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うたと子供

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あわのうたを口ずさめ
あわのうたをめぐらせよ
あわのうたで整えるのだ
年長者の弾く琴の調べに乗せて、子供達はきゃらきゃら笑いながら、あわのうたの調べを乗せていく。
子供は何よりもあわのうたをうたえなければもたない。
特に男の子は三歳を迎えることができない。
「ほら、歌ってごらん」
ホノは、愛しい我が子の顔の前で、泣きそうな顔でせかした。
言葉が遅いのはかまわない。
ただ、この子はうたうことも遅い。
うたは病気を退ける。
うたえない我が子は、病気がちで三歳を越せないのではないか、と周囲に思われていることは明白だった。
「ゆっくりでいいじゃないか。
焦ってもどうしようもないんだから」
槍先になる石を研いでいる夫オノを見て、ホノは、かなり頭にきた。
―コイツと一緒に住むのやめようかな。
子供が三歳になるまでは、女ばかりの室で暮らした方がいいよ、と言われていたのだが、オノと一緒にいたくて、二人の室に戻ってきたのは早すぎたらしい。
なんで男というものは、よく分かっていないくせに分かった口を利くのか。
ホノが、やめる!と一言いえば、また女室に帰れるのだけれど、まだ子供が1人目で、女盛りのホノは、男がいない生活に戻るのも嫌だった。
村には、今独り身のいい男はいないし、結局オノしかいないという現実に嫌気がさす。
いい男がフリーになったら、絶対この室を解消してやる!といつもホノは、思わずにいられなかった。
朝から村は騒がしい。
子供達は、年長者を中心に遊びまわり、女たちは、朝食の用意とおしゃべりに余念がない。
男達は、朝の運動がてら朝しか獲れない獲物を狙って消えていた。
「タホ爺様、今日ダメかもしれん」
「そんなに悪いんか」
「とうとう食べれんなってしまった」
「キイは、もう生まれるらしいよ。
あんた、手伝いに行くんでしょ」
生と死はいつも隣り合わせで、毎日誰かが死んで誰かが生まれる。
「ナコは、どうした?」
「もうちょっとで仕上がるからって、夢中になっとるよ」
ナコは、衣づくりが好きすぎて、最近とち狂ったように編み上げており、そのすさまじさにみんなでやるはずの食事作りが免除されていた。
ナコの図柄は、ことわりにのっとった新しさもある素晴らしい出来で、早く出来上がりをみたいという共通の気持ちもあったけれど、特別視されるなこがうらやましいというのもみんなの本音だった。
子供と共に朝食を食べていると男どもが次々と帰ってくる。
出してきた獲物の量を見て、女たちは、冷たく一瞥した。
「いや、大丈夫、昼もがんばるから。
それより食べさせてくれよ!」
どの組も、今日は量がさえない。
感謝の祈りをささげ、男達も朝食に夢中になった。
昼は、のんびりとした空気が流れる。
男達は海やら山やらに、だらだらと出かけて行き、大きな子供は、探検に出かける。
体力のない小さな子供達は、女たちの近くでうとうとと眠りにつく。
女たちは、おしゃべりに夢中になりながらも、手を動かして朝の獲物を処理していく。
ホノは、数人の女たちと共に、海岸で貝を探す。
やっと子供が友達と遊ぶようになり、後追いから解放され、村を出ることができるようになり、ホノは浮かれていた。
男どもの愚痴や、みんなの健康状態など、噂話にはことかかない。
今日は誰も死なず、誰も生まれない、催事もないという暇な夜になりそうなので、準備するものも少なくてすみそうだ。
夜になると、その日の収穫を祭り上げ、感謝の祝いが始まる。
薄闇が終わる前に起こされた火は、たちまちのうちに魚や肉、貝を焼き上げ、皆は歌い騒ぎながら、うっとりと食していく。
火は、色を生む。
一日を戦い抜き、炎に照らされたオノは、この瞬間が一番かっこよく見える。
お互い、男だけ女だけの時間から解放され、やっと手元に戻ってきたオノは、とても愛しい。
この瞬間に騙されて、いつもこの人を選んでしまうのだ。
宴が終わり、室に戻ると、子供の寝息を横に、ホノは、オノの手を受け入れた。
ホノは、ひさしぶりに心から満足する夜を迎えることができたのだった。
ある朝、起きると子供が冷たくなっていた。
ホノは、昨日の夜まで、熱も出さず、元気に寝ていたはずの我が子を無我夢中でさすって熱を取り戻そうとする。
オノが異常に気づき、人を呼びに飛び出していった。
「やめんさい」
スサ婆は、ホノを子供から引きはがした。
「もう、ムリだ」
ホノは、糸が切れたように泣き出した。
病気がちではあったけれど、昨日の夜は何もなかった。
「最初の子は、弱いんだ。
子供を出しておけばよかったな」
最初の子で、体の弱い子は、養子に出す親が多い。
子を捨てる儀式を行い、子供を何人も育てた親に拾ってもらい縁をつなぎ直すのである。
ホノの子供は、生まれたときの宣託では半々の確率だった。
それならば、自分で育てたいとホノは申し出たのだ。
「あわのうたも言えん子が、よくもった」
もっと言葉をつないであげればよかった。
最近、少し楽になってうかれてた。
後悔がホノを突き抜けていく。
「今日の夜、送っておあげ」
誰がどの言葉を言ったのかは分からない。
集まった女たちが、口々にホノを慰めてくれた。
頭の中に白い霧がかかったようになっているうちにあっという間に夜が来ていた。
今日の夜は、子供を送る会となった。
歌い上げ、心を合わしていく。
皆で、魂を感じ、悼む。
「泣いておけ」
と散々まわりに言われていたが、言われるまでもなくホノの悲しみを止めるものは何もない。
ホノは、泣き叫んで吐き出していく。
「明日を生きるために、魂を感じたときに泣いておくんだ」
「魂と一緒に持っていってもらんだ」
母や姉がそうやってきたように。
叔母や、婆がそうやってきたように。
子供を失くしたことのない母親なんていない。
そうして、また子供を産んでいく。
育てていく。
生と死を繰り返していく。
ホノは、その日、女室で寝た。
本当は、オノの隣で寝たかったけれど「こんなときの男は余計なことを言って、関係を悪化させる。一晩でいいから、女室で寝ろ」と婆に強制的に連れてこられたのだ。
「癒えてから男に甘えに行け」と婆はやさしくホノの頭をなでる。
婆が配慮してくれたのだろう。
ホノの女室には、小さい子供が入ることもなく、子を失ったことがある女だけで固めてくれていた。
悲しみを乗り越え、別の室にたくさんの子供を寝かしてきた母親たちが、静かに力強くホノの周りで寝息を立てていた。
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