いつかの空を見る日まで

たつみ

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第2章 彼女の話は通じない

有限の幻想 4

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 地対空ミサイル。
 
 元の世界で、そういう名称を聞いたことがある。
 どこかの国から発射され、海に落ちたとか。
 けれど、詳しくは知らない。
 当時は、そんなことに興味がなかったからだ。
 
 それが海に落ちたからといって、毎日は変わらない。
 変わらず、平和だった。
 ミサイルが身近に落ちてくるなんて考えたこともなかったのだ。
 だが、落ちれば、どんなふうになるかは想像できた。
 
 この辺りは、火の海になる。
 
 ガリダの領地の大半が消え失せることにもなるだろう。
 避難場所も、ここから遠くない。
 そこには大勢のガリダたちがいるのだ。
 子供や赤ん坊連れのものだって、いる。
 
「に、逃がさないと……っ……」
「もう遅えっての。目視で見えてんだぜ? 間に合うわけねぇんだよ」
 
 ゼノクルの言う通りだと、頭ではわかっていた。
 どうすればいいのか、まったくわからない。
 まさか帝国が「ミサイル」まで用意していたとは知らなかったのだ。
 ラーザから持ち帰った資料にも、そんな記載はなかった。
 
「そのようなものがあるのなら、最初から使うておれば良かったのではないか?」
 
 ザイードが静かな声で言う。
 キャスのように焦ってはいない。
 自らの「死」を予感し、受け入れているようだった。
 
「そこの小娘が、どこにいるかもわかんねぇのにか? そんなこと皇帝が許すはずねぇだろ。けど、状況が、ここまで悪くなっちまったもんだから、苦渋の選択ってやつをしたのさ」
「皇帝は、キャスが北東におると思うておるのだな」
「シャノンに持たせた俺用の追跡装置が、そっちにあるんでね。しかも、俺は、王女様を確認してる。そいつは嘘じゃあねえ。まぁ、王女様は、こっちにいるわけだが、そんなことは知る由もなしってな」
 
 ゼノクルが空を見上げたまま、よろよろと体を起こす。
 ここにミサイルが落ちれば、ゼノクルも死ぬのだ。
 なのに、まるで気にしていない。
 というより、楽しんでいる。
 
「もう、あと3分もねぇや。どうすんだ? え?」
「どうにもならぬのであれば、いたしかたなかろう」
「自然の摂理ってやつか」
「そうさな。それでも、ガリダの半数は生き残る。そこからまた始めればよい」
 
 ザイードが、キャスの近くに歩み寄って来た。
 頭を緩やかに撫でられる。
 
「すまぬな。余は、1度も、そなたを守りきることができぬようだ」
 
 どう返事をすればいいのか、わからない。
 このまま死ぬのだろうか。
 みんな、一緒に。
 
「ミネリネたちは北東に逃げて。今すぐ!」
「キャス……」
「それが魔物のことわりでしょ? 生きられるんなら、生きないと駄目なんだよ」
 
 自分の台詞とも思えなかった。
 生きるも死ぬもどうでもいい。
 魔物の国に来てからは、より意味のある死を迎えることしか考えずにいた。
 そんな自分が「生きなければ駄目だ」だなんて。
 
 ミネリネとファニたちが、ふっと消える。
 残されたのは、キャスとザイードだけだ。
 ゼノクルもいるが、数には入れていない。
 
(ここでの暮らしも終わりかぁ……かなり慣れてきてたし……前の世界の時より、親しいって言える魔物もいたし……ノノマも……死んじゃうんだ……)
 
 ここに来て、半年以上が経っている。
 人の国に戻り、また逃げて、聖魔の国に行ったりもした。
 元の世界で本物の「カサンドラ」の話に、波乱万丈だと思ったが、自分の人生もなかなかに波乱万丈だ。
 
 元の世界で生きた24年より、この世界で過ごした短い時間のほうが、よほど、自分は「生きて」いた。
 
 そう思える。
 同時に、悔しくなった。
 死ぬこと自体は、しかたがない。
 だとしても、こんな死にかたは悔しいのだ。
 
「私、まだ……20歳にもなってないんだよね」
 
 カサンドラは21歳になった頃に死んだという。
 本物のカサンドラの寿命さえ、まっとうできていない。
 
「これ、斬首刑よりマシな死にかたって言える?」
 
 目視でも、ミサイルの形が、はっきり見えている。
 逃げることも、けることもできないのは、わかっていた。
 誰も助けられない。
 それも、知っていた。
 
 だが、どうしても納得できない。
 
 こんな死にかたは嫌だと思う。
 なんの意味もない。
 理不尽な死を押しつけられるだけだ。
 
『フィッツ!! 戻って来てよ、フィッツ!! 私を助けてくれないのっ?!』
 
 力を、使おうと思ったのではない。
 ただ、勝手に言葉があふれてくる。
 
『フィッツの役目は、私を守って世話をすることなんでしょ?! ちゃんと守ってって言ったじゃん!! フィッツッ!!』
 
 紫紺の髪が、風で巻き上げられたように、浮いていた。
 ざわざわと揺れ、言葉に呼応している。
 紫紅の瞳の端から、赤い涙がこぼれた。
 
 ひと滴の血。
 
 頭が、ガンガンする。
 地面が揺れているかのように足元が定まらない。
 耳元で、ざあざあと大雨が降っているような音も聞こえる。
 キャスの世界が歪んでいた。
 
『フィッツッ!! 約束守れッ!! フィッツッ!!!』
 
 叫び過ぎたのかもしれない。
 ぐらっと膝が崩れる。
 ザイードが、その体を支えて来た。
 周りの景色が、ぐにゃぐにゃして見える。
 
「……ザ、ザイード……あ、あいつ……」
「どこまで逃げられるのかはわからぬが……」
 
 ぐにゃぐにゃの視界の中、小型のリニメアが動き出した。
 ゼノクルが、あれに乗って逃げようとしている。
 追いたくても、膝が、がくがくしていて走れない。
 ザイードの腕に、しがみつくので精一杯だった。
 
 ザイードは空を見上げている。
 同じように、キャスも空を見上げた。
 上空高く、ミサイルがある。
 
「ちぇっ……どうにもなんないのか……」
「最後であれば、そなたのそばにおれて、余は満足しておる」
 
 すり…と、ザイードが頬をすり寄せてきた。
 ほんの少し、ギザギザした歯が見える。
 たぶん、微笑んでいるのだろう。
 
 できることはした、とは言えない。
 無意味な死になるのかもしれない。
 だとしても、ザイードだけは「満足」だと言ってくれた。
 それでいいか、と思う。
 
 ドガーンッ!!
 
 地響きが辺りを揺るがした。
 びくっとなって、ザイードにしがみつく。
 ザイードに抱き込まれ、体を小さくした。
 
(壁の装置もやられちゃうかな……そうなったら……人も魔物も……)
 
 考えても、自分には、なにもできないのだ。
 死んでしまったら、なにもできない。
 たとえ、できることが残されていたとしても。
 
 バラバラッと、上空から、なにかが落ちて来る。
 と、同時に、目を開いていられないほどの光が周辺に広がっていた。
 爆発が起きたらしい。
 
 火にのまれるのも時間の問題だろう。
 と思った瞬間だ。
 
 体が大きく浮遊する。
 ザイードが、キャスを見上げていた。
 腕で、頭を庇っている。
 なにかが、下に向かって落ちているからだ。
 
「遅くなって申し訳ありません。姫様」
 
 ぴた…と、キャスの時間が止まる。
 息をするのも忘れた。
 ザイードに向けていた視線を動かすこともできない。
 
「ここは危険です。すぐに移動しますので、しっかり掴まっていてください」
 
 自分をかかえる腕の感触。
 平然とした口調。
 そして、くっついた体のぬくもり。
 
「な、なんで……」
「地対空ミサイルは遠隔操作が可能なのです。どこからでも発射できる仕様ではありますが、そこに割り込みをかけられることまでは、想定していないのですよ。ですから、3基をぶつけさせたのですが、燃料不足はいかんともしがたく、あまり上空まで誘導できませんでした」
 
 淡々と、滔々と説明をするのも「いつも通り」だ。
 とんっという着地する感覚も。
 
「お怪我はありませんか、姫様」
 
 現実なのか、幻想なのか、判別がつかなかった。
 それでも、キャスは、やっとの思いで顔を上げる。
 
 薄金色の瞳が、キャスを見つめていた。
 同じ色の髪も揺れている。
 
 そっと手を伸ばした。
 ふれた頬が、あたたかい。
 震える声で、キャスは、その人の名を呼ぶ。
 
「…………フィッツ……」
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