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最終章 彼女の会話はとめどない
残される者の心はいかばかり 1
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キャスは、操作盤の前で、ひたすら待っていた。
新たに現れた騎士たちに、ティトーヴァと魔人。
大勢を相手に、フィッツとザイードは、どうなったのか。
なにもわからなくて、怖くなる。
「キャス様!」
「ノノマっ?!」
「ザイード様が天井を破ったようにござりまする! 破片が落ちておるのが見えておりますゆえ!」
「わかった! ありがと!」
あとは壁を戻すだけだ。
今はまだ切り札に気づかれたくない。
室内にいたティトーヴァたちは、壁が消えたとは知らないはずだ。
だが、天井から空が見えれば悟られてしまう。
そのため、このタイミングで壁を戻す必要がある。
まるでザイードが、また壁を破って逃げたかのように見せかけるのだ。
キャスは一時停止をさせた手順と反対の操作を行う。
ピーッという音がした。
操作盤に文字が浮かんでいる。
『承認されません』
本物のカサンドラのおかげで、帝国の言葉の読み書きはできた。
なので、魂は別物であっても、日常的な行動に支障はなかったのだ。
操作盤の文字も、ちゃんと読めている。
意味だって理解していた。
「な、なんで……っ……?!」
同じ操作を繰り返してみた。
が、やはり音がして「承認されません」の文字だ。
停止することができたのだから、ヴェスキルの継承者として認められているのは間違いないはずだ。
フィッツの言った「0.02%」だと判断されたのであれば、一時停止も不可能だっただろう。
「ちょっと……っ……! なんで、こんな……っ……」
焦って、操作を繰り返しても、結果は変わらない。
混乱と焦燥で、頭が真っ白になる。
同じ文字しか出さない操作盤を前に、キャスは指をさまよわせていた。
あれこれやってみたくても、教わったことしかできない。
装置を理解して使っているのではなかったからだ。
一瞬、フィッツに連絡しようかと思った。
けれど、これは「自分にしかできない」こと。
この場にいれば、フィッツならわかったかもしれない。
あらゆる可能性を考え、装置の仕組みから答えを弾いてくれた。
しかし、ここにフィッツはいない。
遠く帝国の中枢にいて、自分からの合図を待っている。
それでも、フィッツを頼るべきなのか、自分で解決すべきなのか。
迷っている時間はないのに、迷う。
こうしている間にも、フィッツたちは危険に晒されているのに。
「動力源に異常? それだと、こんなエラー表示だって出ないよね。なんなんだよ、承認されないって……っ……」
一時停止から再起動するには「なにか」が必要なのだ。
停止するのは簡単でも、動かすには理由のようなものがいる。
停めるには、停めるなりの原因があるからかもれしない。
「ノノマ、そっちはどうなってるっ?」
「よく見えませぬが……ザイード様に向かって攻撃が集中しているようでござりまする。ほとんど弾き返しておられるようにござりまするが……」
ザイードは逃げずに「壁の復帰」を持っている。
ティトーヴァがなにをしているのかはわからないが、ザイードは攻撃を受けているのだ。
本当に、ぐずぐずとはしていられない。
何度目かの「承認されません」の文字に腹が立った。
すべてが予定通りに行くとは限らない。
雨にしたって、そうだ。
想定外のことだった。
乗り切れたのは、フィッツの知識とダイスの本能による。
引きかえ、自分は、自分にできる、たったひとつの役目さえも、満足にまっとうできていない。
操作盤の文字に、心底、腹が立った。
「動けっ!! このっ!! 私はヴェスキルなんだよっ! 言うこと聞けっ!」
バンッ!
両手で操作盤を叩く。
その手が、盤面にくっついていた。
タコの吸盤に吸い付かれたような感覚が広がる。
「い、いたたっ…! なにこれ、ちょ……いた……っ……!」
鬱血のできそうなくらいの吸引感があった。
力づくで引いても、操作盤から手が離れない。
十秒もなかっただろうが、その間、痛みにキャスは、じたばたする。
その後、急に手が離れた。
反動で、バターンっと後ろに大きく倒れる。
「あたたた……っ…もうっ……! なんなんだよ、この機械……っ……」
罵りながら顔を上げた先に、緑の文字が見えた。
今度は「承認しました」と表示されている。
すぐに装置の動く音が聞こえ始めた。
疑問が浮かびかけたが、後回しだ。
「フィッツ! 壁ができるよ! 逃げてっ!」
「お手数をおかけしました」
「いいから、早く! ザイードも大丈夫だよねっ?」
「多少、鱗が傷ついていますが、これならファニで癒せます」
「頼むから、無事に帰ってきてよ?」
「問題ありません。すぐに姫様の元に帰ります」
フィッツの淡々とした声に、ようやく大きく息をつく。
ここから先は、フィッツの領分だ。
絶妙のタイミングで壁を抜けるに違いない。
体から力が抜ける。
「動かす時は……ヴェスキルの証明?みたいなのが必要ってことか」
床にへたりこんだまま、両手を見てみた。
小さな赤い斑点が、たくさんついている。
強く吸引されてできたもののようだ。
手のひらにだけ発疹が出たみたいに見えた。
「こればっかりは、試しにやってみるってことができなかったからなぁ」
ぶっつけ本番。
一時停止できるまでは、機能するかどうかわからなかったので緊張もあったが、停止できたため、油断してしまった。
操作を逆手順ですればいいとしか思っていなかったのだ。
「キャス様、ザイード様とフィッツ様の姿が映らなくなりましてござりまする」
「そっか……成功したんだ……よかった……」
「これで、お帰りをお待ちするだけにござりまするね」
「私も、そっちに戻るよ。ちょっと疲れちゃった」
「簡単な茶菓子と、お茶を用意しておきまする」
「ありがと、ノノマも一緒にね」
ノノマとの通信を終え、洞の外に出る。
待っていたルーポの背に乗り、ノノマのいる建屋に向かった。
安堵が体をつつんでいる。
とはいえ、緊張がほどけたせいか、よけいに疲れを感じる。
「姫様、無事、帝国上空を抜けました」
「お疲れさま。無事で良かったよ」
「壁も復帰したのを確認しています」
「うん……遅くなって、ごめん」
「誤差の範囲ですよ」
建屋に帰る途中で入ったフィッツからの通信に、より深い安心感をいだく。
ふと、思った。
(壁の再生が遅れてるってわかってたはずなのに……)
フィッツは連絡してこなかったのだ。
キャスにしかできないことではあるが、状況を把握するため、連絡をしてきても不思議ではない。
それを訊こうとして、やめる。
少しだけ嬉しかったのだ。
(私に任せてくれたんだ。私を信じてくれてたってことだよね)
いよいよとなれば、連絡が入ったかもしれない。
キャスだって、連絡していた。
だが、お互いに連絡はしなかったのだ。
遅れはしたが、ともあれ、役目は果たせている。
(フィッツを信じてるし、頼るとこは頼る。でも……フィッツに解決策を訊かないと、なにもできないってふうじゃ……駄目だもんなぁ)
ティニカのフィッツは、ただヴェスキルの継承者を守っているだけだ。
だとしても、キャスは、フィッツを守りたい。
守られるのが当たり前だと、戦わずにいるのは嫌だった。
失いたくないからこそ、戦う。
いろんな葛藤や逡巡はあるけれど、自分にもできることがあるのだと信じたい。
そのためには、強くなる必要があるのだ。
責任は等価。
ザイードが言っていた。
ひとりで背負える責任なんて、たかが知れている。
できることも少ない。
みんなで分かち合うことで、成せる事もある。
(私は今までその中にいようとしなかった。1人でなんとかしようとしたり、責任が負えないからって逃げてばっかりでさ)
1人で生きていた頃、彼女の責任は彼女だけのものだった。
誰かと分かち合おうだなんて考えはなかったのだ。
手を借りれば期待する。
期待するから、結果が得られなければ落胆する。
そもそもは、自分の責任であったはずなのに、人のせいにしたくなる。
だから、責任は自分で負う、自分だけのものにしておくのだと決めていた。
(……難しいことだろうけど、人のせいにしなくてもすむくらい自分が強くなればいいんだ。頼ってばっかりじゃ、なにもできないままだしね)
帰って来たら、やはりフィッツに戦いかたを教わろうと思う。
フィッツがいない時のためではなく、フィッツを守るために、だ。
もちろん、それはフィッツには内緒にしておく。
(守るのが使命って思ってるフィッツが、私に守られたがるはずないもんね……)
新たに現れた騎士たちに、ティトーヴァと魔人。
大勢を相手に、フィッツとザイードは、どうなったのか。
なにもわからなくて、怖くなる。
「キャス様!」
「ノノマっ?!」
「ザイード様が天井を破ったようにござりまする! 破片が落ちておるのが見えておりますゆえ!」
「わかった! ありがと!」
あとは壁を戻すだけだ。
今はまだ切り札に気づかれたくない。
室内にいたティトーヴァたちは、壁が消えたとは知らないはずだ。
だが、天井から空が見えれば悟られてしまう。
そのため、このタイミングで壁を戻す必要がある。
まるでザイードが、また壁を破って逃げたかのように見せかけるのだ。
キャスは一時停止をさせた手順と反対の操作を行う。
ピーッという音がした。
操作盤に文字が浮かんでいる。
『承認されません』
本物のカサンドラのおかげで、帝国の言葉の読み書きはできた。
なので、魂は別物であっても、日常的な行動に支障はなかったのだ。
操作盤の文字も、ちゃんと読めている。
意味だって理解していた。
「な、なんで……っ……?!」
同じ操作を繰り返してみた。
が、やはり音がして「承認されません」の文字だ。
停止することができたのだから、ヴェスキルの継承者として認められているのは間違いないはずだ。
フィッツの言った「0.02%」だと判断されたのであれば、一時停止も不可能だっただろう。
「ちょっと……っ……! なんで、こんな……っ……」
焦って、操作を繰り返しても、結果は変わらない。
混乱と焦燥で、頭が真っ白になる。
同じ文字しか出さない操作盤を前に、キャスは指をさまよわせていた。
あれこれやってみたくても、教わったことしかできない。
装置を理解して使っているのではなかったからだ。
一瞬、フィッツに連絡しようかと思った。
けれど、これは「自分にしかできない」こと。
この場にいれば、フィッツならわかったかもしれない。
あらゆる可能性を考え、装置の仕組みから答えを弾いてくれた。
しかし、ここにフィッツはいない。
遠く帝国の中枢にいて、自分からの合図を待っている。
それでも、フィッツを頼るべきなのか、自分で解決すべきなのか。
迷っている時間はないのに、迷う。
こうしている間にも、フィッツたちは危険に晒されているのに。
「動力源に異常? それだと、こんなエラー表示だって出ないよね。なんなんだよ、承認されないって……っ……」
一時停止から再起動するには「なにか」が必要なのだ。
停止するのは簡単でも、動かすには理由のようなものがいる。
停めるには、停めるなりの原因があるからかもれしない。
「ノノマ、そっちはどうなってるっ?」
「よく見えませぬが……ザイード様に向かって攻撃が集中しているようでござりまする。ほとんど弾き返しておられるようにござりまするが……」
ザイードは逃げずに「壁の復帰」を持っている。
ティトーヴァがなにをしているのかはわからないが、ザイードは攻撃を受けているのだ。
本当に、ぐずぐずとはしていられない。
何度目かの「承認されません」の文字に腹が立った。
すべてが予定通りに行くとは限らない。
雨にしたって、そうだ。
想定外のことだった。
乗り切れたのは、フィッツの知識とダイスの本能による。
引きかえ、自分は、自分にできる、たったひとつの役目さえも、満足にまっとうできていない。
操作盤の文字に、心底、腹が立った。
「動けっ!! このっ!! 私はヴェスキルなんだよっ! 言うこと聞けっ!」
バンッ!
両手で操作盤を叩く。
その手が、盤面にくっついていた。
タコの吸盤に吸い付かれたような感覚が広がる。
「い、いたたっ…! なにこれ、ちょ……いた……っ……!」
鬱血のできそうなくらいの吸引感があった。
力づくで引いても、操作盤から手が離れない。
十秒もなかっただろうが、その間、痛みにキャスは、じたばたする。
その後、急に手が離れた。
反動で、バターンっと後ろに大きく倒れる。
「あたたた……っ…もうっ……! なんなんだよ、この機械……っ……」
罵りながら顔を上げた先に、緑の文字が見えた。
今度は「承認しました」と表示されている。
すぐに装置の動く音が聞こえ始めた。
疑問が浮かびかけたが、後回しだ。
「フィッツ! 壁ができるよ! 逃げてっ!」
「お手数をおかけしました」
「いいから、早く! ザイードも大丈夫だよねっ?」
「多少、鱗が傷ついていますが、これならファニで癒せます」
「頼むから、無事に帰ってきてよ?」
「問題ありません。すぐに姫様の元に帰ります」
フィッツの淡々とした声に、ようやく大きく息をつく。
ここから先は、フィッツの領分だ。
絶妙のタイミングで壁を抜けるに違いない。
体から力が抜ける。
「動かす時は……ヴェスキルの証明?みたいなのが必要ってことか」
床にへたりこんだまま、両手を見てみた。
小さな赤い斑点が、たくさんついている。
強く吸引されてできたもののようだ。
手のひらにだけ発疹が出たみたいに見えた。
「こればっかりは、試しにやってみるってことができなかったからなぁ」
ぶっつけ本番。
一時停止できるまでは、機能するかどうかわからなかったので緊張もあったが、停止できたため、油断してしまった。
操作を逆手順ですればいいとしか思っていなかったのだ。
「キャス様、ザイード様とフィッツ様の姿が映らなくなりましてござりまする」
「そっか……成功したんだ……よかった……」
「これで、お帰りをお待ちするだけにござりまするね」
「私も、そっちに戻るよ。ちょっと疲れちゃった」
「簡単な茶菓子と、お茶を用意しておきまする」
「ありがと、ノノマも一緒にね」
ノノマとの通信を終え、洞の外に出る。
待っていたルーポの背に乗り、ノノマのいる建屋に向かった。
安堵が体をつつんでいる。
とはいえ、緊張がほどけたせいか、よけいに疲れを感じる。
「姫様、無事、帝国上空を抜けました」
「お疲れさま。無事で良かったよ」
「壁も復帰したのを確認しています」
「うん……遅くなって、ごめん」
「誤差の範囲ですよ」
建屋に帰る途中で入ったフィッツからの通信に、より深い安心感をいだく。
ふと、思った。
(壁の再生が遅れてるってわかってたはずなのに……)
フィッツは連絡してこなかったのだ。
キャスにしかできないことではあるが、状況を把握するため、連絡をしてきても不思議ではない。
それを訊こうとして、やめる。
少しだけ嬉しかったのだ。
(私に任せてくれたんだ。私を信じてくれてたってことだよね)
いよいよとなれば、連絡が入ったかもしれない。
キャスだって、連絡していた。
だが、お互いに連絡はしなかったのだ。
遅れはしたが、ともあれ、役目は果たせている。
(フィッツを信じてるし、頼るとこは頼る。でも……フィッツに解決策を訊かないと、なにもできないってふうじゃ……駄目だもんなぁ)
ティニカのフィッツは、ただヴェスキルの継承者を守っているだけだ。
だとしても、キャスは、フィッツを守りたい。
守られるのが当たり前だと、戦わずにいるのは嫌だった。
失いたくないからこそ、戦う。
いろんな葛藤や逡巡はあるけれど、自分にもできることがあるのだと信じたい。
そのためには、強くなる必要があるのだ。
責任は等価。
ザイードが言っていた。
ひとりで背負える責任なんて、たかが知れている。
できることも少ない。
みんなで分かち合うことで、成せる事もある。
(私は今までその中にいようとしなかった。1人でなんとかしようとしたり、責任が負えないからって逃げてばっかりでさ)
1人で生きていた頃、彼女の責任は彼女だけのものだった。
誰かと分かち合おうだなんて考えはなかったのだ。
手を借りれば期待する。
期待するから、結果が得られなければ落胆する。
そもそもは、自分の責任であったはずなのに、人のせいにしたくなる。
だから、責任は自分で負う、自分だけのものにしておくのだと決めていた。
(……難しいことだろうけど、人のせいにしなくてもすむくらい自分が強くなればいいんだ。頼ってばっかりじゃ、なにもできないままだしね)
帰って来たら、やはりフィッツに戦いかたを教わろうと思う。
フィッツがいない時のためではなく、フィッツを守るために、だ。
もちろん、それはフィッツには内緒にしておく。
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