日常系小説

王太白

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 それから数日間、征一は、チーム内でひたすら麻雀をやり続けた。最初は目が疲れて困ったが、そのうち、上手に寝る方法も覚えてきた。帰宅部なので、帰宅して、すぐに仮眠をとり、夕食後に宿題をやり終えると、朝までひたすら麻雀をやり続けるのだ。もちろん、授業中に寝るわけにもいかないので、昼休みに弁当をかきこむと、ひたすら机で寝ている。起きている時間も、授業に集中できずに麻雀のことを考えている始末だ。
そのため、親からは、「最近、麻雀ゲームのしすぎじゃないのか? 成績が下がるぞ」とまで言われてしまった。実際、期末試験の成績は、中間試験より百番近くも下がったのである。案の定、親からはインターネット禁止令が出た。スマホは午前零時以降、親に取り上げられ、翌日に学校から帰ってから返してもらうのだ。
 それを聞いたミーシャは、『まあ、斉王都くんの親御さんって、厳しいのね。わかったわ。あたしが家庭教師してあげる』と言ってきた。征一が、「そんな、ミーシャさんに悪いですよ」と断ろうとすると、『良いの。あたしもバイトの一環として、家庭教師やってるからさ』と返信がきたので、まずはミーシャの住所から尋ねてみると、意外に近く、征一の家から快速列車で三十分ぐらいの所だった。ミーシャは、『良かった。ZOOMを使わなくても、直接会えるね』と言ってきたので、まずは征一の両親との顔合わせから始めることになった。
 早速、週末の日曜日、ミーシャは征一と駅で待ち合わせて、征一宅を訪れた。初めてオフラインで会うミーシャは、長髪にTシャツにジーパンに縁なし眼鏡という、知的な女子大生という雰囲気だった。
「初めまして。今回、家庭教師を勤めさせていただきたいと思っている、土田亜美子と申します。愛民大学総合科学部二回生です。よろしくお願いいたします」
 ミーシャは学生証も出して一礼する。
「ほう、愛民大学といえば、この地域では最も難しい大学だ。それに総合科学部といえば、文系も理系もまんべんなく教えている学部だから、英語も数学も理科もそれなりに強いのでしょうな」
 父親は満足そうにうなずく。
「いえ、そこまで自慢できるほどは強くないですが、家庭教師の経験は何度かあります。去年は、いとこを愛民大学に合格させましたし」
「それは心強い。ぜひともうちのドラ息子の面倒もみてほしいものです。ただ、時給はそこまで出させていただけそうにありませんが……」
「いえいえ、時給は、お出しできる範囲内で充分です。無理をなさらないでください」
 この後、ミーシャは両親と一時間ほど話し合い、今後の時給、週に二回は三時間ほど勉強を教えることなどを決めて、その日は帰宅した。
 こうして、翌週からミーシャの家庭教師が始まることになる。最初は英語から始まった。まずは簡単なテストをやり、それに応じたカリキュラムを作る。
「斉王都くんの場合、英単語の語彙が貧弱なのよね。それに文法も充分にわかってない。最初は、あたしが授業形式でやるから、後で小テストをしようか」
 ミーシャは、英単語だけは毎日の復習を義務づけ、覚えた英単語をもとにして長文を読む練習を繰り返した。最初のうち、征一は勉強のきつさに悲鳴をあげそうになったが、ミーシャは、「成績が上がらずに、麻雀できなくなっても良いの?」と繰り返すので、麻雀をやりたい一心で勉強し続けた。おかげで、夏休み中に受けた模試では、英語の順位が百番以上も上がったのだ。
 両親はまだ満足せず、「もっと勉強させて、次は医学部を狙えるぐらいに上げてください」と要請してきたが、ミーシャは、「いや、まずは英語が伸びたご褒美をあげてください」と言い、その日は征一に徹夜で麻雀を打たせて、労をねぎらった。ミーシャは両親に、
「あたしは信賞必罰こそ大事だと思っています。成果をあげたのに、慰労するどころか、もっとがんばれと言ってノルマを増やしてしまえば、必ず相手はやる気をなくし、長期的にはマイナスの効果しか生みません」
と説き、両親もそれに従ったのだ。ミーシャの進言のおかげでリフレッシュできた征一は、次は数学と理科も上げようと奮起したのである。
 ミーシャは、数学もやはりテストをやり、それをもとにカリキュラムを作った。
「斉王都くんの場合、計算力はあるんだけど、公式をあまり覚えてないのよね。たぶん、公式がどうやってできてるかを理解せずに、丸暗記するだけじゃないの?」
 征一は絶句した。まさにその通りだったからだ。
「公式に関しては、あたしが授業形式で教えるから、まずはどうやってできてるかを覚えるのと、どこで使うのかを確実に覚えて」
 征一は言われた通りに、公式がどうやって作られているかを理解するようにつとめた。そうするうちに、公式がなぜ存在しているかがわかるようになり、自然に頭に入るようになってきた。そうなると、公式をどこで使えばいいかも、自分なりにわかるようになってくる。
 そのためか、二学期の中間試験では、数学も百番近く順位を戻し、他の教科と合わせると、ミーシャが家庭教師を勤める前よりも順位は上がったのだ。理科も同様である。
 もちろん、両親は大喜びだったし、征一もミーシャに引き続き勉強を見てもらうことで、自信がついてきた。今回も、ミーシャは征一に徹夜で麻雀を打たせることで、労をねぎらったからだ。ミーシャは、単にノルマを消化させるだけでなく、勉強の醍醐味を教えるのも上手かったのだ。実際、ミーシャが茜にも勉強を教えたいからと言って、征一の家庭教師の時間を減らしたいと言った際にも、征一の両親は、「今まで通りの勉強時間を確保してください」と泣きついたほどだ。でも、ミーシャは、「チーム全員の成績を上げないといきませんから」と言って、茜の面倒をみるようになった。
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