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第1章 彼女の言葉はわからない
独占の空間 2
しおりを挟む「うわぁ……こりゃ凄いわ……これ、地下?」
「地下です」
フィッツは、事もなげに言うが、ここは「隠れ家」などというちゃちなものではない、と思う。
だいたい、地下には、とても見えない。
太陽らしきものもあるし、空は青いし。
つくづくと、ラーザの技術の凄さを思い知る。
あの横穴には、さらに別の横穴があり、フィッツが操作すると道が拓けた。
非常に狭かったが、フィッツに抱きかかえられたまま、移動している。
自分で歩くと言ったのだが、おろしてもらえなかったのだ。
立つことができないため、膝を擦るようにして進むしかない。
それでは膝に怪我をする。
とかなんとか言われた。
フィッツのことを知りたいと思うし、説明を諦めるのもやめたのだけれど、こればかりは「諦めるしかない」と、諦めている。
フィッツは、カサンドラの言葉に「絶対服従」ではないのだ。
言うことを聞いてくれない時もある。
ずりずりと這って進んで1時間。
坑道から外に出た場所には、一見、なにもない平地。
しばらく歩いた先の地面に、フィッツが手を置くと、小さくなにかが光った。
その光がカサンドラの体にふれた途端、地面に大きな扉が開いたのだ。
扉の向こうには階段があり、2人が入ると、扉はすぐに消えた。
しばし階段を降りると、また扉。
カサンドラとフィッツがふれると、やはり音もなく開いた。
そうして、ついさっき「ティニカの隠れ家」に着いたところなのだ。
「本当に、誰もいない?」
「いません。私たちだけです」
こんな場所があるのなら、ラーザの民全員でも暮らせそうな気がする。
領土を捨てなくても、ここに避難すれば良かったのではなかろうか。
思ったことを、フィッツに訊いてみた。
歩きながら、説明を受ける。
「ここは、ヴェスキルの継承者のために造られました。ラーザの民も、この場所については知りません。たとえ知っていたとしても、使おうとはしないでしょう」
それもそうか、と思った。
ラーザの民ならば、ヴェスキル王族の避難所を使うなど、とんでもないことだと考えそうだ。
女王自ら命令でもしない限りは。
とはいえ、当時、女王はラーザにいなかった。
平民に身をやつし、帝国の下町で暮らしていたのだ。
(ここに隠れたほうが楽できたと思うんだけどな。よっぽどラーザを離れる必要があったってことか)
女王は、ここに避難するのではなく、ラーザを離れる選択をしている。
隠れればすむというだけのことなら、この避難場所を使っただろう。
とはいえ、考えても無駄だ。
カサンドラの母は、すでに亡くなっている。
疑問があっても、訊くことはできない。
「宮殿の建造を予定していたらしいのですが、高さに限界があって断念せざるを得なかったと聞いています。なにぶん地下ですからね」
「避難所に宮殿はいらないでしょ。十分、凄いお屋敷だと思う」
道の先には、横に広い建物があった。
住居として用意されたものに違いない。
いったい何人暮らしを想定していたのかと、呆れるほどの大きさだ。
その建物の裏手に、穀物の栽培場所や飼育場があるらしい。
動物の鳴き声の大きさからすると、比較的、離れていそうだ。
つまり、敷地面積が、それだけ広いということになる。
そのすべてが、無人でも、きちんと管理できるようになっているのだろう。
「これなら、何年でも住めそうだなぁ」
横穴の中で、フィッツに言ったことは、本音だ。
生活に困らず、安全に暮らせるのなら、これ以上の我儘をすべきではない。
そう感じていた。
彼女は、実は、へこたれている。
命の天秤になど、2度とふれたくなかった。
誰かと誰か、どちらかを選択する事態には陥りたくないのだ。
どちらを選んでも犠牲が出る。
それが、怖かった。
あの時、フィッツが決断をくだしてくれて、彼女の心は救われている。
結果として、フィッツに怪我をさせてしまったことを悔いていた。
足手まといになった自覚はあるのだ。
「姫様が外に出たいと思う時まで、ここで暮らしますか?」
「そうだね。それが良さそう。地下って感じもしないし、思ったより気楽に暮らせそうだからさ」
帝国だの、皇帝だの、皇太子だの、自分には関係ない。
追われていることも忘れてしまいたかった。
ここで穏やかに暮らせるのなら、それもいいと、思える。
誰にも知られずひっそりと、というのは、望むところでもあったのだ。
「どうぞ、姫様」
横に長い建物の真ん中にあるドアを、フィッツが開いていた。
中は、明るくキラキラしている。
見た目に床は大理石のようだったが、歩くと、ふんわり足が沈んだ。
かと言って、足を取られ、転びそうになるほどではない。
踏み心地が気持ちいいと感じるくらいだった。
壁は、やわらかなクリーム色をしていて、キラキラしているのに目には優しい。
見上げれば、天井に大きな紋章が描かれている。
それとともに、動植物が配置されていて、壁画のようだった。
「ヴェスキルの紋章です」
「ん? ラーザの国章じゃなくて?」
「はい。ラーザに国章はないのですよ、姫様。ヴェスキル王族がラーザそのものを表しているのです」
千年も前から「国」として存在していたのに、国章ではなく、ある一族の紋章が使われていたというのが、不思議ではある。
だが、同時に、ラーザの民の妄信的な感覚を、少し理解できた気がした。
国家というのは、人によって成り立っている。
その最初の一歩は、たいてい同じ民族により形成されるものだ。
帝国のように戦争を起こすという極端な事態が起こらなくても、時間を経れば、単一の民族国家が多民族国家へと形を変えていく。
人は移動し、交流する生き物なので。
(ラーザは、相当、閉鎖的な国だったんだな……ていうか、閉鎖的になった?)
2百年ほど前、今のヴァルキアスから男が訪ねて来ている。
ラーザの女王は、その男を拒絶することなく、むしろ、技術を伝えた。
ラーザが閉鎖的な国ならば、男は受け入れられなかったはずだ。
「盗まれたっていうんなら、話はわかるんだけどなぁ」
「盗まれたとは、なにがですか?」
「ん~、ラーザは、ほかの国との交流を避けてたみたいだからさ。不思議だなぁと思ったんだよ。なんで、最初の1人を追い返さなかったんだろうって」
「2百年前、その男が来るまで、ラーザは人に知られていませんでした。そもそも人が少なく、集落を行き来する手段も徒歩でしたし、情報の伝達も遅かったので」
なるほど、と納得する。
ラーザは、東の最果てとも言える土地柄だ。
今はネセリックがあるが、それも最近のことなのだろう。
ラーザの次にできた「国」であるヴァルキアスですら、建国は、たった2百年前のことになる。
千年の歴史に比べると「つい最近」には違いない。
長くラーザは、ラーザだけで完結していたのだ。
「その後、ヴァルキアスの建国時の強引なやり様を見て、女王は後悔されました。ラーザの中では技術の武力転用との考えはなかったからです」
「やっぱり、そういう感じか。それで、他国と交流しないことにしたんだ」
「はい。自分たちの技術が、どのように転用されるかわからないので、危険だと」
周囲を、ぐるっと見回してみた。
地下に、これほどの構造物を造る技術は素晴らしい。
だが、危険なものに成り得るのも確かだ。
この技術を使い、軍事基地なんてものを造ることだって可能なのだから。
「みんな、ここを離れる時に、わざと壊して出たんでしょ?」
外に出た時に見た光景を思い出す。
家は倒壊しており、まともに残っている建物はなかった。
どこかに宮殿もあったはずだが、彼女の視線より上は、空だけだった。
皇太子のラーザ侵攻で、徹底して破壊されたのだとしても、もとより技術的な「遺産」は消し去られていたに違いない。
「ヴァルキアス以外にもラーザの侵略を試みた国はありました。ですから、なにかひとつでも残せば、どこかの国に悪用されるかもしれないと、危惧したのです」
「暮らしを楽にするためとかさ。平和的に使うだけなら問題ないのにね」
人は欲の深い生き物なのだ。
ひとつを手にすれば、もうひとつと、欲を出す。
もちろん、それは悪いことばかりではない。
誰かを守るためだったりすることもあるからだ。
家族に良い暮らしをさせたいとか、病を治したいだとか。
けれど、みんながみんな、同じ方向を向いてはいない。
時に、想いがぶつかりあうこともある。
そして、己のために欲を振り回す者も、やはり、いる。
そういう様々な想いや思惑が渦巻く世界で、ラーザの技術は「凄過ぎた」のだ。
ラーザのように、その国の中だけで完結していたなら、征服戦争なんて起きてはいない。
技術は便利な代物で、手にしてしまえば手放し難くなる。
とはいえ、使う側次第で危険なものに変容するものでもあった。
「万が一……ここを出なきゃいけなくなる日が来たら、閉鎖しないとだね」
「はい、姫様」
壊すにはもったいないほど、優れた技術の結晶。
なのに、残すには、あまりにも危険な技術だった。
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