上 下
54 / 120

46

しおりを挟む
(シルヴィオ視点)

 巫女を連れてサジッタリオ領に出立する直前、また公爵家の次男がとんでもないものを作ってきた。

(遠隔地にいるもの同士で、お互いの様子を映写機カメラに映しながら会話ができる道具だと?)

 ただでさえ今の映写機カメラの性能そのものにも頭を悩ませているのに、その精査も終わらぬうちに次、とは。

 ファウスト・ガラッシアは幼い頃からその才能が抜きん出ており、作り出すものが常軌を逸している。
 これまで先人が作り上げてきたものを易々と一新して、その先の先まで、あまりの最少時間で行き着いてしまう。
 宰相である父は、発想自体も今の文化から逸脱しているが、それを実現してしまう彼の能力こそ畏怖に値すると、危機感を持っている。
 発展することは良いことだ。
 だが、急過ぎる。
 既存の文化を壊す行為は、反発を生む。
 だからこそ、公爵閣下との調整を経て、宰相権限の特務対策室を打ちたてのだ。

 広く世に普及させるべきもの。
 国として、扱いを慎重にせざるを得ないもの。

 その選別をするための機関だが、最近は特に後者が多い。
 ジョバンニ・カンクロがここへ来て彼に追いつき始めているのもひとつその要因かもしれない。

(装飾品に擬態させられる映写機カメラなど、一体どこで使えと言うんだ)

 諜報活動か犯罪にしか用途が思いつかない。
 公爵家は「防犯」のため、と言うが、あの家の「防犯」は行き過ぎている面がある。
 映写機カメラに空間魔法を付与して装着者の位置情報まで把握できるようにしている。

 それもこれも。

 ルクレツィア・ガラッシアのため、と言う。

 名前を目にするだけでも、苦い想いが胸を走る。



 第一王子との引き合わせの茶会の席で、はじめて目にした。
 天使だ妖精だとたかが噂と侮っていたその形容が、まったく陳腐に思えてしまった衝撃を今でも覚えている。

 春の空のようなドレスを身にまとい、目を離せば天高く舞い、そのままさらに遠く高みまで消え去ってしまいそうなほどに無垢で可憐に見えた。

(すぐに駆け寄って捕まえておかなければ)

 今まで感じたこともない強い衝動が心臓を貫いて、自分でも驚いた。
 そんな我にも無い感情の動きに戸惑い、実際には手も足も動かせずに固まっていられたことは、結果としては良かったのだろう。

 エンディミオン殿下とのやり取りの経過を見て、少女自身もまた無垢であることを知る。
 彼女は政治を知らない。
 言葉の裏に隠された真意があることなど知らずに、純粋に殿下の友人になれることを喜んでいる。
 それまで当然のように公爵令嬢がエンディミオン殿下の婚約者に収まるだろうと思っていた既定路線が覆った。
 その席は未だ空いたまま。
 殿下自身がどう感じていようが、その事実はこの後の貴族たちとの個別の面会にも大きく影響するだろう。
 
 実際に話してみても、ルクレツィア・ガラッシアはただ甘やかな真綿に包まれて、公爵家に守られているのが分かった。
 だがそうでなくてはいけなかっだろうと納得する自分もいた。

(私も同じことをする)

 少女を手に入れられたなら、きっと同じようにするだろう。
 何ものも寄せつけず、恐れも不安も、すべて彼女から取り除いて、ずっと側で幸せに笑っていてほしい。

(いや、彼女は殿下と婚約するべきだ)

 もうひとつ、頭の半分では理性がまだ息をしていた。
 そうであるべきと信じてきたものを目の前であっさりとひっくり返され、これでいいはずがないと強く訴えている。

 私はずっとその半分の方を規範に生きてきた。
 物心つく前から、父の宰相のようになるのだと憧れ、そうなれるように努力をしてきた。

 それが、少女一人の存在でまるで泡のように消えていく。
 今まで信じてきたものが、砂のように手から零れる。
 それを必死で手放さないよう抗っていても、目の前で微笑まれると全部が駄目になりそうで、側で見ていたクラリーチェには顔が怖いと言われ、フェリックスにはらしくないと言われた。
 自覚はある。
 きっと印象はロクでもないものだったに相違ない。

 それからも、王城で顔を合わすたびに脳が誤作動を起こし、彼女にはおかしな態度しか取ることが出来なかった。

 少女に恋する相手が出来たと知っても、その恋が叶わなかった後も、私が私らしくあれたことは一度もない。



 映写機カメラの新性能のサンプルを取るため、アンジェロとルクレツィアが日常的にそれを装着して学園生活を送ることになった。

 その映像チェックの役割については、対策室のほうが混乱をきたした。
 
 公爵家の兄妹の日常を垣間見れるなど、いくら宰相直轄の優秀な官僚たちでも、正常な判断力が失されても不思議はない。
 我先にその役割に名乗りをあげ、血で血を洗う争奪戦、になる前に、私がそれを一任されてしまった。
 日常的に彼らと接している私だからこそその不具合も感じられるだろうということだが、羨むような官僚たちの目を後目に、私は憂鬱そのものだ。

 アンジェロはいい。
 彼は映写機カメラの扱いが上手い。
 必要な時とそうでない時を判断して、使い分けることができる。
 彼が見せたくない、私が見たくないような時、特にベアトリーチェといる時は必ず起動を切る。

 だが、ルクレツィアは。
 使い分けなどしない。
 いつもそのまま、ありのままを映している。
 アンジェロや誰かに言われて切ることはあるが、そうでなければ、ずっと途切れない。
 彼女の日常はとても騒がしい。
 彼女自身がではなく、周りが。
 エンディミオン殿下の甘やかな眼差しも、スカーレット嬢との微笑ましいやり取りも、時にジョバンニの長口上も、そして、挙動不審な自分の姿も、そこにある。

 自分の不甲斐ない醜態を見ることも苦痛だが、誰が、どういう目で彼女を見ているかを客観的に知るのは、また別の苦悩があった。

 それでも保存された映像を見ることをやめられないのは、日常の彼女の息遣いに、目線に、惹かれてやまないから。

 柔らかで控えめな笑い方も、スカーレット嬢や他のご令嬢に優しく語りかける口調も、時に一人で口ずさむ鼻歌も、何もかも愛おしくて胸が苦しくなる。

(誰よりもこの役割に相応しくないのは私だ)

 いつも、自重するように映像を消す。
 後ろめたさに叫び出したくなる。
 だが、他の誰かがこれを見る役割をしなければならないのなら、それを譲ることはしない。



 星の巫女が現れてからは、日々は慌ただしくなった。
 学園での授業に、星の災厄に関する調査。
 神託から半年、よくやく動き出したのだ。
 ルクレツィアと会える時間は僅かだ。
 
 最初の星を回収しにサジッタリオ領に向かうことになったが、彼女を同行させないのは公爵家の意向だ。
 勿論、彼女が同行する必要性もないのだが、エンディミオン殿下はあからさまにガッカリとした。
 ほとんど毎日顔を合わせているのに、一週間程離れなくてはならないのが苦しいらしい。

(気持ちはわからなくないが)

 同じ学内にいても、なかなか顔を合わせられないことにさえ焦燥感を覚えるのだ。

 そこへ、今度は遠隔地でも顔を見ながら会話ができる術を作って、ファウスト・ガラッシアは持ってきたのだ。

(考えることは、同じなのか)

 公爵家の養子、ルクレツィア・ガラッシアの義弟。
 実兄アンジェロを除いて、彼女の側に最も近く寄り添っているのは、間違いなく彼だ。

(なかなか、度し難いな)

 そんな彼に少なくない嫉妬心を感じている自分に、呆れてしまうが。

 競う相手は多く、出遅れてしまっていることも重々承知している。
 だがまだ彼女の心は誰のものでもない。
 それなら。

(駆け寄ってその手を捕まえることは、まだ可能だろうか)

 頭の半分、理性とは反対の心に従う自身を認めれば、こんなにも思考はすっきりするのか。
 そう気が付けば、あとは真っ直ぐに彼女を想うだけだ。
 まずはサジッタリオで星を手に入れ、それから王都に帰った後は彼女に何を話そうか。


 今までのように、目を逸らして話すことは、もうしない。




 

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢だと気づいたので、破滅エンドの回避に入りたいと思います!

飛鳥井 真理
恋愛
入園式初日に、この世界が乙女ゲームであることに気づいてしまったカーティス公爵家のヴィヴィアン。ヒロインが成り上がる為の踏み台にされる悪役令嬢ポジなんて冗談ではありません。早速、回避させていただきます! ※ストックが無くなりましたので、不定期更新になります。 ※連載中も随時、加筆・修正をしていきますが、よろしくお願い致します。 ※ カクヨム様にも、ほぼ同時掲載しております。

悪役令嬢に転生したら溺愛された。(なぜだろうか)

どくりんご
恋愛
 公爵令嬢ソフィア・スイートには前世の記憶がある。  ある日この世界が乙女ゲームの世界ということに気づく。しかも自分が悪役令嬢!?  悪役令嬢みたいな結末は嫌だ……って、え!?  王子様は何故か溺愛!?なんかのバグ!?恥ずかしい台詞をペラペラと言うのはやめてください!推しにそんなことを言われると照れちゃいます!  でも、シナリオは変えられるみたいだから王子様と幸せになります!  強い悪役令嬢がさらに強い王子様や家族に溺愛されるお話。 HOT1/10 1位ありがとうございます!(*´∇`*) 恋愛24h1/10 4位ありがとうございます!(*´∇`*)

めんどくさいが口ぐせになった令嬢らしからぬわたくしを、いいかげん婚約破棄してくださいませ。

hoo
恋愛
 ほぅ……(溜息)  前世で夢中になってプレイしておりました乙ゲーの中で、わたくしは男爵の娘に婚約者である皇太子さまを奪われそうになって、あらゆる手を使って彼女を虐め抜く悪役令嬢でございました。     ですのに、どういうことでございましょう。  現実の世…と申していいのかわかりませぬが、この世におきましては、皇太子さまにそのような恋人は未だに全く存在していないのでございます。    皇太子さまも乙ゲーの彼と違って、わたくしに大変にお優しいですし、第一わたくし、皇太子さまに恋人ができましても、その方を虐め抜いたりするような下品な品性など持ち合わせてはおりませんの。潔く身を引かせていただくだけでございますわ。    ですけど、もし本当にあの乙ゲーのようなエンディングがあるのでしたら、わたくしそれを切に望んでしまうのです。婚約破棄されてしまえば、わたくしは晴れて自由の身なのですもの。もうこれまで辿ってきた帝王教育三昧の辛いイバラの道ともおさらばになるのですわ。ああなんて素晴らしき第二の人生となりますことでしょう。    ですから、わたくし決めました。あの乙ゲーをこの世界で実現すると。    そうです。いまヒロインが不在なら、わたくしが用意してしまえばよろしいのですわ。そして皇太子さまと恋仲になっていただいて、わたくしは彼女にお茶などをちょっとひっかけて差し上げたりすればいいのですよね。    さあ始めますわよ。    婚約破棄をめざして、人生最後のイバラの道行きを。       ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆     ヒロインサイドストーリー始めました  『めんどくさいが口ぐせになった公爵令嬢とお友達になりたいんですが。』  ↑ 統合しました

私はモブのはず

シュミー
恋愛
 私はよくある乙女ゲーのモブに転生をした。   けど  モブなのに公爵家。そしてチート。さらには家族は美丈夫で、自慢じゃないけど、私もその内に入る。  モブじゃなかったっけ?しかも私のいる公爵家はちょっと特殊ときている。もう一度言おう。  私はモブじゃなかったっけ?  R-15は保険です。  ちょっと逆ハー気味かもしれない?の、かな?見る人によっては変わると思う。 注意:作者も注意しておりますが、誤字脱字が限りなく多い作品となっております。

モブに転生したので前世の好みで選んだモブに求婚しても良いよね?

狗沙萌稚
恋愛
乙女ゲーム大好き!漫画大好き!な普通の平凡の女子大生、水野幸子はなんと大好きだった乙女ゲームの世界に転生?! 悪役令嬢だったらどうしよう〜!! ……あっ、ただのモブですか。 いや、良いんですけどね…婚約破棄とか断罪されたりとか嫌だから……。 じゃあヒロインでも悪役令嬢でもないなら 乙女ゲームのキャラとは関係無いモブ君にアタックしても良いですよね?

深窓の悪役令嬢~死にたくないので仮病を使って逃げ切ります~

白金ひよこ
恋愛
 熱で魘された私が夢で見たのは前世の記憶。そこで思い出した。私がトワール侯爵家の令嬢として生まれる前は平凡なOLだったことを。そして気づいた。この世界が乙女ゲームの世界で、私がそのゲームの悪役令嬢であることを!  しかもシンディ・トワールはどのルートであっても死ぬ運命! そんなのあんまりだ! もうこうなったらこのまま病弱になって学校も行けないような深窓の令嬢になるしかない!  物語の全てを放棄し逃げ切ることだけに全力を注いだ、悪役令嬢の全力逃走ストーリー! え? シナリオ? そんなの知ったこっちゃありませんけど?

家庭の事情で歪んだ悪役令嬢に転生しましたが、溺愛されすぎて歪むはずがありません。

木山楽斗
恋愛
公爵令嬢であるエルミナ・サディードは、両親や兄弟から虐げられて育ってきた。 その結果、彼女の性格は最悪なものとなり、主人公であるメリーナを虐め抜くような悪役令嬢となったのである。 そんなエルミナに生まれ変わった私は困惑していた。 なぜなら、ゲームの中で明かされた彼女の過去とは異なり、両親も兄弟も私のことを溺愛していたからである。 私は、確かに彼女と同じ姿をしていた。 しかも、人生の中で出会う人々もゲームの中と同じだ。 それなのに、私の扱いだけはまったく違う。 どうやら、私が転生したこの世界は、ゲームと少しだけずれているようだ。 当然のことながら、そんな環境で歪むはずはなく、私はただの公爵令嬢として育つのだった。

魔性の悪役令嬢らしいですが、男性が苦手なのでご期待にそえません!

蒼乃ロゼ
恋愛
「リュミネーヴァ様は、いろんな殿方とご経験のある、魔性の女でいらっしゃいますから!」 「「……は?」」 どうやら原作では魔性の女だったらしい、リュミネーヴァ。 しかし彼女の中身は、前世でストーカーに命を絶たれ、乙女ゲーム『光が世界を満たすまで』通称ヒカミタの世界に転生してきた人物。 前世での最期の記憶から、男性が苦手。 初めは男性を目にするだけでも体が震えるありさま。 リュミネーヴァが具体的にどんな悪行をするのか分からず、ただ自分として、在るがままを生きてきた。 当然、物語が原作どおりにいくはずもなく。 おまけに実は、本編前にあたる時期からフラグを折っていて……? 攻略キャラを全力回避していたら、魔性違いで謎のキャラから溺愛モードが始まるお話。 ファンタジー要素も多めです。 ※なろう様にも掲載中 ※短編【転生先は『乙女ゲーでしょ』~】の元ネタです。どちらを先に読んでもお話は分かりますので、ご安心ください。

処理中です...