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36.夜這

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 真夜中の廊下、扉の前に二人の衛兵が居た。

「先輩、いつまで見張るんですか? もう夜中っすよ。」

「交代の時間までだ。ついさっき、侵入者が出たばかりだろ。もっとやる気を出せ。」

「はいはい。わっかりましたよー。」

 気だるそうに返事をする若い衛兵。それとは逆に、もう一人の衛兵はやる気に満ち溢れているようだ。

 すると突然、暗闇の先からコツコツと足音が響いてくる。

「誰だ!」

 二人の衛兵はすぐに剣を抜き構えた。

「あー俺だよ俺、アルマ。それとも今はダメだった?」

 その姿と声を見るや否や、二人の衛兵は気が抜けたように剣を収める。

「アルマ様でしたか。こんな夜分遅くに何用でしょうか?」

「いや、シルフィア…さんに会えるかなぁと。」

「火急の用でしたら、今からでもお会いする事が可能です。が、真夜中ですので熟睡しておられます。起こすと機嫌を損ねますよ。」

「ああ、それで構わない。通してくれ。」

 アルマが扉に手をかけ、そのまま部屋の中へと入っていった。


◇□◇□◇□◇


 無限のように長く続く廊下、見覚えのあるようなないような、そんなあやふやな廊下を、私は走っていた。あの赤髪の化物から逃げる為に。

「逃げないでください。手元が狂うと、辛くなるのはシルフィアですよ。」

「誰か! 助けてください! 衛兵!」

 そう叫ぶが、誰も来る気配は無い。
 じわりじわりと距離が縮まり、遂には押し倒され、馬乗りになられてしまう。

「終わりだ。」

 そう言われた瞬間、痛み無く首元から血が吹き出す。

 そして、目が覚めた。

「うなされてたけど大丈夫…ですか? シルフィアさん。」

 気付けば、私はベッドの上で寝ていて、その様子を心配そうにアルマ様は見つめていた。

「…そうですか。夢でしたか。」

 ベッドから起き上がり、月明かりを頼りに懐中時計を手繰り寄せる。
 その時計の短針は、2時を示していた。

「こんな夜更けになんの御用でしょうか? アルマ様。」

「あ、えっと…。今宵の満月のように美しい貴方へ。今は満ちていても何れ月は欠けてしまう。貴方がその輝きを失ってしまう前に、今一度貴方を味わいたい。」

 …微妙な詩ですね。まず、今夜は満月ではないですし…。

「もう終わりですか?」

「ああ、やっぱり微妙だったか。酒場の詩人に教えて貰った詩なんだが。」

「ええ、物凄く微妙でした。」

「だよな…。俺もそう思ってたんだ。そもそも、月なんて欠けてようが満ちてようが綺麗なもんは綺麗だしな。」

「…さっきの詩よりも、その言葉の方がいいですね。上辺だけで取り繕われたような言葉よりも、そういう心から出たような言葉の方が私は好きですよ。」

 ベッドに腰掛け、アルマ様と目を合わせる。

「で、質問がまだでしたね。なんの御用でしょうか。」

「そうだったな。ここには夜這に来たんだ。」

 夜這…、今からですか。

「アルマ様、頭の方は大丈夫なのですか?」

「頭…ああ、記憶はまだ戻ってないよ。」

「違います。貴方頭おかしいって意味です。夜中の2時ですよ。眠いので寝かせてください。」

 アルマ様を放ったらかし、ベッドへと寝そべり毛布を被る。

「ちょっと待ってくれ、せめて去勢だけは何とか阻止したいんだよ。」

「去勢ですか? あれは冗談ですよ。他の二人はともかく、私はそのつもりで言っていましたよ。…もう寝ていいですか。」

 …あっけらかんと返答がありませんし、早く寝てしまいましょうか。

 …少し目を閉じましたが、ダメですね。変な夢の事もありますが、アルマ様と話してしまって少しだけ目が覚めてしまいました。
 それに、視線を感じてなかなか眠れません。

「アルマ様、いつまでそこに居るつもりですか?」

「いや、すまない。考え事をしていた。」

 そう言うと、アルマ様は私のベッドへと腰掛ける。

「実はさっき、セナの所へも夜這しに行ったんだよ。」

「セナさんに…、大体察しました。大方、セナさんに拒絶でもされたのでしょう。」

 私よりも先にセナさんの所へ…、なんだか負けたような気がして腹が立ちますが、まあその事はいいでしょう。

「あぁ、その通りなんだ。訳も分からないまま追い出されてな。そんなに嫌われるようなことをしてたのか? 何か心当たりがあるなら教えてくれ。」

「嫌われるような事なら山ほどしています。けどまあ、拒絶された事とは恐らく関係ありません。第一、セナさんはアルマ様の事を愛しています。」

「なら尚更、なんで俺は拒絶されたんだ?」

「セナさんとアルマ様の子がどう育ってしまったか、その様子だと御存知ではないのですね。」

「すまない、知らないな。不良の道にでも進んだのか?」

「全然違います。魔力障害という先天的な病気を患っていたのです。アルマ様の膨大な魔力に身体が耐えられず、少しづつ自壊していくという。
 セナさんの産んだ二人の子は、例外無くその障害を患ってしまいました。お腹を痛めて産んだ子供が、理不尽に壊れていくのをただじっと眺めることしか出来ない。セナさんにはそれが辛いのですよ。」

「その子供達は、大丈夫なのか?」

「弟のルビという子はまだ症状が軽いのですが、姉のソフィアという子はかなり重症です。治療法などが発見されておらず、現在もひたすらに延命処置を続けています。」

「だから拒絶されたのか…。」

「ええそうです。もうお喋りはいいでしょう。私は寝ますので、アルマ様もお休みになられてください。」

「あぁ、…自室に戻る事にするよ。」

 そう言って、アルマ様は静かに去っていった。
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