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8.運命の糸車②
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レスティーナの不幸の始まりは、彼女の最大の庇護者イレーネの突然の死だった。10才になった時にイレーネは風邪を拗らせてあっけなくこの世を去った。
イレーネの死後間もない頃に、今度はソニアもこの世を去る事になる。
イレーネが死去すると、当然彼女が管理していた『ローズ・ザ・エデン』は国に返還され、淑女塾も閉鎖された。
それ故にそこで教育を受けた者達の評価は格段に高くなった。彼女らの噂を耳にした王太后クローディアが、いずれ社交界を担う若き淑女達を間近で見たいと言う希望を国王に告げた為、王太后主催のお茶会が開かれる事になる。
その後、王太后クローディア主催のお茶会で、レスティーナは自身の運命の相手…クロイツェルに出会うのだ。
イレーネ達を亡くしたレスティーナは、先に領地から帰って来ていたゲイルと共に憂鬱な気分のまま王城に向かった。
初めて見る王城は荘厳で豪奢な造りで、イレーネ達の事が無ければレスティーナも年頃の令嬢達と同じように弾んだ気持ちで心が浮き立っていたことだろう。
会場は華やかに飾られた中庭の王太后自慢の庭。そこには様々な花が咲き誇り、美しく飾られたテーブルには子供が好きなお菓子が並んでいた。
そのどれを見てもレスティーナはイレーネ達との思い出を彷彿させるものばかりだった。
思い出が甦ってくると今度は深い孤独と悲しみが押しよせてくる。
母親以上に無条件の愛情を惜しみなくレスティーナに与えてくれた存在はもういないのだと痛感したレスティーナは、賑やかなお茶会の席を離れて、一人外れた茂みの中で涙を流していた。
そこへやってきたのがクロイツェルだった。
クロイツェルは泣いているレスティーナにハンカチを渡すと彼女を慰めた。
この時の出会いが無ければレスティーナはもっと早くに身近な幸せに気付いたのかもしれないが、その瞬間からレスティーナの特別な人はクロイツェルとなってしまったのだ。
クロイツェルの方も泣いている彼女に一度目の恋をした。そして、泣いた彼女が笑顔を見せた時、もう一度恋に落ちた。
お茶会が終わると、クロイツェルは母である王妃グレイシスに頼んだ。
──レスティーナと婚約したい……。
その決意や想いに嘘偽りはなかった。この時は本心からクロイツェルはそう思っていた。婚約者との交流で公爵邸を訪れるまでは……。
お茶会が終わって一月後にアマンダとマリアンヌが領地から帰ってきた。
当然、王子と婚約したことを夫ゲイルから報告を受けたアマンダの心境は複雑なものだった。端からレスティーナが王族に嫁ぐことは決まっている。だが、アマンダの曇った偏りのある目からは誰よりも愛されるべきものはマリアンヌなのだ。
心のどこかで遠い昔に捨てた筈の嫉妬心に火が付いたのかもしれない。燻っていたその醜い心は、何も知らないマリアンヌに囁きかけた。
「今日は、レスティーナが第二王子殿下とお茶をするから、皆失礼がない様に…」
アマンダは、態とマリアンヌの前でそう使用人たちに命じた。そこまではごく当たり前の貴族の女主人の指示だろう。
しかし、アマンダは確信していた。マリアンヌがどういった行動に出るのか。手に取る様に分かるのだ。それは自分がかつてゲイルにしていた行ない。そのことにアマンダは気付いていなかった。
案の定、マリアンヌはレスティーナよりも前にクロイツェルに会ったのだ。王子を通していた応接室に姉の婚約者となった王子殿下に挨拶をしに行くという名目で……。
8才のまだ幼い令嬢マリアンヌは母が意図して作った出会いに感激した。
何処か夢見る心地で、絵画から抜け出たような美しい王子に幼い恋をする。
きっとこの王子と結ばれるのは意地の悪い姉ではなく、自分だと確信を持っていた。
王城の地下にある女神が持つ糸車から、禍々しいほどの黒く淀んだ赤い糸が紡ぎだされている事を知る者は誰もいなかった。
イレーネの死後間もない頃に、今度はソニアもこの世を去る事になる。
イレーネが死去すると、当然彼女が管理していた『ローズ・ザ・エデン』は国に返還され、淑女塾も閉鎖された。
それ故にそこで教育を受けた者達の評価は格段に高くなった。彼女らの噂を耳にした王太后クローディアが、いずれ社交界を担う若き淑女達を間近で見たいと言う希望を国王に告げた為、王太后主催のお茶会が開かれる事になる。
その後、王太后クローディア主催のお茶会で、レスティーナは自身の運命の相手…クロイツェルに出会うのだ。
イレーネ達を亡くしたレスティーナは、先に領地から帰って来ていたゲイルと共に憂鬱な気分のまま王城に向かった。
初めて見る王城は荘厳で豪奢な造りで、イレーネ達の事が無ければレスティーナも年頃の令嬢達と同じように弾んだ気持ちで心が浮き立っていたことだろう。
会場は華やかに飾られた中庭の王太后自慢の庭。そこには様々な花が咲き誇り、美しく飾られたテーブルには子供が好きなお菓子が並んでいた。
そのどれを見てもレスティーナはイレーネ達との思い出を彷彿させるものばかりだった。
思い出が甦ってくると今度は深い孤独と悲しみが押しよせてくる。
母親以上に無条件の愛情を惜しみなくレスティーナに与えてくれた存在はもういないのだと痛感したレスティーナは、賑やかなお茶会の席を離れて、一人外れた茂みの中で涙を流していた。
そこへやってきたのがクロイツェルだった。
クロイツェルは泣いているレスティーナにハンカチを渡すと彼女を慰めた。
この時の出会いが無ければレスティーナはもっと早くに身近な幸せに気付いたのかもしれないが、その瞬間からレスティーナの特別な人はクロイツェルとなってしまったのだ。
クロイツェルの方も泣いている彼女に一度目の恋をした。そして、泣いた彼女が笑顔を見せた時、もう一度恋に落ちた。
お茶会が終わると、クロイツェルは母である王妃グレイシスに頼んだ。
──レスティーナと婚約したい……。
その決意や想いに嘘偽りはなかった。この時は本心からクロイツェルはそう思っていた。婚約者との交流で公爵邸を訪れるまでは……。
お茶会が終わって一月後にアマンダとマリアンヌが領地から帰ってきた。
当然、王子と婚約したことを夫ゲイルから報告を受けたアマンダの心境は複雑なものだった。端からレスティーナが王族に嫁ぐことは決まっている。だが、アマンダの曇った偏りのある目からは誰よりも愛されるべきものはマリアンヌなのだ。
心のどこかで遠い昔に捨てた筈の嫉妬心に火が付いたのかもしれない。燻っていたその醜い心は、何も知らないマリアンヌに囁きかけた。
「今日は、レスティーナが第二王子殿下とお茶をするから、皆失礼がない様に…」
アマンダは、態とマリアンヌの前でそう使用人たちに命じた。そこまではごく当たり前の貴族の女主人の指示だろう。
しかし、アマンダは確信していた。マリアンヌがどういった行動に出るのか。手に取る様に分かるのだ。それは自分がかつてゲイルにしていた行ない。そのことにアマンダは気付いていなかった。
案の定、マリアンヌはレスティーナよりも前にクロイツェルに会ったのだ。王子を通していた応接室に姉の婚約者となった王子殿下に挨拶をしに行くという名目で……。
8才のまだ幼い令嬢マリアンヌは母が意図して作った出会いに感激した。
何処か夢見る心地で、絵画から抜け出たような美しい王子に幼い恋をする。
きっとこの王子と結ばれるのは意地の悪い姉ではなく、自分だと確信を持っていた。
王城の地下にある女神が持つ糸車から、禍々しいほどの黒く淀んだ赤い糸が紡ぎだされている事を知る者は誰もいなかった。
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