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 義弟への良からぬ思いが湧き上がっている疑惑がわたくしの中に持ち上がってしばらく。
 二つ目の星を得るためスコルピオーネ領にセーラ様と殿下たちが旅立たれました。
 今回はジョバンニ様がカメラ係としてセーラ様たちに同行し、王城内には星の収得を中継するための大きな鏡の間を設営しているとのことで、ファウストはその責任者となって大忙しのようです。

 そうしてあの日からこれまで、わたくしはファウストに一度も接触しておりません。
 ただの一度も。
 学園でのニアミスすら許さないほどで、……そうです、わたくし逃げ回っているのです。
 皆さま覚えておいででしょうか。
 わたくしがレオナルド様に恋した日のことを。
 お父さまには内緒にしておこうと秘めた恋心は、ものの見事にバレてしまいましたわね。
 お父さまどころか家族全員、使用人、それからレオナルド様本人にも。秒で。
 顔にも態度にも出ることが分かりきっていて、わたくしには逃げる以外の選択肢はございません。
 折りしもファウストは転移魔法の研究と王城での仕事のため多忙を極めておりますし、会おうとしてなかなか会えるものでもないのですけれど。

(これが恋だなどとは申しませんけれど、わたくし自分がどんな醜態をさらすかわかりませんから、この不埒な勘違いから抜け出さないかぎりはファウストの顔を見ることもできませんわ)

 そう心に決めて、ファウストとの距離をあらんかぎりとったまではよかったのですけれど。

 ファウストのことを考えないように星の探索に集中しようにも、悪役令嬢のわたくしが出る幕はやはりひとつもなく、前回のこともありますので、スコルピオーネ領での様子を見ることもできなくなってしまいました。

 お兄さまやお父さまから都度お話しを伺ってはおりますから、だいたいの事情は把握できておりますけれど、わたくしはすべて伝え聞くのみ。

 まず、スコルピオーネの星から得る力は「探知・探索」の魔法になった、とのことです。

 星の災厄の阻止が最優先ということで、いまだ見つからない星の民の手がかりや、前の巫女のエリサ様の三冊目の日記を手に入れるために、スコルピオーネの星と相性の良さそうな魔法、ということで考え抜かれたようです。
 この魔法の発想は、もとはファウストがお兄さまに提案したようなのですけれど、それは公爵家の者しか知らないことになっております。
 サジッタリオの星のことはかなり尾を引いているようで、ファウストの発案であると知れると一部に反発がありそうだということですけれど、探し物のありかがわかるような新たな魔法、というだけでなく、広範囲で対象を把握できるようになれば、有意義な魔法になると思いますのに、功罪を公平に判断できない方がいらっしゃるのですね。

 乙女ゲームとしては、シナリオ攻略のために探し物を見つける能力を手に入れるのはあり寄りかとは思うのですけれど、十二個のうちのまだ二つ目。多少の禁じ手感は否めませんわ。
 それでも星の災厄についてはまだ不確かなことが多いですから、その全容をつかむため、星の民の力も、三冊目の日記も早めに手にしておくにこしたことはありません。

 うまくスコルピオーネの星にこの力を与えてもらえればよいのですけれど、きっとまた魔物が現れるでしょうし、心配は尽きませんが、結局そちらは上の空のまま本当に聞いているだけの状態でした。

 内心は、寝ても覚めても、わたくしはこれからファウストとどう接していけばよいのかを自問自答するばかり。
 考えないという決心は、どうしても考えてしまうということと同義です。
 わたくしの決心など朝令暮改で意思薄弱なゴミのようなもの。
 仕舞って隠して逃げ回っている時点でなすすべもなく振り回されているのが自分でもわかります。

 あまりに考えすぎて、一時は持ち直したわたくしの食欲はまた減退し、最近はほとんど食事が喉を通っておりません。
 そんなわたくしの様子にすぐに気がつく兄も弟も今は不在ですから、心置きなく上の空でいられると思ったのも束の間、気がつかないはずがありませんわね、お父さまが。

 あらかじめ、お父さまには予防線は張っておいたのです。
 きっと何から何までイザイアがお父さまに報告してしまうことはわかっていましたから、わたくしの様子がおかしいとお父さまから聞かれても、

「今は気持ちを整理しているところですので、何も聞かずにお見守りください」

 そうお伝えしてとイザイアにはお願いしておりました。
 その相手については、自分から言うまでは決して明かしてはダメ、と懇願しました。
 命令ではなく懇願するほうがイザイアには効くのです。
 まさか義弟とも思ってもみないでしょうけれど、そんなことをお父さまに申し上げるのは、わたくしだって気が引けます。

 そうしてお父さま対策をしておいたのですけれど、思いのほかお父さまの耐性がなかったようです。

 わたくしに恋の相手を考えることを示唆しておいて、いざわたくしが食事も喉を通らなくなるほどになると、いてもたってもいられなくなったようで……。

 今、わたくし人生二度目の壁ドンをされております。実父に。

 お父さまは相変わらずお顔が世界遺産で天上の楽園にいるような良い匂いがするのですけれど、さすがに近い、近いですわ。お顔が近い。毛穴も見えそうなほどですけれどそんなものは神の最高傑作には存在いたしません。
 鼻先もくっついてしまいそうな至近距離で優しい笑顔を浮かべてはいるのですけれど、溢れ出る凄味はキラキラと音を立てております。
 人類の宝である顔の圧はどんなに強くても効果音はキラキラなのですのね。
 そんな新しい発見はさておき、お父さまの壁ドンというご褒美イベントが発生しております。

「ティア」

 造形美の極致のような唇が、すぐそこでわたくしの名前を甘やかに呼びます。

「お父さまに何か、話さなければならないことはないかい?」

 思わず全てを洗いざらい話してしまいたくなるお顔と声に、わたくしは必死で抵抗して首を振るのが精一杯。

「お父さまにも相談できないような悩みを抱えているなら、とても心配だよ」

 最近のわたくしの憔悴ぶりに手を差し伸べるような優しいお声ですが、それでもわたくしは堅く口を閉ざすしかありません。
 ……お父さまにすべてを打ち明けたらどうなってしまうのか、想像もできませんもの。

「わたくしもまだ、何をどうお話ししたらいいのかわからないままですし、考えれば考えるほどわからなくなりますの…………」

 せめて素直な気持ちをお伝えしようとしたら、思いがけず声が震えてしまいました。
 本当に、どうしたらいいのかわからないのです。
 この気持ちがなんなのかさえ、わたくしは答えを出すことを躊躇っているのですから。

(これほど頑なな態度をとっていれば、悩みの元が殿下たちではないことはすでに気付かれてしまっておりますわよね……)

 それだけはわかりますが、わかったからと言ってわたくしができることはありません。

 弱々しいわたくしの態度に、お父さまは深いため息をついて、わたくしを囲っていた腕を下ろしてくださいました。

「……無理に聞き出したいわけではないんだよ。
 けれどお父さまもお母さまも、ティアが困っているなら助けたいし、例えどんなことでも必ず味方になるということだけはわかってくれるかい?」

 もちろん、お父さまとお母さまのお気持ちはよくわかっております。
 けれど真っ正直にその手を取るには、まだわたくしの準備ができておりません。
 ましてことはわたくしだけの問題ではありませんから、わたくしは曖昧に頷くだけに留めておきました。

「ティアがそれだけ慎重になっているのだから、お父さまが余計な手出しをすることはないが、体を壊す前に、食事だけはきちんととりなさい」

 やはりいちばんの心配はそこだったのでしょう。
 わたくしもこのままではいけないとは思っておりますの。
 けれどどうにも食べ物を受け付けず、最近ドレスのサイズが合わなくなってきておりました。

「どうしても食べられない時は、膝の上に乗せて私が食べさせてあげるのがいいとアンジェロから聞いているからね」

 お兄さまの入れ知恵にも、わたくしは困ったように笑い返すしかできません。
 きっとそうなったとして、上手く嚥下できるかどうか、どうしてもわたくしは自信が持てませんでした。
 




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