いつかの空を見る日まで

たつみ

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第2章 彼女の話は通じない

理不尽さはとめどなく 3

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 お!と、ゼノクルは思う。
 さっきまで、カサンドラの目は死んでいた。
 その瞳に、光が戻っているのだ。
 
(やっぱりラフロに似てんな。紫紅の目なんか、そっくりだ)
 
 つい最近、聖魔の国に「里帰り」をした時のことを思い出す。
 20年ぶりではあったが、聖魔にとっては、たいした時間ではない。
 いいところ、1年ほどの感覚もなかった。
 それでも懐かしいと感じたのだ。
 
 ラフロとは感情を共有している。
 人じみた言いかたをするならば「魂の分け合いっこ」という表現になるだろう。
 一緒にいなくても、互いの感情は伝わるのだが、会って話をするのは格別だ。
 楽しみを分かち合っているという気分になれる。
 
(でも、ま、この小娘はラフロじゃあねえ。こいつは、こいつだ)
 
 ラフロと共通の「玩具」ではあるが、それ以上のものではない。
 クヴァットにすれば、ラフロの着ている服についているボタンのほうが、よほど身近に感じられる。
 所詮、その程度の存在だった。
 
「……ロキティスも、あんたがそそのかしたんじゃないの?」
 
 よろよろと、カサンドラが立ち上がる。
 見せ場ではあるものの、まだ終幕ではなかった。
 なので、今は「ゼノクル」でいる必要がある。
 魔人だと悟られないようにしつつ、カサンドラを追い詰めることにした。
 
「俺がきっかけを与えたからって、唆したことにはならねぇんじゃねぇか? それにな、あいつらが、ほとんど死ぬはめになったのは、こいつがケチったせいだ」
 
 ゼノクルは、足で倒れているロキティスを、再び蹴飛ばす。
 それは、事実なのだ。
 ロキティスが無茶をさせなければ、ここまで酷いことにはなっていない。
 
「知ってるか? 人間ってのは、十人いても、そのうち3人が肯定した途端、どう言うと思う? 皆って言うんだ。おかしいだろ? 半数にも満たねぇのに、なんで皆なんだかな。けど、それで十分、みんな、になっちまう」
「だから、なんだっていうわけ?」
「皆って意識は、あっという間に広がる。そんで、数が多いほど強くなる。誰もが言うわけさ。皆が言ってるから、皆がやってるからってな具合だ」
 
 自分の意思でもないくせに、「みんな」を自分とすり替える。
 それが、人間の心の「脆弱性」の根本にあった。
 最初は、十人中たった3人の意見が、気づけば「皆」のものになっている。
 ただひとつ「みんな」という言葉を使うだけで。
 
「皆って意識は、空恐ろしいもんなんだぜ? 伝播して、人の意思を書き換えていくんだからな。その最初の3人が、30人だったら? 3百人だったら、効果は、どこまで広がってくか」
「それって、今、話す必要ある?」
「あるさ。俺は、今、あいつらの喜……悲劇について話してんだぜ?」
 
 人は、たった3人でも「皆」という意識を作り上げる。
 当然、元の人数が多ければ、意思の流れは速く、そして広がりも大きい。
 だが、それは数字的な単純さでは測れないものなのだ。
 
「ロッシーの装置は、人の意思を使ってる。ラーザの民の、ヴェスキルに対しての強い意思だ。人数が多くて同調が高まりゃ、1人にかかる負担は減るもんだ。逆に少ないと1人にかかる負荷は、どうなると思う?」
 
 大型のリニメアには、最低でも百人のラーザの民が必要だった。
 安定した「聖魔封じ」を実現しながら、人と魔物の国を往復するために、だ。
 
 なのに、ロキティスは必要とする「最低限」の人数も装置に組みこまなかった。
 焦りから、用心深さや慎重さを捨て、自らカサンドラ探しに出かけたのだ。
 そのため、ゼノクルの部隊の装置を「ケチって」いる。
 
「人数と意思の力ってのは、単に倍数されるもんでもねぇしな」
 
 仮に百人が50人に減ったとすると、装置の能力が50%に下がるのではない。
 もっと、ずっと、大きく下がる。
 30%以下だ。
 同調意思が、百人の時ほど膨らまないのが原因だった。
 
「そんな酷使された状態で数百キロだぜ? こいつは帰りも使う気だったみてぇだが、無理に決まってらぁな。ほとんど死んでる、ていうか……もう死んでる」
 
 きりっという音に、ゼノクルは、キャスに軽く肩をすくめてみせる。
 ロキティスが試算通りに事を進めていれば、ラーザの民が生き残れた可能性もあった。
 悪いのは「ケチった」ロキティスなのだ。
 
「あんたは、私を殺す気はないんだっけ?」
「今のところは、必要ねぇからな」
「……私が帰れば……おさまるの?」
「そいつぁ、残念。無理だ」
「どうしてさ? あいつは私に執着してるんでしょ? ロキティスのしたことを話せば……」
 
 ゼノクルは、両手を広げて見せる。
 まだ「娯楽」や「遊び」に慣れていない小娘だと揶揄する気持ちも込めていた。
 物事には、時機、というものがあるのだ。
 それを逃せば、望むものに手はとどかない。
 
「皇帝陛下は、魔物も聖魔も絶滅させるんだとよ」
「なに言って……」
「人だけの世界を、お創りあそばしたいらしいぜ?」
「馬鹿じゃないの……? 聖魔の国がどこにあるのかも知らないくせに……」
「だから、魔物が先だな。絶滅させる気満々だったぞ」
 
 カサンドラの目つきが険しくなる。
 いよいよ、面白くなってきた、と思った。
 
 かちゃん。
 
 その音が、なんの音なのか、一瞬、ゼノクルは気づかなかった。
 カサンドラが、いつの間にか、手に鎖を握っている。
 彼女の足元には、落ち葉が積もっていた。
 その中に隠していたらしい。
 
 カサンドラが、ぐいっと鎖を握った手を引っ張る。
 引きずられるようにして現れた姿には、三角の耳と尾があった。
 口にはくつわがつけられている。
 
「あんたは中間種を殺しても平気だよね? こいつは殺すことにしたよ。もう裏に誰がいたかもわかったから、用済みだしさ」
 
 鎖を大きく振ったせいで、シャノンが地面の上に倒れた。
 しかし、シャノンはゼノクルを見ようとはしない。
 助けを求める視線ひとつ投げずにいる。
 ゼノクル、もといクヴァットは、カサンドラに冷たく言った。
 
「そいつぁ、俺のものだ。返せ」
 
 ぴくっと、カサンドラの眉が持ち上がる。
 それとともに、鎖を引っ張った。
 首にかけられた鎖が首輪を引き絞ったのか、シャノンが苦しそうに呻く。
 視線はカサンドラに向けたままだったが、内心では苛々していた。
 
「あんたが名前をつけてあげたんだ? ロキティスよりマシかもしれないけど、結局は捨て駒なんでしょ? こっちからすれば、こいつは裏切り者だしさ。無罪放免なんてできないね。あんたはともかく、こいつは殺す」
「小娘、そいつは俺のもんだって言ったろ」
 
 自分のものを取り上げられるのは我慢ならない。
 シャノンは従順で、狡猾さがなく、クヴァットお気に入りの玩具なのだ。
 こうなってもまだ、ゼノクルに助けを求めようとしない健気なシャノン。
 本当に、よく出来た可愛い「玩具」だった。
 
 皇帝には「精神干渉されていたのでしかたなかった」とでも言うことにする。
 手足に数発程度なら食らわせても命を落とすことはない。
 ゼノクルは、カサンドラに銃を向けた。
 
『盾にするくらいのつもりだったんだけどね』
 
 びきっと、後頭部に割れるような痛みが走る。
 と、同時に、口から血を吐き出した。
 地面に、びしゃっと音をたてるほど大量の血だ。
 
 なんだ、これは。
 
 シャノンも、体を丸めて苦しんでいる。
 にもかかわらず、やっとゼノクルのほうに顔を向けた。
 大きくて青い瞳、その中の銀をした瞳孔が広がっている。
 
『しぶといな。早く壊れてよ。壊れろ!!』
 
 バタバタッと、また口から大量に血があふれた。
 頭は殴り続けられているかのように痛みが止まらない。
 なにをされているでもないのに、息の根を止められそうだ。
 自分の周りで、なにかキラキラしたものが光っている。
 
 体を捨てるか。
 
 魔人としてならば、逃げるのは可能だ。
 だが、それは「魔人」として有り得なかった。
 自分が追い込まれることになるなんて、これほどの「娯楽」はない。
 3百年を通して、初めてのことだ。
 
「……ううっ……うっ……」
 
 鎖に繋がれたまま、シャノンが、体をくるんっと返しながら飛び上がる。
 カサンドラの首に、その鎖を巻き付け、後ろに倒れこんだ。
 
 途端、すうっと痛みが引いて行く。
 カサンドラがなにか力を使っていたらしいが、なんだったのかはわからない。
 わからなくても良かった。
 
 ぱんぱんっ!
 
 両足の膝を撃ち抜く。
 死なない程度に生きていれば、それでいい。
 キャスが体をよじって呻いていた。
 
「シャノン、迎えに来たぞ」
「う、ぅうう……っ……」
 
 両手を広げたゼノクルに、シャノンが駆け寄って来る。
 その体を抱きとめ、轡を取ってやった。
 頭を撫で、褒めてやろうとしたのだけれど。
 
「キャス、キャス」
 
 大勢の魔物に取り囲まれていた。
 というより、魔物たちが辺り一帯に集結しているのだ。
 これほどの数がいるとは思わなかった。
 しかも、どこから現れたのかもわからない。
 
「大丈夫かしら? 深い傷ではないけれど、痛かったでしょう?」
「ありがとうございます、ミネリネ」
 
 魔人としての3百年。
 
 その中でも、最も面白い舞台を繰り広げているのではないか。
 クヴァットは、シャノンを腕に、口元を緩めた。
 とはいえ、主導権を渡しっ放しにする気はない。
 
 楽しむために、玩具はあるのだから。
 
 目の前で、カサンドラが立ち上がるのが見える。
 さっきの攻撃を食らうのは、さすがに嫌だな、と思った。
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