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 導くといって、まず気になるのはやはりお召し物ですわね。

(わたくしには見慣れたセーラー服も、この国の、とくに高位貴族の皆さまがよく思われないことは一目瞭然ですのに、なぜ誰も正そうとなさらないのかしら?)

 アフタヌーンティーの用意されたお茶の席に落ち着いて、わたくしは気になっていたことを訊ねることにいたしました。

「あの、巫女様、お聞きしても?」
「なーに、ティアちゃん?」

 ビスコッティとバーチ・ディ・ダーマという丸いクッキーにクリームの挟まった焼き菓子で真剣に迷った巫女様は、後者を選んでひとつ摘むと、美味しそうに顔を綻ばせました。

 感情が見ていてすべてお顔に出ていらっしゃるわ。
 
(わたくしも前世の若い頃はこうでしたかしら?
 ……まったく思い出せませんけれど)

 満員電車でつまらない事務の仕事に向かい、業務で必要なこと以外ほとんど誰とも会話をせずに定時で帰り、あとは家に籠もってゲームや小説を読んで孤独を紛らわせていた記憶しか本当にないのです。
 5歳の頃からそれが変わることはなく、社会人としての一般的な教養と、手当たり次第やり尽くしたゲームと読んだ本の内容は覚えているのに、それ以外がちっとも。
 のところに、この世界ゲームも入っているのでしょうか。

(いつからか、思い出せることにあまり期待もしなくなりましたわね)

 あるかもわからない希望に託すより、今できる対策をとるのみと、達観してここにおりますのよ。

 それはさておき、巫女様のセーラー服問題でしたわね。

「巫女様が着ていらっしゃるのは、とても素敵なお召し物ですわね。それは、巫女様の世界のお衣装ですの?」
「そう、学校って言ってね、あ、こっちにも学校ある?高校の制服でけっこう気に入ってるの。わりとどこにでもあるデザインだけど、これがいちばん可愛いと思って」
「よくお似合いでいらっしゃるわ。
 たくさん持っていらっしゃったのですか?」
「えぇ~、制服はこれ一着だよ~。
 あのね、学校が終わって、友だちとおしゃべりして帰ったの。そしたらなんとか流星群が見えるってテレビでやってたから、ベランダから見てみようと思って。そしたらなんかパッと光って、気がついたらこっちに来てたから、何にも持って来られなかったの。スマホもないし、もうサイアクだよ~」

 サイアクの基準が低くて、心配してみせるのも滑稽な気がして参りました。

(元の世界に帰れるとか帰れないとか、シナリオがわかりませんし、巫女様の情報もないのでわたくしには知りようもないのですけれど、そこはもうクリアになっているのでしょうか)

 なんとなく、帰れると思っていそうな感じがするのですけれど、その方法は教会や「聖国」が把握しているのでしょうか。

(いつどこに巫女が現れるとも、どんな災厄が起ころうとしているかもわかりませんでしたのに?)

 これは、きちんと誰かが説明して差し上げたのでしょうか……胡乱な気配がいたします。
 きっと、きっと誰かが、そう例えばマテオ様、ヴィジネー大司教様がそのお役目をきっと担ってくださったはずです。
 その、はず……!
 国としてそんな不確かなことを言って巫女様のお気持ちを損なうようなことは隠してしまおう、なんて、そんな、……ああ、政治って、そういうものでしたわね……!
 わたくしも公爵令嬢の端くれ、妖精を演じていてもわかりますよのそれくらい!

(シナリオ冒頭からシリアスなヒロインではきっとお話しも進みませんものね。
 明るく前のめりに巫女様として取り組んでいただくため、ということで、わたくしも、飲み込むことにいたしましょう)

 巫女様の様子に国家という巨大なものの闇にうっかり触れてしまいましたけれど、そう、わたくしは妖精、気づいてはいけないのです。
 このお話しはなかったことに。
 わたくしが出来ることは、巫女様のお召し物をいかにこの世界になじませるか、というその点だけです!

「お召し物は、それだけ?」

 わたくしはわざと目を見開いて、大げさに驚いて見せました。
 それでも身についたおっとりさは抜けませんから、さらに衝撃が伝わるように言葉で巫女様にたたみかけます。

「ま、まぁ、タイヘンっ、お着替えなど、教会ではどのような扱いを?」

 そわそわと、大変なことを聞いてしまったというていのわたくしに、殿下が慌てて静止をかけました。

「ルクレツィア、大丈夫だから、落ち着いて」
「けれど、」
「これは、巫女の意思で」
「……ああ!ティアちゃんは、私が着の身着のままだって思ってるの?
 ヤダっ、ちがうよ?昨日まではドレスとかすっごいの着させてもらってたんだけど、コルセットとか苦しいし、動きにくいから、もうこれでいいですって私から言ったの」
「……そうなのですか?」

 ガラッシア家伝統のハの字眉にして心配そうに巫女様を見つめると、殿下とわたくしたちと、ご自身の格好を比べて場違いなことにようやく気がついたのか、巫女様も急に不安そうなお顔になりました。

「やっぱりおかしいかな?
 いつもの格好のほうが落ち着くんだけど」
「……おかしいなどと。その、ヴィジネー大司教様はなんと?」
「巫女の聖なる装束だからなんにも問題ないって」

(ヴィジネー大司教様……出来る方かと思っておりましたけど、巫女様に対してネジが少しゆるくていらっしゃるのやも)

 生粋の、敬虔なアステラ神様の信徒ですから、その御使いの巫女様の言葉は絶対、と言った調子かもしれませんわね。
 加えて、ほとんど教会で育ったような方ですので、貴族社会とのズレも感じられます。

 これは穿った見方かもしれませんけれど、もしかすると、巫女様が元の世界に帰れるかどうか、ということもあえてお伝えしていない可能性もございますわね。
 生きる星の神の化身として、一生お仕えするようなお気持ちでいらっしゃるなら、そのあたりをごまかしてお伝えしている後ろめたさもあるような。
 巫女に誠心誠意尽くしたい気持ちと相反しているような気もいたしますけれど、ご自分の手のうち降りてきた巫女様をあっさりと手放せるようなご気性の方かといえば、ヴィジネー家の方は、そうではない、とだけ断言いたします。

(やはりわたくし、巫女様に多少のフォローはして差し上げたいと思います)

 お節介が過ぎると虎の尾を踏みそうですので、あくまで目立たず控えめに、ですけれど。

「出過ぎたことを申し上げるのは重々承知しておりますけれど、そのお召し物に似たような、できるだけ苦しくならないようなものをお贈りしても?
 その一着しかないと仰るのならなおさら、普段着になさるにはもったいなく存じますわ」
「それはいいね。
 巫女様、我がガラッシア家で作るドレスは、国の流行をも作っていると言われておりますから、きっとお気に召すものをお贈りできるかと」

 お兄さまもお話しに乗ってくださり、巫女様に微笑んで後押ししてくださいました。

 お兄さまに笑顔でぜひ、と言われて断れる女性がこの世にいるはずもなく、巫女様は一も二もなく頷きました。

「えっと、そんなことしてもらってもいいのかな?」

 いちおう、王子殿下に確認はして見せましたが、お心はすでに新しい服に向かっているようです。

「もちろん。教会には、私から伝えておくよ」

 すかさず殿下もフォローしてくださったので、お召し物問題は解決でしょうか。
 殿下もお兄さまも、何も言わないだけで思うところはあったのでしょう。
 異性として、どのように伝えるべきか考えあぐねていらっしゃったのかもしれません。
 巫女様のごきげんを損ねることだけは避けなければならないでしょうし……。

(さて、巫女様のお召し物に問題がなくなれば、あとはいよいよシナリオを進めていただかなくてはなりませんわね)

 のんびりお茶などしておりますが、災厄はいつのタイミングで、どうやって災厄から世界を救うのか、巫女様は何もご存知ないということでしたけれど、手がかりはないのでしょうか。

(乙女ゲーム的に言えば、一~二年の猶予はありそうですわね。
 一年後、お兄さまの卒業パーティーで断罪イベントが発生して、その後すぐのクライマックスか、それともさらに一年かけて親睦を深めるタイプか……)

 最悪、シナリオ的にわたくしの余命もあと一年ということかもしれませんもの、悠長に構えている場合ではありませんわね。
 ヒロインの巫女様とお会いして、わたくしにもようやく焦りが出て参りました。


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