いつかの空を見る日まで

たつみ

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第2章 彼女の話は通じない

魔物の頭数 2

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「人が攻めて来るというのは、どういうことだ?」
 
 ガリダの地でも、ひと際、大きな建屋の中だ。
 床に円座をしているのは、5つの種族のおさ
 そのうちのひとつの座に、ザイードはおさまっている。
 ほか4つの座に、それぞれの長がいた。
 
 頭にある2本の角が特徴的なコルコ族。
 銀色の毛並みで狼に似た姿のルーポ族。
 腕や足が木の枝になっているイホラ族。
 空気の揺らめきを具現化したファニ族。
 
 最も年が上なのは、ファニ族の長ミネリネだが、いつ見ても変わらない。
 ふわふわと漂う白い髪、水色の瞳に、真っ青な瞳孔をしている。
 
 次が、イホラ族の長ナニャだ。
 髪は青色をしているものの、髪というより細い蔦のようにも見える。
 緑の瞳に茶色の瞳孔を持ち、美麗とされるものが多かった。
 この2人は、女だ。
 
 あと2種族の長は男だった。
 炎のような赤髪に、銀の瞳と赤い瞳孔。
 コルコ族の長アヴィオ。
 
 最初に口を開いたのも、アヴィオだ。
 銀色の毛に覆われたルーポ族の長はダイス。
 灰色の瞳に銀の瞳孔をしており、今は、その瞳孔を細めている。
 
「人に似た姿の者をガリダで保護したのだ」
「その者を人が追って来るかもしれないと言うことね」
 
 ひっそりとした声で、ミネリネが言った。
 ザイードは腕組みをして、大きくうなずく。
 途端、ばんっと大きく床が叩かれた。
 叩いたのは、コルコのアヴィオだ。
 
「わけのわからない女のために、とばっちり食う筋合いはない。とっとと、そんなものは捨てて来てしまえ」
「ガリダは、その地に迎えたものを見捨てたりはせぬ。すでに身内も同じ」
「だよなぁ。簡単に見捨てるなんて、薄情過ぎるだろ」
 
 ザイードを擁護したのは、ルーポのダイスだった。
 予想通り、ルーポはガリダに味方する。
 逆に、コルコとファニは反対するに違いない。
 
 なぜなら、変化へんげをしなくても、コルコは人に最も近い形態の魔物だからだ。
 ファニは人から直接的な被害を受けていないので、忌避きひ感が薄い。
 
「人に臆していては、また同じことが繰り返される。そのようなことは断じて許すべきではない」
 
 イホラのナニャは険しい顔をしている。
 人が攻めてきた際、イホラ族も大きな被害を受けたのだ。
 
 美麗な民が多かったせいで、多くの女子供がさらわれ、男たちは殺されている。
 ルーポも労働力として酷使されては殺されていた。
 どちらの種族も、大きな犠牲をはらったのは間違いない。
 
「お前らはさぁ、自分らに犠牲が少なかったから、所詮、よそ事なんだよな」
「なんだと! 俺は、この先の犠牲を出さないために言っているんだ!」
「どうだか。コルコは人に近しい。人と争うことに躊躇ためらいがあるのではないか?」
「そうではないでしょう? アヴィオは争わなければ犠牲を出さずにすむと言いたいだけよ。穿った見方は、およしなさいな」
 
 長たちの言い争う姿を、ザイードは、じっと見つめている。
 魔物の国で暮らしていても、種族間には相性があった。
 とくにコルコとイホラは種族としては相性が悪い。
 昔からのことなのだが、現在の長であるアヴィオとナニャは、とくにソリが合わないのだ。
 
 平たく言って、仲が悪い。
 
 会えば、いつも喧嘩腰。
 互いに、互いの言葉を受け入れようとはしなかった。
 どちらかが長を退くまで、いさかい続けるに違いない。
 
(炎を扱うコルコと、木々から生じたイホラでは、いたしかたあるまい)
 
 魔物は、それぞれ生じかたが違う。
 魔物となる以前、コルコは人に近いものであったとされている。
 対して、ガリダやルーポは生き物から、イホラは植物から生じた魔物だ。
 
 ファニは、かなり特殊で、大気から生じている。
 そのせいか「姿あるもの」として、人と魔物を同じに見ている節があった。
 
「まだ追うて来るとは限っておらぬのだがな」
「けど、備えが必要だと思ったから、オレらを呼んだんだろ?」
「そうだの」
 
 ザイードとダイスのやりとりに、アヴィオが、ハッと笑う。
 ナニャは、そんなアヴィオをにらみつけていた。
 ミネリネだけが、我関せずという表情を浮かべている。
 
「俺たちは人の武器に太刀打ちできないのだぞ。どうやって備えるという」
「やる前から諦めるとは情けない。コルコの長は臆病だ」
「臆病というのは言い過ぎね。実際、太刀打ちできないもの」
「それは、やってみなきゃわかんねぇよな? オレらだって、昔とは違うだろ」
 
 あの「壁」ができて以来、人の襲来はなくなった。
 だとしても、いつまた襲って来るかはわからない。
 
 そのため、魔物は魔物なりに対処法を考え続けている。
 コルコとファニはいざ知らず、ガリダ、ルーポ、イホラは本気だった。
 子供たちの将来がかかっていたからだ。
 
「ま、いいんじゃねぇの? やりたくねぇ奴らを無理に引っ張り出すことはねぇさ。ルーポ、ガリダ、イホラで交戦すりゃあいい」
 
 すぱんっと、ダイスが言い切る。
 そう言われると、きまりが悪いのか、アヴィオとミネリネが押し黙った。
 ナニャは冷たい瞳で、その姿を見ている。
 
「余も、それで良いと思うておる。仮に人が攻め入ってきた際、コルコとファニは自らの種族の安全のみを優先といたせ」
「……それは嫌味か、ザイード」
「そのようなつもりで言うてはおらぬ。戦が始まれば嫌でも巻き込まれるのだ。ゆえに身の安全を測れと……」
「臆病者は、岩陰にでも隠れていろと言うことだ」
 
 ナニャの言葉に、アヴィオの顔色が変わる。
 ザイードは、本当に、そういう意味で言ったのではない。
 そもそもガリダ族のみで戦うべきところなのだが、人が攻めてくる可能性があるとなれば、ほかの種族にも伝えておく必要があった。
 
 もちろん、一緒に戦ってくれるというのなら、ありがたい。
 が、それを呼びかけるつもりはなかったのだ。
 ルーポとイホラが同意するとの見込みはあったとしても。
 
「前の戦ン時も、コルコは人から優遇されてたもんな。オレらとは考えが違っても当然だろうよ」
「なんだと、このてい野郎が!」
 
 あ…と、思った。
 瞬間、ダイスの銀色の毛が、ばさぁと逆立つ。
 各種族で、言ってはならないのが、これだ。
 
「喧嘩なら買ってやるぞ、この匹野郎っ!」
「ちょっと、おやめなさ……」
「うるさい、黙ってろ、1面!」
 
 ダイスの言葉に、サァっとミネリネの顔色が白くなっていく。
 と、同時に、隣で笑っていたナニャに冷たい声で言った。
 
「そこの、1本。笑っている場合?」
「今、私を侮辱したのか、1面女」
「あなたこそ、1本女でしょうに」
 
 はぁ…と、大きく息を吐き出す。
 なににしろ、数えかたというものがあるが、魔物は、そこにこだわりがあった。
 数えかたによっては、侮辱となるのだ。
 
 コルコの場合、正当な数えかたは「たい」だ。
 たとえば「コルコが3体いた」と言うのはいいが「コルコが3匹いた」と言うと、激怒される。
 
 同様に、ルーポの場合は「とう」は良くて「蹄」はいけない。
 イホラは「よう」が正しく「本」は誤り。
 ファニも「じょう」と言うのが尊重で「面」は嘲り。
 ちなみに、ガリダは、ルーポと同じく「頭」が正式で「」が侮辱となる。
 
 大人であろうが、子供であろうが、これを言われると、頭に血が昇るのだ。
 乱闘騒ぎになっても当然、というほどのことだった。
 が、しかし。
 
 バァァーンッ!!
 
 ぴたっと、騒ぎが静まる。
 ザイードが、尾で床を弾いたのだ。
 ぐらぐらと建屋が揺れている。
 
「喧嘩をさせるために呼んだのではない」
 
 掴み合い、噛み合いの喧嘩をしそうになっていた長たちが、黙って座った。
 
 5つの種族の長は、対等な関係ではある。
 だが、ザイードは、ほかの長たちよりも遥かに大きな魔力を持っていた。
 扱える力も、それに比例して多い。
 束になっても勝てないと、4種族の長は知っている。
 
「喧嘩をするなとは言わぬが、話し合いの場では控えよ。これでは話が少しも前に進まぬではないか」
 
 叱られた長たちは、ばつが悪そうに、うつむいていた。
 実のところ、ザイードは、この中では最も年下なのだ。
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