自称愛国者の光と影

王太白

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「へえ、こいつが辻清子ですか。確かにテレビで何度か観た顔ですね。お手柄ですよ、エバ。やっぱり、相手が身分証明書を持っている若い女性だと、簡単に信用するもんですね」
 彰は満足そうに笑う。一方のエバは、「とにかく、言う通りにはしましたから、あたしはこれ以上かかわりませんよ」と言って、気分直しにキッチンにコーヒーを飲みに行き、遅くなると両親が心配するからと言って、そそくさと帰路につく。
「しかし、こんな簡単に誘拐できるとは、思ってもみませんでしたよ。辻清子は、某独裁国に拉致された被害者を、ろくに助けようともしませんでしたから、悪事は巡り巡って自分にふりかかったわけですね。自業自得ですよ。これからは拉致被害者のような地獄を見せられるかと思うと、吾輩も今から楽しみですね」
 ゲーリングが下卑た笑いを浮かべる。
「案外、僕らみたいなオタクのヒキコモリでも、国会議員みたいな大物の命を手中に握ることができるんですね。見てくださいよ、あのおびえきった目つきを。まるで呂太后におびえる戚夫人みたいですね。与党を悪の総合商社だと、居丈高に攻撃していた輩が、僕みたいなヒキコモリの前に、あのザマですか。情けないったら、ありゃしない。恥を知りなさい、恥を」
 ドレクスラーが嘲笑する。そこへ、レームが入ってくる。
「K県在住の親戚の車を、ようやく返してきましたよ。たまたま、オレが免許を持っていて、会社員時代に車で得意先を車で回ったことが何度もあり、親戚がオレに留守中のことを一任して、JRで温泉旅行に出かけている最中だから、車を出してパルチャムさんの下宿まで運べたものの……。ニートになっても親戚付き合いのあるオレがいなけりゃ、この誘拐は不可能だったんですからね。感謝してくださいよ」
「わかっていますよ。レームさんは、焼肉屋から特別に売ってもらった黒ビールでも飲んで、のどの渇きを癒してください。もちろん、つまみにソーセージもありますから」
 彰はソーセージをレンジで温めると、黒ビールの瓶とコップと一緒に、ちゃぶ台に置いた。レームはのどを鳴らして、美味そうに黒ビールを飲み、ソーセージをほおばる。
「やっぱり、一仕事した後の黒ビールは、美味いですな。そうだ。これから辻清子には、飯も一切食わせずに、水しか与えずに、餓死させてやりませんか? 某独裁国の拉致被害者たちは、日本人が当たり前に食べているような、美味い飯を食えないんです。それをろくに助けなかったということは、自分も神様に助けてもらえないってことですよね。当然の報いでしょう」
「そりゃ良いや。アッハハハハ……」
「「「ハハハハハ……」」」
 彰が大笑いするのにつられて、他の面々も皆、大笑いする。辻清子はおびえのあまり、顔面蒼白になり、まだ寒くなる季節でもないのに、全身をガタガタ震わせている。
「まあ、この売国奴の処遇は、また明日考えるとして、今日はもう寝ましょう。レームさんも隣県の人ですし、レームさんの車もレームさんの所有物ではないのなら、すぐに警察にバレることはありませんよ。とにかく、今宵はもう遅いので、俺が夕飯を作りますから、四人で食べて寝ましょう」
 彰はチャーハンを山ほど作ると、ちゃぶ台に並べた四人の皿によそって、食べ始める。もちろん、辻清子の分はない。辻清子が横目に、ちゃぶ台を眺めているのが見てとれるが、彰は「チャーハンが欲しいなら、替わりにフライパンを恵んでやらぁ!」と叫んで、チャーハンを作った後のフライパンを、辻清子の顔に押し付ける。当然、フライパンはまだ熱を持っているので、とても熱い。辻清子は目を白黒させながら、サルグツワをかまされた口で、声にならない悲鳴をあげる。
「何だ? 泣くほど美味かったか? そりゃ良かったぜ。某独裁国の庶民の食事なんて、こんなもんだしな。これから毎日食わせてやるから、感謝しろよ。売国奴議員めが!」
 ゲーリングが見くだすように嘲笑する。
「さあ、食事も終わったし、今宵はもう寝ましょう。明日から、俺らは呂太后になれますから、ゆっくり戚夫人をいたぶれますよ。楽しみは明日にとっておきましょう」
 とりあえず、その日は四人とも、彰の下宿で泊まることになった。成人男性どうしなので、お互いの親に連絡さえ入れておけば、どうにでもなる。電灯を消すと、四人はすぐに眠りこけてしまったが、辻清子だけは、フライパンによるヤケドとこれからの不安のために、全く眠れなかった。
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