黒白の剣士

若城

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14話 何者

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 午後一二時。

 剣崎は緑原と日向の三人で買い物をするために、待ち合わせ場所のショッピングビルで二人が来るのを待っていた。待ち合わせ時間は一二時半としていたが、早く着きすぎてしまった。二人との家は近いので、一緒に来れば良かったのだが、二人共用事を終わらせてから来るとの事だった。

 一人で見て回るのも面白くない。三人で行くからこそ楽しいのだ。二人がここに来るまでの時間をどう過ごそうか。

 そんな事を考えていると、下の方からやたら視線を感じた。下に目をやると、小学生低学年の少年少女がこちらを物珍しそうに見上げていた。

 思いがけない刺客に驚愕しつつ、なるべく怖がらせないように笑みを浮かべて問いかける。こうでもしないと小さい子供は怯えてしまうのだ。今まで、こちらを見上げて泣いてしまう子供も多かった。怖いなら見るなと言いたいところだが。子供は怖いもの見たさで何かを見る事だって多い。自分だってそういうところは少なからずあったので、嘆けない。

「どうしたのかな?」

 そう投げかけた後、数秒経って少年の方が悪意の無い一言を告げる。

「ねえちゃん、おっきいなぁ」

 少年にとって何気ない言葉だが、自分としては非常に重い一言だ。

「そ、そんな事ないよぉ……?」

 剣崎は膝を折り、二人と同じ目線になって否定する。しかし、少女の方が首をひょこに大きく振った。

「ううん。ママよりパパよりもおっきいよ」

 二人の言葉はどの刀よりも鋭い切れ味を誇っていた。
 少女は首を傾げさせる。

「おねえちゃんはモデルさんなの?」
「え、どうして?」
「だって、テレビのおねえちゃんたちはみんなおっきいもん」

 確かにファッション誌やイベントで注目を浴びている女性はどれも背が高く、スタイルも良い。それだけ見れば、自分と相違はないのだが、自分と彼女達とは大きな違いがある。

 自信だ。
 自分の容姿に自信を持ち、それを磨き上げていく姿勢がある。背の高さも長所として活かしている。とてもじゃないが、自分にはその自信を持ち合わせていない。

 自身の性格を相まって、それを長所として見れない。海外に比べて、日本の女性の身長は小さい。平均身長を大幅に上回っている事が最大の弊害となっている。

「違うよ。私は普通の高校生だよ」

 普通でいたい、高校生だ。

「そうなんだ」
「うん。それよりも、お父さんかお母さんは?」

 剣崎の問いかけに、少年が答える。

「パパといっしょにきてるんだ。いまはしっこにいってる」
「おにいちゃん、おそとでいっちゃだめなんだよっ」

 少女が少年の肩を叩き、かわいらしく怒る。

「おれたちおおきくてまてるからここでまってるんだ」
「そっか。偉いね」

 偉い、という言葉が嬉しかったのか、少年は誇らしげに胸を張った。

 二人で待てると言っても、放っておくのは忍びない。ここから手洗い場は歩いてすぐなので、一緒に待っているのが良いだろう。待ち合わせの時間にも余裕があるし、動く予定もない。

 しかし、その考えは一瞬にして崩れる。 
 少し離れた所で重い接触音が聞こえてきた。それは車と車がぶつかった金属音でもあり、それが何度も続く。

 音のした方へ目を向け、意識を集中させる。

「おねえちゃんどうしたの?」
「ううん、なんでもないよ」

 自分の耳に届いていても、周囲の人にはその音は一切届いていない。距離からして、ここから一キロ程度。加えて、警察車両独特のサイレンの音も聞こえてくる。

 事故であれば、警察等に任せて良かったが、そうではないようだ。

 剣崎は立ち上がり、背負っていた鞄の中に手を突っ込み、変装用の服があるのを確認する。

「お姉ちゃんいくね。ちゃんとパパの言う事聞くんだよ?」
「うんっ、ばいばいっ」

 少年少女は大きく手を振ってくるので、それを答えた後、駆け出す。

 人気の無い路地に入り、監視カメラもないのを確認し、一秒以内で着替える。私服を入れた鞄は屋上へと跳び、その隅へと丁寧に置いた。

 この建物から人の気配を感じないので、誰かが屋上に来るという事はないだろう。

「車は……あっちか……」

 先程よりも離れている。タイヤの擦れる音が聞こえるも、ブレーキ音は聞こえない。そして、サイレン。この二つから、逃走車両というのが容易に予想がつく。休日ということもあり、交通量は平日よりも多い。このまま放っておけば重大な事故を引き起こしかねない。

 剣崎は建物から建物へと飛び移りながら、逃走車両との距離を詰めていく。距離が近付いていく度にサイレン音等が大きくなってくる。それと同時に、当事者の声も少しずつ耳に届くようになってきた。

『もっとスピード出さねぇと捕まるぞっ!』
『わかってんよ、黙ってろ』

 それ以外にも二人の声が聞こえ、四人が同じ車に乗っているのが分かる。二人の言動からして相当な焦りと怒りを貯めこんでいる。ただでさえ無謀な運転をしているのに、それ以上無謀な走行は、人の命を奪ってしまう。

「早く止めないと……」

 足に力を込め、大きく跳躍すると、視界に爆走する車両が入った。その十数メートル後ろを警察車両が数台追いかけているのも見え、苦戦しているように見えた。

 ふと、走行ルートの先に目をやる。
 赤信号。

 逃走車両の車線には一台も走ってはいないが、横断する人々、青信号で横切っていく車両。一目でこれから起こりうる惨事を連想出来てしまった。間違いなく、逃走車両は速度を緩める事もなく突っ切ろうとするだろう。横断する人を撥ね、車両と激突する可能性が限りなく高い。

「だめっ!」

 背筋が寒くなるのを感じつつ、剣崎は跳ぶ速度を上げ、横断歩道の前に降り立つ。突然、空から降り立った剣崎に驚きの声が四方から上げられるが、それにより前方から迫り来る暴走車両に気付く事が出来た。

「逃げろっ!!」

 剣崎の叫びに横断中の人達が一斉に横断歩道を渡り切るか、引き返していく。向かい側の横断する人々もそれを察知し、同じような行動を取った。これで人が轢かれる心配はなくなったが、問題は今も横切っていく何台もの車両だ。

 自分が行き交う車両の前に立とうものなら、それこそ大惨事を引き起こす事になる。迫り来る逃走車両を正面から受け止めたとしても、確実に後ろへと追いやられるだろう。

 出先のため、刀もない。使えるのは、自分の腕のみ。

 剣崎は大きく深呼吸を数回すると、ゆっくり構える。

『おい、あれって噂の……』
『うっせぇっ!! どうせ止めらんねぇよっ!!』

 運転する男がアクセルを踏み、エンジンをフルスロットルにする。

 正直、受け止め切れる自信はない。しかし、中途半端に受け流しても何の救いにならず、被害が避けられない。

 誰にも被害を与えない方法は一つしか思いつかなった。

 車両との距離も一〇メートルを切った。
 身を低くし、手を伸ばす。

 自身の手が車両のボンネット下に触れると同時に、力を込めた。

 剣崎が実行した事は――――車両を上に投げ飛ばす。

 しかし、力に逆らわないという芸当は出来ず、殆ど右腕だけの力技だ。その為、腕の皮膚や肉を持っていかれ、鮮血が舞った。肩にも接触しているので、投げ飛ばす際には肩が折れる嫌な音も耳に突き刺さる。

「あぁぁ――――っ」

 叫びたくなったが、ここで終わりではない。

 激痛を嚙み締め、舞い上がる車両を追いかけ、跳ぶ。そして、向かい側の横断歩道を飛び越える時には、ボンネットの上に降り立ち、左腕を振り上げた。

 車両は水平を保っている。このまま着地してしまえば、そのまま走り去ってしまう可能性があった。車体をひっくり返して投げる事までは流石に出来なかったため、ここで始末をつける事にしたのだ。

『ひっ……』

 運転手の男が短い悲鳴を上げる。
 剣崎は彼を一瞥し、左腕を振り下ろした。

 ボンネットが大きくへこみ、中のエンジンごと叩き潰す。それと同時に、宙返りする形で飛び降り、そこで片膝を着いた。

 傍から見れば、綺麗に着地したように見えただろう。だが、それを狙った訳ではない。単純に両腕の激痛に耐えかねて膝を着いたに過ぎない。

「あ……あぁぁ……っ!!」

 体験のした事がない激痛に混乱と焦りが募っていく中、傷口を押さえる。しかし、押さえた程度で痛みを和らぐ事はなく、寧ろ、触れた事によってさらに痛みを促進させる。

 どうしようもない痛みに怒りすら覚える。周囲の一般人の声も苛立ちを抱かせていき、守ろうと思った対象だったものが疎ましく思えてきた。

 しかし、その痛みは徐々に引いていく。痛覚が麻痺してしまったのかと思ったが、そうではなかった。

 傷口が波打つ感覚に襲われ、剣崎は恐る恐る傷口に目を向ける。

「やっぱり……っ」

 傷口が尋常ではない早さで塞がっていく。深く抉られていた傷口が痛々しい痕も残さず、いつも見る肌へ。それだけではなく、折れた肩も音を立てながら治っていくのが分かった。体内で蠢く感覚に吐き気を催し、蹲る。

「う……くぅ……」

 せり上がってくるものを何とかやり過ごし、右肩に触れる。あれほどの痛みが嘘のように引いており、完治している。これ以上、激痛に苦しまなく済む安心感と同時に、自身の体に対する薄気味悪さを抱かさせた。

「これじゃまるで――」

 次の言葉が発せられるところで、ひしゃげた車両から物音が聞こえ、そちらに意識を向ける。自分の身に起こった出来事にすっかり忘れていた。

 剣崎は重くのしかかる疲労感を引きずり、車両へと歩み寄る。半開きになったドアを開けると車両の後部座席には、あまりの衝撃に気を失った若い男女。助手席に三十台前後の男。そして、運転席に四十代程度の男。おそらく、この運転手がリーダーだろう。

 助手席の男はこちらの存在に気付き、慌てふためくなり武器になるものを探し始める。それを大人しく待っている必要もないので、彼のこめかみに向けて指を弾いた。

 すぱん、と軽い音が鳴り、彼は白目を剥き、俯いてしまう。ただのデコピンが相手の意識を奪ってしまう威力がある事に衝撃を受けてしまうが、無力化するのに手間取るよりかはマシだ。

「ば、バケモンが……」

 運転手の男がその光景を見て、吐き捨てる。

「……私は人間だ」
「車を投げ飛ばす。怪我が一瞬で治る。そんな奴が普通の人間ってか……? 笑わせんな。てめぇはバケモンだ」

 男は鼻で笑うと懐からあるものを取り出す。拳銃だ。

「これでも、てめぇは生きてられるのか?」

 銃口は剣崎の眉間へと定められている。しかし、痛みが生じているのか、小刻みに揺れているのが見て取れた。ぶれた照準が剣崎を捉えられるかは分からないが、引き金に指が掛けられ、いつでも発砲出来る状態にあった。

 この距離でも避けられる自信がある。だが、射線上には一般人が居る。自分から十数メートル後ろ。拳銃の射程圏内を裕に入っている距離だ。ここで避ければ、射線上の名の知らない誰かの体に穴を開けてしまう。一般人を怪我させないようにする為にしたのに、ここで傷付けれれたら、それも無駄になる。

「死んでくれ、バケモン」
「私は……」

 剣崎は一瞬、視線を下に向ける。そこには、刃先が短いナイフが無造作に落ちていた。助手席の男が探していたのはこれの事だろう。それを運転手よりも早く拾い上げると同時に、手首のスナップのみで放つ。

 ナイフは拳銃のグリップを掠め、彼の腕に深く突き刺さる。

「ぐああっ!!」

 男は悲鳴を上げ、腕を跳ね上げさせる。同じタイミングで発砲された銃口はそれによって上を向き、銃弾が車両の屋根に小さな風穴を作った。

 地面を蹴り、男へと飛び掛かり、顔面を掴む。

「私は、人間だ!」

 男の体が車両から放り出され、剣崎はそのまま地面へとたたきつける。その際、男の背中から骨が折れる音が聞こえてくるも、全く意に介さなかった。

「ぐ……かっ……何が……人間だ……」

 男は顔を歪めながら、笑みを浮かべる。

「恨みつらみ満載の……目ぇしてんぞ……?」

 その言葉に頭に血が昇っていくのを体感しながらも、彼の胸倉を掴み、殴る。その一撃により気を失ったようで、それ以降動く事はなかった。

「人間……だよね……私……?」

 自分に言い聞かせるように呟いた剣崎は、治まらない怒りに嫌悪感を抱かずにはいられず、一刻も早くここから立ち去ろうと足に力を込める。

 今日はこんな事をするために外にいるのではない。親友二人と買い物をするために出てきたのだ。二人に会って、この不愉快な思いを忘れてしまいたい。
 しかし、

「止まれっ!!」

 いつのまにか接近していた警察車両から若い警察官が降りてくるなりこちらに拳銃を向けてきていた。犯罪者だけではなく、それを取り締まる人達からも銃口を向けられるとなると、自分の立場が分からなくなる。

「……私もこいつらと同じか? どうかしているぞ」
「両手を上げ、膝を着きなさいっ!」

 全くこちらの意見を聞こうとしない。ならば、こちらも相手の意見を聞く必要はない。威嚇のつもりだろうが、もし撃ってきても避けられる。

 そう考えていると、もう一台の警察車両が停車し、一人の男性が降りてきた。そして、その男性は若い警察官の下に歩み寄ると、彼の腕に触れ、下ろすように促した。

「け、剣崎警視正っ!?」
「悪くない判断だが、今回は相手の話を聞く必要がある。すまないが、連携を頼む」
「かしこまりましたっ。失礼します!」

 そう言うと、若い警察官は足早と走り去ってしまった。おそらく、後から来る他の警察官と周囲の人払い等を行うからだろう。剣崎宗司警視正様は、そのつもりで言った筈だ。

「警視正様が現場に何の用だ? 建物の中でふんぞり返っていればいいだろう」

 嫌な相手だ。警察の中でも上層部に位置する父親が現場に出てくるとは思わなかった。彼の立場を一度調べた事があったが、現場に出るという機会が著しく少ない印象があった。しかし、彼は今ここに居る。

「呼称知っている程度には組織図は分かっているんだな。知り合いに警察関係者でもいるのか?」
「そのくらい知っている奴はいくらでもいる」
「まぁそうだな。話では聞いていたが、四本の刀はどうした?」

 宗司は去っていく若い警察官から剣崎へと視線を戻し、問いかける。

「常に持っている訳じゃない」
「そうか、出先だったという訳か」

 肉親である彼といつまでも話していられない。何処かで『娘の葵』として情報を勘付かれる可能性がある。今の会話でも、この姿で動いていたのではなく、直前まで本来の姿だったという情報を与えている。そこから会話を重ねていけば、この身長も相まって正体に行きつきかねない。

「やるべきことは終わった。後はお前達の仕事だ」
「あぁ。だが、先に傷の手当てをしなければならないぞ」

 宗司は剣崎の腕を指差し、眉を顰める。

「遠くで見えたが、この車を投げ飛ばした時の怪我だろ」
「……問題ない。もう治った」

 剣崎はそう言い、血塗れになっていた腕を手で拭い、宗司に見せてやる。すると、彼は驚愕に目を見開かせた。

本来なら、気味悪さに距離を取る所だ。自分でもこの事実に気付いた時、自身の体を恐ろしいと感じた。本人が受け入れがたい光景なのに、他人が見れば常識外れな存在にしか見えない。

 しかし、彼は距離を取るどころか歩み寄ってきた。その行動に、思わずこちらが距離を取ってしまい、腕を隠すように身構える。

「な、なんだ?」
「いや、興味深くてな。馬鹿力に回復力、まるで漫画のようだ」
「……不気味じゃないのか?」
「正直、俺達の敵ならば脅威でしかない」

 宗司は路上に倒れている男を見た後、車内にいる連中を見やる。

「だが、そうは見えない」

 こちらに目を向ける。

「あのまま犯人達があの交差点に入れば大事故は避けられなかった。それを身を挺して防いだって事だろう? そんな事、何かを守る気持ちを持っていなければ出来ない。市民を守る側の人間からしたら、防げなかった事実に悔しく思う。そして、感謝したい」

 彼は静かに頭を下げ、一言述べた。

「ありがとう。君のおかげだ」

 その言葉に、唐突に涙が込み上げ、剣崎は顔を背ける。

 明確な理由は分からない。ただ、怪我をし、化物と呼ばれても、それが報われた事が嬉しかったのは確かだ。

「どうした?」
「何でもない……」

 剣崎は涙を拭い、向き直る。

「私は失礼させてもらう。これ以上、私が出来る事はないからな」
「引き止めてすまなかった。……あと一つだけ聞かせてくれ」
「……なんだ?」
「一連の通り魔事件はお前ではないんだな?」
「あぁ。むしろ、私も奴を追っている」
「それは――」
「一つだけ、だ。失礼する」

 そう言い、宗司から逃げるように近くの建物へと跳んだ。降り立った後、宗司を振り返ると、彼はこちらに向けて敬礼してきた。それを見ていたであろう一般人が『ありがとうっ!』と叫んだ。

 剣崎は軽く手を振り、跳んだ。そこらへんの車両よりも速く移動する中、先程の場所から幾つもの拍手が聞こえてきた。そこまでされるような事はしていないつもりだったが、自分と彼らでは感じるものは違っているのだろう。

 荷物を置いていた建物に辿り着くなり、蹲る。

 たった一つの出来事で様々な感情が行き来した。感謝されるのはとても嬉しかった。こんな自分でも人を助けられた。救う事が出来た。だが、それよりも自分の胸の中に残る悪い方の感情がしつこく纏わりついている。

 嫌な事と嬉しい事が同時に訪れれば、自然と嬉しい事に意識がいくものだ。しかし、嫌な事ばかりに引っ張られる感覚があり、非常に不愉快だ。

 こんな思いをするのは、あの男のせいだ。奴をどうにかしない限り、この不愉快な思いは解消されない。

「ほんとに……」

 舌打ちし、鞄から着替えを取り出していると、携帯電話のランプが点滅しているのに気付いた。画面を明るくさせてみれば、トークアプリによる緑原と日向からのメッセージが多数表示されていた。

 時間も集合時間から三〇分も過ぎていた。

「ど、どうしよっ」

 即座に私服へと着替え、待ち合わせ場所へと向かった。途中、謝罪と嘘のメッセージを送ると、『いいよー。慌てすぎてこけたりしないようにね』と笑顔の絵文字付きで返ってきた。

 一〇分程して、待ち合わせ場所に辿り着くなり、剣崎は顔の前で両手を合わせる。

「ごめんねっ! 二人共待たせちゃって……」
「いいわよ。いつもは貴美子待ちばっかりだし、たまにはこんな事あっても罰は当たらないわ」

 緑原が日向を横目で見て、笑みを浮かべる。それに対し、日向は口を尖らせた。

「扱い酷くない? いじめ反対っ」
「それなら、遅刻癖直しなさいよ。この子、一〇分遅刻してんだから」
「プ、プラマイゼロじゃん」
「むしろマイナスよ。葵の遅刻で誤魔化してもむだよ」
「こ、この野郎……っ。次は遅刻しないもんね。覚えてろい!」
「それが当たり前よ」

 二人の些細な口論に、剣崎は笑いながら安堵した。

 これが本来の日常だ。親友とどこか出かけ、買い物をしたり食事をしたり。日本刀と振り回し、犯罪者と対峙するのは本来の自分ではない。

「あ、そうだ。さっきサイトで見たんだけど、近くであの剣士さんが犯人を捕まえてたんだって」

 日向が思い出したかのように声を上げ、携帯電話を操作してこちらに見せてきた。それは動画で、手振れで見づらくはあるも変装した自分が車両のボンネットを叩き潰している映像だった。

「うわっ、痛そう……。あ……警察……」
「すごくない? 素手でだよ。素手で」

 興奮気味の日向に、緑原は落ち着けとばかりに彼女の頬を突く。

「すごいけど、危ないわよ。相手は何を持っているのか分からないし――ってあれ、この人……葵のお父さんじゃない?」

 その言葉に剣崎は驚き、緑原を見る。

「え、どうしてわか――そう思うの?」

 断定の言葉を向けると、怪しまれる。手振れで見づらい映像で現場を居合わせた者しか分からない事実を漏らすのは致命的だ。

「ん? あぁ、前に会った時に着てたジャケットと似てるし、背も高いじゃない?」
「そ、そうなんだ。知らなかった」

 自分と父が向き合っているところで動画が終わり、日向が満足げに携帯電話をしまう。

「はあぁ、ファンになりそう」
「巻き込まれるかもしれないから、追っかけにはなるんじゃないわよ?」

 同感だ。生身の人間が軽い気持ちで踏み込んではいけない。日向は好奇心が強い子でもあるので、心配になる。

「大丈夫大丈夫。怪我したくないから画面上から眺めるだけにしとくから」

 そうは言っても心配だ。これからは、行きつく所に彼女の姿がないかを確認しておく必要があるかもしれない。

「葵も外に出る時も気をつけなさいよ」

 緑原がこちらにも念を押してくる。剣崎は苦笑しつつ、頷く。

「うん、気を付ける……」

 騒ぎの中心にいる人間が言う台詞ではないので、何とも言えない気持ちになった。
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