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抱擁

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今しがた試験が終わった。


自分としては精いっぱい力を出し切ったかと思う。


しかし、思わぬところで足切りにあうと有名だ。

隣には途中から入ったエルヴィスも立っている。

要領も良いし、実力もあるエルヴィスなら受かっているだろうな。



私語は禁止、手は後ろで組んで立ち続ける。


そろそろ結果発表が始まる。



同伴者が本人に触れて合格を伝えれば姿勢を解くことが出来る。



不合格であれば同伴者は一定の時間結果発表の場には入れてもらえない。


当事者はただひたすら周囲の歓喜をうつむいて過ごす事になる。



確かにむごい、むごすぎる情景だが、それが軍社会というものらしい。




定刻となり、各受験者の親しい人物たちが入室してきた。



各々合格を当事者に伝えている。


抱き合ったり、手を握り合ったりそれぞれ感動を分かち合っている。


ああ、周りの奴らは合格したのか…。

あまり周囲をキョロキョロすると無様なのでまっすぐ前を見続ける。



エルヴィスにも母親が合格を伝えに来ていた。


流石だなエルヴィス。


お前は受かると思っていたよ。


俺は、俺の元には誰も来ない。



そう言う事なんだろう…。


あれだけエレノアに応援してもらったのにこのざまか。

聞いてあきれるよ。

やっぱり俺は何もかも中途半端な永遠の残念男だったらしい。



こんな俺がエレノアに愛を伝える等ひたすら滑稽だ。


割り切ったとは言え、やるせない…。

この修羅場を前を向いて過ごすのはきついな…。

あとどれくらいこの時間を過ごせばいいのだろうか…。

こんな情けない顔を晒すのも辛くなってきたから、自然と下を向いてうつむいて過ごしていた。





全てを諦めて心を無にしていると


「ディラン…。」

何か聞こえた。


「ディラン、ごめんなさい。すごく待たせてしまったわ。」


俺の名前を誰かが呼んでいる。


空耳か?

都合の良い空耳だ。

馬鹿みたいな空耳は聞き流して、顔を伏せたまま時間が過ぎるのを待とう。



「ディラン、お願い、顔を上げて?私よ、エレノアよ。」



え?

本物のエレノアか?


顔を上げると、そこには控えめな化粧で清楚な服を着たエレノアが立っていた。



髪はストレートに下ろしており、服の色は白に近いベージュでまさに美しい女神そのものが立っている。

こんなエレノアを俺は始めて見た。

エレノアの周りが光り輝いているように俺の目には映っている。



「エレノア、ほら、早くしてやれ。それだけじゃマスターは動けないぞ。」


エレノアの少し後ろからイリスの声がする。


何の話だ?



「…分かったわ…。ディラン、私でごめんね。」


エレノア、何を言っているんだ?

そう思った瞬間、エレノアの方から俺を抱きしめてくれた。




「ディラン、合格おめでとう…!」


エレノアの身体が俺に触れている。

柔らかく、しなやかなエレノアの感触が全身に伝わった。

夢じゃない。

エレノアが俺に抱き着いてくれている…。

エレノアが俺に触れたと言う事は合格したということか?


俺はエレノアを強く抱きしめ返していた。



「俺…合格したのか?合格したんだな?」



「そ、そうよ。ディランは合格したのよ。
だってあんなにも頑張っていたもの。
あなたの努力の結果よ。」


「そっか…、合格か…。そうか!」

更に力を込めて抱きしめる。


やっと、やっとだ。

今までの人生の中で初めて全力を出し切って結果を出した。


「エレノア、ありがとう…。
エレノアがいなければ合格できなかった。
エレノアのおかげだ。」


「私、何もしてないわ。
ディランの実力だから。
…ちょっと苦しい。」



「ああ、すまない。
けど、嬉しすぎて…。
しばらくこうさせてくれ。
じゃないと合格した実感がなくなりそうだ。」


エレノアが俺の腕の中に居てくれる。

これが幸せという以外何というだろうか。

抱きしめながら、エレノアのさらさらとした髪の毛を愛おしく撫で、エレノアの感触を体にしみこませるよう触れる。


ああ、エレノア…。


目を閉じてエレノアと幸せを全身で感じる。


時間がこのまま止まればいいのに。






「マスター、おめでとう。
どうだ、妻の抱擁は良い贈り物になっただろ。」



「うわあ!イリス!ずっと見ていたのか!?」


深くケープを被っているが、声でイリスだと分かる。
クロエも隣にいた。



イリスの声で現実に戻り、驚いたはずみでエレノアを離してしまった。


離されたタイミングでエレノアは恥ずかしそうにそそくさとイリスとクロエのいる方へ移動した。




「私が教えてあげたんだ。
受験者に合格を伝える時、配偶者からの抱擁はマナーだってな。
キスの方が良かったか?」



「イリス、今気が付いたけど、抱擁だけじゃなくて、手を握り合っているだけの人たちもいるじゃない。
騙したわね。」


エレノアが小さな声でイリスに小言を言っている。


「いいや、マスターにとってはこれが一番の報告方法なんだ。
なあ、マスター。」


「あ、ああ。そうだ。
ありがとう、イリス。」


「と、言うことだ。
私に文句を言うのはお門違いだ。
さっき、二人の姿を写真に収めていた記者がいたな。
これで愛情たっぷりの公認夫婦になるだろうな。」


ふ~やれやれといった仕草でイリスはおどけている。


「クロエも抱きしめてあげるんだよな。」

イリスが手話を付けてクロエに話しかける。


クロエはもじもじしながらも俺に近づき両手を広げようとしてくれている。

俺との体格差があるので、ちょっと戸惑っているようだ。



俺はクロエの両脇を抱えふわっと持ち上げた。

クロエはまだ華奢な骨格で羽のように軽く感じた。


「クロエ、兄さん合格したぞ!
これでクロエには辛い思いをさせない!今まで本当にすまなかったな、これからは楽しい事を沢山しよう!」


俺の笑顔にクロエも嬉しそうに頷いている。



何て可愛いんだ、俺の妹は…。


可愛すぎて他の男にたぶらかされないか心配になってきた。



そんな考えがよぎりつつも、隣でエレノアが俺とクロエのツーショットを見て拍手を送ってくれた。



「イリスは抱擁はしないの?」

エレノアは意地悪そうな顔で聞いている。



「私は親族ではない。ただの奴隷だ。」


「だな。けど、イリス。本当にありがとう。
この機会を作ってくれたのは君のおかげだ。
君があの日、エレノアを助けに行かせてくれたからだ。
いつもクロエやエレノアを守ってくれて本当に感謝している。」


「…。まあ、奴隷だからな。」



「ああ、女王のような奴隷だ。」


「失礼だぞ。」


「どこがだ。」



2人の会話を聞いて皆が穏やかに笑い合った。

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