念そうにしてたっけ)
 
「その間、俺たちは、なにもしなくていいのか?」
「向こうも雪で乗り物は使えない。次の動きは春ではないか?」
「地に足がついていると大変よねぇ。私たちは、いつも通りに過ごすだけだわ」
「春を待たずに、あちらから動きがありますよ」
「は?! 乗り物は使えねぇんじゃねぇのかよ?!」
「いくつか候補はありますが、攻撃されるわけではないので、心配はいりません」
 
 キャスが聞いても、意味がわからなかった。
 ルーポほどではないが、ガリダにだって雪は降っている。
 日に日に、雪が深くなっていた。
 人の国近隣ならともかく、魔物の国に近づくに連れ、雪で足を取られるだろう。
 
「使者か無人機かは判断できませんが、停戦の申し入れをしてくるはずです」
「停戦?! あ、そっか! 向こうも時間稼ぎがしたいんだね」
「今のところ、向こうは有効な攻撃の手段を持ちませんし、こちらが攻撃をやめるという保証もないので、停戦で話を進めるより手がないかと」
「無人の機械でなくば……中間種を使者とするか」
「人間は壁を越えられませんからね。ロキティス・アトゥリノが作っていたという中間種を使おうとするでしょう。生かされていれば、ですが」
 
 停戦というのは悪くない話だ。
 帝国がフィッツの仕掛けた罠に気づいていなければ、予想以上に「時間稼ぎ」をしなければならなくなる。
 開発を進めてもうまくいきっこないのだから。
 
(そうだ……シャノンは、どうなったんだろ。ロキティスじゃなくて、ゼノクルに仕えてたみたいだったけど……)
 
 中間種という言葉に、ぶるぶる震えていたシャノンのことが頭をよぎった。
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