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1 家庭も仕事も全てを手に入れたのに生きることがツライんです。

1-2 全ての元凶

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御神は、クライアントが心に秘めている言葉を見つけることがうまい。
その言葉をリピートしてもらうことを得意なカウンセリング手法としていた。

「私に続いて言ってみて」
いつものように御神の静かな声で始まる。
輪唱のように続く言葉は詩のようだ。

こんな人生やだな
こんな人生やだな

でも、やだって言ったら怒られるな
でも、やだって言ったら怒られるな

私恵まれてるもん
私恵まれてるもん

でも、それ関係ある?
「なんて言いましたか?もう一度教えてください」

それまで順調だった輪唱が止まった。
「今まで、考えたくなかった言葉だから頭に入ってこないの。
ちょっと言いにくいかもしれないけど、言葉遊びだと思って言ってみて。
そうすれば言えるから」

でも、それ関係ある?
でも、それ…関係…ある?

私が苦しいことと関係ある?
私が苦しいことと…関係…ある?

いままでの輪唱と違ってひどくぎこちない声が続く。

鼻をすする音がする。
泣いているのかもしれない。

「ここまででどう思う?」
「その通りです。でも、口に出すと頭がぼーっとしてきます。
許されないのに。そんなこと言ったらみんなに責められるのに」


では続けていくわよ。

私怖いんです
私怖いんです

自分の叫びを知ることが怖いんです
自分の叫びを知ることが怖いんです

前田の声が止まる。
前田はドアから飛び出てくるとトイレに駆け込んだ。
嘔吐えずく声がする。

真守はビニール袋を用意して御神のところへ飛んでいく。
御神はトイレで前田の背中をさすっていた。

「ビニール袋あるから、椅子に座っでも大丈夫よ」
「吐いても何も出ないので、椅子に座ってもいいですか」

よろよろと前田は立ち上がり、部屋に戻る。
そのままソファで横になったことを確認して真守はドアを閉め、自分が待機していたリビングへ戻った。

「気持ち…悪い。私…どうなったんですか?」
先ほどまでとは打って変わった弱々しい声がする。


「今まではね、
この恐怖を見ないことを正当化するために
カウンセリングを受けてたの」

「よく意味が分かりません」

「心の叫びの内容を理解することがとっても怖かったのに、それに気づきたくなかったの。
恐怖を見ずに、叫びをうまく消してくれる心理テクニックを探そうとしていたのね。
だから、相性が悪いカウンセラーやセミナー主催者を選んでしまってたのよ。
努力するフリをして自分を納得させて、でも根本原因が解決していないから、結局元の木阿弥になってしまう」

「あの人達は能力が低いんじゃないんですか?」

「本音が出たわね。
カウンセリングに正解はないのよ。
自分と相性がいいか悪いかだけ。
どんなカウンセラーでも、必ず救われる人がいる。
けれど、自分が問題に素直にならないと、相性のよい人は気持ち悪く見えてしまう。
自分の嘘が通じるカウンセラーを選んでいただけ。


でも、もう疲れたでしょ。
自分を騙すの。

だって、私のところへ来たんだもの。
散々同じことやって疲れて飽きたなら、無駄じゃないの。
諦めるためにどうしても必要な苦しさだったの。
がんばったわね。お疲れ様」


すすり泣く声が続く。

「私、いっぱい努力したんです…
それが正しいと思って…」

「続いて言ってみて」

あーあ、無駄だった。
あーあ、無駄だった。

あーんなに努力したのに、
あーんなに努力したのに、

諦めるための儀式だなんて笑っちゃう。
諦めるための儀式だなんて笑っちゃう。



「無駄なんて思いたくない…」

「無駄だけど無駄じゃないの。
自分をいたわってあげて」

寄せては返す波のように、
前田のあがきと御神の慰めが続いてゆく声を
真守の耳は拾い続けたのだった。





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