いつかの空を見る日まで

たつみ

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第2章 彼女の話は通じない

今日と同じ明日は来ず 4

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 魔物の国に来てから3ヶ月が過ぎた。
 ここでは、なににしても時間を要する。
 人の国とは違い、機械や技術というものがないからだ。
 資料は集まってきているが、まだ足りていない。
 
(私が魔物を知らないっていうのも、大きいよなぁ)
 
 元の世界で会った「カサンドラ」も、それほど知識があったわけではないのだろう。
 魔物の国があるということと、対処方法がある、ということしか話さなかった。
 皇宮には文献があったかもしれないが、読む機会はなかったはずだ。
 
(こうやってるとさ……ここでなら2人で暮らせたと思える……)
 
 フィッツには、魔力がないので「魔物」とは見なしてもらえない。
 だが、ザイードなら、ガリダなら、受け入れてくれたような気がする。
 少なくともキャスは「魔物」として扱われるのだ。
 自分が信用できると言えば、ここで暮らせたのではないかと思えた。
 
 人と対峙するのを前提に、対処方法を考えていると、フィッツが見える。
 フィッツならどうするだろうか、どう考えるだろうかと想像するからだ。
 そのたびに、やはり「フィッツはいない」のだと実感せざるを得ない。
 だからといって、思い出さずにもいられない。
 
(やっぱり、フィッツみたいに、あれもこれもって想定するのは難しいことだね。そんなに情報があるわけじゃないのに、処理が追いつかないよ)
 
 手持ちの情報自体は少なかった。
 なのに、どれを優先すべきかなど、まとめるのが難しいのだ。
 
 ザイードはザイードで、なにかと考えているらしかった。
 時々、出かけては、ほかの種族のおさと話もしている。
 それを、キャスはザイードを通じて聞いていた。
 
(ダイスたちは、時々……しょっちゅう来るけど、ほかの長には会ったことない)
 
 ルーポの長ダイスは初めてキャスを訪ねて以来、頻繁に顔を出すようになった。
 最近では「お供」も連れて来る。
 名を覚える暇もない。
 毎回、違う「お供」なので。
 
 ダイス曰く「1頭に決めると、ほかの奴らがうるさい」らしい。
 種族全員で来られても困るからか、ザイードは渋い顔をしつつも「お供」連れを許していた。
 
(ルーポの力があれば、足は止められそうだったね)
 
 ホバーレは浮いているが、それほど高くは飛べない。
 ルーポは土を巻き上げられるので、進路を塞ぐことはできるだろう。
 と、考えかけてやめた。
 こうやって漫然と「できること」を考えるから、収拾がつかなくなるのだ。
 
 材料が揃っていないのに、家は建てられない。
 言うなれば、まだ「どこに家を建てるか」も決まっていない状態。
 ほかの長たちの考えも聞いておくべきだろうし。
 
「キャス様~、お昼にござりまする~」
 
 両手に皿を抱え、ノノマが入って来る。
 その後ろにシュザがいて、こちらは飲み物の瓶を手にしていた。
 
 たいていは、この2頭が食事などの世話をしてくれている。
 着替えを用意してもらったので、最近は自分でガリダの服を身に着けていた。
 ノノマに着方を教えてもらったが、浴衣に似ていたため難しくはなかったのだ。
 
(そっか。今日は、ザイード、いないんだな)
 
 1日3食、ザイードは、いたりいなかったりする。
 キャスも、ザイードがなにをしているのかと、訊いたことはない。
 魔物側につくと決めはしたが、深入りする気はなかった。
 相手が魔物だろうと、人だろうと、関わり過ぎることに抵抗がある。
 
「焼き立てはフカフカにござりまするゆえ、ささ、どうぞ」
 
 床に置かれた皿には、四角く切られた肉が山積み。
 隣の皿に、穀類っぽいものが盛られていた。
 コーンフレークをふやかしたような触感がするのだが、ほとんど味はない。
 
 が、以前よりも、キャスは、さらに味にこだわりをなくしている。
 そのため、まったく気にならなかった。
 
 正直、食事をするのは、しんどい。
 
 つらかったり、悲しかったりするのに、自分は食事をしている。
 食べることができている自分に、無性に腹が立つのだ。
 体が生きようとしているのが、嫌なのかもしれない。
 それを意識すると、なぜ自分は生きているのかと思ってしまう。
 
 結局は、言い訳をしながら生きているだけなのではないか。
 
 思いはするが、フィッツがいなかったことになるのは、嫌だと感じる。
 たとえ言い訳にしかならないとしても、自分が生きている間は、フィッツを忘れたりしない。
 フィッツという人が存在していたと。
 
「キャス様」
「あ、ごめん。ぼうっとしてた。ところで、これ、ギダ?」
「さようにござりまする」
 
 ギダというのは、あの毛のない虎くらいの大きさの魔獣だった。
 ここで暮らすようになって知ったのだが、あの魔獣は魔物の食料とされている。
 ギダの狩猟中に、ザイードはキャスを見つけたのだ。
 最初は驚いたが、考えてみれば、普通のことのように思えた。
 
 人間だって、最初から「飼育」や「畜産」をしていたわけではない。
 それに、現代であろうと、野生の熊や猪を食べるのは、めずらしくなかった。
 単に、魔物の国の「獲物」が、魔獣だっただけのことだ。
 そう思って食べてみると、存外、普通で、逆に驚いた。
 
 色も匂いも、サイコロステーキ風。
 味は、ちょっと、しょっぱい。
 これはギダの特性で、調味料を使っているのではないようだ。
 魔物の国では、調味料という文化がないに等しい。
 
(調味料だって意識して料理してなさそうだしなぁ。普通に食べられるけど)
 
 魚にしても、2種類の葉でくるんで、焼いたり蒸したりしていると聞いている。
 その葉の効果なのか、塩焼きに柚子をかけたような味になっていた。
 
 魚や肉など「おかず」の味が濃いので、コーンフレーク風のほうは味がなくても問題ない。
 元々、食にこだわりはなかったし、今は、さらに積極的になれなくなっている。
 用意してもらっているのが申し訳ないので、ようよう食べているという具合だ。
 
 木を削って作られたとおぼしき、ちょっと太めの串を手に取った。
 それで、肉を刺して、口に運ぶ。
 コーンフレーク風のほうには、やはり木でできたスプーンが添えられていた。
 それですくって、肉と一緒に食べる。
 
「ええと……ノノマとシュザも食べた?」
 
 2人も食べたかと訊きたかったのだが、未だ「2頭」と言うことに慣れない。
 失礼にはあたらないとわかっている。
 それでも、すんなりとは出てこないのだ。
 
「はい。先にすませてから、まいりました」
「夕べはザイード様が狩りに出られ、かなり捕らえておりまする。ザイード様は、狩りが得意にござりまするゆえ」
「そういうふうには見えないよね。いつも、のんびりしてそう」
 
 キャスの言葉に、ノノマが、ぷっと笑う。
 黄色の瞳孔が少し広がっていて、瞳が大きく見えた。
 人型なこともあるのだろうが、可愛らしく見える。
 そんなノノマを見て、シュザが尾をパタパタさせていた。
 
(分かり易い……それじゃ、尻尾で告白してるようなもんだよ、シュザ……)
 
 シュザは、ノノマに好意をいだいているのだろう。
 けれど、ノノマは相手にしていないのか、知らん顔をしている。
 
 魔物にも、魔物なりの「感情の機微」があるのだ。
 人とは違い、あからさまなので、嘘がつけないところは、悪くない。
 腹の探り合いをしなくてすむのは、気が楽だった。
 
 皿を半分も空にしないうちに、手を止める。
 怪我は治ったのだが、どうしても、以前ほどには食欲がわかない。
 
 だが、これも気が楽なことなのだが、魔物には「食べ残し」や「余り物」という概念がないらしかった。
 残しても、誰かが食べてくれるそうだ。
 そして、その「誰か」は、余分に食べられるのを喜ぶという。
 
「もうよろしいのでござりまするか?」
 
 ノノマが、ちょっぴり心配そうに声をかけてくる。
 魔物の食べる量からすると、ずいぶん少ないと感じるのだろう。
 小柄なノノマのほうが、キャスより、よほどたくさん食べるので。
 
「シュザ、おるかっ?」
 
 返事をする前に、誰かが家に飛び込んできた。
 この家はザイードのものであり、基本的に、ザイードの許可がないと入れないと聞いていたのだけれども。
 
「ラシッド様! いきなり入って来ぬように言われておるでしょう!」
「わかっておるが、兄上がおらぬのだから、しかたない!」
 
 シュザに、ぴしゃりと言われても、相手は怯まない。
 よほど焦っているのか、尾が大きく左右に揺れていた。
 どうやらザイードの弟のようだと、当たりをつける。
 
「なにかあったのでござりまするか?」
「なにかも、なにも! ルーポのようで、ルーポかどうかわからぬものが来た! 外で、皆も騒いでおる!」
「ルーポのようで、ルーポかどうかわからぬとは、いったい……」
 
 シュザには返事をせず、ラシッドという名のザイードの弟が、ちらっとキャスのほうを見た。
 尾が横揺れから縦揺れに変わったので、迷いが生じているのだろう。
 自分に、なにか訊きたいらしいが、躊躇ためらっているのを感じる。
 
「ルーポかどうかわからないというのは、人に似てるってことですね?」
「あ、ああ……見目は、魔物のものに相違ない。だが、人のようにも見えるのだ。それに、魔力があるのかないのか、ようわからぬ」
 
 だとすれば、考えられることは、ひとつくらいしかない。
 おそらく、魔物と人の間にできた子ではなかろうか。
 有り得るのかはともかく、推測はできる。
 
「シュザ、ザイードと連絡はつけられないの?」
「急ぎ、報せを走らせます。それでも、お戻りは夜になろうかと」
「そっか……じゃあ、とりあえず、ここに連れて来てもらう?」
「なりませぬ、キャス様。キャス様に危害を加えるかもしれませぬゆえ」
 
 ノノマの反対に、シュザは神妙な面持ちでうなずいていた。
 とはいえ、人の国から来たのであれは、放置するのも危険な気がする。
 
「どこかに閉じ込めておいてください。そこに、私が行きます」
 
 キャスの言葉に、ラシッドがうなずき、すぐさま体を翻した。
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