いつかの空を見る日まで

たつみ

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最終章 彼女の会話はとめどない

先陣の眼前 2

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 ティトーヴァは、ひと月あまり、ほとんど寝ていない。
 執務はもとより、どうでもいいような雑務にも追われていた。
 すべてはロキティス・アトゥリノのせいだ。
 
 ロキティスが叛逆者として捕らえられ、アトゥリノは大混乱に陥っている。
 国王自ら叛逆したのだから当然だ。
 
 帝国本土の貴族からは、直轄国から外せとの声が上がっていた。
 対して、アトゥリノ側からは、ロキティスの独断だと反発が起きている。
 そもそもロキティスを国王などとは誰も認めていなかった、だとか。
 
 おかげで、ティトーヴァの面目まで丸潰れだ。
 ロキティスに目をかけ、国王にまで押し上げたのはティトーヴァだった。
 開発費用も望むだけ与えている。
 そのあげくが、これだ。
 
 ティトーヴァの皇帝としての資質までもが疑われ始めていた。
 
 地下に投獄され、食事も満足に取れず、拷問を受けているとしても、ロキティスには腹が立ってしかたがない。
 恩知らずにもほどがある。
 なにより、そんな者を信用していた自分に腹を立てていた。
 
(人材の欠如か……任せられる者がいないというのは、まったく……)
 
 ティトーヴァは皇帝であり、多くの臣下がいる。
 にもかかわらず、信頼できるものは少ない。
 すぐに思い浮かぶのは3人という少なさだ。
 
 ゼノクルとセウテルというリュドサイオの兄弟、それにアルフォンソ。
 
 ベンジャミンが健在であれば、アルフォンソと、こちらも兄弟でティトーヴァを支えてくれただろうと思える。
 ロキティスのことは、それほど信頼していたわけではなかったが、利がある内は裏切らないと考えていた。
 
「セウテル」
 
 執務室の机の前にいたセウテルが、ティトーヴァの隣に歩み寄って来る。
 
 ベンジャミンは横か後ろに控えていたが、セウテルの立ち位置は違うのだ。
 それでも、白い騎士服には、だいぶ慣れてきた。
 ベンジャミンが率いていた近衛騎士隊の騎士服は黒だったため、しばらく馴染めなかったのだ。
 
「ロキティスは、なぜ裏切ったと思う? 奴は、利でしか動かん男だろう?」
「ですが、アトゥリノの前国王は帝位に欲を出しておりましたから、奴が同様に考えたとしても不思議ではありません。結果としては、陛下と奴の利害は一致していなかったわけですし」
「中間種か……」
 
 ティトーヴァは、嫌そうに顔をしかめる。
 アトゥリノのあちこちから、中間種が発見されていた。
 人ではない風貌のものたちだ。
 だが、中間種を「飼おう」とする者がいないとは言えない。
 
 法によって禁止されているため、手を出さないだけだ。
 ならば、法が変わる、もしくは、緩くなれば「商売」になっただろう。
 中間種を「飼育」しているアトゥリノの利は、計り知れないものになる。
 
 高額であればあるほど欲しがるのが、貴族の性質なのだ。
 1度、解禁されれば、歯止めが効かなくなる。
 何匹飼っているだの、血統がどうのと、張り合う姿が見える気がした。
 
「それに、奴はジュポナの件での失態で焦っておりました。己の父でさえも殺すような輩です。裏で陛下の足を引っ張り、帝位から引きずりおろそうと企てていたのではないかと考えられます」
「俺は、中間種なんぞ認めんからな」
 
 ロキティスの「商売」はティトーヴァが皇帝である限り、日の目は見られない。
 魔物も聖魔も撃ち滅ぼすというのが、ティトーヴァの意思だ。
 ロキティスの利とは一致しない。
 セウテルの意見は、もっともだと認める。
 
「お前の兄のおかげだ。アトゥリノを統治させたいくらいだが、それでは褒美にはなるまい。アトゥリノ人は束ねるのに苦労する」
「頭の痛い話です」
 
 ロキティスが叛逆者となり、アトゥリノでは王位の争奪戦が繰り広げられている。
 ティトーヴァとしては、前国王である叔父に近かった王子には継がせたくない。
 とはいえ、ロキティスを推した結果があれでは、口を挟むこともできなかった。
 本当に、忌々しい話だ。
 
(帝国の前身、ヴァルキアス王国が、アトゥリノ人を使いながらも併合しなかったことには理由がある。奴らが国のことなど顧みず、己の欲を優先させる性質の者どもだからだ。統治と言っても、形ばかりのものに過ぎん)
 
 ティトーヴァは、結局のところ、誰が国王になろうと同じだと諦める。
 どうせアトゥリノも今は混乱しているのだ。
 ティトーヴァの足を引っ張る暇はないだろう。
 その間に、自分は自分で、立場を確立しておく必要がある。
 
 魔物退治に専念したいのはやまやまだが、無理を通せる状況ではなかった。
 ゼノクルが「謹慎」することで貴族を黙らせたものの、信任が揺らいでいる。
 これ以上、負担をかければ、貴族どころか民にまで、そっぽを向かれてしまう。
 それでは、皇帝が皇帝としての意味をなさなさい。
 
(父上にうとまれていたことで、こんな弊害が出るとはな)
 
 とにかく「人材」がいないのだ。
 ティトーヴァは父親から疎まれており、人を託されることがなかった。
 要は、ツテもアテもない。
 複雑な思いはあれど、セウテルが残っているのを幸いだと感じるほどだ。
 
「陛下、兄……ゼノクル・リュドサイオより連絡が入っております」
「繋げ」
 
 秘匿回線が開かれる。
 謹慎中のゼノクルからの連絡に、セウテルも緊張を隠せずにいた。
 ティトーヴァも、なにかあったのだと察している。
 
「陛下、近衛騎士隊を、すぐに動かしてもよろしいでしょうか」
「何事だ、ゼノクル」
「どうやら魔物が先手を打ってきたようです」
「なんだとっ?!」
「リュドサイオの施設が狙われているのは間違いありません」
 
 まさか、との思いに血の気が引いた。
 
 人が魔物を殲滅しに赴くまで、魔物は動かない。
 ティトーヴァは、そう思い込んでいたのだ。
 歴史上、魔物が人の国を攻めたことは、ただの1度もない。
 魔物とは、そういうものだとの刷り込みがあった。
 
「ミサイルの発射場所が狙われているということですか、兄上」
「おそらく、そういうことだろう。向こうには知恵のある奴がいる」
「しかし、なぜ気がつかれたのです?」
「わからん。ただ……嫌な感じがして壁を越えてみたら、砂煙が見えたのさ」
「壁を?! お1人でですかっ? そんな無茶な……っ……」
「壁越えの装備をつけたまま帰っただろ? こういう時にこそ使わねぇと、無駄になっちまうじゃねぇか。それにな、セウテル……俺が、なにを言ったって、こっちじゃ相手にされねえ。そのくらい、わかれ」
 
 隣に立つセウテルが、ぐっと言葉を詰まらせる。
 
 リュドサイオでのゼノクルが、どれほど爪弾きにされているか。
 
 帝国での自分の立場も、似たようなものだったので、理解できた。
 セウテルが言っていたが、ゼノクルは優秀だ。
 なのに、リュドサイオ本国では、けして評価されない。
 
「近衛騎士隊だけで、どうにかできるのか?」
「わかりません。ですが、時間がないのです。魔物どもは、ほどなく壁に到着するでしょう。なにを仕掛けてくるかも不明なので……発射台だけは死守しなければ」
「ミサイル自体は諦めるほかない、か」
「消耗品は、あとでどうにでもなります。発射台のほうを優先すべきかと」
 
 ゼノクルの言う通りだ。
 
 ミサイルは、金はかかるが消耗品と言える。
 失っても、また造ればいい。
 だが、発射台を造り直すとなれば、いっそう時間がかかるのだ。
 家財道具を売り払ってでも建屋を残すほうがいい、という話だった。
 
「リュドサイオが狙われたとなると、帝国本土の壁に近い軍施設も狙われている。すぐにアルフォンソに連絡し、帝国騎士団を動員しろ」
「かしこまりました!」
「ゼノクル、リュドサイオは……」
「お任せください、陛下。奴らとて、中には入って来られないのです。壁のこちらから迎え撃ちますよ」
 
 ゼノクルの軽い口調に、ティトーヴァの胸が熱くなる。
 怯むことはない、と思えた。
 魔物に「武器」が通用するのは実証済みなのだ。
 魔力攻撃に対する装備もある。
 
「兄上、私は親衛隊を率いますので、近衛騎士隊の指揮をお願いいたします」
「いや、全権委譲はするな」
 
 ゼノクルは説明しなかったが、意味はわかっていた。
 仮に、全権を委譲した場合、ゼノクルがいなくなったら統率が取れなくなる。
 すなわち、ゼノクルは、自らの「死」を示唆しているのだ。
 承服しかねる言葉だが、認めざるを得ない。
 
 リュドサイオは、ゼノクルが全権委譲を固辞しなければならない状況だと。
 
 実際に、魔物と対峙した本人の判断を無視することはできなかった。
 セウテルもわかっているのだろう、反論はせずにいる。
 
「セウテル、お前は陛下をお守りしろ。なにがあるかわからねえ」
「わかっております」
「では、陛下、お気をつけください」
「お前もだぞ、ゼノクル」
 
 秘匿回線が切れる。
 
 皇帝になってみて、初めて知った。
 人は、ただの「駒」ではない。
 信頼できる者がいてこそ、力をふるえるのだ。
 
「近衛騎士隊は、すぐに動かせるのか?」
「リュドサイオの、いくつかの施設に駐留させておりますので、招集をかければ対応は可能にございます。私は……兄に指揮をお任せするつもりでしたし、帝都に縛っておく必要はないと考えておりました」
「お前より俺のほうが、ゼノクルを失いたくないと思っているかもしれん。最悪、ゼノクルを逃がすよう、近衛騎士たちに指示をしておけ。ゼノクルは、騎士連中を見捨てられはせんだろうからな」
 
 魔物の国でも、最後まで戦ったのは、ゼノクルだった。
 今度もきっと先陣を切るに違いない。
 それが、兵たちを鼓舞するのだ。
 士気が上がるのはいいことだが、ゼノクルの命を危うくもする。
 
「あとで文句を言われるかもしれんが、それは、お前が引き受けろ、セウテル」
「わかっております。私とて、兄に死んでほしくはありませんので」
 
 軽くうなずいてから、ティトーヴァは帝国全土を示す地図を表示させた。
 壁に近い軍の施設には、すでに各地に駐留している帝国騎士団が向かっている。
 
「無人の監視装置はできていたはずだな。壁の向こうに放ち、少しでも情報をかき集め、アルフォンソに即時伝達。現場で情報が錯綜することのないよう親衛隊長のお前が、集約しておけ」
 
 無人の監視装置の開発は完了していたが、実機はたいして多くない。
 だが、温存していては被害が拡大する。
 互いに相手が見えない中での戦いとなるのだ。
 情報量が多いほど戦況を有利にできる。
 
(来るなら来るがいい。人間に楯突いたことを悔やませてやる)
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