いつかの空を見る日まで

たつみ

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第2章 彼女の話は通じない

絶望の路頭 1

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 地上でダイスが右往左往しているのが見えた。
 亀裂を挟み、魔物の国寄りのところだ。
 ザイードは、空から周辺を見渡す。
 
「あれは……」
 
 ダイスはザイードの指示通り、地割れで境界を作ったようだ。
 深い亀裂が地面に弧を描いている。
 ナニャやアヴィオたちがいるのは、ダイスとは反対側だった。
 まだ見えていないが、今は、こっちに向かって来ているはずだ。
 
 つまり、ダイスのいる側が魔物の領域、反対側は人の領域。
 
 3メートルほどの亀裂を飛び越えて行く人間もいる。
 そのため、ダイスは、ほかのルーポに指示をして、人間を自分たちの領域に踏み込ませないようにしているのだ。
 が、しかし。
 
 ぽーんっ!
 
 魔物の領域外に取り残された魔物たち。
 ほとんどがイホラだった。
 亀裂に水を入れた際、ナニャたちと分断されたのだろう。
 そのイホラをくわえ、亀裂の向こう側へと放り投げているものがいる。
 
 中ぐらいの大きさのルーポ。
 
 器用に銃弾をけながら、魔物たちを助けているが、傷を負ってもいるようだ。
 灰色の毛に、紫の血が見えた。
 長い尾が、大きく振れている。
 
「キサラッ!! もういい!! 戻って来い!!」
 
 ダイスが右往左往しているのは、指示出しのためだけではなかった。
 亀裂の向こうにいる「妻」に叫び続けているのだ。
 が、キサラは聞こえていないかのごとく、無視している。
 ダイスのほうを見ようともしていない。
 
 しゅうっと、ザイードは下降した。
 その間も、キサラはイホラを放り投げ続けている。
 かなりの数のイホラが、これで助かったには違いない。
 とはいえ、キサラは無傷ではないのだ。
 
「これ、キサラ! ダイスが狼狽うろたえておる! 早う向こう岸に戻らぬか!」
「夫の尾の後ろに隠れているようでは、おさの妻など務まりません。私はルーポ族の長、ダイスの妻なのです」
 
 キサラが、しっかり者なのは知っている。
 そして、頑固なのも知っていた。
 説得は諦めることにする。
 
「皆、こちらに集まれ!」
 
 ザイードの呼びかけに、イホラ、そしてガリダなども集まって来た。
 ザイードは体を伸ばし、魔物たちの「盾」となる。
 さっきの戦闘で半分ほども魔力を使っていたが、弾避たまよけとなり、時間を稼ぐことくらいはできるはずだ。
 
 ジュポナの時とは違い、人間たちは、でたらめに銃を撃っている。
 ザイードの硬い鱗を貫くには、同じ場所を徹底的に狙わなければならない。
 それを指揮する者はいなかった。
 もちろん傷つきはするが、貫かれるほどではないと判断する。
 
「キサラ!! キサラ!! もういい!! 戻って来てくれっ!!」
 
 ダイスの喚き散らす声が、通信装置なしでも聞こえていた。
 相当に、取り乱している。
 
 ダイスは586回もキサラに求愛するほど惚れこんでいるのだ。
 目の前で銃弾を受ける姿も見たに違いない。
 狼狽え、取り乱す気持ちも、わかる。
 
「ダイス、落ち着け! 余が弾避けになっておるのだ! 簡単にやられはせぬ! お前が落ち着かねば、キサラの頑張りが無駄になろう!!」
「ザ、ザイード……っ……けど、キサラは撃たれて……」
 
 周囲に、ファニの姿がなかった。
 ざわっと、ザイードの胸にも不安が広がる。
 ファニがいないということは、キャスが「力」を使ったことを意味していた。
 家に残ると言っていたが、あれは嘘だったのかもしれない。
 
(キャスは、あの場所に行っておる……そこで、なにか起きておるのだ……)
 
 あの「装置」の在りかは、ザイードとキャスしか知らなかった。
 長たちにも話さずにいる。
 壁自体が人の造った「機械」だとは説明した。
 が、場所について知るものは、少ないほうがいいと考えたからだ。
 
「もうすぐ……ここにアヴィオたちが合流する。ナニャやガリダもだ」
 
 キャスがどこにいて、なにかが起きているとわかっていても、ここを離れられない。
 ザイードがいなければ、魔物たちが、まともに銃弾を受けることになる。
 
 でたらめに撃っていると言っても、それはザイードに対してのことだった。
 銃そのものの精度は高い。
 傷ついて動きの鈍っているものを相手に外すことはないはずだ。
 
「ダイス! 橋を架ける用意をしておけ!」
「橋……そうか、アヴィオとナニャがいれば……」
「シュザとラシッドにも手伝わせるゆえ、急げ!」
「わかった! ザイード……キサラを……キサラを頼む……っ……」
「任せておけ」
 
 弾避けになりつつ、時折、尾を振り、人間たちを弾き飛ばす。
 けれど、人間たちは怯まない。
 怯まず、突撃をやめない。
 ゾッとするような光景だった。
 
(奴らは、なにゆえ、あそこまでする……なんのために……)
 
 魔物たちは、自分の身内、そして同胞を守るために戦っている。
 かつての教訓もあった。
 負ければ隷属させられ、酷使されたり、弄ばれたりしたあげく殺される。
 わかっているから、戦っていた。
 
 総体で言えば国のためだが、各々おのおのは「大事な相手」を守るためだ。
 ザイードが今しているように、背中に「誰か」を庇っている。
 
 だが、人間はどうか。
 ただただ魔物を殺すためだけに、命を賭している。
 
(国に帰れば家族もおるのだろう……身内もおるのだろう……)
 
 なのに、そんな意識が、まるで感じられなかった。
 殺戮のためだけの行動に見える。
 そのせいなのか、躊躇ためらいがない。
 倒れている人間の中には、魔物と刺し違えている者もいた。
 
「ザイード! すぐに追っ手が来るぞ!」
「すまない! 奴ら、我らが逃げても逃げても追って来るのだ!」
 
 アヴィオとナニャが、魔物たちを守りながら逃げて来たのだ。
 少し遠目に、人間たちの姿があった。
 ザイードは、目を細める。
 とにかく、魔物たちを亀裂の向こうに逃がすのが先だ。
 
「ダイス! 土を用意いたせ! ナニャは風にて土を亀裂の間にまとめよ!」
「俺は、炎で固めるが……シュザ」
「わかっておりまする。土に粘りを与えるのはガリダの役目」
「細うてもかまわぬ! 強度にもこだわるでない! 速度を優先せよ!」
 
 ルーポが巻き上げた土が、ナニャとイホラたちによって、1本の道状へと、まとまっていく。
 シュザが主導し、その道状の土に粘りを与えた。
 コルコには傷ついたものが多く、動けるものがいない。
 アヴィオの体から大きな炎が上がり、道を伝わっていく。
 
「アヴィオ、もうよい! 強度にはこだわらずともよいのだ!」
 
 残り少ない魔力を、アヴィオは、すべて使ったのだろう。
 角の先にヒビが入っている。
 これ以上、無理をすれば命にかかわるのだ。
 ファニの支援がない中では、これで切り抜けなければならない。
 
「全員、退け! 動けぬものは、動けるものが背負うてやれ!」
 
 魔物たちが、橋の上を飛ぶように駆け出した。
 道さえあれば、イホラは身軽だ。
 キサラが簡単に放っていたのも体が軽いからだった。
 
 コルコたちはガリダが背負っている。
 ガリダの場合は足元を泥化させ、橋を壊さないようにしつつ移動ができた。
 
「皆、そちらに着いたかっ?!」
「まだ、1体、残っています」
 
 声に、見れば、アヴィオが倒れている。
 そのアヴィオに、キサラが駆け寄っていた。
 
「いかん、キサラ! お前では……っ……」
 
 アヴィオは、イホラとは違う。
 しかも、コルコの中でも体格がいいのだ。
 とてもキサラの力で持ち上げられるとは思えなかった。
 が、キサラはアヴィオの襟首をくわえ上げている。
 
「お前ら、風だ!! 風を起こせっ!!」
 
 ダイスの声が響き渡った。
 瞬間、イホラが起こした風が吹き上げる。
 アヴィオをくわえたキサラが、風で亀裂の上に押し出された。
 その中でもキサラは、懸命に首を振る。
 
 キサラが投げ飛ばしたアヴィオの体は風に乗り、亀裂の向こうに落ちた。
 それを見て、ザイードは息をつく。
 が、次の瞬間、ダイスの悲痛な声が、耳を突き抜けた。
 
「キサラぁああああッ!!」
 
 ハッとなって、キサラのほうを見る。
 風の勢いに乗り切れなかったのだ。
 アヴィオの体は重く、振り放つだけで精一杯だったに違いない。
 
 キサラの体が宙に浮いている。
 亀裂の真ん中あたりだ。
 
 たった3メートル。
 
 だが、ルーポは、地を蹴って飛ぶ魔物だった。
 地面がないのでは、前には飛べない。
 キサラの前脚が空をかいている。
 動きは完全に止まっていた。
 
 このままでは、亀裂に落ちる。
 
 ダイスが半狂乱になって、キサラの元に行こうとしていた。
 それを、ほかのルーポが必死で止めている。
 ダイスが、ルーポのおさだからだ。
 たとえキサラを犠牲にしても、ダイスを失うことはできない。
 
 その時だった。
 ダイスの横から飛び出したものがいる。
 亀裂に飛び込み、キサラの前脚を掴んだ。
 体をぶんっと振り、キサラを跳躍させる。
 
 キサラの前脚が亀裂の端に引っ掛かった。
 ダイスが駆け寄り、必死で引き上げている。
 
 が、しかし。
 
 キサラを救ったものは、反動で亀裂に落ちて行った。
 その「ガリダ」が、最期に納得したような表情を浮かべたのを、ザイードは目にしている。
 なぜ、そんな顔をしたのかも、わかっていた。
 心の中で、そのものの名を、呼ぶ。
 
(…………ヨアナ……)
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