いつかの空を見る日まで

たつみ

文字の大きさ
上 下
215 / 300
最終章 彼女の会話はとめどない

確信の確認 3

しおりを挟む
 ぶわっと赤い炎が上がる。
 アヴィオは、面白くもなさそうな顔をしていた。
 ほか4種族のおさは、一瞬で噴き上がった炎に驚いている。
 案の定、真っ先にフィッツの元に駆けて来たのは、ダイスだ。
 
「なんだ? なんで、あんなことになるんだ?」
「火の出る粉を使っただけだろう。そんなに驚くことか」
 
 炎を扱うコルコのアヴィオからすれば、物足りないと感じるかもしれない。
 炎の強さだけで言うなら、コルコの炎のほうが強いのだ。
 銃弾さえ熔かす炎は、簡単に人を灰にしてしまえる。
 だが、前回の戦で、比率から言えば、コルコは最も多くの犠牲を出していた。
 対人戦で有効なのは認めるが、あくまでも、それは1対1の時だ。
 
(数、それに速度の問題だな。大勢に囲まれると、コルコは分が悪い)
 
 そして、素早く動く標的を狙い撃ちするのも、コルコには難しかった。
 コルコは、点をまとにする戦いかたをする。
 同じコルコ族同士でも、連携はしない。
 そのため、大勢に取り囲まれ、相手に動き回られると攻撃しにくくなるのだ。
 
 どんなに強い炎だろうと、当たらなければ無意味。
 無駄に魔力を消費するだけだった。
 自分の身を守ることに徹し、状況によって逃げていれば、もっと犠牲は少なくてすんでいる。
 
 銃弾を熔かせる炎を操れるのは、コルコの利と言えた。
 ただし、それも自分の身に纏えるからであり、ほかのものを守れはしない。
 動いている銃弾を狙って熔かすことができないからだ。
 コルコの魔力攻撃では、銃弾の速度に、追いつけなかった。
 実際に、実験してみたので、わかっている。
 
 フィッツがいるのは、イホラの領地との境に近い、コルコの領地だ。
 前に集まって以来、5日目になる。
 フィッツは、ファニ以外の領地の地図を作り終えていた。
 最後がコルコで、昨日も来ていたのだ。
 地図作りとともに、実験などをするのに良さそうな場所を探している。
 
 少し拓けた、だが、周りに家がない岩場。
 コルコだけではなく、連携した動きを教えるため、ほかの長も呼び集めた。
 フィッツの中には、すでに策ができあがっている。
 だが、魔物たちの動きなくしては、成功しない。
 
「正しくは、火のつく粉です」
 
 粉自体は、なんでもよかった。
 とはいえ、やはり燃え易いもののほうが、失敗は少ない。
 そのため、フィッツは、動力石を粉にして持ってきている。
 壁を造る装置のある洞にあった動力石だ。
 石のままでは使えないため、加工する機械もあるはずだと、装置を辿り、それを見つけ出した。
 
(これがなくても、あの小麦粉のようなものでも代用はできたが……冬場に食材を減らすのはけたいからな。姫様の食事の量に関わる)
 
 という理由で、動力石の粉を使うことにしたのだ。
 洞には十分なだけの動力石があったし、粉にするだけなら、時間もかからない。
 あえて食材を減らす必要はないと判断している。
 
「火がつくって、そりゃあ、アヴィオがつけたんだろ?」
「どちらが先かという話ですよ。つけたのではなく、引火したということです」
「順番からすると、アヴィオの火が先にあり、私が粉をまき散らし、その粉に火が勝手についた、ということか」
「そういうことです」
 
 ナニャの説明に、うなずいてみせた。
 使いかた次第ではあるが、動力石は熱を生じ易い。
 人間が、粉を溶液にして銃の動力源にしているのも「熱」が必要だからだ。
 
「俺たちの炎のほうか、ずっと強い。あんな攻撃に意味はあるのか?」
「爆発の利は、面で攻撃ができるところです」
「面ってのは、地面のことだろ?」
「まったく違います。簡単に言えば、1人の人物を確実に抹殺するのと施設の破壊とでは、有効な攻撃方法が異なる、ということですよ」
 
 ダイスは、首をかしげつつ「点と面」との言葉を繰り返している。
 アヴィオは、不本意そうではあるが、ナニャと視線を交わしていた。
 コルコだけの力では「面」の攻撃ができないことを理解したのだ。
 
 イホラは風や水という「面」の攻撃が得意ではある。
 だが、コルコほどの威力はなかった。
 それを、ナニャも理解している。
 コルコと連携することで、互いを補え合えるのだ。
 平時ならともかく、戦時では「仲が悪い」だのとは言っていられない。
 
「この実験は、小規模なものだったが」
「イホラとコルコの連携次第で、かなり大きな爆発を起こせるようになります」
 
 この爆発においてはコルコの炎の温度、イホラの風による動力粉の散布が威力を決定づける。
 少しでも狂いが生じると、爆発さえしないことも有り得るのだ。
 
「コルコ15体にイホラ25葉の組み合わせで、5部隊ほど作ってください」
「……そっちはどうする?」
「私に異論はない。しかし……お前のところのものとは相性がある」
「互いに選抜して、そのあとから組み合わせを決めるか」
「それがよさそうだ」
 
 フィッツは、内心、好き嫌いなんて、どうでもいいと思っている。
 そんなことより、力の調和を優先されるべきなのだが、相性にこだわる者がいるのも知っていた。
 なまじソリの合わないもの同士を組ませてしくじるよりは、多少、威力が落ちたとしても、確実性を担保するほうが重要だ。
 なので、口は挟まなかった。
 
 ほかの魔物たちの戦いかたについては、ほとんどのことが決まっている。
 あとは訓練し、より精度を高めるのみだ。
 人とは違い、魔力は魔物の本能。
 そのせいか、人の熟練速度よりも、その成長は速かった。
 フィッツの想定していた半月もあれば「精鋭」部隊が作れる。
 
 フィッツは、残った魔物に向き直った。
 緑の鱗に覆われ、がっちりとした体、大きな口と尾を持つ魔物。
 
 ガリダの長、ザイード。
 
 ザイードもフィッツの意図を察しているのか、こちらを見ている。
 のんびりした様子は、カモフラージュだと、フィッツは、感じていた。
 大きな魔力を、ザイードは秘めている。
 周囲への配慮から隠しているに過ぎないのだ。
 
 だが、ザイードは、今度の「先制攻撃」では要になる。
 なんとなく、とか、だいたいといった力の把握ですませる気はなかった。
 おそらく、ザイードも似たようなことを考えている。
 フィッツの力を認めていながらも、どこまでできるのか知りたがっているのだ。
 
「アヴィオよ、この辺りは誰も使っておらぬのだったな?」
「岩場が崩れても、地面が裂けても、誰も困りやしないさ。ただ、後片付けはして帰れよ? 岩をゴロゴロ転がされたままじゃな。あとが面倒だ」
「そうだの。それは配慮いたす」
 
 ふわっと空気が変わる。
 瞬間、長たちが、バッとザイードから距離を取った。
 フィッツは魔力を使えないが、強い圧迫感を体に受けている。
 見えなくても、ザイードの大きな魔力に、影響を受けているらしい。
 
「これが本気、というわけではありませんよね?」
 
 魔力の重圧を感じてはいても、直接、害になるものではなかった。
 威圧はできるだろうが、攻撃と言えるものではない。
 だが、ザイードの「本気」は、絶対に把握しておかなければならないのだ。
 殺されるつもりはないが、殺す気でかかって来てもらわなければ困る。
 
「その程度で姫様を守ることは、まず不可能です。よく人の国に行こうという気になれましたね」
 
 煽っているつもりも、挑発しているつもりも、フィッツにはなかった。
 思ったことを口にしている。
 カサンドラが、ザイードを「心配」する理由を述べているのだ。
 
 戦車試合の日のことを、フィッツは鮮明に覚えている。
 カサンドラは、フィッツの心配など、まったくしていなかった。
 それが、とても誇らしかったのだ。
 彼女を守護するに足る者であると認めてもらえていると、実感できた。
 
 守るべき相手に心配されるなんて有り得ない。
 カサンドラは「死ぬな」と言うが、死ねば彼女を守れなくなるからだ。
 フィッツにしても、それは恥だと感じている。
 どうしようもなくなればいたしかたないにしても、そうならないように手を打つのが、自分の役目だった。
 
 愚かさと弱さが死を招く。
 
 カサンドラの「命を賭すな」との言葉にある教訓だ。
 目的を果たす前に、ザイードが死ぬ程度であれば、足手まといになる。
 置いて行ったほうが、まだしも魔物の国の防衛になるだろう。
 代わりに、頭数を増やさなければならないのは不利に繋がるが、しかたない。
 ザイードを失うことは、防衛的な意味で、痛手になる。
 
「それでは、本気でまいろう」
 
 さらに、ぐっと体に圧力がかかった。
 周りの空気も重くなっている。
 ぶわっと、大きな風の渦が巻いた。
 フィッツは、その中でも平然と立っている。
 
 目の前で、ザイードの体が大蛇のようなものに変わっていた。
 見上げるほど大きい。
 4つの脚、頭には牡鹿のような角が2本。
 空に飛翔し、とぐろを巻いている。
 
「手加減は不要ですが、あなたはやりにくいでしょうから」
 
 フィッツは、自分から仕掛けた。
 フィッツがザイードの力を知らないのと同様、ザイードもフィッツを知らない。
 互いに手加減をしたり、様子見したりするのは時間の無駄でしかないのだ。
 軽く後ろに飛びながら、足首につけていた短距離用の小型の銃を取る。
 
 銃弾は発射されず、シュンシュンという軽い音が響いた。
 ザイードが、尾で顔の辺りをはらう仕草を見せる。
 黒い目の奥にある金の瞳孔が狭まった。
 その瞳を狙ったように見えただろうが、体で防がれるのは想定済みだ。
 
「この前の銃とは違うじゃねぇか?!」
 
 ダイスの言う通り、フィッツが使ったのは一般的な銃ではない。
 撃ち込んだのは「針型」のもので、ザイードの尾に突き立っている。
 だが、思ったより数が少なく、自分の腕に不満を覚えた。
 ふと、ある男の顔が思い浮かぶ。
 
 ベンジャミン・サレス。
 
 彼の腕なら、すべて命中していたに違いない。
 近距離銃の扱いに対しては、自分よりも上だった。
 鱗のわずかな隙間を狙ったのだが、フィッツは、いくつか外している。
 手元の装置を入れた瞬間、「針型」の弾が炎を噴いた。
 
「人の中には、私より銃の扱いに慣れた者もいるのですよ?」
 
 自らの尾についた炎を、ザイードが消す。
 またたく間に空が曇り、大きな雨粒が落ちてきた。
しおりを挟む

処理中です...