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冤罪

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 ブライアンは、その日も日雇いの仕事をこなして、いつもの食堂にやって来た。

 すると、やはりイエニーの噂話で店内は賑わっている。

 「なあ、あの本読んだか?あれ本当の事なんだろうか?」

 「ああ、実際に裁判の傍聴席で聞いた奴の話では真実らしいぞ。証拠もあったんだとよ」

 「なら、なんで無罪にならなかったんだよ」

 「無罪にはならないだろうよ。殺人教唆は実際にしたんだから、それに侯爵家の使用人らを洗脳して、主を監禁・死亡させただけでこの国の法では重い罪だ」

 「でも、信じられないよな。公開処刑を見に行ったが、中々いい女だったじゃないか。でもこの本だと処女だったんだろう。勿体ないよな」

 「同感だ!俺の所に嫁いでくりゃあ、毎晩可愛がってやったのによ」

 「ははは、ちがいねえ。この亭主が馬鹿だったんだから自業自得だろう。本当の悪女は殺されたメリルって女の方なんだからな。本物の悪女に騙されて、妻を蔑にした罰だ。死んでも地獄行きだよな」

 「まったくだ!お天道様はやっぱり見ているんだな。そう考えたらメリルが自分の産んだ息子に殺されたのも因果応報だろう」

 昨日とは違う男たちがイエニーの話をしていた。

 そしてブライアンを愚か者だと嘲笑った。

 だが、それはブライアンへの罰だと理解していた。

 あんなに一途に愛情を示してくれていたイエニーを蔑にし、冷遇していたのは自分だ。

 イエニーとは幼馴染だった。彼女の孤独を知らなかったブライアンは依存してくる彼女が疎ましくて相手にしなかった。

 ブライアンにだけ愛を囁く声も、ブライアンにだけ向けられる笑顔も全て無視していたのだ。

 この国の法では女子は爵位を継げない。だからフラウ侯爵家の一人娘だったイエニーがブライアンに嫁ぐことは仕方のないことだった。

 イエニーの父シドニー・フラウ侯爵とブライアンの父レーガン・マシュー侯爵は親友同士だった。その為、幼い頃から両家の行き来があり、当然のように婚約をした。

 今から考えればイエニーの様子がおかしくなったのは、母親のエレナ・フラウ侯爵夫人が亡くなってからだ。

 それと同時にイエニーの従妹と名乗る女性メリル・リープ子爵令嬢を屋敷に引きとった。

 ブライアンは明るく美しいメリルの良い分だけを信じて、なんの疑いもしなかった。

 メリルがフラウ侯爵の実の娘で、イエニーから嫌がらせを受けている。そんな言葉を鵜呑みにして、肉体関係を持ち子供まで作った。

 今、思えば愚かな事だ。

 何処に行ってもイエニーの事は「夫に虐げられ、愛人に馬鹿にされ続けられた女性の復讐劇。見事にやってのけた彼女は全ての虐げられている女性にとって英雄だ!」と語られている。

 逆にブライアンの事は「悪女メリルに溺れた自堕落な夫」「妻がいるのに堂々と愛人を連れ歩き、騙されているとも知らずに他の男の種を身籠っている女にうつつを抜かした愚かな男」「あの世で地獄に落ちろ!」とまで言われていた。

 イエニーは最後まで嘘をついた。ブライアンを殺したと、だから死刑にして欲しい。自分は復讐を果たしたのだから思い残すことはない。そう言って、断頭台に上ったのだ。

 夫殺しは重罪で、貴族の場合、死刑が言い渡される。

 その日、彼女は寒い雪の降る冬に真っ白なウエディングドレス姿で現れた。

 彼女の首が落ちるとき純白のウェディングドレスは、赤く染まったのだ。

 まるで、真っ白な雪に赤い花びらが散ったように、人々の目に強烈な印象を植え付けた。

 イエニー・フラウはこうして二度目の生を終わらせたのだった。

 
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