いつかの空を見る日まで

たつみ

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第2章 彼女の話は通じない

行きつ戻りつ 1

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「どうなのだ、ダイス」
「わかんねぇな。だいぶ遠い。3世代は前だと思うぞ」
 
 小さくなって震えている「ルーポ族」の血が入ったものを見つめる。
 シュザとノノマは人型だが、ザイードとダイスは、変化へんげしていない。
 種の姿のまま、納屋に来ていた。
 もっとも、ザイードは変化「できない」のだが、それはともかく。
 
「体も小さいし、魔力も、めちゃくちゃ少ない。できんのは、変化くらいか」
 
 ダイスの言葉に、ザイードもうなずいた。
 ないと言っても差し支えないほど魔力の量が少ない。
 ザイードやダイスのように、魔力に敏感な性質でなければ気づけないほどだ。
 おそらく「魔力を持っていない」と認識するもののほうが多いだろう。
 
 この様子では、ルーポ特有の魔力での攻撃はできそうになかった。
 だが、キャスの話を聞いているので、安全とは言えないのもわかっている。
 なにかを企んでいる可能性もあるし、人の武器を隠し持っているとも考えられるからだ。
 
「おい、お前。シャノンって言ったか。変化をいてみろ」
「……つ、使って……ません……」
「は……? 使ってねぇって、お前……」
 
 ダイスは絶句。
 ザイードは、いよいよキャスの言葉に納得した。
 
 中間種。
 
 これは、そういう意味なのだ。
 シャノンは、変化していない。
 にもかかわらず、人の姿に限りなく近かった。
 ダイスのように、大型獣に似た姿になれないのは、獣から生じてはいないことを意味している。
 
「耳と尾しかねぇぞ……? 体はどうした? なんで手足が太くならねぇんだ? 口は? 毛だって、頭にしかねぇし、爪はどうなって……」
「ダイス。忘れておるのか? このものは、中間種ぞ」
「あ! そ、そうか。これが……初めて見るぜ」
 
 ダイスは、シャノンの周りを、ぐるぐると回っている。
 シャノンは怯えた様子で、ぶるぶるしている。
 
 すんすんすんすんすん。
 
 ダイスに嗅ぎ回られ、シャノンは真っ青になっていた。
 気を失うのではないかというくらいに、全身を縮こまらせている。
 ダイスの大きさからすれば、捕って食われると思っても、しかたがない。
 魔物は、人を食べたりはしないのだが、知らなければ、恐怖でしかないだろう。
 
「その辺りにしておけ。怯えておるではないか」
 
 名残惜しそうにしつつ、ダイスがシャノンから離れる。
 それでも、シャノンの体の震えは止まっていなかった。
 魔物の姿が、よほど恐ろしく見えるらしい。
 
「んじゃ、連れて帰るか! ルーポ中、大騒ぎになるぞ!」
「そうだの」
 
 いかにも楽しみというふうに、ダイスは尾を揺らせている。
 そのダイスの毛を、むんずと掴み、ザイードは引っ張った。
 その程度では、ダイスが痛がらないと、知っている。
 
「お前、忘れてはおらぬだろうな? あやつは、人の武器を持っておるかもしれぬのだ。危険な相手と思うておけ」
「わかってるって。ちゃんと見張るから、心配すんな」
 
 はなはだ疑わしい。
 とはいえ、ダイスにあずけるというのは決定事項だ。
 ガリダに置くことで、キャスに危険がおよぶのは、けたかった。
 
「情を移さぬよう気をつけるのだぞ」
「平気だって言ってんだろ。怪しいかどうか、オレが見定めてやるよ」
 
 はなはだ疑わしい。
 
 尾を、ぶんぶんと振り回しながら言われても、信憑性に欠ける。
 シャノンを気に入ったのではないだろうが、めずらしい相手に興味津々なのだ。
 それは、ほかのルーポ族も同じ。
 連れ帰った途端、どっと押し寄せるに違いない。
 
 ザイードは、小柄で銀髪のシャノンを見つめる。
 瞳孔が、すうっと細くなった。
 
(なにかをしでかしそうには見えぬ。危ういとも思えぬ。しかし、こう立て続けに人の国と縁ができるなぞ有り得ぬことだ。偶然ではなかろう)
 
 数少ない書物を読み、改めて、人が危険な生き物だと思うようになっている。
 キャスは「人の欲」が原因らしき話をしていたが、それだけではないと思えた。
 
 魔物にも「欲」はあるのだ。
 だが、自然のことわりを曲げようとは思わない。
 対して、人は、それをする意思と手段を持っている。
 
(意思があれば手段を欲する。手段があれば意思はついてくる。人とは、そういう生き物なのだ。こやつが来たのは、すでに手段を手にしておるゆえかもしれぬ)
 
 そういえば、と思い出した。
 シャノンに、名を聞いたのは、キャスらしい。
 シュザから、そう聞いている。
 そこで、ザイードも、ふと思った。
 
「お前、歳はいくつになる?」
「じゅ……16……」
「じゅ……っ……?!!」
 
 びびーんっと、ダイスの尾が逆立った。
 ザイードは、もう驚いたりはしない。
 1度、キャスで経験済みだ。
 
「ダイス、人と魔物では歳の数えかたが違うのだ。そやつは……魔物でいう80歳くらいになろう。ラシッドと大差ない」
「あ……そういや、そうだったな……」
 
 ふう…と、ダイスの溜め息とともに、尾の毛が、ふわりと落ち着きを取り戻す。
 どうやら、キャスにも歳を聞いていたようだ。
 なのに、なぜ驚くことがあったのかはわからないが、それはともかく。
 
(こやつは、魔物のことを、なにも知らぬのだな。知っておれば、人の歳なぞ言うまい。キャスとて、人の歳を言うたのは、最初だけであったゆえ)
 
 名や歳というのは、見知らぬ相手に対して聞く、初歩的な内容ではある。
 あらかじめ答えを用意していたとしても、魔物に人の歳を言うのは間違いだ。
 名は嘘かもしれないが、歳は偽りではないだろう。
 そして、その違いを知らないということは、魔物の知識が少ないとも言える。
 
(話の辻褄は合うておる。人の国におったのだから、魔物を知らぬでも当然だの)
 
 加えて、人の国から逃げて来たからこそ、同じく逃げてきた「カサンドラ王女」とかいう「人間」を頼ろうとした。
 有り得る話だ。
 とは思うのだけれども。
 
(どうにもせぬ……話のどこかに解釈のつけられぬことがあるような気がする)
 
 とはいえ、それがなにかは、わからない。
 ザイードは、考えるのを、ひとまず諦める。
 キャスの言っていたように「泳がせる」のが良さそうだ。
 わずかではあれ、ルーポの血が混じっているのは確かだし、まだ罪をおかしてもいないのだから、罰するわけにもいかない。
 
「では、ダイス、当面、そやつの処遇は、お前に任せる」
「おうよ、任せろ」
 
 言うなり、ダイスがシャノンの後ろ首を、かぷっとくわえて、放り投げた。
 小声で悲鳴を上げながら、シャノンがダイスの背に落ちる。
 
「ダ、ダイス様、あまり速う走ってはなりませぬぞ」
 
 シュザが、慌てて声をかけた。
 ノノマはシャノンには興味がないのか、黙っている。
 
「しっかりつかまっておれよ? 振り落とされぬようにな」
 
 一応、ザイードは、シャノンに声をかけておいた。
 まだどういう相手なのか、定かではないのだ。
 情をかけるつもりはない。
 ただ、死なれては困るかもしれない、と思っている。
 
 逃げて来たという言葉が本当であれば、人の国の情報を、魔物に渡すのを拒みはしないはずだ。
 拒むのなら、その言葉が嘘だとわかる。
 少なくとも、疑われないために、必要最低限の情報を渡すくらいはするだろう。
 
(どのようなことであれ、ないよりは良い。キャスに意見を求めることもできる)
 
 だから、死なれては困るのだ。
 とりあえず、今は。
 
「ったく、ガリダは心配性ばっかりだな。のんびり帰ってやるよ」
「お前のせいで、余は傷だらけになったのだ」
「そんなの傷のうちに入らねぇだろ」
 
 抜け抜けと言って、ダイスは、ひょいっと体を返した。
 すぐに駆け出す。
 
「あ…………」
 
 あっという間に小さくなっていく姿に、シュザが溜め息をもらした。
 きっとシャノンは必死でしがみついているに違いない。
 
「もし、振り落とされても、ダイスが拾うであろう」
「……そうとしても怪我をされては厄介でしょう」
「手当ても、ルーポがすればよいことにござりまする」
 
 シャノンに対する、シュザとノノマの反応は、ほとんど真逆だ。
 シュザは気にかけているようだが、ノノマは突き放している。
 どちらかと言えば、シュザは、シャノンを魔物寄りに見ているのだろう。
 が、ノノマは魔物だと認めていない。
 
(念のため、ミネリネに監視を頼んでおくか)
 
 危険だと判断したものには、ルーポは警戒心が非常に強くなる。
 だが、危険だと判断していなければ、好奇心が勝るのだ。
 シャノンと接するうちに「危険ではない」と判断することも考えられる。
 ルーポは、気の良い種族でもあるので。
 
 その点、ファニ族は害のあるなしに関わらず、警戒心が強い。
 何事にも、たいして関心を示さないため、感情に揺らぎがないのだ。
 ミネリネに頼んでおけば、周回しているファニ族の誰かが「異変」に気づく。
 おかしな動きを見逃すことはない。
 
「余は、ミネリネのところに行ってまいる」
 
 シュザとノノマに言い置いてから、ザイードは、ここから1番近い、ファニ族の領地に向かった。
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