いつかの空を見る日まで

たつみ

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最終章 彼女の会話はとめどない

会心の一手 3

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「と、止めたよ、フィッツ!」
「ありがとうございます、姫様。ちょうど良い頃合いでした」
 
 キャスは、あの洞にいる。
 ダイスたちの退却を見とどけてから、ここまで来たのだ。
 
 もちろんキャスが駆けて来たのではない。
 外に待機していてくれたルーポに乗せてもらっている。
 おかげで、あっという間に着けた。
 
 中に入ってからは、自力で走っている。
 ザイードと一緒に来た時とは違い、フィッツに最短距離を教わっていた。
 それとともに、装置の「一時停止」の方法も聞いている。
 
 なぜ、ラーザの女王は危険な「宝物」まで使い、壁を越える必要があったのか。
 
 この装置のメンテナンスをするためだ。
 それも、自分の手で行わなければならなかった。
 ほかのラーザの民、ティニカでは駄目だった理由は、ひとつしかない。
 
 ヴェスキルの血を持つ者にしか扱えないようになっている。
 
 すなわち、現状、扱えるのは「カサンドラ」のみ。
 装置の仕組みは理解できても、フィッツに動かすことはできないのだ。
 
 『99.98%可能です』
 
 できるのかと訊いたキャスに、フィッツは、そう言った。
 
 その数字には覚えがある。
 ティニカの隠れ家で、自分が「ヴェスキルの継承者」ではなかったらどうするのかと問うた時に、フィッツが気にしていた数字だ。
 
 99.98%はヴェスキルの継承者だと言えるが、0.02%継承者でない可能性が残されていると言って、心配していた。
 彼女がヴェスキルの継承者でなければそばにいる権利を失うと。
 
 フィッツは覚えていないだろうが、計算結果は同じらしい。
 それが、なんだか心に痛かった。
 今のフィッツを受け入れようとはしていても、寂しくはなるのだ。
 その気持ちを振り切るように、声をかける。
 
「どう? もう逃げられた?」
「いえ、まだです」
「まだ?! なんで? 壁は消えてないっ?」
「ここからでは見えませんが、波長を感じないので、壁は消えているはずです」
「えっ? ザイード、魔力解放できてないの?!」
「すでに彼の背に乗っています」
「じゃあ、天井ぶち破って逃げなよ!!」
 
 ザイードが魔力抑制を解けば、壁に阻まれ、外に出られなくなる。
 が、逆に壁さえなければ、魔力を全開放しても支障はないのだ。
 龍型のザイードは、壁さえも壊した。
 比べれば、建物の天井を、ぶち破ることなんて容易い。
 
「ゼノクル・リュドサイオ」
 
 フィッツの言いたいことを理解する。
 向こうには、ゼノクルがいた。
 ゼノクルの正体は、魔人だ。
 ここで仕留めておこうとしているのだろう。
 
(そりゃ、そのほうがいい……けど……向こうには、あいつもいるし……)
 
 建屋を出る前、フィッツがティトーヴァと戦う姿を、少しだけ見た。
 どちらがどうという比較はできなかったものの、怖くなったのは確かだ。
 ジュポナで手加減していたと、明確にわかるほど動きも繰り出されるワイヤーの速度も速かった。
 
 フィッツもザイードも監視室の網には引っ掛からない。
 だが、装備品は別なので、フィッツは銃を携帯せずに出ている。
 
 ザイードはナイフを持って出たが、それは魔物の国で作られたものだ。
 監視室の「危険物」情報にはないものなので、無視される。
 フィッツ曰く「料理用程度」にしか認識されない。
 だが、懐にしまえる小型のナイフが、どれだけ役にたっただろう。
 
「この先の憂いを残して行きたくないのです」
 
 逃げてほしかった。
 
 フィッツに危険がおよぶと思うだけで、体が震える。
 みんな、無事に帰って来られたのに、フィッツが帰って来られなかったら、この作戦は「失敗」だ。
 
 そして、また自分は置き去りにされる。
 
「大丈夫……だよね?」
「はい、姫様。ザイードさんもいるので、体を取られたりはしません」
 
 キャスは、聖者ラフロに会ったことがあった。
 体にこだわりがないと話していたが、魔人のほうは、そうもいかないはずだ。
 人の国にいようとすれば、必ず「人の体」がいる。
 
 どうやってかはともかく、人の体の中にいるのなら、魔人とて「人」として殺すことは可能なのだ。
 
 魔人自体を殺せなくても、体を失えば、人の国にはとどまれなくなる。
 放っておけば、いつまでもフィッツの体を乗っ取ろうと画策するに違いない。
 魔人の「娯楽」に振り回されるのは、キャスだって嫌だった。
 そのせいで、ラーザの民にも魔物たちにも犠牲が出たのだから。
 
「わかった。ただし、本当に危ないと思ったら逃げてよ? 体が取られなくても命が取られたんじゃ意味ないからね」
「姫様のおられる場所が私のいるべき場所です。必ず帰りますよ」
「……待ってる」
 
 映像が見えないので、フィッツの顔も見えない。
 きっと、いつも通りなのだろう。
 無表情で淡々としているのだろう、と思う。
 
 なのに、なぜか、小さく笑っているフィッツの顔が見えた。
 ティニカのフィッツが笑うことなんてないのに。
 
「いったん通信を切りますね」
 
 引きめる間もなく、ぷつ…と、通信が切れる。
 待っている、と言ったが、繋がりがなくなった途端、恐ろしくなった。
 心臓が、大きく波打ってくる。
 こんなことで、と思うのに、動揺を抑えきれない。
 
(フィッツが大丈夫って判断したんなら、大丈夫に決まってる。今のフィッツは、最善を選べるんだから……私の感情に引きずられたりせずに、判断してる)
 
 フィッツを信じている。
 それは間違いない。
 フィッツもキャスを信じてくれた。
 だから、最初の策を変更し、キャスに大事な役目を任せてくれたのだ。
 
 フィッツの眼をあずかり、壁を操作すること。
 
 少しでも手違いがあれば、フィッツとザイードの命はない。
 フィッツは、キャスに「それができる」とし、キャスはフィッツが「できる」と言ったから、この策を実行することにした。
 互いの信頼関係なくしては、できなかったことだ。
 
「……ノノマ、向こうは見える?」
 
 通信機を切り替え、建屋に残っているノノマに繋ぐ。
 まだ自分には役目が残されているのだ。
 状況を把握しておく必要がある。
 
「ちらちらと画面に映ったり隠れたり……ザイード様とフィッツ様が戦うておられるようにござりまする」
「銀髪の奴が魔人なんだけど、そいつは?」
「先ほど金色髪の者と一緒にザイード様を攻撃するのが見えましてござりまする」
「ザイードは? ワイヤー……紐みたいなものが巻きついてるんじゃない?」
「それは……おそらくフィッツ様が防御なさっておられるようにござりまする」
 
 そうか、と思った。
 ザイードとフィッツで戦っている。
 どちらも「戦える」のだ。
 
(ずっと一緒にいたのに、私は自分が戦うって発想がなかったんだね)
 
 姫様を守り、世話をすることが使命。
 
 フィッツは口癖のように言う。
 けれど、実はキャスも当然のように思っていた。
 ヴェスキルの継承者であることを否定しながら、そこは受け入れていたのだ。
 
 フィッツが守ってくれる。
 
 だから、自分は戦わなくてもいい。
 戦う必要がない。
 心の隅に、そんな思いがあったのだ。
 
(言葉の力も……もっと上手く使えてればって考えたのは、フィッツが死んでからだったもんね。ここで暮らすようになって、フィッツがいなくて、人と戦うことになったから、この力をどう活かすか考えたけど)
 
 魔力が使えるわけでもなく、機械に強いわけでもない自分。
 持っているのは「言葉の力」だけだった。
 必要に迫られ、なけなしの能力を振り絞らざるを得なかった。
 
 フィッツがいなかったから。
 
 ティニカの隠れ家を逃げ出した時、フィッツと一緒にいたのが自分ではなくアイシャだったら、ともに戦うことを選んだに違いない。
 フィッツの背に、ただ庇われていることを選びはしなかっただろう。
 戦うことを考えない自分が、やはり足を引っ張ったのだ。
 
(無事に帰って来てよ……そしたら、私も、もっと……戦うすべを教わるから)
 
 フィッツに影響が出るため、言葉の力は使いどころが限られる。
 それだけに頼っていると、制限されることも増えるのだ。
 別の「戦う力」を身に着けなければ、フィッツの隣には立てない。
 こうやって待つことしかできないなんて、苦し過ぎる。
 
 本当には、もう帰って来てほしい、と言いたかった。
 無事でありさえすればいい、と言いたくなる。
 だが、なにもできないのなら、黙っているよりほかないのだ。
 戦っているフィッツとザイードに任せて「待つ」のが、自分の役目。
 
「銀髪と金髪だけになりましてござりまする!」
 
 ノノマの声に、現実へと引っ張り戻された。
 両手を組み、祈るように、額をくっつける。
 彼女は無神論者ではあるが、祈りたくなる気持ちは理解できた。
 
 なににも、どこにもすがれない状況で、もし「大いなる意志」のようなものが働くとするなら、自分の思う良いほうに天秤が傾いてほしい。
 
 そう強く願うのが、祈りなのではないか。
 たとえ神様がいなくても、祈ることはできる。
 強く必死な思いが、少しでも天秤を傾けられるように。
 
「ザイード様の雷が光っておりまする! 煙が……」
 
 雷で、機械が破損したのかもしれない。
 とはいえ、そこにいるものたちに、視界は関係ないと、知っていた。
 ティトーヴァも魔人も、煙が充満していようが、対象を見失うことはない。
 フィッツとザイードだって同じだ。
 
「あ……っ……! 別の兵たちが廊下に現れましてござりまする!」
 
 握った両手に汗が滲む。
 自分の祈りはとどかないのだろうかと、キャスは唇を噛んだ。
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