いつかの空を見る日まで

たつみ

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第2章 彼女の話は通じない

きみのいる空の下でも 1

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 魔物の国の北東。
 林の中に、三角の耳に、くるんと巻いた尾を持つ魔物が倒れている。
 少量とはいえ、魔力を持っているので、人とはできない。
 魔物と認識すべきだろう。
 
 疲労困憊しているらしく、倒れたまま、荒い呼吸を繰り返している。
 銀色の髪には、土と落ち葉が、からまっていた。
 
 元々、それほど体力もないのに、全力で走った結果だ。
 魔物ではあっても、能力的には、人と大きな差はない。
 それで百キロ近くも走れば、当然に、こうなる。
 
「それでは、行こうか。獣くさい子」
 
 その魔物の体が光につつまれた。
 とりあえず体力を回復させておいたのだ。
 それから、小脇に、ひょいとかかえる。
 魔物は、ラフロを不思議そうに見上げていた。
 
 ラフロは口元に笑みを浮かべ、すぐに飛翔する。
 速度は少し控え目だ。
 行き先は決まっているし、それほど急ぐこともない。
 
「……ご、ご主人様は……?」
「気になるかい?」
 
 ラフロにかかえられたまま、こくこくとうなずく。
 なるほど、クヴァットが気に入るわけだ、と思った。
 自分を怖がらないものを、ラフロは、あまり知らない。
 
「生きてはいるよ。半死半生といったところかな」
「な、なお、なおして、もらえ、ますよ、ね?」
「もちろんだとも。そのために来たのだからねえ」
 
 あからさまに、魔物が安堵した様子を見せる。
 ほんの少し「関心」がよぎった。
 人の持つ「それ」とは違うようだが、似ている。
 そこに、わずかだが引かれたのだ。
 
「彼のことが好きかい?」
「好き……? ご主人様は……大事なかた……です……」
「なぜかな? 食事をくれるから? 住む所をくれるから? 殴ったり蹴ったりしないから?」
「……や、役に立てる、から……」
「役に立てる? それが嬉しいのかい?」
「や、役に立てると……頭を、なでて……もらえるん、です……」
 
 どうやら、それが嬉しいらしい。
 頭を撫でられることの、なにが嬉しいのか。
 ラフロには理解できなかった。
 人間にも似たようなことを言う者は多いのだが、首をかしげるばかりだ。
 
「それなら今回も頭を撫でてもらえるといいねえ」
「……ご、ご主人様が……無事なら……それで……」
「欲がないのはいいことだよ、獣くさい子」
 
 ぴくぴくっと、魔物の耳が動く。
 ラフロを、心配そうに見つめて来た。
 青い瞳の中の、銀色の瞳孔が、拡縮している。
 
 魔物だという認識は正しかった。
 魔物のほうが、人間よりも明確に目で語るのだ。
 
「……け。獣くさい……ですか……?」
「なぜだい? 薬を飲んでいるのに」
「け、獣くさいと、ご主人様に、嫌われ、ます……っ……」
「彼は本当に獣くさいのが大嫌いだからねえ。人の体を借りていても、それには閉口している。こすっても無駄だと知っていて、鼻をこするくらいだもの」
 
 銀色の瞳孔が拡縮を繰り返している。
 不安を帯びた色に、ラフロは微笑んだ。
 
「安心おし、獣くさい子。私は片手で足るほどにしか名を覚えない。それだけの意味しかないのだよ」
「……獣くさく、ない、ということ……ですか?」
「そうとも、獣くさい子」
 
 わかったようなわからないような顔をして、それでも、こくりとうなずく。
 
 上空から、地上を見下ろして、口元を緩めた。
 魔物の国を出た先に、ラフロの「相方」がいる。
 人の国で「リニメア」と呼ばれている乗り物の中だ。
 それは、動いておらず、帝国の兵たちが固まっている場所とは少し離れていた。
 
「さあ、ご主人様に会いに行こうか」
 
 ふわっと、地面に降り立つ。
 魔物を腕から放した。
 途端、ドアにぶつかる勢いで、魔物がリニメアに飛び込む。
 のんびりと、ラフロは、あとから乗り込んだ。
 
「どうだい、クヴァット」
「最高で、最低な気分だ、ラフロ」
「そのようだね。私も、めずらしい気分を味わえているよ」
 
 運転席で、クヴァットは、ぐったりしている。
 その横に、魔物がへたりこんでいた。
 
「きみが、また癇癪を起こすと思ったものだから、先に、その獣くさい子を連れに行っていたのさ」
「それなら、しかたねぇや。この体が、すっかり駄目になっちまうかと思ったが、大事な玩具をなくすよりはマシだからな」
 
 ラフロは、クヴァットの体を光で覆う。
 少しだけ時間がかかった。
 
 クヴァットは、というより、ゼノクルは特殊なのだ。
 人の体を癒すだけでは「直す」ことができない。
 中にクヴァットという魔人がいる。
 先に、そちらを治療する必要があった。
 
「それにしたって、クヴァット。こう何度も私が地上に来ることになるなんて。きみは本当に要領というものを心得ていないねえ」
「行き当たりばったりのほうが楽しいんだ」
「筋書通り行かなくてもへっちゃらでいるのだから、呆れてしまうよ。いったい、なんのための筋書やら」
 
 ふうっと、光が消えて行く。
 これで、クヴァットも、外身そとみのゼノクルも「元通り」だ。
 
「それは、お前の娘が悪い! あの小娘、ひでえったら、ありゃしねえんだぞ。わけわかんねぇ力を持ってやがってよ。こっちは、なんもできねぇまんま血反吐を吐かされたんだぜ?」
「おやおや、それはとんだことだったねえ」
 
 言葉に、クヴァットが目だけを、きょろっと上に向ける。
 見ていたくせに、と言いたいのだ。
 ラフロの部屋の湖面には、いつでも見たいものを映すことができる。
 人の使う通信装置のような機能はないが、視るだけなら自由自在だった。
 
「ありゃあ、お前の力じゃねぇよな?」
「違うよ。あれは、あの娘特有の力さ」
「へえ。やっぱり、あの小娘は特別なのか? お前の血が入ってるしな」
「それについては、なかなかに関心深くてねえ」
 
 ふっと、ラフロは笑う。
 思ってもいなかったことが起きたからだ。
 そのため、ますます「我が娘」に関心が深まっている。
 
「さてさて、これから、あの娘は、どうするかな」
 
 ラフロの感情が、クヴァットに伝わったらしい。
 クヴァットも、なにか楽しげに笑っていた。
 感情は共有しているので、時折、互いに干渉し合うこともある。
 クヴァットが「遊ばれかけて」いた時に、不満に思ったのが、それだ。
 
 とはいえ、互いのしていることや、具体的な考えなどまでは共有していないし、したこともない。
 ラフロはクヴァットの行動に、直接、口出しはしないのだ。
 もちろん、クヴァットも、ラフロの行動に、あれこれ言ったりはしなかった。
 
 クヴァットにとって邪魔である、あの大きな魔物の命を繋いだのはラフロだが、それをクヴァットは知らずにいる。
 そして、ラフロの関心の元であるカサンドラを、クヴァットが殺そうとしたと、ラフロは知っていた。
 
 けれど、だからどうするということもない。
 
 ラフロは、クヴァットのしたいようにすればいいと思っている。
 クヴァットが、自分を責めたりしないこともわかっていた。
 お互いに、自分のやりかたで、それぞれの「欲」満たそうとする。
 それだけのことなのだ。
 
「楽しそうだな、ラフロ」
 
 クヴァットが魔物の頭を撫でていた。
 魔物は嬉しそうに尾を揺らせている。
 
 少しだけ、自分も「玩具」がほしいような気分になった。
 さりとて、ラフロの気に入るような「玩具」はありそうにもない。
 クヴァットとラフロとでは、求めるものが違うのだ。
 
「きみもだろう、クヴァット」
「まぁな。3百年、生きてきて、こんなに楽しめてるのは初めてだ」
「もうしばらくは、楽しめるのじゃないかな」
「そうでなきゃ困る。俺は、まだ満足してねぇんだぜ?」
「きみは、どこまでも魔人だねえ」
 
 矛盾しているが、クヴァットは楽しむために、我慢したり努力したりする。
 行き当たりばったりで筋書を変えるが、手持ちの駒で、やりくりしていた。
 根気強く、諦めを知らない。
 
「おや?」
 
 ふと、ラフロは、魔物の尾が、まだ揺れていることに気づく。
 クヴァットが、にっと笑った。
 
「いいだろ。俺の気に入りの最高の玩具だ」
「壊されないように、気をつけなければいけないよ?」
「そん時ゃ、体は捨てて国に帰る」
「好きにするさ。きみがどこにいても、私の関心事に変わりはないのだもの」
 
 床に座りこんでいる魔物が、ラフロを見上げていた。
 当面、クヴァットは、このよく出来た新しい玩具に夢中に違いない。
 本当に壊されなければいいけれど、と思う。
 
 なにかあれば、また癇癪を起こしそうだ。
 そうなると、クヴァットの作ったイスの座り心地が悪くなる。
 
 少し考えてから、魔物の首に手をあてた。
 傷痕が、すうっと消えていく。
 代わりに、黒い文字が首の後ろに浮かび上がった。
 
「クヴァットと繋がりを持たせてあげたよ、獣くさい子」
「これで、楽に持ち帰れるぜ」
「そうとも。きみに癇癪を起こされたくないからねえ」
 
 微笑んで、ラフロは、スッと姿を消す。
 王の間に戻り、湖面に「我が娘」を映し出した。
 
 彼女は、ほとんど聖者の血を持っていない。
 なのに、聖者の力を無理やりに引き出したのだ。
 それが、どういう結果をもたらすのか。
 ラフロにとっては、それが現在の最大の関心事だった。
 
「彼の欠損を、きみはどう思うのかな、愛しい私の可愛い娘」
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