死者のジレンマ

奈央

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 空は相変わらず厚い雲に覆われていた。どんよりとした湿っぽい空気が体中にまとわりついてくる。今にでも雨が降ってきそうな気配だ。
 朝倉和人は浮かない気分で見上げていた顔を下方に戻した。
「あれ? こんなとこにもあったんだ……」
 そこには派手な外装の割に、こぢんまりとした造りの店が建っていた。半透明のガラス扉の向こうでは赤や青のランプが煌びやかに点滅している。
 朝倉はほとんど無意識に、当然のようにその店の自動扉をくぐっていた。
「うおー。混んでんなー」
騒音が響き渡る狭い店内を、ゆっくりと一周する。
「なんだよ。満席かよ」
 押し込まれたように並んだ台はすべて使用中だった。席が空いているところもあるが、そこには玉が置いてあり、休憩札が掲げられている。
 そこそこ出ている台が全体の1割程度といったところか。繁盛している店の割に、全体的にはさほど出ていないようだ。
「今日の目的はここじゃない。やめとこう」
 満席の店内を客観的に見て回ったことで、冷静に考えることができた。
 朝倉は店を出ると本来の目的の場所へと歩みを進めた――
 
 待合用に並べられた椅子に座りながら周囲を見渡した。部屋の中はかなり混雑しており、椅子に座りきれずに立ちながら待っている人もいる。
「103番の方――」
(まだか。結構時間かかるんだな)
 順番から言って、そろそろ自分の番号が呼ばれるはずだ。
 隣に座っていた中年男が立ち上った。男は手元にある紙を見ながら、呼ばれたカウンターの方へと足を進めた。
 見覚えがある。
 先ほどから、何となくそう思っていた。隣の中年男はなんとなくどこかで会った気がしていたのだ。
両腕を胸の前で組み、何とか思い出そうとしてみる。しかし、どうしても出てこなかった。
 朝倉はその男の薄くなった頭を見上げながら呟いた。
「気のせいか……」
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