氷使いの青年と宝石の王国

なこ

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第一章 幸せは己が手で

愚者の行進.04

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 簡単な挨拶を終え、早速生徒たちを連れて「修練場」に行く。道中、やれスールだのやれX組だのと文句をつけてくる雑魚生徒や雑魚教師が鬱陶しすぎたので、思わずそこ一帯を氷漬けにしてしまった。俺は、悪口を言っていいのは言うだけの資質が備わっている人間だけだと思っている。つまりお前らは駄目だ。しかし、貴族が多数集う学園とだけあって、修練場一つも小さな闘技場程の規模がある。俺たちの姿を認め、あからさまに嫌そうな顔をする管理人に貸切届を提出する。すると管理人は俺達を嘲るように大きく笑った。


「あはは、X組の皆様には使用権限がないんですよ。すみませんねぇ」
「俺が使いたいだけだからこの子達はおまけなんだけど」
「いやいや、それは屁理屈ってもんでーーヒィッ!」


 管理人は思わず小さく悲鳴をあげた。それはそうだろう、目の前に氷の短剣が突き刺さっているのだ。一瞬にして卑劣な笑みを引っ込めて青ざめる彼を放置し、貸切届を適当に置いて中に入る。慌てて着いてくる生徒たちを迎え入れ、 放心している管理人を凍らせて施錠した。


「ーーいいんですか?」
「権利は得るものじゃなくて勝ち取るもの。これスールの鉄則」


 君たちもX組なんて立場を甘んじて受け入れる必要は無いんだよ、と言えば引き気味にこちらを眺めていた生徒たちは徐々に期待に満ちた表情になる。ふむ、素直で非常に可愛らしい。獣人族の少年といい、俺はもしかして子ども好きなのかもしれない。人間に興味を持てなくなって随分経つが、新しい発見だ。
 中に入った俺は思わず盛大に顔を顰めてしまう。修練場の内部はとても綺麗に整備されていて非常に使い勝手が悪い。こんなに整備されては生徒たちも思う存分戦えない壊せないではないか。闘技場はある程度荒れ果てているくらいで丁度いいのだ。修繕費だって馬鹿にならないし。ーー因みに、ベゴニア大闘技場の決闘祭での修繕費は、午後の部の敗北者が支払う。つまり前回は俺払いだ。 
 心の中で盛大に文句を垂れつつも修練場の中心に立つ。見物席には話を聞き付けたらしい多くの生徒が野次馬に訪れていた。


「じゃあ、今から魔力と適性属性を測るから」


 魔力がないと判断された子たちは1人ずつ前に来て、と言えば、生徒たちは顔を歪めて立ち尽くす。大方かつてと同じように魔力がないと宣言されるのが怖いのだろうが、雑魚どもが適当に測るのと一緒にしないで欲しい。中々近寄ってこない彼らに思わず溜息を吐く。


「……あのね、君たちの中に魔力がないのかきちんと俺の目で確認しないと、本人に合った指導が出来ないわけ。それに魔力がなくても関係ないって言ったよね」


 俺の言葉に決心が着いたのか、先程俺に突っかかってきた生徒が近づいてくる。俺は懐から1つの小さな種を取り出した。


「……カシギ・フィライトと申します。……あの、先生、それは?」
「これは、カルパの種。カルパの木は知ってる?……知らないか。」


 カルパの木とは、魔法研究が非常に盛んな黄の王国トパーズ王国に、その昔天族から与えられたという一本の枝の事である。ただの枝であったカルパの木は、黄の王国の魔力だけを栄養として吸い取って成長したという摩訶不思議な木なのだ。
 そんなカルパの木に成るこの小さな種は、魔力を持つ人間が触れる事で殻を割り、芽吹く。人間が作った魔法具なんかよりも余程魔力の感知能力が高い優れ物で、黄の王国では魔力測定に一般的に使われている。事前に多めに持ってきたので全員測定できる分はある。

 軽く説明して生徒に手渡す。恐る恐る受け取ったカシギは祈りを込めるようにカルパの種を包み込み、額に押し付けた。野次馬から嘲笑が漏れる。


ーー、パキ、ピキ、パキリ


「え」


 手の中から響く微かな音に、カシギは驚いたように額から手を離す。まさか、種が割れたのか。期待と不安に震える手をゆっくりと開ける。


「……ほら、魔力はある」


 当然の結果だと頷くも、カシギは呆然と立ち尽くしている。野次馬も他の生徒たちも同様だ。声をかけた方がいいかと近づいたその時、カシギの赤銅色の目からぼろぼろと大粒の涙が落ちた。慌てて背中をさするも彼の嗚咽は酷くなるばかりで俺の方が混乱してしまう。俺はとりあえず生徒たちの方を向いた。


「ーー俺は泣かしてない」
「や、ある意味先生です」


 非常に心外だ。とりあえず種を握り締めるカシギから種を救出し、確認する。しっかりと殻を破って芽吹いている。これならば恐らく上位元素は厳しいまでも基礎元素の魔法は使いこなせるようになると思う。彼はきっと、精霊に魔力を渡す方法を掴みきれないまま教師の「魔力がない」という発言が暗示となり、「自分は魔力がなくて魔法が使えない」と精霊に心を閉ざしてしまっていたのだろう。流石に可哀想になったので頭を撫でておく。
 愚図るカシギを地面に座らせ、そわそわする生徒たちに向き直る。


「次、誰が来る?」
「テオドール・レーネです。よろしくお願いします」


 最初に『起立、礼、着席』の文化をやってくれた生徒だ。まさかの子どもが来るとは。思わず哀れみの目を向けてしまう。様々な方面で苦労してきたのだろう、随分と大人びているようだ。
 しかし、残酷なことをしてしまったかもしれない。期待に染まった彼の表情はすぐに絶望に染まる。そう、彼には魔力がないのだから、種が芽吹くはずも無い。レーネ家は魔法に何らかの因縁でもあるのだろうか。気丈にも泣かなかったテオドールは、一度固く手を握りしめると、カシギの隣に座って優しく彼を祝った。


「……次」
「ミハエラ・ブロストロードです」

彼も魔力なし。ーー身体も小さいし、短剣などを扱わせてみるのがいいか。


「次」
「セス・ゴードンです」

魔力あり。しかし、ほんの僅かだ。これでは肉弾戦を主軸にした方がいいな。


「次」
「…………ーーーーです」


 出てきた少年の声は、野次馬からの罵詈雑言の嵐にかき消され、音の精霊にのみこまれて消えていった。凍らせようとした俺は思わず言葉を失ってしまう。今にも泣き出しそうな程青ざめ、屈辱に唇を震わせる彼は、文字通り傷だらけだったのだ。手当されずに膿んだ怪我は彼の痛々しさを増長させていた。
 しかし、俺が驚いたのはそんなことではない。俺は、彼が目の前に来るまで、彼が彼だと認識できていなかったのだ。一見すれば気づくような怪我をしている彼を認識できないなんてことがあるわけが無い。……気配を消すのがうますぎる。13人という少ない人数で、12人しか認識していないことにさえ気付けなかった自分に少しだけ悔しくなる。
 俺はまだまだ騒がしい群衆に若干の苛立ちと本気の殺意を込めて睨みを聞かせ、無理矢理黙らせた。何人か失神したが知ったことではない。


「ごめん、もう1回聞いていい?」
「、っ、ぁ、あの、俺、田中 光璃たなか ミツリです」
「タナカ・ミツリ?」
「あ、ミツリが名前です……ごめんなさい」
「わかった、ミツリって呼ぶ。君はとりあえずその怪我を何とかしてからだ。後で俺の研究室に来て」


 タナカ・ミツリなんて発音をする名前は聞いたことがないし、群衆の罵倒からおそらく彼こそが本物の神子だろう。監獄では余程酷い目に合わされていたらしい。学園では俺が本物の忌み子から守らなければ。X組の生徒とも仲良く出来るようにする為にも、彼には一足先に常識的な知識を与えた方がいい。
 この5人で「魔力がない」生徒は終わりらしい。他の生徒は魔力の暴走に問題があるのが2人、残りの生徒は素行不良及び怠慢なのでしごけばなんとかなる。


「本来始業式の後に講義はないようだから、今日はこれで終わりね。聞きたいことがあればいつでも研究室に来て」
「本校舎はX組は立ち入れないんです」
「無理矢理入るか、無理だったら明日まで待って」


 とりあえず今日は解散、と告げる。まだ興奮が冷めない様子の生徒たちを置いて、ミツリを連れて修練場を出る。誰もこちらに見向きもしないあたり、X組のの中でもに立場はないらしい。あーーー、めんどくさい。精霊に関係がなかったら絶対に断ったのに。










 豪奢な本校舎の中にある俺の自室に彼を招待する。昨日の内に研究室との壁をぶち抜いておいたので(無断)広くて心地の良い空間が広がっている。ミツリを適当に座らせ、荷物を漁る。ミツリは酷く脅えた様子で縮こまっている。


「ーー単刀直入に聞くけど、?」
「……っ、それ、は、もう1人の、S組の人で……俺は、巻き込まれて、」


 きっと、今から俺に酷い目に合わされると不安になっているのだろう。気持ちは痛いほどわかる。怖くて辛くてしんどくてたまらないはずだ。……だって、彼と俺は同じだ。ベルン村から無理やり連れてこられた俺と、異界から無理やり連れてこられた彼。ーーそして、迫害される所まで。
 怖がらせないように距離をとって室内の奥側に俺も座る。


「……今は、俺以外の誰も聞いていないし、俺も精霊に誓って誰にも言わない。だからどうか本当の事を教えて欲しい」
「……精霊に、って……?」
「精霊への誓いを破れば魔法が使えなくなる」


 この世界における魔法の重要性はしっかりと理解しているようで、彼はほんの微かにだが頷いてくれた。


「『治癒』の力は本当は君のものだよね?」


 俺の質問に息を飲んだミツリは、静かに涙を流す。怖かったのだろう、辛かったのだろう。初めてできたにミツリはしゃくり上げながら事の次第を話し出す。


 ミツリはのことが嫌いだった。自分を友達だと言いながらも目の前で起こるいじめを止めてくれない彼。笑って見ている彼。彼のせいで自分は学校でひとりぼっちになったのに。そしてミツリは願ったのだ。


「自分が本当に必要とされる世界に行きたいって、願ったんです」


 いつものように暴行を受けながらぼんやりと考えていたその時、ミツリの足元に金色の魔法陣のような物が現れた。驚愕して動けずにいるいじめっ子たちも、ミツリがただ魔法陣の光に包まれるのを見つめていた。ーーしかし。
 なんだそれ!ミツリだけズルいぞ!とよく分からない叫び声を上げてミツリに突進してきた彼と共に、ミツリは魔法陣に呑み込まれた。
 

「そして気付いた時にはこの世界にいたーー、と」
「……はい、容姿の優れた彼を神殿の人達は神子だ精霊の愛し子だと言っていました」


 彼に無理やり引っ張られるようにして異界の王様の所に連れてこられた時、ミツリは王様の弱々しさに悲しくなった。彼の病気が少しでも良くなりますようにと心の中で彼を見舞う。ーー瞬間、目の前の王様の病が失せたのだ。流石にその時は、神子様のお導きだと騒ぐ王様と照れる彼にミツリは自分の仕業だとは思わなかった。しかし。


「彼に引っ張られる先々で、俺が『元気になればいいのに』と願った相手の怪我や病が治ることに気付いて、王様たちの言う力は俺が持っているのではないかと気付きました」
「……なぜ、言わなかったの?」
「その時にはもう忌み子と言われ、暴力を振るわれるようになっていて。信じて貰えないと諦めていました。彼も自分の力ではないとわかっているのかは分かりませんが、必ず俺を連れていくのです」


 思わず呻く。まだ良かった点としては、ミツリ自身に神子である自覚があったことだろう。忌み子も自分が忌み子だと気付いている可能性があると見て行動した方が良さそうだ。黙り込む俺をオロオロと見つめる彼。あぁ、先に手当をしなければ。


「……自分の怪我は治せないの?」
「はい、自分の怪我だけは治せないのです」


 ミツリは自嘲するように小さく笑った。俺は包帯や薬を取り出して彼に近づく。随分心を許してくれたようで、全く逃げないミツリの手当を進めていく。首輪や足枷の痣が、過去の自分を見ているようで酷く気分が悪い。顔を顰める俺を見て勘違いしたのか、恥じ入ったように謝罪される。
 手際よく手当を終え、道具をしまう。ぼんやりと俺を眺めていたミツリから少しだけ離れる。


「……今から、この世界について俺がわかることを説明するね」
「はい、お願いします」


 彼が頷いたのを合図に、俺は世界地図と魔法書を広げた。
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