いつかの空を見る日まで

たつみ

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最終章 彼女の会話はとめどない

思う通りにいかずとも 4

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 見た瞬間、ティトーヴァは「やはり」と思う。
 ここに向かう途中、予測はしていた。
 
「ゼノクル!」
 
 名を呼びながら、駆け寄る。
 飛んできた「なにか」を、無意識にファツデのワイヤーで弾いた。
 ゼノクルも、ティトーヴァのほうに駆け寄って来る。
 
「陛下! 危険です、お退がりください!」
「ふざけたことを言うな! あの男がいる限り、銃は使えんのだぞ!」
 
 フィッツには、銃を暴発させる能力があるのだ。
 戦車試合では暴発させなかったが、やろうと思えばできるに違いない。
 カサンドラがいたので、穏便にすませたかっただけだろうと思っている。
 
 背後から、ばらばらっと遅れて親衛隊の騎士たちが入って来た。
 ティトーヴァとゼノクルの両隣に並んで、身構えている。
 その騎士たちにも、警告とともに指示を出した。
 
「銃は使うな。剣で、そこの魔物を仕留めろ。俺は、あの男を引き受ける」
「しかし、陛下!」
「ゼノクル、お前もだ。魔物を俺に近づけるなよ?」
「……かしこまりました。私1人で、片をつけられると思ったのですが……申し訳ありません」
「かまわん。この者どもを足止めしただけで上出来だ」
 
 ゼノクルが自らの「推測」を話していれば、もっと早く手を打てた。
 だが、話せなかった理由も、わかるのだ。
 
 魔物が攻撃を仕掛けて来るということさえ、ゼノクルの予測でしかなかった。
 見えたのは砂煙だけで、魔物の姿を捉えていたわけではない。
 臨戦態勢に入って待っていたら、魔獣の群れだったということも有り得たのだ。
 
 推測の軸になっていたのは、ゼノクルの「嫌な予感」だけだった。
 
 そんな些細な予感から成り立っている推測の上に推測を重ね、皇帝を動かすことなど、できるはずがない。
 なにも起きなければ、それで肯とはならないのだ。
 
 妄言を信じて動いたと、ティトーヴァ自身も馬鹿にされる。
 
 だから、ゼノクルは1人で、ここに来た。
 リュドサイオへの指示は、通信でも行える。
 推測が誤りであればいいと思っていたかもしれない。
 
「お前は得難い人材だ。死に急ぐな」
 
 ぽんっと、ゼノクルの背中を叩いてから、ティトーヴァは前に出た。
 ゼノクルと騎士たちも、一斉に動く。
 魔物、そして、自分たちがティトーヴァの邪魔にならないよう、室内の奥へと魔物を追い込んでいた。
 
「ここの破壊は上手くいかなかったようだな」
「何事も予定通りとはいかないものです」
 
 フィッツに焦りは見られない。
 相変わらず、飄々としている。
 それが気に食わなかった。
 
 ベンジャミンのベッドに横たわる姿が思い浮かぶ。
 
「なぜベンジーを、あんなふうにした? お前ほどの腕があれば、あそこまでする必要はなかったはずだ。ベンジーは、お前を気に入っていたのだぞ?」
「彼は……お気の毒なことでした。ですが、彼を相手に手加減などできませんよ。もちろん、あなたにも」
「そうか。では、カサンドラを利用していることは、どう説明する?」
「なにも」
 
 言うなり、フィッツの手が動いた。
 ティトーヴァの手からもワイヤーが伸びる。
 
 右手の5本を操り、フィッツが飛ばした「なにか」を弾いた。
 中指にセットした自動索敵に合わせ、ほかの4本を動かしている。
 目視では間に合わないからだ。
 
 左手は後ろに回し、バラけさせた5本のワイヤーに、弧を描かせる。
 大きく、左右上下にティトーヴァを囲むようにして、それがフィッツに向かって走った。
 
 横跳びに逃げるフィッツを追おうとして、やめる。
 即座にワイヤーを回収し、ティトーヴァは床を蹴った。
 
 両手のワイヤーを床に向かって出し、体を支えながら高く飛ぶ。
 同時に、ワイヤーで壁を弾き、体を前転させ、床に降りた。
 フィッツと間合いを取ったのだ。
 両手を、軽く握ったあと、開く。
 
「あなたは実践経験が浅い割に、勘が鋭いのが厄介ですね」
「実践的な訓練しかできなかったからな」
 
 軽く両の手首を前後に揺らせた。
 
 ファツデは、ティトーヴァの専用武器だ。
 ほかに扱える者がいなかったので、結果として、そうなっている。
 指先の神経と連動する仕組みだが、使いかたが難しい。
 頭で考えて使う必要があるのに、考えていては動作が遅れる。
 
 素早い判断と、反射。
 
 この2つが成立しなければ、ファツデは本来の機能を発揮できないのだ。
 それを可能としたのは、ティトーヴァ、ただ1人。
 試験的に騎士たちに使わせてみたが、まともにワイヤーを出せなかった。
 まったく汎用性のない武器だと言える。
 
 そのせいで、訓練は実践的にならざるを得なかった。
 剣や銃のように、同じ武器での練習相手はいない。
 
 ファツデに対して、相手は常に別の武器を使う。
 様々な銃火器や剣、1対1よりも複数とのやりあい。
 そうした訓練を、ティトーヴァは積んできたのだ。
 
「ベンジーともやりあったことがある」
 
 フィッツの眉が、わずかに吊り上がる。
 薄金色の短い髪は、風もないのに揺れているように見えた。
 
 同じ色の瞳に、自分が映っているのか、ティトーヴァには確信が持てない。
 まっすぐ視線を向けられているのに、どこを見ているのか判然としないのだ。
 感情が見えないせいだろうか。
 
「彼なら私と同じことを考えそうです」
「同感だ」
 
 右手の小指と左手の親指を、くいっと動かす。
 ワイヤーが、しゅるしゅるっと手首に巻きついた。
 実際には、手首にはふれていない。
 その周りに輪を描いて動いている。
 
「やはり、あなたが最も手強い」
「褒められても、俺は嬉しいとは思わん」
 
 ベンジャミンは、フィッツが褒めていたとカサンドラに言われ、少し嬉しそうな顔をしていた。
 その表情までもが、ティトーヴァの怒りとなる。
 
 目の前の男は、大事な者を2人も奪ったのだ。
 
 残りのワイヤーをフィッツに向けて放つ。
 簡単に捉えられるとは思っていない。
 向こうも、なにか仕掛けてくる。
 下手に間合いを詰めるのは危険だった。
 
「お前らは退がれ! そんな剣じゃ傷もつけられねえ!」
 
 ゼノクルの声が耳に入る。
 ティトーヴァにも、わかっていたことだ。
 
 親衛隊は、全帝国騎士の中でも精鋭中の精鋭。
 とはいえ、銃で戦うことに慣れてしまっている。
 剣の腕が立つと言っても、身内の中での判断に過ぎない。
 古き時代の「騎士」とは違う。
 
「この施設の破壊は仕損じました。あなたがたは重要施設を守り切ったのですから私たちを見逃してはいかがですか?」
「ここから逃げられると思うか? 間もなく、ほかの騎士たちも着く」
「それまでちますかね」
「お前など俺1人で十分だ」
 
 もとよりフィッツとやりあえるのは、自分しかいないと思っていた。
 フィッツに対して、ほかの騎士をアテにはしていない。
 
 だが、魔物は多勢になれば仕留め易くなる。
 5人程度では歯が立たなくても、セウテルたちが来れば、20人にはなるのだ。
 多勢で追い詰め、ゼノクルとセウテルの2人で急所を突く。
 最初は弾かれても、繰り返すことで、いずれはとどく。
 
 あの魔物の体が、どれほど硬いかは知っていた。
 それでも、同じ場所を的確に突けば、打ち破れることも知っている。
 
「あなたの貴重な人材が失われることになりますよ?」
「そのようなことにはならんさ」
 
 ゾッとするような冷たい口調に、ティトーヴァは思わず言い返した。
 反論しておかなければ、現実になりそうな気がしたからだ。
 
「戯言も、いい加減にしておけ!」
 
 ぶわっと、ワイヤーがフィッツを取り囲もうと伸びる。
 フィッツは、後ろに軽く飛び、輪から逃れる。
 床を這い、追撃。
 それも、ふわりと後転で逃げられる。
 
 すぐさま防御に切り替えた。
 ティトーヴァの体の周りに火花が散る。
 
 フィッツに弾切れはない。
 床にはなんの痕跡もなく、ワイヤーから伝わってくる感覚が、ティトーヴァに「なにか」の正体を教えていた。
 
(空気か……しかし、空気だけでは攻撃手段とはなりえん……)
 
 銃が熱エネルギーを使って銃弾を発射させているのと同じく、圧縮した空気を利用することは不可能ではない。
 とはいえ、銃に銃弾が必要なように、なんらかの「弾」が必要となる。
 しかも、空気は一時的に圧縮できたとしても、拡散するのが早い。
 
(違う。これは攻撃手段ではない。ただの……)
 
 ティトーヴァは、スッとワイヤーを引いた。
 
 くっと、奥歯を噛み締める。
 どういう理由かはわからないが、これは「時間稼ぎ」だ。
 フィッツは攻撃しているのではない。
 
 あらかじめ設置されていた特殊な装置に、自分が攻撃を仕掛けている。
 
 勘が良いのが、災いしたのだ。
 装置に反応して、ティトーヴァが反射的にワイヤーで弾く。
 それには、おそらく圧縮された空気が仕込まれており、弾かれた衝撃によって、ごく小さな爆発を起こす。
 
 火花から、勝手に「攻撃された」と思い込んでいたに過ぎない。
 
「もう気づかれてしまいましたか」
「であれば、お前に打つ手はない」
「あなたの勘の良さを逆手にとったつもりだったのですがね」
「そんな小細工が通用すると思うなよ」
 
 周囲に同じ装置がいくつ仕掛けられているのかはわからない。
 だとしても、それは無視してもかまわないのだ。
 手首を切り落とされないように注意さえ怠らなければ、近距離の間合いのほうが有利だと判断し、一気に踏み込む。
 
「ベンジー以上の苦しみを、お前に与えてやる」
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