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 だが、それを西隣のカイゼル帝国が、黙って見過ごすはずはない。有子とルイズの蜂起を支えた村は、都の西側に位置しているが、地理的にはカイゼル帝国軍と都のトログリム国王軍とに挟み撃ちにされる場所にあるのだ。
「わが国の西側を侵略してきたカイゼル帝国軍が、元国王陛下にお味方した地域を次々に攻撃し、食糧を奪いに来ているそうです。目的は、わが軍を兵糧攻めにすることでしょう」
 ルイズの報告に、ボルフガング元国王の頬を冷や汗が一筋、二筋と流れる。
「おのれぇ……カイゼル帝国めが。暗愚なトログリムを擁立することで、わが国を版図におさめるつもりか。どうしてくれよう……」
 さすがに、郡役所の広間に集まっている各村の代表たちは、一言も発することができなかった。カイゼル帝国といえば、大国である。兵力も武器の質も、ベオグラード王国の何倍もあるのだ。そのうえ、都のトログリム国王のもとに派遣されたと思われる魔術師の数も、何人いるのか見当もつかない。各村の代表たちは、自分の村を攻撃から守る算段を始めたらしく、しきりに村からの伝令と小声で話しているのが見受けられる。
「困りましたね。いくら、こちらに大天使様がおられるとはいえ、お一人で複数の村々を守ることはできません。これでは、自分の村をカイゼル帝国軍から守るために、わが軍を裏切る村が出てくるでしょう」
 ルイズは口惜しそうに唇をかむ。有子にも動揺が伝わるが、まだ高校生の有子としては、大人たちが怖い顔をして怒鳴りあう光景に気圧されてしまい、右往左往するぐらいしかできなかった。
「こうなれば、カイゼル帝国軍の総大将でも暗殺するぐらいしか、手は無かろう。そこで、ユウコには無理を強いるようで申し訳ないが、暗殺するために敵陣に潜入してくれぬか?」
 ボルフガング元国王の申し出に、有子は驚いた。
「いやっ……。無理です。あたしごときが……」
 有子は顔が青ざめていくのを感じた。勝手のわからぬ敵陣に、軍事の素人である自分が潜入しても、すぐに正体が露見して殺されるに決まっている。
「無理を承知で頼んでおるんじゃ。ルイズは、軍の事実上の指揮官じゃから、郡役所にいてもらわなければ困る。朕も軍の旗頭である以上、郡役所を離れるわけにいかん、そこで、単身で行動できるのが、ユウコぐらいしかおらぬのじゃ。さすがに総大将が討たれたのなら、カイゼル帝国軍は敗走するじゃろうからのぅ」
 こうなると、もはや有子に口をはさむ余地はない。しぶしぶ潜入を承諾した。
「軍装は、カイゼル帝国の兵士を倒した際に、押収しておきました。修道服に較べて、かなり重いですが、辛抱してください。剣と弓矢も持つと、もっと重いです」
 有子は、ルイズが差し出した鎧を着る。さすがに鉄板でできているだけあって、立っていられないほど重かった。このうえ、槍まで持たされると、さらに重くなるため、弓矢で良かったとさえ思える。矢なら、弓を引けなくても、魔法で飛ばすぐらいはできるからだ。
「準備は整いましたね。あとは夜陰に紛れて、カイゼル帝国軍の陣に潜入してください。とりあえず潜入の機会は、私が作りますから。あと、男装の魔法もかけてあげます」
 その夜、カイゼル帝国軍の先鋒隊のうち、やや東側に突出した部隊が野営している陣の近くで、ルイズの攻撃魔法が炸裂した。炎の魔法で柵や盾を焼き払うと、それに続いて、ボルフガング国王の指揮のもと、百人ほどの村人が、槍をかまえて陣に突撃する。
「ひるむな。敵は少人数だ。こちらも槍で応戦せよ」
 隊長の号令のもと、カイゼル帝国軍も槍で応戦してきたので、乱戦になるが、しょせん少人数の部隊である。形勢不利とみると、すぐに退却しにかかった。
「深追いはするな。追い払っただけで充分だ。手の空いている者で、陣を補修せよ」
 陣の補修は、槍兵だけでは手が足りず、弓兵も駆り出された。先ほどの乱戦でひそかに潜入した有子も、当然のように駆り出されたが、柵を作る木は、思った以上に重いのだ。
「おい、新入り、村で農作業とか手伝ってなかったのか? 全然、腰が入っていないぞ。そんなへっぴり腰じゃなく、もっと力を入れて木を立てろ」
 隊長から有子に怒声がとぶ。有子もバスケ部の練習で鍛えてはいたが、それでも陣の補修は重労働だった。夜半に陣の補修が終わると、有子は天幕に入って眠る。夜襲などに備えて、鎧をつけたまま眠るので、ふだんならとても寝られたものではないが、疲れていたので浅くではあるが眠った。
 翌日は朝食後、部隊編成が行われた。ルイズが事前に教えてくれたところによれば、カイゼル帝国軍の歩兵は、農民から徴用されたのが多いので、五人ずつの分隊に編成されることになっており、そのうえ、戦死などで欠員が出たり、補充の兵も加わったりするので、途中で陣に紛れ込んで分隊に潜り込むことも可能なのだ。もっとも、紛れ込む際の最大の障害はカイゼル帝国の言語がわかるかどうかだが、それに関しては、都に召喚された際にルイズに言語翻訳の丸薬を飲まされたので、問題ない。むしろ、朝食の食材として、食べ慣れない虫でも入っていたらどうしようかと思ったが、朝食は白パンと野菜スープなので、ホッとした。
 さて、部隊編成といっても、有子は余りものである弱そうなおじさんの伍長のもとに付くしかなかった。その伍長に付いた兵は、弱そうな痩せっぽちの少年兵ばかりである。もっとも、これから総大将を探して殺そうとしている有子には、周囲で監視する役になりそうな兵や伍長は、弱そうなほうが都合が良いのだが。
 こうして、配属が決まると、見張りだの食事の受け取りだのという、軍務が課される。軍務であちこちの分隊に派遣されるうちに耳にしたのは、有子が今いるのは、カイゼル帝国がベオグラード王国に侵入して、時間がたってから新しく派遣されてきたばかりの第三軍で、総大将は第二軍の陣にいるということだ。
 だが、総大将の暗殺ともなると、そう簡単にいくはずがない。配置された以外の場所をウロウロしていると、決まって番兵から、「おまえ、どこの部隊の所属だ?」などと誰何される。総大将の居場所を探る前に、自分が不審者として捕まりそうだった。途方にくれていたとき、ふいに、出がけにルイズから言われたことを思い出す。
「総大将の居場所は、一般兵には簡単にわからないかもしれません。もし、居場所がわからなければ、夜にユウコさんが天幕で寝ている際に、周囲の魔素を伝って、総大将と呼ばれている将軍の居場所を探してみてください。あとは、魔素を操って式神を作り、総大将と戦って倒すのです。ただし、この式神による方法は、失敗すれば、自分に呪詛がはね返り、最悪の場合には死んでしまうので、呪詛返しを使える敵の魔術師の存在には、くれぐれも気をつけてください」
 とりあえず、昼間は眠るわけにはいかないので、夜になるまで、ひたすら軍務をこなすしかない。有子は小柄で体重も軽いので、主に見張り台に上って敵を見張る作業を割り振られることになった。もっとも、劣勢なボルフガング元国王軍が攻勢に出ることはほとんど無く、だいたいはカイゼル帝国軍が攻勢に出ていたのだが。遠くで、剣の紋章をあしらったカイゼル帝国軍が進撃を続ける光景を見るたびに、ルイズやボルフガング元国王は大丈夫かと、有子は心配になったものだ。
 夜は天幕の中で横になると、眠いのを我慢しながら、周囲の魔素を伝って、軍内の会話を拾っていく。もっとも、カイゼル帝国軍は全部で三万人ほどの大所帯であるため、一つ一つの会話を全て拾っていくと、キリがないため、総大将という言葉に限定して拾うことにした。それでも、連日の睡魔に負けて眠ってしまい、総大将の居場所を見つけるには至らなかったが。
 そんなある日、有子が睡魔に負けて眠ろうとしていると、ふいに総大将という言葉が頭に飛び込んできた。言葉の出所は、陣の東側の出入り口のほうだ。有子は用便に行くふりをして、東側の出入り口まで足音をたてないように向かう。総大将と言う声が複数聞こえるので、どうやら護衛の兵士や幕僚に囲まれているらしい。
(参ったな。これで魔術師までいたら、暗殺どころか、あたしの身まで危なくなる……)
 有子は数本の矢の入った筒をギュッと握り締めながら歩いていく。だが、いくらも進まないうちに、火炎系の攻撃魔法が有子めがけて飛んでくる。有子はあわてて、白い光で全身を覆って、攻撃魔法を防ぐ。
「チッ……。勘の良いやつだ。このわしの攻撃魔法を防ぐとは」
 声は上のほうから聞こえてくる。有子が上空を見上げると、紫色のローブをまとった大柄な魔術師が、フワフワと宙に浮いていた。
「ここ数日、総大将の周辺を魔法でかぎまわっていたのは、貴様だな。容姿から判断するに、おおかた小娘だろう。伍長や分隊の兵どもの目は、熟練の魔術師のかけた男装の魔法でごまかしたのだろうが、わしのような魔術師の目はごまかせぬぞ。さあ、痛い目にあわぬうちに、さっさと吐け。貴様をこの第三軍に潜り込ませた黒幕は誰だ? ボルフガングめか?」
 新月の夜なので、魔術師の顔までは、はっきり見えなかったが、ひげ面で眼光も猛禽類のように鋭く、かなりの威圧感があった。気の弱い者なら、にらみつけられただけで気絶しかねないほどだ。有子も足がガクガク震えたが、ここで屈したら間違いなく殺されると思い、必死で虚勢を張ってにらみ返す。
「ほう、わしの眼力に屈せずににらみ返してくるとは、なかなか肝がすわっておるな。今まで幾多の修羅場をくぐりぬけ、命のやりとりを繰り返してきたのだろう。だが、わしも今まで何度も戦場で戦った身だ。小娘の魔法には、簡単に負けはせぬぞ」
 言い終わらぬうちに、火炎系の攻撃魔法が、雨あられと降ってくる。有子は白い光で体中を覆って防ぐが、周囲の火炎の熱までは防ぎきれず、どんどん熱くなってきた。何より、鎧は鉄でできているので、周囲の熱を吸収して、有子を加熱しようとしてくる。
(まずい。水気を含んだ木である、青の魔素を使わないと)
 だが、周囲には青い魔素が全く見当たらないのだ。有子は慄然とした。
「ふん、貴様の考えることなど、お見通しよ。どうせ、青い魔素で火炎を消そうとでも思ったのだろう。残念だが、青い魔素は、わしが全て手元に集めておいたのだ。貴様の周囲にあるのは、火炎を増幅させる赤い魔素だけだぞ」
 有子は熱と煙でせきこみ始め、形勢不利と見て一目散に逃げ出した。今まで幾多の敵と戦ってきたが、これほど勝ち目がなくて恐怖にかられるのは、ルイズの村に入る際の雷を操る魔術師以来だ。あれから力をつけたにもかかわらず、まだ上には上がいるのだろうか。
「ああ? もう逃げるのか? 口ほどにもない。しょせん、年端もいかぬ小娘だな。戦場で命をやりとりする場数を、相手より多く踏んでいるかどうかの差か」
 魔術師は、そのまま宙に浮いた状態で、追いかけてくる。有子は、せめて熱くてたまらない鎧だけでも外そうとするが、馴れないためと、鎧のひもの結び目が上手くほどけないために、鎧はなかなか外れない。むしろ、鎧のひもも熱くなっており、外そうとする手がやけどしそうだった。同時に、周囲も煙と熱風がかなり発生しており、呼吸をするたびに、肺が焼けそうに熱い。
 そうこうするうちに、有子は力尽きて倒れた。もはや呼吸もできず、意識が遠のいていく。逃げなければと体に言い聞かせて、指先だけでも動かしてみるが、力が入らず、いたずらに地面をかくばかりだ。
(ああ、あたし、こんな所で死んじゃうのかな……。まだ、やりたいことだってあるのに……。死にたくないよ。ルイズ……パウ……エッちゃん……誰でも良いから助けて……)
 そこで有子の意識は途絶えた。
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