極左サークルと彼女

王太白

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 翌朝、寅雄は睡眠不足なので、サークルも授業も休みたかったが、授業は休めても、サークルのほうは、そうもいかない。日本反帝同盟のような政治サークルは、毎日やることが山積みなのだ。
「今日の岡山修道大学の極左サークルとの会議の資料は作ったか?」
「いや、まだできていませんよ。ただでさえ、広島就実大学の極左サークルとの会議もあったんですから。おれたちだって、活動する人数がギリギリのところでサークル活動してんですから、あまり広範囲まで手が回りませんって」
「人数が足りないのは当然だろう。ソ連崩壊後、全国の大学では左翼離れが起きていて、無知蒙昧な大人たちは、『左翼に染まるやつはバカだ』と喧伝している始末だ。こんな中で、我々が立ち上がらずに、誰が革命の大義や理想を実現できるのか?」
 日本反帝同盟の会長、理学部七回生のばんだ番田ちょうたろう長太郎が、下級生を怒鳴り散らす。番田は眼光鋭い、ゴツい筋肉質の男で、サークル員からは『番長』とあだ名されていた。今まで、サークル員が反左翼の論客に議論をふっかけられると、必ず出向き、論客と一対一で議論して、持ち前の学識と威圧感で必ず打ち負かしたという、負け知らずの男である。ただ、あまりにサークル活動にのめりこみすぎたため、三度も留年していて、卒業も危ぶまれている状態だ。もっとも、番田自身は、「卒業に興味はない。将来は労働組合に就職して、現場で労働争議にかかわっていく」と公言している、出世に興味のない男だが。
 そんな中で、寅雄と優希が二人して、集合時刻である十時に遅れて来たんだから、番田の怒りようは半端ではなかった。
「こら、井森、来栖、貴様ら二人して、たるんどるぞ。そんなことで革命ができると思っているのか? 正座して、レーニン『国家と革命』を朗読しろ」
 寅雄は内心、番田に付き合っていられるかと毒づいたが、今ここで盾突いても、良いことは何もないので、仕方なく部室の隅に正座して『国家と革命』を朗読し始める。
「……人民はいずれも、労働者階級が自ら行う、統制と記帳をまぬがれないだろう……」
 部室は表向きは、定期的に掃除する規則になっているが、実際にはサークル員は忙しくて掃除が行き届かず、部屋の隅はほこりがたまっている。寅雄は、こんな所に正座させられている自分が、みじめに思えてきた。
 二時間ばかり正座させられ、その後は昼食をはさんでサークル内やサークル棟の雑用をやり終えた頃には、既に日もとっぷりと暮れている。
(やれやれ、今日も雑用ばかりだったな。他大学との会議は、上級生が仕切っているし、俺の存在理由って、どこにあるんだよ?)
 寅雄はクタクタになって帰宅する。空腹のため、米を炊いておかずと一緒に食べたかったが、おかずを作る元気もない。とりあえず、インスタントラーメンの買い置きがあったのを思い出し、インスタントラーメンを手早く作って、卵を割り込んで食べる。インスタントラーメンは、美味いし手早く作れる食材だが、さすがに、ほぼ毎日では飽きてしまう。
(あ~あ……どこかに、俺のために食事を作ってくれる、漫画に出てくるような彼女、いないかなぁ……)
 いつもなら、食事を済ませると、さっさと寝てしまい、風呂は起きてからシャワーだけ浴びることにしているのだが、その日からは様子が違った。何しろ、優希とLINEできるという、特典があるのだ。その日も、夕食後に寝転がってスマホを眺めていると、ふいに優希からLINEがきた。とたんに寅雄は、顔がほころぶのがわかる。
『お疲れさん。今日もサークル内の雑用、大変だったね。おまけに、レーニンまで読まされてさ。あたしも疲れたわ。あたしらは番長の駒じゃないって、声を大にして言いたいわ』
『すっごくわかります。番長、頭おかしいですって。まるで、日本反帝同盟の専制君主にでもなったつもりじゃないですか? かつて、マルクスは、東方専制君主の国であるアジアの帝国を毛嫌いしていたはずでしょう』
『本当にね。敬虔なマルクス主義者なら、教育の行き届いた日本の革命には、一党独裁よりも、民主的なやり方のほうが適していると考えて当然なんだけどな。一党独裁が極左組織の指令なら、そんな指令は拒否しなきゃならない。一党独裁は、あくまでレーニンがロシアの皇帝独裁政権と戦うために考えたものだから、民主的な現代の日本には不向きだわ。日本には、メンシェビキのような選挙に基づく方法のほうが適しているはず』
『だいたい、番長は、経済観念ゼロですよ。サークル棟の雑用や、サークル内の会議をやりすぎるんです。これじゃ、雑用と会議だけで何時間も過ぎてしまいます。かつて、ボルシェビキのある詩人は、会議をやめるための会議を開こう、なんて、レーニンに提案しているぐらいですから』
『本当よ。まあ、無意味な会議なんて、日本でも実際にやっている会社があるぐらいだから、一概に極左サークルの病気だとばかりは言えないけど』
 ひとしきり笑いあった後、寅雄はふいに、優希との会話が、ザミャーチン『われら』の一節に似ていると思えた。
『俺ら、何となく、デーД503とI330に似てますね。Д503は男だから俺で、I330が女だから優希さんといったところでしょうか。原作なら悲恋に終わりますが、俺は絶対、悲恋になんかさせませんよ。絶対に日本反帝同盟を内から壊して、二人とも幸せになるんです』
『面白そうじゃん。絶対、かなうよ』
『かなうと祈るしかないです。あと、優希さんのお兄さんは、今どうしておられますか? 来栖って苗字の人を、サークル内で見かけたことがないんですが』
『……え……』
 そこで一瞬、優希はつまった。どうやら、聞かれたくないことを聞いてしまったと、寅雄は後悔する。
『……ごめんね、ふだんなら言いたくないけど、寅雄だから特別に言うよ。兄さんは日本反帝同盟と他大学との結びつきを強める目的で、出張という形で極左組織から金を渡され、日本中を飛び回っているらしいの。GPS機能で自分の現在位置がバレるのを嫌って、スマホも持たずに、連絡は郵便か公衆電話からだから、あたしも生きているか死んでいるかすらわからないの』
 寅雄は、いたたまれない気持ちになったが、他人の家庭の事情なんて、踏み込みようがない。何より、下手なことをLINEして、優希に不快感を与えたくなかった。ドストエフスキーの「世界を愛する者は、隣人をも愛さない」というセリフを知っていたからこそだ。結局、自分の器の小ささを悟られるようで、何も慰めの言葉をかけられない。その夜は、二人でディストピア小説の話をして、翌朝に備えて早めに眠った。
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