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みなさま、ごきげんよう。
ルクレツィア・ガラッシア、今年で16歳になります。
前世の記憶を思い出してからもう十一年、本日からわたくしも学園の二年生になりました。
ステラフィッサ王立貴族学園は、名前通り貴族のみが入学を許されていて、ほとんどの貴族令息が通うことを義務づけられております。
ジェメッリ家のご出身の方のように15才の年で平民に降ることを選ばないかぎりは、皆さま生徒名簿に名前を連ねることになるのではないでしょうか。
四年制のカリキュラムは、一年次では家格でクラスを分け、貴族社会の基礎、これまでの家庭学習のおさらいのような授業を受けますが、二年次からは官僚コース、騎士コース、魔法士コース、社交コースと細分化いたします。
だいたいお察しのとおり、貴族家嫡男、そしてほとんどのご令嬢が社交コースへ進み、継ぐ家のない貴族家二男以下の方が、他の三コースから各々ご自身に合った将来の道に進むことになります。
内容のわかりやすい三コースとは違い、社交コースで何を教わるかといえば、一年次の延長から、領地運営や政治経済に少し踏み込みます。
これは選択式の授業なので、多くのご令嬢はマナーや外国語などの貴族令嬢としての嗜み系の授業を選びますが、家政という「家」を取り仕切るための知識を学べる授業もきちんと科目にございます。
思っていた乙女ゲームの学校生活とは少々趣きが異なり、かなり実践的な社会勉強の場、という感じがいたしますわね。
落ちこぼれる生徒がいないわけでもないですが、ほとんどの貴族令息が一定レベルの教育を受けて社会に出るのですから、この仕組みこそが、一千年続くステラフィッサ王国の秘訣なのでは、などと思っております。
また、魔法士コースの授業とは別に、魔法を扱う授業は四年を通して行われます。
特に社交コースでも、魔力の強い生徒は特クラスとして特別授業が義務付けられますので、魔法の扱いについてもかなり訓練を受けることになります。
魔法の使いどころといえば、近年は魔物退治がほとんどですが、かつては国同士の戦争が頻発していた時代もありますから、貴族の義務として、その名残りがあるのでしょう。
魔法の授業では、わたくしも水の特クラスを受けておりますので、この一年でかなりの腕前になりましたのよ。
前の世界になかった魔法が使えるのですもの、ちょっと楽しくなり過ぎて、ガラッシア家の才能を如何なく発揮してしまいましたけれど、お兄さまも水の特クラスの首位を入学以来キープされておりますし、それほど目立ちませんわよね?
二年次に上がる際、わたくし本当は魔法士コースに興味があったのですけれど、さすがに筆頭公爵家息女が社交コースをはずれるわけには参りません。
仕方なく社交コースへ進み、当たり前のようにエンディミオン殿下と机を並べること、二年目へ突入ですわ。
同じクラスには、スカーレット様とジョバンニ様もいらっしゃいますが、基本的にジョバンニ様が授業をお受けになることはございませんわね。
教師がジョバンニ様に教えられることは何もなさそうですもの。
週に一日か二日、フラッと顔を出しては、授業中ひたすら殿下とわたくし、たまにスカーレット様やクラス全体に彼の研究成果について語って聞かせてくださるので、そんな日は「カンクロの日」とされ、授業を中断せざるを得ません。
それが代々許されているのがカンクロ家でございますから、国としてもカンクロ家をどれほど重用しているかがわかりますわね。
けれど、今年からファウストが学園に通うことになります。
本日はその入学式で、それはもうジョバンニ様は楽しみにされておりましたのよ。
……あとは言わなくてもわかりますわね?
ファウストのクラスが、毎日「カンクロの日」になってはいけませんから、二年次の社交クラスは、殿下を中心に今から頭を悩ませております。
───そう、本日はファウストの入学式です。
いよいよ学園にゲームの攻略キャラが揃い踏みとなるのですけれど、わたくし、いつになったらこの世界と和解できますの?
一年前の入学式でもわたくしはこの世界について思い出すことはなく、それから一年、相変わらず何の乙女ゲームかわからないまま、破滅フラグ対策に余念のない日々を過ごしておりました。
いちばんの破滅フラグと思わしき王子殿下は、毎日のようにキラキラとしたお顔をわたくしに向け、何くれとなく心を砕いてくださいます。
隣りの席ですから仕方がないとはいえ、この一年、必ずわたくしの隣りが殿下用として空けられているのは、何かしら意図のようなものを感じてしまいますわね……。
正直なところ申し上げますと、以前からの定期的なマナー教室に加え、今は休日を除き毎日王子殿下対応をしなくてはいけないものですから、凄まじく消耗いたします。
ガラッシア公爵家の令嬢としての振る舞いに加え、なるべく天然な言動を維持し、ほとんど直球で隠す気もなさそうな殿下の愛情表現をかわさなくてはならないのですもの、魔法の授業で多少熱が入り、備品がいくつか吹っ飛んでしまっても大目に見ていただきたいですわ。
休み時間になれば、フェリックス様にシルヴィオ様、ラガロ様も用事もないのに一年のクラスへやって来ますから、わたくし休まる暇もございません。
フェリックス様とシルヴィオ様は社交コースと官僚コース、ラガロ様も騎士コースを掛け持ちしているのですからお忙しいはずですのに、わざわざお時間を作ってはわたくしたちのクラスにいらっしゃるので、わたくし、スカーレット様を筆頭にまたしてもご令嬢たちのお花畑を作って、できるだけ多くのご令嬢が殿下たちとも交流できるよう采配しなければなりませんでした。
その姿がすでに女主人のようだと例え褒め言葉のつもりで言われても、まったく、何も、わたくしの心には響きませんのよ。
できるだけスカーレット様が中心になるよう、わたくしは天然を装い、何でしたら今はスカーレット様推しくらいの勢いで影ながらアシストをしております。
だいぶマシになったとはいえ、スカーレット様のツンデレは誰かを悪役令嬢たらんとするシナリオの強制力すら感じさせる誤解のされようで、わたくし内心ヒヤヒヤしておりますの。
これでヒロインが学園に現れたりしたら……。
ああ!お伝えするのを失念しておりましたわ!
この世界といえば、乙女ゲームスタートのカウントダウンのように、いろんなことは確かに動きだしておりますの!
でもそのはじまりがあまりにあまりで、いまだに「はじまった」感が薄いものですから……。
半年ほど前、西の「聖国」から、ステラフィッサ王国に「神託」が届けられました。
曰く、「星護り」の巫女が、ステラフィッサ王国に現れる、と───
ああ、やはり来るべきときが来た、わたくしの推測は間違っていなかったのだと少なくはない衝撃を受けたのですけれど。
(……それだけですの???)
そう思ったのは、きっとわたくしだけではございません。
ステラフィッサ王国に「星護り」の巫女が遣わされたのはおよそ一千年前、以降、どの国にも「星護り」の巫女が現れることはなく、伝承のレベルになった今、その記録はあまりに少なく、中には信憑性の疑わしいものも混ざっております。
王家秘伝の何やらがあるかはどうかはわたくしには知る由もありませんが、ステラフィッサ王国が突然の神託に揺れたのは間違いありません。
巫女が遣わされるということは、それ相応の「災厄」が必ず訪れるということですから、国を揺るがす一大事であることは疑いようもないのです。
それなのに、いつどこに巫女が現れるとも、その巫女をどのように判別するかとも、そもそもいつどんな災厄が起こるとも、「聖国」からの神託はなにも教えてはくださいませんでした。
これにはかつて「聖国」とお母さまがらみの確執があったらしいお父さまも、舌打ちを隠せませんでした。
……ええと、神様、もう少し情報をいただくことはできませんでしたしょうか?
それともこれ以上は神様の規約か何かに抵触します?
もちろん、心の問いに答える声はありません。
巫女が遣わされるほどの災厄は、その巫女をお迎えすることでしか対策のしようがありませんから、国をあげて「星護り」の巫女様の大捜索を行いましたが、未だそれらしき少女は現れず。
今か今かと乙女ゲームの開始に備えていたわたくしも、日々の忙しさに加えては、さすがに緊張の糸を張り続けることはできませんでしたわ。
「ようやく姉上と共に学園に通えます」
と少しだけ顔を綻ばすファウストにわたくしも頷き返しながら、入学式を終えたその晩───
ステラフィッサ王国の頭上をたくさんの星が流れ、王都の中心にある星神を祀る教会のその神像、建物の三階はある大きな神像のその手のひらの上に、こちらの世界では見たこともない装いの、けれどわたくしはよく知っている衣服を着た少女が現れたのです。
ルクレツィア・ガラッシア、今年で16歳になります。
前世の記憶を思い出してからもう十一年、本日からわたくしも学園の二年生になりました。
ステラフィッサ王立貴族学園は、名前通り貴族のみが入学を許されていて、ほとんどの貴族令息が通うことを義務づけられております。
ジェメッリ家のご出身の方のように15才の年で平民に降ることを選ばないかぎりは、皆さま生徒名簿に名前を連ねることになるのではないでしょうか。
四年制のカリキュラムは、一年次では家格でクラスを分け、貴族社会の基礎、これまでの家庭学習のおさらいのような授業を受けますが、二年次からは官僚コース、騎士コース、魔法士コース、社交コースと細分化いたします。
だいたいお察しのとおり、貴族家嫡男、そしてほとんどのご令嬢が社交コースへ進み、継ぐ家のない貴族家二男以下の方が、他の三コースから各々ご自身に合った将来の道に進むことになります。
内容のわかりやすい三コースとは違い、社交コースで何を教わるかといえば、一年次の延長から、領地運営や政治経済に少し踏み込みます。
これは選択式の授業なので、多くのご令嬢はマナーや外国語などの貴族令嬢としての嗜み系の授業を選びますが、家政という「家」を取り仕切るための知識を学べる授業もきちんと科目にございます。
思っていた乙女ゲームの学校生活とは少々趣きが異なり、かなり実践的な社会勉強の場、という感じがいたしますわね。
落ちこぼれる生徒がいないわけでもないですが、ほとんどの貴族令息が一定レベルの教育を受けて社会に出るのですから、この仕組みこそが、一千年続くステラフィッサ王国の秘訣なのでは、などと思っております。
また、魔法士コースの授業とは別に、魔法を扱う授業は四年を通して行われます。
特に社交コースでも、魔力の強い生徒は特クラスとして特別授業が義務付けられますので、魔法の扱いについてもかなり訓練を受けることになります。
魔法の使いどころといえば、近年は魔物退治がほとんどですが、かつては国同士の戦争が頻発していた時代もありますから、貴族の義務として、その名残りがあるのでしょう。
魔法の授業では、わたくしも水の特クラスを受けておりますので、この一年でかなりの腕前になりましたのよ。
前の世界になかった魔法が使えるのですもの、ちょっと楽しくなり過ぎて、ガラッシア家の才能を如何なく発揮してしまいましたけれど、お兄さまも水の特クラスの首位を入学以来キープされておりますし、それほど目立ちませんわよね?
二年次に上がる際、わたくし本当は魔法士コースに興味があったのですけれど、さすがに筆頭公爵家息女が社交コースをはずれるわけには参りません。
仕方なく社交コースへ進み、当たり前のようにエンディミオン殿下と机を並べること、二年目へ突入ですわ。
同じクラスには、スカーレット様とジョバンニ様もいらっしゃいますが、基本的にジョバンニ様が授業をお受けになることはございませんわね。
教師がジョバンニ様に教えられることは何もなさそうですもの。
週に一日か二日、フラッと顔を出しては、授業中ひたすら殿下とわたくし、たまにスカーレット様やクラス全体に彼の研究成果について語って聞かせてくださるので、そんな日は「カンクロの日」とされ、授業を中断せざるを得ません。
それが代々許されているのがカンクロ家でございますから、国としてもカンクロ家をどれほど重用しているかがわかりますわね。
けれど、今年からファウストが学園に通うことになります。
本日はその入学式で、それはもうジョバンニ様は楽しみにされておりましたのよ。
……あとは言わなくてもわかりますわね?
ファウストのクラスが、毎日「カンクロの日」になってはいけませんから、二年次の社交クラスは、殿下を中心に今から頭を悩ませております。
───そう、本日はファウストの入学式です。
いよいよ学園にゲームの攻略キャラが揃い踏みとなるのですけれど、わたくし、いつになったらこの世界と和解できますの?
一年前の入学式でもわたくしはこの世界について思い出すことはなく、それから一年、相変わらず何の乙女ゲームかわからないまま、破滅フラグ対策に余念のない日々を過ごしておりました。
いちばんの破滅フラグと思わしき王子殿下は、毎日のようにキラキラとしたお顔をわたくしに向け、何くれとなく心を砕いてくださいます。
隣りの席ですから仕方がないとはいえ、この一年、必ずわたくしの隣りが殿下用として空けられているのは、何かしら意図のようなものを感じてしまいますわね……。
正直なところ申し上げますと、以前からの定期的なマナー教室に加え、今は休日を除き毎日王子殿下対応をしなくてはいけないものですから、凄まじく消耗いたします。
ガラッシア公爵家の令嬢としての振る舞いに加え、なるべく天然な言動を維持し、ほとんど直球で隠す気もなさそうな殿下の愛情表現をかわさなくてはならないのですもの、魔法の授業で多少熱が入り、備品がいくつか吹っ飛んでしまっても大目に見ていただきたいですわ。
休み時間になれば、フェリックス様にシルヴィオ様、ラガロ様も用事もないのに一年のクラスへやって来ますから、わたくし休まる暇もございません。
フェリックス様とシルヴィオ様は社交コースと官僚コース、ラガロ様も騎士コースを掛け持ちしているのですからお忙しいはずですのに、わざわざお時間を作ってはわたくしたちのクラスにいらっしゃるので、わたくし、スカーレット様を筆頭にまたしてもご令嬢たちのお花畑を作って、できるだけ多くのご令嬢が殿下たちとも交流できるよう采配しなければなりませんでした。
その姿がすでに女主人のようだと例え褒め言葉のつもりで言われても、まったく、何も、わたくしの心には響きませんのよ。
できるだけスカーレット様が中心になるよう、わたくしは天然を装い、何でしたら今はスカーレット様推しくらいの勢いで影ながらアシストをしております。
だいぶマシになったとはいえ、スカーレット様のツンデレは誰かを悪役令嬢たらんとするシナリオの強制力すら感じさせる誤解のされようで、わたくし内心ヒヤヒヤしておりますの。
これでヒロインが学園に現れたりしたら……。
ああ!お伝えするのを失念しておりましたわ!
この世界といえば、乙女ゲームスタートのカウントダウンのように、いろんなことは確かに動きだしておりますの!
でもそのはじまりがあまりにあまりで、いまだに「はじまった」感が薄いものですから……。
半年ほど前、西の「聖国」から、ステラフィッサ王国に「神託」が届けられました。
曰く、「星護り」の巫女が、ステラフィッサ王国に現れる、と───
ああ、やはり来るべきときが来た、わたくしの推測は間違っていなかったのだと少なくはない衝撃を受けたのですけれど。
(……それだけですの???)
そう思ったのは、きっとわたくしだけではございません。
ステラフィッサ王国に「星護り」の巫女が遣わされたのはおよそ一千年前、以降、どの国にも「星護り」の巫女が現れることはなく、伝承のレベルになった今、その記録はあまりに少なく、中には信憑性の疑わしいものも混ざっております。
王家秘伝の何やらがあるかはどうかはわたくしには知る由もありませんが、ステラフィッサ王国が突然の神託に揺れたのは間違いありません。
巫女が遣わされるということは、それ相応の「災厄」が必ず訪れるということですから、国を揺るがす一大事であることは疑いようもないのです。
それなのに、いつどこに巫女が現れるとも、その巫女をどのように判別するかとも、そもそもいつどんな災厄が起こるとも、「聖国」からの神託はなにも教えてはくださいませんでした。
これにはかつて「聖国」とお母さまがらみの確執があったらしいお父さまも、舌打ちを隠せませんでした。
……ええと、神様、もう少し情報をいただくことはできませんでしたしょうか?
それともこれ以上は神様の規約か何かに抵触します?
もちろん、心の問いに答える声はありません。
巫女が遣わされるほどの災厄は、その巫女をお迎えすることでしか対策のしようがありませんから、国をあげて「星護り」の巫女様の大捜索を行いましたが、未だそれらしき少女は現れず。
今か今かと乙女ゲームの開始に備えていたわたくしも、日々の忙しさに加えては、さすがに緊張の糸を張り続けることはできませんでしたわ。
「ようやく姉上と共に学園に通えます」
と少しだけ顔を綻ばすファウストにわたくしも頷き返しながら、入学式を終えたその晩───
ステラフィッサ王国の頭上をたくさんの星が流れ、王都の中心にある星神を祀る教会のその神像、建物の三階はある大きな神像のその手のひらの上に、こちらの世界では見たこともない装いの、けれどわたくしはよく知っている衣服を着た少女が現れたのです。
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