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第2章 彼女の話は通じない
極限の選択 3
しおりを挟む「ゼノ、きみのおかげだよ!」
「なにがだ、ロッシー。オレは、なにもしちゃいないぜ?」
ゼノクルはシャノンからの連絡が途切れたことで苛ついている。
上手くいったとは思うが、確信はなかった。
だが、あのあと、ロキティスに連絡をしたのは、ゼノクルのほうだ。
これも計画のうちだと思うと、不機嫌な声は出せない。
なにしろ、ゼノクルは、ロキティスに「借り」があると思っている。
もちろん本心ではなく、そう思わせるために過ぎない。
それでも、ロキティスに疑われないよう「心を込めて」演技をしていた。
傲慢で操り易くはあるが、用心深い男でもあるからだ。
「むしろ、オレが、お前の面目を失わせることになっちまって……」
「それは3日前に詫びてくれたじゃないか」
ロキティスは、かなりご機嫌な様子。
口調も陽気で、浮かれているのがわかる。
3日前に連絡した時には、唾でも吐かれそうな勢いだったのに。
「あの時に、きみが言ってくれたことで気づいたのさ。聖魔を封じる方法を!」
「できるのか?」
「できる。だから、きみに礼を言っているのだろう?」
「なにを言ったか覚えてねぇな……そんなに大層な話はしちゃいなかったはずだ」
実のところ、すべて覚えていた。
もとより、ロキティスを「誘導」するために話したことなのだ。
忘れるはずがない。
(こいつは自分のことにしか興味がねえ。気づいて実行すると思ってたぜ)
期待通り、ロキティスは、ちゃんと「誘導」されている。
導かれた道を歩いていることに気づかないほど「ちゃんと」だ。
「3日前にも少し話したと思うのだけれどね。精神の干渉を防ぐためには、その構造を知る必要があった」
「上手くいってねぇって話だったじゃねぇか」
「それさ。そこが重要だった」
「よくわからねぇな。実験てのは上手くいって初めて実用化できるんもんだろ?」
ロキティスは用心深い男だが、ある意味、無邪気なところもある。
自らの「手柄」を自慢したくてたまらないのだ。
なのに、用心深いからこそ、話せる相手がいない。
シャノンのことで「秘密の共有」をしているゼノクルだけが話し相手になれる。
(ま、自分を褒めてくれねぇ父親に嫌気がさして、殺しちまうくらいだからよ)
自己顕示欲の強いロキティスは、疎んじられ続け、鬱屈していた。
あげく、ジュポナの件で、皇帝からも叱責されている。
せっかく立場を確立し、皇帝からの覚えもめでたく、満たされていたところを、ずどんと谷底に突き落とされたようなものだ。
再び、皇帝からの「寵愛」を手にしようと、もがいていたに違いない。
(人ってのは、おかしな生き物だぜ。褒められてぇって気持ちがない奴がいねえ)
程度の差こそあれ、誰しもが誰かに「褒められたい」と思っている。
相手によって褒められても嬉しくないことはあるのだろうが「誰にも褒められたくない」と、切り捨てている者はいないのだ。
「昨日、きみは謝罪した際、僕の言葉を引用したね」
「ああ……カサンドラ王女様を旗印にするのは、ラーザの民が王女様の命令にしか従わねぇからだって話か?」
「それだよ、ゼノ。それで、ふと思ったのさ。僕は精神に干渉をする実験をしていたのだけれど、なぜ上手くいかなかったのか。答えは簡単だった」
それはそうだろう、とゼノクルは思う。
与えられた答えが見つけられないほど、ロキティスは馬鹿ではない。
それが「与えられた解」だと気づかない愚か者ではあるけれども。
「ラーザの民だ。彼らは、カサンドラ王女の命令にしか従わない。つまりね、精神干渉なんて受ける余地がないのだよ」
ゼノクルは見えないのをいいことに、唇の端を吊り上げる。
壁ができる前から、そうだった。
何度、ラーザの民を操ろうとしてきたか。
そのことごとくを、ラーザの民は退けてきた。
唯一の例外が、ラフロに体を貸した「ティニカ」なのだ。
(ティニカは意思を持ってねえ。だが、民は違う。明確に、ヴェスキルにしか従わねぇって意思を持ってやがるんだ)
自らの意思でヴェスキルに従い、それ以外を拒絶する。
それが、ラーザの民だった。
強くて統一された意思の元では、聖魔の精神干渉は役に立たない。
魔物に通用しないのと、似た理屈だ。
「それと、聖魔を封じるのと、どう関係があるんだ?」
わざと、意味がわからない振りをする。
ロキティスがしようとしているのが、非道なことだと知っていた。
皇帝には、けして話せないことだ。
ラーザの民を生贄にするなんて、皇帝が許すはずがない。
「ラーザの民を使うのさ。奴らの意思には特定の波がある。それを解析し、装置として組み込めば、聖魔を封じる領域を作れるのだよ」
「ロッシー……オレに難しい話はやめてくれ。頭が痛くなるだろ」
「簡単に言えば、ラーザの民を、聖魔封じの装置の部品にするってところかな」
ロキティスは平気で魔物と人の中間種を作り、使い捨てていた。
ラーザの民は、ほんの数年前まで、奴隷のような立場だったのだ。
その2つを鑑みれば、ロキティスが長期に渡り、人としてあるまじき「実験」をしていたとしても驚きはしない。
「ちっとも簡単じゃねぇが、陛下のご要望にお応えできそうだってのはわかった」
「できるさ。あと3ヶ月もあればね」
「3ヶ月だと?! そんなにかかんのか?!」
シャノンが無事だと仮定しても、拘束はされている。
人の国が動き出さなければ、魔物の国も隙を見せないだろう。
混乱が生じるまで、シャノンは動けない。
ゼノクルは壁を越えられるし、聖魔に操られることもないが、1人で魔物と対峙してもやられるだけだ。
「ロッシー、もっと早くなんとかならねぇのかよ? 俺は……」
ゼノクルは、あえて声をひそめた。
ロキティスの神経質な部分を刺激するためだ。
「ここだけの話、あの女は死ぬべきだと思ってる」
「ゼノ……陛下が皇后にと望まれている女性だと知っているはずじゃないか」
内心、ロキティスは唇でも舐めているのではなかろうか。
蛇のように、赤い舌をチョロつかせている気がする。
カサンドラを殺したいのは、ロキティスなのだ。
自らの手を汚したくなくて、実の妹にやらせようとしたが失敗している。
(俺が機会をくれてやったってぇのに、それも失敗したしな。想定外に、とんでもねぇ魔物を連れてきやがって……変わってんのは、父親譲りかよ)
ゼノクルは、自分の「娯楽」も兼ねて、カサンドラがラフロの手に渡るようにと画策していた。
その過程での、大きな誤算が、あの魔物の存在だ。
あんなものに変わるとは想定外もいいところだった。
そして、ゼノクルに、カサンドラを殺す意思はない。
ロキティスをその気にさせるため、口から出まかせを言っているだけだ。
「あの女は、陛下との婚約を勝手に解消しやがったんだぜ? ラーザの民の蜂起を促す旗印にもなる危険な女だ。俺は、そんな女を皇后にするのは、陛下のためにはならねぇって思ってんだよ」
「もしかして、きみは……彼女がひっそり消えてくれればと思っている、とか」
「いいや、ロッシー。できれば、陛下の前で、くたばってほしいね。そうすりゃ、諦めもつけ易くなるじゃねぇか」
ロキティスは正直者とはほど遠く、事実だけを話すような男ではなかった。
だが、同時に用心深く、神経質でもあるため、虚実を交え、その時々で都合のいいことを言う。
ラーザの民はヴェスキルの継承者を守りたいだけで、蜂起など考えていない。
状況を利用し「そういうこと」にしたのは、ロキティスだ。
ひとまず皇帝の信任を得るため、疑いの目をそらせるのが目的だったのだろう。
が、しかし、ロキティスの真意は「カサンドラ殺害」にあった。
手駒を使っても失敗した今、ゼノクルを「駒」にしたがる。
ゼノクルは、それを見越して、自身を生贄としてちらつかせているのだ。
「未完成でも、かまわねえ。俺が先発隊として少しでも先に出られるようにできねぇか? 場が荒れてりゃ、間違いが起きたっておかしかねぇだろ」
「きみの命が危険に晒されるのは気が進まないな」
思ってもいないくせに、いかにも思案深げに言えるところがロキティスらしい。
純朴で忠誠心に厚いゼノクルをどう利用するかしか頭にはないくせに、それを表には出さないようにしている。
とはいえ、魔人としての3百年は伊達ではないのだ。
ロキティスの考えが、ゼノクルには見えている。
「どうせリュドサイオの国王になれる芽もねぇんだ。それなら、陛下のために汚れ役をしてぇんだよ。それで死ぬってなら、本望だぜ」
「本気なのだね?」
ロキティスは、しんみりした声を出しているが、本心を隠すために過ぎない。
つきあいが長かろうが、2人は「仲良し」ではないのだ。
友であったことなど、1度もなかった。
「僕としても、きみの覚悟に協力したいと思う。ただ、問題があるのだよ。それを解消するために、陛下に時間をいただいたわけさ」
「問題ってのは、なんだ?」
「ラーザの民だよ。1人や2人じゃ、まるで足らない。奴らは潜伏に長けていて、見つけるのに時間がかかっている」
「リュドサイオにも潜伏してるはずだ。こっちでも集められるだけ集めてやる」
「そうだね。僕の手持ちと合わせ、3百人程度になれば、装置の安定が見込める。先発隊を出すことも、陛下に承認してもらえるだろう」
どんな装置なのかまでは追及しない。
ロキティスが、ゼノクルの話に「乗った」ことが重要なのだ。
互いの動きや連絡について取り決めをしてから、回線を切る。
途端、口元が、にやりと歪んだ。
「シャノン、お前が帰って来るのが先か、俺が迎えに行くのが先か」
道が出来さえすれば、どちらが先でもかまわない。
そして、道は、もうほとんど出来ている。
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