【完結】君の世界に僕はいない…

春野オカリナ

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セレンティア編

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 学園の卒業を祝う宴が王城で開かれていた。

 その中にはセレンティアとコーネリウスの姿もある。

 セレンティアよりも2つ年上のコーネリウスは先に卒業していた。

 今年、卒業したばかりのセレンティアと二人で宴を抜け出して、ある部屋に籠っている。

 いくら婚約者同士とはいえ二人っきりなどありえない。部屋には護衛騎士や侍女達が控えている。仲睦まじい王太子と未来の王太子妃の姿を微笑ましく見守っていた。

 
 「セレン…やっと学園を卒業できたね。この2年間ずっと待ち遠しかった。早く君を独り占めしたい。僕だけのセレンになってほしい」
 「おかしなことを言うのね。コール?わたくしはずっとあなただけのものだったはずよ。違って?」
 「いや、それは違わない。でも、僕は君の心も身も全てが欲しいんだ。わかってくれるかい」
 「そ…それは、分かっているつもりよ。わたくしもコールの全てが欲しい。ああ、早く来月にならないかしら」
 「そうだね。待ち遠しい。2年も待ったのにまだ待たなくてはならないなんて…」


 そう言って、コーネリウスは愛しいセレンティアの額に口付けた。

 コーネリウスとセレンティアはコーネリウスが王太子となった10才の時から婚約している。

 だが、二人の関係は清らかなものだった。口付けも頬か額にしかしない徹底ぶり、唇への口付けはまだ未経験のまま。当然、褥を共にするはずもない。

 コーネリウスは、父王に「決して婚約者に淫らな行為を強いてはいけない」と強く言われていた。理由は様々だが一番の要因は、一度唇への口付けを経験してしてしまえば、コーネリウスの雄を刺激して我慢が出来ないだろうと思われていた。現に国王も婚約者だった亡き王妃に婚姻まで待てずに何度も求めてしまった経験がある。その為、コーネリウスは婚姻前に既に前王妃の腹にいたのだ。これを貴族達はよく思っていなかった。事或る毎に前王妃の貞操観念の緩さを攻撃した者がいる。

 それが現王妃となったアルモネラの実家、ダグラス侯爵家だった。

 元々体の弱かった前王妃エリアーナはコーネリウスが5才の時に亡くなった。セレンティアも2才の時に母を失くしており、国王とマルグレン侯爵が旧友であったことから、二人を度々会わせていた。境遇のよく似た二人は直ぐに仲良くなり、いつしかその想いは男女の恋情と変化した。

 コーネリウスが正式に王太子となった10才の時、婚約者を選ぶお茶会に大勢の年の近い令嬢が参加したが、誰もが選ばれるのはセレンティアだと知っていたので、遠慮していた。

 しかし、そんな中でサンドラ・ダグラス侯爵令嬢だけは、コーネリウスに自分を売り込んでいた。慣例に従って王太子の婚約者を選ぶという名目の集団見合いの場で、サンドラ一人だけ異色を放っている。

 他の令嬢は、招待された将来有望な高位貴族子息と仲良くなるために奔走している中、サンドラは決して振り向いてはくれない相手…コーネリウスの後を追いかけていた。

 流石に何時までも付き纏われて鬱とおしくなってきたコーネリウスはサンドラを、


 「ぼくはマルグレン侯爵令嬢を婚約者に望んでいる。今までもこれからも決してその想いは変わらない。きみも無駄な努力をせずに、未来の伴侶となりうる子息たちと話をしてきたらいい」
 「そんな、殿下。わたくしの実家は筆頭侯爵家。王妃殿下の実家でもあるわたくしを蔑にされるのですか?」
 「ぼくは、セレンティア嬢にしか魅力を感じない男だ。魅力的な君ならぼくでなくてもいいだろう。他にも王族の子息も大勢招待されている。その中から選べばいい」
 「………」

 
 コーネリウスには分かってた。サンドラが本当に自分に好意を持っていないことを…。ただ父親と兄に言い含められてこの場にいることも。原因は王妃が未だに懐妊しない事だった。
 自分の妹を無理矢理王妃に据えたが、王妃が国王の心を射止める事はなかった。昔以上に国王の愛情はコーネリウスだけになっているのだ。亡き王妃が産んだ唯一の宝物。そのコーネリウスはセレンティアを妻に望んでいる。マルグレン侯爵家は、代々王家に無二の忠誠を誓っている功臣だ。身分やセレンティアの人柄にも何の不足もなかった。

 だが、慣例を無視する訳にもいかずに、高位貴族令嬢達への詫びのつもりで、国王はこの集団見合いの様な御茶会を開いたのだ。令嬢達も自分が選ばれない事を親から聞かされていた。何の気負いもなく他の令息たちと気楽にお茶を楽しんでいる。

 そして、気の合った令息と後日会う予定を立てている者もいた。何組かのカップルが出来上がったこのお茶会は、国王の思惑に反して大勢の貴族達から賞賛された。

 なにせ、自分の娘や息子を紹介するにも大規模なパーティーを催さなければならない。しかし、今回はその費用を王家が負担して、お目当ての令嬢や子息を見られ、将来への感触も掴めたのだ。一石二鳥の夢の様な催しに感謝したのは他でもない、呼ばれた高位貴族達の方だった。

 しかし、全ての貴族が良く思っている筈もなく、何の成果も無く帰ったサンドラを父親のダグラス侯爵は𠮟り付けた。


 「この役立たずめ!!折角、高価なドレスを作って美しく着飾っても王太子どころか他の王族の令息一人も捕まえて来れぬとは、お前といいアルモネラといい。全くの役立たずな女ばかりだ」


 サンドラは父に酷く叱責されて、落ち込みながらも今日のお茶会を思い出し、怒りに震えていた。


 「これも全て、あの女!セレンティア・マルグレンの所為よ!!見てなさい。必ずセレンティアから幸せを奪って見せる。その座から引きずり降ろしてやる!!」


 幸せそうにコーネリウスと微笑みあって、手を繋いでいたセレンティアの様子を思い出しては、腸が煮えくり返る様な憎悪をサンドラは心に刻んでいた。


 サンドラは、幸せの絶頂にあるセレンティアを不幸のどん底に落とすべく密かに計画を立てる事にした。
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