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「アンジェロ、ティア、ファウスト、こちらへ来なさい」

 悪役令嬢力の強いご令嬢に気を取られておりましたら、大人の皆さまで会話を楽しんでいらしたはずのお父さまに声をかけられました。

 赤いドレスのご令嬢含め、伯爵家の皆さまがこちらに向かっていらっしゃいます。
 
 リオーネ伯爵レオナルド様のお姿もありますから、十二貴族伯爵六家の方々にご挨拶をするのですわね。
 ということは、あのご令嬢も十二貴族の伯爵令嬢ということでしょうから、誰かしらの婚約者、ということも考えられますわね。
 それでしたらまず間違いなく新たなる悪役令嬢ということですから、ぜひ仲良くしていただきたいのですけれど、はじめからなぜかとても睨まれておりますのよ……。
 シルヴィオ様とは違って、完全に敵意を感じる視線です。
 少女マンガであれば、という効果音がついていそうな目力。
 かのご令嬢も可憐な風貌でいらっしゃいますから、キャンキャンと吠える小型犬を連想させて、わたくしにはどうにも憎めそうもないのですけれど。

 十二貴族の伯爵六家のうち、わたくしが面識のありますのが、リオーネ伯爵とジェメッリ伯爵です。
 今回いらっしゃっているのは三家のみのようで、リオーネ伯爵の他は皆さま存じあげませんから、あとの二家はどちらの伯爵様ですかしら。
 
(それにしても、なぜレオナルド様が?)

 今回はわたくしと同年代の子どもたちを招いた会ですから、ご結婚されていないリオーネ伯爵がいらっしゃるのは不思議に思えます。

 レオナルド・リオーネ様は、名実ともに、お父さまの大親友です。
 お父さまとお母さまの縁を取りもった恩人ですから、わたくしたち家族とはとても気やすい関係でございますの。
 普段、我が家に遊びにいらっしゃる際はもっと砕けたご様子で、わたくしたちのことをとても可愛がってくださるのですが、本日は蒼い髪をきっちりと整え、礼装用の白い軍服をまとっていらっしゃり、そのお姿はとても精悍です。
 風になびく濡羽色のマントは、裏地が金色で、騎士団を取りまとめるリオーネ家のみが着用することを許されております。
 ステラフィッサ国の第一騎士団の団長を務める方ですが、すらりと高い背に鍛え抜かれた体幹を感じさせる立ち姿は、筋骨隆々な騎士職の他の皆さまとは少々様子が違いますわね。
 貴族然としながらも、前線に出れば誰よりもお強いと言うのですから、筋肉だけでは強さは測れませんのね。

 そのレオナルド様のおそばに、黒髪の少年が従っておりました。
 体つきは大きいですが、年の頃はわたくしたちと同じでしょうか、いかにも武芸に秀でているような男らしい顔つきで、第一騎士団の準団員の制服を着込み、レオナルド様と同じく黒に金のマントを着用しております。

(ご子息がいらっしゃる話は聞いたことがありませんけれど……まさか隠し子?!)

 ご結婚もされていないうちに、庶子をもうけていらっしゃったのでしょうか。
 亡くされた婚約者を思われてずっと独り身を貫いていらっしゃると勝手ながら美談の幻想を抱いていたのですけれど、それは少し微妙な気もいたします……。

「ラファエル、三人にも紹介していいかな。
 この度縁戚から養子に迎えたラガロだ。
 仲良くしてやってくれるかい?」

 朗らかに笑い歩み寄っていらしたレオナルド様に対して、わたくしは心の中で即座に謝罪いたしました。
 微妙などと思って申し訳ございません。
 心のお友だちのチベスナも、今はいっしょに頭を下げております!

「歳はアンジェロのひとつ下かな」
「この度リオーネ姓を賜りました、ラガロと申します」

 ラガロ様はにこりともせず、重たげな前髪からは猛禽類のような金の瞳が見えました。

(これで騎士団長の息子枠の攻略キャラが埋まりましたわね!)

 絶対にいるとは思っておりましたの。
 でもレオナルド様にはお子様がいらっしゃらないから、レオナルド様ご本人が隠し攻略対象になるのかと(仮)を付けて勘繰っておりましたけれど、まさかの養子をお迎えになるなんて。

(生真面目、無愛想キャラというところですかしら?不器用な愛をシナリオ後半で怒涛の勢いで披露する情熱タイプですわねっ)

 そう思うと、不躾なほどの態度も微笑ましく思えます。

 お兄さまがご挨拶を返した後に、わたくしも略式のカーテシー再びです。
 想定外の攻略対象に出会ってしまいましたけれど、そろそろ驚くのも身構えるのも疲れてしまいましたので、ごく自然に笑顔でご挨拶をいたしました。

「ルクレツィアと申します」

 我ながら計算のない笑顔は破壊力抜群になってしまったように思うのですが、ラガロ様の反応は薄いもの。
 表情も変えぬまま、騎士の立礼のみで応えてきました。

(まあ、なんて武骨なのでしょう!)

 思わずわたくし、嬉しくなってしまいますわ。
 いかにもキャラクター設定通りの振る舞いなのですもの。

(これで、攻略対象はだいたい出そろった感じですわね)

 王子、公爵子息、その義弟、メガネの宰相子息、軟派な泣きぼくろ、体育会系騎士、それから闇属性、全部で七人、妥当なところでしょうか。

 まだ確定というわけではございませんが、ほとんど正統派な乙女ゲームと思ってよろしいですわね。
 各キャラクターのシナリオ如何では、もしかしてダーク系に陥ることも考えられますが、あのワンコ王子のルートなら、おそらく光属性のまま進むのではないでしょうか。

 お兄さまにはベアトリーチェ様がいらっしゃるので、ヒロインの巫女様には早々に諦めていただくしかありませんけれど、あとはどのような相関図か、改めて確認しないといけませんわね。

 クラリーチェ様がフェリックス様の婚約者として……と思っていたのですけれど、あらあら?

(いつの間にかフェリックス様の腕にもうお一方くっついていらっしゃるわ)

 それもクラリーチェ様とは正反対のタイプの、小さくて可愛らしい美少女が。
 ストレートの水色の髪を編み込んでハーフアップにした美少女は、プリンセスラインのドレスの似合う華奢なお姫様タイプですけれど、フェリックス様を見つめる瞳は潤み、桃色の唇がなんとも小悪魔的です。

(もう相関図が崩れてしまいましたわ……)

 強めの美少女と小悪魔な美少女を侍らせているフェリックス様は、さすがに泣きぼくろ……いえ軟派枠キャラということでしょうか。
 けれどお二人と同時に婚約が可能かというと、さすがにそんなお話は聞いたことがありませんから、ええと、これはどういうことなのでしょう。

 それからもうお一人、わたくしを強い気持ちで見つめていらした真っ赤なドレスのご令嬢は、消去法でシルヴィオ様かラガロ様の婚約者になるはずですが、ラガロ様は養子となって今回が初お披露目のようですし、シルヴィオ様でしょうか。
 それにしてもお二人の立ち位置は微妙に離れており、視線も交わさず、親密とはほど遠いように思うのですけれど。

 お父さまのご紹介により、赤いドレスのご令嬢はスカーレット様、アリエーテ家のご令嬢で、小悪魔なご令嬢はマリレーナ様、ペイシ家のご令嬢ということがわかりました。

 アリエーテ家もペイシ家も文官系のお家柄ですが、ご領地の産業が大きくステラフィッサ国に貢献しております。

 アリエーテ領は農作物の豊富なステラフィッサの台所で、ペイシ領は北東の海に大きな港を持ち、ステラフィッサ国と海向こうの東の国々との窓口となります。
 お母さまのお好きなお茶は、この窓口を通してしか手に入らないものです。

 改めてのご挨拶の場で、婚約関係を正式に紹介されたのはお兄さまとベアトリーチェ様だけでございました。

(まだご婚約されていないだけなのでしょうか、それとも)

 ……わたくしのせい??

 先ほどのシルヴィオ様とフェリックス様のご様子、わたくしと殿下の婚約が流れたことに含むことがおありということでしたけれど、王子殿下の婚約が決まらないと、そのほかも必然的に止まってしまうものなのでしょうか。
 もちろん、わたくしもその影響について考えないわけではなかったのですけれど、まさかほかの悪役令嬢までも婚約できないほどとは思い至りませんでしたわ。
 そう考えると、スカーレット様がわたくしを睨むのも頷けるような気がいたしますが、とりわけシルヴィオ様に想いがあるようにも見えませんでした。

(もう少し親交を深めないと、今ひとつ関係性が見えてきませんわね)

 己れの婚約回避だけを目標としておりましたが、結局シナリオがまったくわからないままな以上、それだけで済ませられるはずもありません。

 何が起こりえるのか、予想をして対策を立てるのには登場人物の皆さまのお心のうちを把握させていただかなければなりませんわね。

 わたくし、お友だちを作るのに否やはございませんから鋭意努力をいたしますが、スカーレット様、お心を開いてくださいますかしら。
 もしそうはならなくても、スカーレット様には必ずわたくしの目の届く範囲にいていただきたいものです。

(だってあまりに悪役令嬢力がおありなのですもの)

 公爵令嬢たるわたくしに、あれほどわかりやすく敵意を剥き出す気概のある方なので、残念な悪役令嬢としてはこの場の誰よりも満点の素質です。
 もしヒロインの巫女様がいらっしゃったときに、それこそ嫌がらせのようなことをされでもしたら困ってしまいます。
 わたくしの知らないところでそんなことをされ、それがわたくしのせいにされても困りますし、そもそも隕石から世界を救ってくださる巫女様なので、丁重におもてなししたいではありませんか。

 要注意人物として、今から首輪をつけておきたいところですわね。


(……はぁ、さすがに疲れてきましたわ)

 さすがに登場人物が増えに増え、これ以上はもうお腹がいっぱいとひと休みしたい心境に、いち早く気がついてくれたのはやはりファウストでした。

「ねえさま、あちらの噴水を見にいきませんか」

 人から離れて一息をつきたいわたくしには、願ってもないお誘いです。
 考えるだけ考えすぎたので、水の流れでもぼーっと眺めて癒やされるのもいいかもしれませんわね。

「そういたしましょう」

 ファウストに手を引かれて歩き出した、その時でございました。

「ファウストくーーーーん!!」

 どこからともなくファウストを呼ぶ大きな声が庭園中に響いたのです。

(また新手……?!)

 声の持ち主は、庭園の入り口から一目散にこちらへ駆け寄って来ました。
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