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さて、今回は竜我雷の話である。この男、大学受験の受験生であるにもかかわらず、全く勉強しようとしないのだ。ミーシャが家庭教師を申し出たが、それさえも『俺は勉強したくないから』の一言で片付けてしまうのである。
『参ったな。親御さんからは、勉強に目覚めさせてくれるなら何でもする、って言われてるんだけど、家庭教師さえも断るとなると、もうどうしようもないや』
ミーシャが困ったように言う。
「そこなんですけどね、勉強しないならチームから強制追放という手は使えないんですか? 俺なら、そうしますが」
『それもやろうとしたんだけどね。あたしが弱みを握られちゃってるから、どうしようもないのよ』
「ちなみに、その弱みって、何ですか?」
『だから、他人に言えないから、弱みなのよ。その辺はわかってよ』
征一は考えこんでしまう。
「俺が思うに、将来の夢や目標がないから、勉強する気にならないんでしょう。村上龍あたりに言わせれば、物質的には何でもあるけど希望だけがない、って状態でしょうね」
『そうよ。希望がないから、大学に入れてもヒキコモリになるやつもいる。これは親たちが、大学に入れば楽しいことばかりある、とか言い続けてるのに、いざ入ってみると何も楽しくない、というギャップからくるものだろうけど。だからこそ、あたしは、自分で楽しいことを見つけようとして、麻雀のチームを作ったわけなんだけど』
征一はドキリとした。自分も親に「高校に入れば楽しいことがある」と言われて受験勉強したが、いざ入ってみても、何もなかったからだ。征一自身、このまま大学に入っても何も楽しいことがないんじゃないか、と悲観しているのだから。
「とにかく、俺が竜我雷さんに話してみます」
もっとも、征一にも、はっきりした目算があったわけではない。麗羅のイジメ問題を解決できたから、今回も何とかなるだろうという思いつきで行動しているだけだ。
「竜我雷さん、なぜ勉強しないんですか? ミーシャさんも心配してましたよ」
『そりゃ、僕だって勉強したいさ。でも、やる気が出ないんだ。神が僕の代わりに勉強してくれたら、どんなに救われることかと思うよ』
「それは、不完全燃焼しているやつらの言い草でしょう。そう言うやつに限って、ヒキコモリになっちゃうんですよ」
『何だと? 斉王都、てめえ、僕がヒキコモリになるほどの無能だって言いたいのか? ケンカ売ってんのか? 上等だ、コラァ!』
一瞬、征一は「しまった」と思ったが、後の祭りである。
『斉王都、出てこいやぁ。いてこましてやらぁ』
「落ち着いてください。俺の言い方が気にさわったなら、謝りますから。ただ、話だけでも聞いてくださいよ」
そんな征一の必死な弁解にもかかわらず、竜我雷はチャットから退室してしまう。
「参ったな。ミーシャさんが苦労するわけだ……」
征一は茜とも話してみる。
『ブギーポップの小説に、似たような話があったわね。受験勉強する気のない生徒に、予備校教師が、今は君の才能を勉強という分野で徹底的に試せる唯一の時期だ、って説得する話よ。わたしも、進学校に通ってるわりに勉強する気ないから、竜我雷さんの気持ち、よくわかるんだよね。親なんて、こういうときに何も有益な助言をくれないしさ』
「俺の親も、茜の親と似たようなものだよ。『おまえは仕事ができないから、勉強して将来は先生と呼ばれる人間になれ。そうなれば楽に暮らせる』なんて言うけどさ。そのことをインターネットで言ったりしたら炎上確実。『そんな偉い人間なら、他人よりしっかりしていて当然』だの『そんな理由で偉くなって良いのか?』だのと言われるだけだしさ。だから、俺は、親の言うことだけは、信用しないことに決めたんだ」
『まあ、わたしとしては、学費を出してくれている親のためと思って努力しろ、としか言えないわね。実際、それしか言えないもん』
茜との会話は、それで終わった。征一も考えこんでしまう。
(言うなれば、俺も茜も竜我雷さんも、同じ立場の人間だ。それなのに、俺が竜我雷さんの指導なんて、できるわけがないんだけどな。ヒキコモリ作家の滝本竜彦が、ヒキコモリの指導をするようなもんだ。それよりも、ミーシャさんの握られた弱みってのも気になるな。指導ができなくなるほどの弱みって、何だろう?)
もっとも、インターネットを通じて握れる程度の弱みとなると、自然と限られてくる。現実の住所など、インターネット上では公開していないし、オフ会でも行かない限り、顔写真も入手不可能だ。ちなみに、ミーシャはチーム内でオフ会などやったことがない。
(……となると、何らかのネットワークを使って住所を特定したんだろうか?)
ふと征一は、家庭教師の際に、ミーシャがカバンから取り出したノートやメモ帳に、プリクラがベタベタ貼ってあったのを思い出した。友人と撮ったものらしく、若い女の子が笑って写っているプリクラばかりだ。
(俺と家庭教師の件で実際に会ったように、ミーシャさんは竜我雷さんとも、一度は実際に会っているはずだ。そうなると、会った際にプリクラを一枚盗まれたのに違いない。警戒心が強くて、顔写真の隠し撮りなんて絶対にさせない人だもんな……。あとは、入手したプリクラをもとに、下宿先まで割り出したんだろうか? でも、受験に使う証明写真ならともかく、プリクラで住所まで割り出せるのか?)
とりあえず、征一は疑問に思ったプリクラのことを、茜に尋ねてみた。
『ああ、ミーシャさんのプリクラ? 確かに、いっぱい撮ってノートやメモ帳に貼りまくってるから、無くなっても気づかないでしょうね。でも、それがどうかしたの?』
「いや、プリクラに写った顔だけで下宿先まで割り出すのは無理があるが、俺が思うに、おそらくミーシャさんの下宿は、竜我雷さんの家の近くにあるんじゃないか? この地域は田舎で、ゲームセンターなんて街中のショッピングモールあたりにしかないから、そこで見張っていればミーシャさんが現れて下宿まで帰るだろうしな。それで下宿先を突き止めて、着替えでも盗撮したんじゃないのか?」
『うわっ……それが本当なら、女の子の敵だわ。とっちめてやらないと』
「まあ、待てよ。いきなり押しかけたら、竜我雷さんがヤケになって、盗撮した画像をインターネット上に流出させるかもしれないぜ。ここは作戦を練らないとな」
『それもあるけどね、竜我雷さんが盗撮したってのは、斉王都くんの勝手な推測でしょう。もし推測がはずれてたら、名誉毀損でチームは空中分解よ。そこまで考えて発言してる?』
ふいに麗羅が冷静に発言する。盛り上がっていた征一と茜は、冷水を浴びせられたように勢いをそがれてしまった。
『まずは私に任せてみなさい。ニコルと出会わせてくれたお礼よ』
麗羅は竜我雷とチャットを始めた。
『先日は斉王都くんが、ずいぶん無礼なことを言ったらしいですけど、彼はまだ幼稚なだけですから、人生の先輩として広い心で許してやってください。まあ、私は説教なんてガラでもないことしませんよ。勉強が嫌いな者どうし、仲良くやりましょう』
『当たり前だ。僕は、言葉の価値なんて、わからない人種だからな。なのに、どいつもこいつも、お節介ばかり焼こうとしやがって。何もかもウザいんだよ』
『おおかた、親御さんには勝手な期待を押し付けられているんでしょう。高校受験の際に、第一志望に合格したら学習塾をやめさせてやる、とか約束しておきながら、第一志望合格後にまで学習塾に通わされたとかじゃないですか? そんなんじゃ、勉強する気をなくして当然ですよね。だから、私は無理に勉強しろなんて言いませんよ』
征一は、麗羅のやり方を上手いと感じた。自分なら、勉強しなくて良いとは、うそでも言えない。でも、ここからどうやって、事態を打開するつもりなのか?
『親御さんなんて、勝手ですよね。勉強するのは自分のためだ、なんて言うけど、結局、子供がやる気をなくす方法しか取れないんですから』
『そうなんだよな。高校入学後も学習塾ばかり通わされ、勉強に飽きてしまったことなんて、わかってくれない』
『実際、東大を出ても、ろくな仕事に就けなかった人もいますし。だから、私は大学なんて、親御さんのために行くものじゃないと思います。自分のやりたいことを探すために行くので充分ですよ。例えば、竜我雷さんが興味あることは何ですか?』
しばらく互いに沈黙が続く。ようやく竜我雷が発言した。
『……小説を書くことだ。今まで、親には、興味のない体育会系の部活ばかりやらされてきたけど、僕が本当にやりたかったのは、大勢で協力して勝負することじゃなく、小説みたいに一人で黙々と書き進める作業なんだ。高校卒業までは、僕も趣味を我慢するつもりだけど、卒業後は本気で小説に取り組みたい』
『なるほど。でしたら、まず今まで書かれた小説を、私に見せてください』
ほどなくして、竜我雷からメール添付で小説が送られてくる。麗羅だけでなく、征一も茜も読んでみたが、ろくな人生経験もない高校生が書いたものにありがちで、中身のない薄っぺらな話だった。
「どうするんですか? 俺は、つまらなかったなんて、正直に言う勇気はないですよ。言ったら、今度こそ殺されますよ」
『私は、それでも正直に言うよ。小説なんて、酷評されなきゃ、上手くならないもん』
麗羅はチャットを再開する。
『僕の小説、読んでくれた?』
『読みましたよ。でも、まだまだという出来ですね。これじゃ、文芸部の高校生のほうが、はるかに良い作品を書けます。竜我雷さんは、もっともっと修行が必要ですよ』
『何だと? 麗羅、おまえ、ケンカ売ってんのか?』
『落ち着いてください。自分の書いた作品をけなされるのは、誰だってくやしいものです。そこで、これは私の提案ですが、ちゃんとした文芸部のある大学を選んで入学してください。そうすれば、親御さんも大学に入れたと満足しますし、竜我雷さんも堂々と小説を書けるうえに、小説で切磋琢磨できる仲間ができますし、一石三鳥でしょう』
竜我雷は考えこんでいるらしく、しばらく沈黙が流れる。
『……わかった。麗羅の言うことも一理ある。だが、急には返事できないから、ちょっと考えさせてくれ』
その日のチャットは、それで終わった。
「麗羅さん、よく説得できましたね。俺には、とても無理だったのに」
『私だって、勝算はなかったわ。適当に話をしていたら、偶然、話がここまで転がってしまっていただけよ。ここまで来たら、運を天に任せるだけね』
それから数日が過ぎたある日、いきなりミーシャからLINEが来た。
『ちょっと……竜我雷くんがいきなり、家庭教師になってくれって言ってきたんだけど、斉王都くんや麗羅ちゃん、いったいどんな魔法を使ったの?』
『いや、私はただ話をして、家庭教師のきっかけを作っただけですよ。これからは、竜我雷さん自身の問題ですね。むしろ、これからが正念場ですよ。ミーシャさんがビシバシ勉強させて、ちゃんと志望大学に入れちゃってください』
『わかったわ。とにかく、ありがとう。あたしとしては、チームメイトに誰一人として、不幸になってほしくないからね』
その日から、ミーシャは竜我雷の家庭教師につき、徹底的に勉強を教えこんだ。さすがに、勉強の遅れを取り返すには時間が足りず、竜我雷は浪人した末に志望大学に合格できたが、それは後の話である。
同時に、ミーシャの弱みとなっていたと思われる画像も、処分してしまったのか、いつのまにか全く話題にものぼらなくなった。
『参ったな。親御さんからは、勉強に目覚めさせてくれるなら何でもする、って言われてるんだけど、家庭教師さえも断るとなると、もうどうしようもないや』
ミーシャが困ったように言う。
「そこなんですけどね、勉強しないならチームから強制追放という手は使えないんですか? 俺なら、そうしますが」
『それもやろうとしたんだけどね。あたしが弱みを握られちゃってるから、どうしようもないのよ』
「ちなみに、その弱みって、何ですか?」
『だから、他人に言えないから、弱みなのよ。その辺はわかってよ』
征一は考えこんでしまう。
「俺が思うに、将来の夢や目標がないから、勉強する気にならないんでしょう。村上龍あたりに言わせれば、物質的には何でもあるけど希望だけがない、って状態でしょうね」
『そうよ。希望がないから、大学に入れてもヒキコモリになるやつもいる。これは親たちが、大学に入れば楽しいことばかりある、とか言い続けてるのに、いざ入ってみると何も楽しくない、というギャップからくるものだろうけど。だからこそ、あたしは、自分で楽しいことを見つけようとして、麻雀のチームを作ったわけなんだけど』
征一はドキリとした。自分も親に「高校に入れば楽しいことがある」と言われて受験勉強したが、いざ入ってみても、何もなかったからだ。征一自身、このまま大学に入っても何も楽しいことがないんじゃないか、と悲観しているのだから。
「とにかく、俺が竜我雷さんに話してみます」
もっとも、征一にも、はっきりした目算があったわけではない。麗羅のイジメ問題を解決できたから、今回も何とかなるだろうという思いつきで行動しているだけだ。
「竜我雷さん、なぜ勉強しないんですか? ミーシャさんも心配してましたよ」
『そりゃ、僕だって勉強したいさ。でも、やる気が出ないんだ。神が僕の代わりに勉強してくれたら、どんなに救われることかと思うよ』
「それは、不完全燃焼しているやつらの言い草でしょう。そう言うやつに限って、ヒキコモリになっちゃうんですよ」
『何だと? 斉王都、てめえ、僕がヒキコモリになるほどの無能だって言いたいのか? ケンカ売ってんのか? 上等だ、コラァ!』
一瞬、征一は「しまった」と思ったが、後の祭りである。
『斉王都、出てこいやぁ。いてこましてやらぁ』
「落ち着いてください。俺の言い方が気にさわったなら、謝りますから。ただ、話だけでも聞いてくださいよ」
そんな征一の必死な弁解にもかかわらず、竜我雷はチャットから退室してしまう。
「参ったな。ミーシャさんが苦労するわけだ……」
征一は茜とも話してみる。
『ブギーポップの小説に、似たような話があったわね。受験勉強する気のない生徒に、予備校教師が、今は君の才能を勉強という分野で徹底的に試せる唯一の時期だ、って説得する話よ。わたしも、進学校に通ってるわりに勉強する気ないから、竜我雷さんの気持ち、よくわかるんだよね。親なんて、こういうときに何も有益な助言をくれないしさ』
「俺の親も、茜の親と似たようなものだよ。『おまえは仕事ができないから、勉強して将来は先生と呼ばれる人間になれ。そうなれば楽に暮らせる』なんて言うけどさ。そのことをインターネットで言ったりしたら炎上確実。『そんな偉い人間なら、他人よりしっかりしていて当然』だの『そんな理由で偉くなって良いのか?』だのと言われるだけだしさ。だから、俺は、親の言うことだけは、信用しないことに決めたんだ」
『まあ、わたしとしては、学費を出してくれている親のためと思って努力しろ、としか言えないわね。実際、それしか言えないもん』
茜との会話は、それで終わった。征一も考えこんでしまう。
(言うなれば、俺も茜も竜我雷さんも、同じ立場の人間だ。それなのに、俺が竜我雷さんの指導なんて、できるわけがないんだけどな。ヒキコモリ作家の滝本竜彦が、ヒキコモリの指導をするようなもんだ。それよりも、ミーシャさんの握られた弱みってのも気になるな。指導ができなくなるほどの弱みって、何だろう?)
もっとも、インターネットを通じて握れる程度の弱みとなると、自然と限られてくる。現実の住所など、インターネット上では公開していないし、オフ会でも行かない限り、顔写真も入手不可能だ。ちなみに、ミーシャはチーム内でオフ会などやったことがない。
(……となると、何らかのネットワークを使って住所を特定したんだろうか?)
ふと征一は、家庭教師の際に、ミーシャがカバンから取り出したノートやメモ帳に、プリクラがベタベタ貼ってあったのを思い出した。友人と撮ったものらしく、若い女の子が笑って写っているプリクラばかりだ。
(俺と家庭教師の件で実際に会ったように、ミーシャさんは竜我雷さんとも、一度は実際に会っているはずだ。そうなると、会った際にプリクラを一枚盗まれたのに違いない。警戒心が強くて、顔写真の隠し撮りなんて絶対にさせない人だもんな……。あとは、入手したプリクラをもとに、下宿先まで割り出したんだろうか? でも、受験に使う証明写真ならともかく、プリクラで住所まで割り出せるのか?)
とりあえず、征一は疑問に思ったプリクラのことを、茜に尋ねてみた。
『ああ、ミーシャさんのプリクラ? 確かに、いっぱい撮ってノートやメモ帳に貼りまくってるから、無くなっても気づかないでしょうね。でも、それがどうかしたの?』
「いや、プリクラに写った顔だけで下宿先まで割り出すのは無理があるが、俺が思うに、おそらくミーシャさんの下宿は、竜我雷さんの家の近くにあるんじゃないか? この地域は田舎で、ゲームセンターなんて街中のショッピングモールあたりにしかないから、そこで見張っていればミーシャさんが現れて下宿まで帰るだろうしな。それで下宿先を突き止めて、着替えでも盗撮したんじゃないのか?」
『うわっ……それが本当なら、女の子の敵だわ。とっちめてやらないと』
「まあ、待てよ。いきなり押しかけたら、竜我雷さんがヤケになって、盗撮した画像をインターネット上に流出させるかもしれないぜ。ここは作戦を練らないとな」
『それもあるけどね、竜我雷さんが盗撮したってのは、斉王都くんの勝手な推測でしょう。もし推測がはずれてたら、名誉毀損でチームは空中分解よ。そこまで考えて発言してる?』
ふいに麗羅が冷静に発言する。盛り上がっていた征一と茜は、冷水を浴びせられたように勢いをそがれてしまった。
『まずは私に任せてみなさい。ニコルと出会わせてくれたお礼よ』
麗羅は竜我雷とチャットを始めた。
『先日は斉王都くんが、ずいぶん無礼なことを言ったらしいですけど、彼はまだ幼稚なだけですから、人生の先輩として広い心で許してやってください。まあ、私は説教なんてガラでもないことしませんよ。勉強が嫌いな者どうし、仲良くやりましょう』
『当たり前だ。僕は、言葉の価値なんて、わからない人種だからな。なのに、どいつもこいつも、お節介ばかり焼こうとしやがって。何もかもウザいんだよ』
『おおかた、親御さんには勝手な期待を押し付けられているんでしょう。高校受験の際に、第一志望に合格したら学習塾をやめさせてやる、とか約束しておきながら、第一志望合格後にまで学習塾に通わされたとかじゃないですか? そんなんじゃ、勉強する気をなくして当然ですよね。だから、私は無理に勉強しろなんて言いませんよ』
征一は、麗羅のやり方を上手いと感じた。自分なら、勉強しなくて良いとは、うそでも言えない。でも、ここからどうやって、事態を打開するつもりなのか?
『親御さんなんて、勝手ですよね。勉強するのは自分のためだ、なんて言うけど、結局、子供がやる気をなくす方法しか取れないんですから』
『そうなんだよな。高校入学後も学習塾ばかり通わされ、勉強に飽きてしまったことなんて、わかってくれない』
『実際、東大を出ても、ろくな仕事に就けなかった人もいますし。だから、私は大学なんて、親御さんのために行くものじゃないと思います。自分のやりたいことを探すために行くので充分ですよ。例えば、竜我雷さんが興味あることは何ですか?』
しばらく互いに沈黙が続く。ようやく竜我雷が発言した。
『……小説を書くことだ。今まで、親には、興味のない体育会系の部活ばかりやらされてきたけど、僕が本当にやりたかったのは、大勢で協力して勝負することじゃなく、小説みたいに一人で黙々と書き進める作業なんだ。高校卒業までは、僕も趣味を我慢するつもりだけど、卒業後は本気で小説に取り組みたい』
『なるほど。でしたら、まず今まで書かれた小説を、私に見せてください』
ほどなくして、竜我雷からメール添付で小説が送られてくる。麗羅だけでなく、征一も茜も読んでみたが、ろくな人生経験もない高校生が書いたものにありがちで、中身のない薄っぺらな話だった。
「どうするんですか? 俺は、つまらなかったなんて、正直に言う勇気はないですよ。言ったら、今度こそ殺されますよ」
『私は、それでも正直に言うよ。小説なんて、酷評されなきゃ、上手くならないもん』
麗羅はチャットを再開する。
『僕の小説、読んでくれた?』
『読みましたよ。でも、まだまだという出来ですね。これじゃ、文芸部の高校生のほうが、はるかに良い作品を書けます。竜我雷さんは、もっともっと修行が必要ですよ』
『何だと? 麗羅、おまえ、ケンカ売ってんのか?』
『落ち着いてください。自分の書いた作品をけなされるのは、誰だってくやしいものです。そこで、これは私の提案ですが、ちゃんとした文芸部のある大学を選んで入学してください。そうすれば、親御さんも大学に入れたと満足しますし、竜我雷さんも堂々と小説を書けるうえに、小説で切磋琢磨できる仲間ができますし、一石三鳥でしょう』
竜我雷は考えこんでいるらしく、しばらく沈黙が流れる。
『……わかった。麗羅の言うことも一理ある。だが、急には返事できないから、ちょっと考えさせてくれ』
その日のチャットは、それで終わった。
「麗羅さん、よく説得できましたね。俺には、とても無理だったのに」
『私だって、勝算はなかったわ。適当に話をしていたら、偶然、話がここまで転がってしまっていただけよ。ここまで来たら、運を天に任せるだけね』
それから数日が過ぎたある日、いきなりミーシャからLINEが来た。
『ちょっと……竜我雷くんがいきなり、家庭教師になってくれって言ってきたんだけど、斉王都くんや麗羅ちゃん、いったいどんな魔法を使ったの?』
『いや、私はただ話をして、家庭教師のきっかけを作っただけですよ。これからは、竜我雷さん自身の問題ですね。むしろ、これからが正念場ですよ。ミーシャさんがビシバシ勉強させて、ちゃんと志望大学に入れちゃってください』
『わかったわ。とにかく、ありがとう。あたしとしては、チームメイトに誰一人として、不幸になってほしくないからね』
その日から、ミーシャは竜我雷の家庭教師につき、徹底的に勉強を教えこんだ。さすがに、勉強の遅れを取り返すには時間が足りず、竜我雷は浪人した末に志望大学に合格できたが、それは後の話である。
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