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2章 傭兵騒動編

6-5 ……すまん

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 ダンデス・フォルクローレのことを、ムジカは全くと言っていいほど知らない。
 何かが癪に障ったのか、いきなり恨まれてやり返した。明らかに自業自得なやらかしの逆恨みで決闘を挑んできて、そこでもやらかして退学まで決まった、ある意味“ノーブル”らしいノーブル。それがムジカの知るダンデスの全てだ。
 だから――

『お前が、僕の全てを奪った。お前がいなければ、僕は。僕は――』
「邪魔すんじゃねえよ……!」
『お前さえいなければ……っ!!』

 鍔迫り合いの形にもつれ込んで。敵の殺意の意味も理解できないまま、敵ノブリス、<ダンゼル>を睨む。
 アルマの作った欠陥ノブリス。突撃以外に能のないポンコツ。一発でもいいのをもらえば爆散必至の――だが同時に、その得物ゆえに相手にも一撃死を強要する。
 イレイス・レイは人類史上最悪の魔術だ。振れたもの全てを結合単位にまで分解する魔の光は、その性質上どんな防御も等しく無効化する。
 対メタル専用だからこそ許される力だ。ガン・ロッドへの搭載が禁止されたのも、浮島を破壊する可能性や制御の困難さもさることながら、もしそんなものが対ノブリス――つまりは対人用に使われることになったら、凄惨な結果しか生まないからだ。
 この力はあまりにも簡単に人を殺せてしまう――

『お前があ――っ!!』
「ちっ!」

 支離滅裂にダンデスが吼え、押し込んでくる。ブースターまで起動しての全力前進――舌打ちと共にムジカはダガーを押す力を緩めた。いなすと同時に体を捌いて勢いを躱す。
 全力突撃を逸らされて、<ダンゼル>がバカみたいな速度で吹き飛んでいく。低空機動どころではなく、何度もバウンドするように地面を跳ねる敵をガン・ロッドで狙うが――その速度に魔弾が追いつかない。
 ダンデスは勢いを殺しきれずに壁に激突して急制動。だがそれで停止することもなく、また今度は突っ込んでも来ない。隙を窺うように距離を取って、ムジカを起点に旋回する。

 ムジカは唇を噛みしめた。明らかに敵は<ダンゼル>を使いこなせていない――が、馬鹿げた速度に制御できていないからこその滅茶苦茶な機動が組み合わさって、狙いが定まらない。
 加えて敵は一人ではない。付き合いきれずに飛ぼうとした、頭上で動き。フリッサが残した<ナイト>二機が、逃がさぬとばかりにガン・ロッドを――
 ガディがそのうちの一機に襲いかかった。

『やめろ、ドヴェルグ――貴様らは、自分が何をしているのかわかっているのか!?』

 遠距離からのガン・ロッドを乱射する。横合いからの奇襲に面食らった一機は気を逸らされたが、二機目までは止められない。
 魔弾の射撃にさらされながら、ムジカは飛ぶタイミングを逃して歯噛みした。

(こんな奴に、かかずらっている場合じゃないのに……!)
『――ムジカ・リマーセナリーィィィィィっ!!』

 旋回する<ダンゼル>が急停止。体の向き、ブースターの推進方向がムジカを捉える。
 爆音はその後に聞こえた。咆哮も。
 その突撃に合わせてガン・ロッドを振り上げて引き金を引いた。そのまま突っ込んでくるのなら当たったはずだが。
 耳に届いたのは更なる爆音だ。体軸をズラして吹き飛ぶように機動を書き換えると、<ダンゼル>は地に腕をついて急制動。獣の姿勢から――一瞬で、踏み込んでくる!

 頭上から振り下ろされる防御不能の刃を半身を引いて躱し、続く切り上げの進路にダガーを重ねて受け止めた。
 再びの拮抗。その中で……ダンデスが叫ぶ。

『お前が。お前が全部奪った! 僕のプライド。僕のノブリス。僕の未来。僕の、僕の――』

 だがムジカはダンデスのことなど眼中になく、探していたのは“敵”だった。
 フリッサは空のただなかにいた。見せつけるような低速で、こちらを見下ろすようにして遠ざかっていく。
 状況を思えば、ダンデスが<ダンゼル>で襲ってきたのも彼らの仕込みだろう。<ダンゼル>はガディが回収したものだが、ガディの様子を窺う限り、彼が裏切ったようにも思えない。大方彼の部下にドヴェルグの身内でもいたか、あるいはこのごたごたの中で盗んだか。
 だが、どうでもいい――そんなことは、どうでも。本当に、大切なことは――

(リム……くそっ!)

 遠い。彼女が、どうしても。守るべきだったはずの少女が、今は……
 絶叫に、意識が戻された。

『返せよ!! それができないなら――殺してやる、殺してやるっ!!』
「やかましいんだよ、さっきから!!」

 叫びに怒りを返すが、機体のほうはパワー負けした。
 <ダンゼル>に積まれた<男爵バロン>級魔道機関が吼える。出力に押し負け、振り切られる前にムジカは自分から背後に飛んだ。
 下がり際に撃ったガン・ロッドは共振器を盾にして防がれる。見切られての動きではない――ただ狙いが素直過ぎた。
 悪手の対価は更なる追撃だった。
 それも、ダンデスだけではない。頭上を陣取る<ナイト>が位置取りを変えている。正面と頭上に敵を抱えて、ムジカはまた舌打ちする――
 援護は、予想もしていなかったほうからやってきた。

『――ムジカっ!!』

 というより援護があることを予想してすらいなかった。
 魔弾がそれぞれ一発ずつ。ムジカの隙をかばうように、<ダンゼル>と<ナイト>を狙い撃つ。いきなりの不意打ちに意表を突かれたらしく、追撃の好機を彼らは回避に割り振った。
 一息つく暇すらないが、それでも背後を見やれば……そこにいたのは赤と青、二機の<ナイト>。
 アーシャとセシリアだった。
 二人がムジカの前に出ながら、いつもと変わらぬ口調で言う。

『なんだか、状況がよくわかんないけど……こっちはあたしたちが引き受けるよ。ムジカはリムちゃんたちを追って!』
『こんな中にまで空賊がやってくるなんて信じられない事態だけれど……まあいいわ、手伝ってあげる。貸しにしておいてあげるわ』
「お前ら……」

 想像もしていなかった援護に、しばし呆然とする。
 リムたちを追いかけるにあたって、二人の申し出はこれ以上ない好機だった。だがだからこそ躊躇った。これは自分のツケだ。そして相手はあの<ダンゼル>――たった一つの間違いで死にかねない相手だ。武装的にもこの中での最適はムジカだ。二人を頼るわけには――
 その逡巡を悟られた。セシリアの言葉はだからこそ、有無を言わさぬ強さがあった。

『お行きなさいな。今はあいつら、こちらを見ているけれど。何かの気が変わって本気で逃げだしたら、もう追いつけないわよ』
「……だが……」
『早くなさい――仲直り、まだなんでしょう?』
「…………すまん!」

 叫んで、一目散に空を目指した。
 <ダンゼル>はアーシャとセシリアが牽制する。進路を塞いだのはドヴェルグの<ナイト>だ。こちらの動きに機敏に反応して、魔弾を撃ってくる。
 ムジカは放たれた魔弾を遡るようにスレスレで避けると、減速なしで<ナイト>に突っ込んだ。ノブリスの基本戦闘術に突撃の選択肢は本来ならない。苦悶に動きを止めた一瞬の隙に、ガン・ロッドを魔弾でぶち抜いた。敵を無力化し、その上で抜き去る。
 もう一機の<ナイト>はガディが抑えている。ダンデス――<ダンゼル>に対し、アーシャとセシリアで二対一。
 

(……すまん)

 後は振り返らず、心の中で詫びながら。
 ムジカは誘うように逃げ始めたフリッサたちを追いかけた。
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